游氣風信

2015年12月30日 (水)

身体から見える景色 何故身体を問うのか

身体から見える景色

何故身体を問うのか

 

愛知 三島広志

 

一 出会った書物を通して

ポスト印象派の画家ゴーガンの大作に「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」という名画がある。このタイトルは極めて普遍的な疑問を呈しており誰もが若いとき、一度は思い詰めるものであろう。否、この自分探しを生涯追い求めながら迷いの人生を送る人も多いことだろう。

 

自分もまたそんな青年であった。ある時、偶然出会った書物からヒトは動物的ヒトとして生を受け、教育によって社会的・歴史的生物即ち人間になると学んだ。ヒトは教育によって人間になるのだ。人は霊長類の一種ヒトとして生まれ、成長過程で社会性と歴史性を学び人間になる。人間とは時間と空間、世間などを内包してそれらの関係性の中で生きていることを自覚した生物だ。こうして自然的ヒトが個としての人、そして環境に生きる人間となる。そこに動物や植物にはない人間独自の文化が創造される。同時に人は自分を教育する能力も持っていると考えた。そう、人は生まれてから死ぬまでヒトから人間になろうともがく過程的生物なのだ。刻々と変化しながら好きな方向を目指せば良い。それに気づいて以来生きることがとても楽になったのだった。

 

さらに畢竟身体という器が生の始まりから死の間際まで自分の存在の基本としてあり、精神はその器に乗ることで存在し、死とともに全ては消滅すると思い至った。むろんこれに反論する人も多いだろう。これらはあくまでも個人的見解だ。

 

 私自身、十代後半から二十代前半にかけて人並みに自分の存在の根底を求めて足掻いた時期があった。そして自分の人生は身体のある間のみ存在し、身体が極めて重要であると考え、何名かの同志を集め私塾のようなことを始めた。その時の趣意が以下である。今読めば若書きで気負いが溢れており些か気恥ずかしいが紹介しよう。

 

我々は生きていく限り<身体>の問題を通過する訳にはいかない。そしてそれは単に健康とか病気だけの問題でもない。

 なぜなら、すべての情報は<身体>によって感受(認識・自覚・勘等)、処理(判断・整理・選択等)され、あらゆる創造(活動・表現・技術等)は<身体>から発せられるからだ。即ち、我々の<身体>とは我々の<存在>そのものなのだ。  

 しかし、現実には我々の肉体は、社会という鋳型の中で精神の僕として隷属を強いられ、感性は鈍麻し頽廃し、心身は疲れ強ばり日常に漂流している。

 日常に埋没した自分に気付いたなら、この未知で、大切で、ままならない、いつかは捨てねばならない<身体>をじっくり見直し、親しく対話してみようではないか。

 否、むしろそんな<身体>に委ねきってしまうことで、もっともらしい権威やおかしな常識、偏った先入観等の束縛から解放されようではないか。それに応えるべく、<身体>は完全なる世界を体現しているのだ。

 そこから、活性の湧き出る身体と、自律性に富んだ生活と、共感性に包まれた環境(人と人・人と自然)を得て、健やかな個性の融合した生命共同体が築かれるのではないだろうか。

 

 何故か私は十代から柔道や少林寺拳法、合気道などの武術、さらに東洋医療の指圧や鍼に興味を抱き、学業とは別に施術の指導を受けに専門家の元へ通っていた。それは単に武術や健康法という意味だけではなく身体というものの摩訶不思議な魅力への関心だった。挙げ句、社会性や協調性の乏しい自分には会社勤めは無理と判断し、独立できる東洋医療の道へ進んだ。しかし、それは生業として口に糊するためだけとして選らんだのではなく、興味の対象の延長としての意味も大きかった。これは還暦を超えた今日でもさほど変わらず、結局生涯を書生として過程的に過渡期の存在として過ごしてきたことになる。

 

 およそ九年前、藍生俳句会の編集部から「俳句と健康について連載して欲しい」と手紙が届いた。それに対し「藍生俳句会には歴としたお医者さんが何人もおられるのでそれは私の任ではない、しかし、身体論ならある程度書けるかもしれない」と返答したところ、編集部から「それでいい」と言われ五里霧中の海に羅針盤も無いまま書き始めたのが「俳句とからだ」である。それがなんと百回を超えるまでの連載になった。これから書くことはおそらくそれらの総論となるだろう。そして当然それは編集部の目論見でもある。初めは若い頃出会った幾つかの書物を通して身体およびそれに纏わる事柄を書き綴ろう。

 

武道の理論

 十八歳の時、弁証法で武道を解くという大言壮語にも思える本に出会った。これが南鄕継正著『武道の理論』である。この書で興味深かったことは「技には創出と使用がある」という技の弁証法的解釈だった。現象の中に弁証法性(矛盾、運動性)を見いだすことの重要性は学生時代に学んだマルクス経済学の基礎、「商品には価値と使用価値がある」に通底する。南鄕の技の解析もまさにそれと同構造だろうと関心を抱いた。

 マルクスの説は「商品」、たとえば萬年筆としよう、これには字を書くという使用価値と同時に五万円という交換価値があるということだ。つまり商品に本来の使用価値のみならず金銭的交換価値があるという二面を見いだすこと、これが弁証法なのだ。

 南鄕の「技の創出と使用」も同じだ。たとえば柔道の技に有名な背負い投げがある。これはヒトが生得的に持っている訳では無い。歴史の中で多くの人たちが命懸けで発明し今日に遺した伝統文化だ。この文化を有するのが人類の特徴となる。柔道を学ぶ者は背負い投げという歴史的文化を何百何千何万回と打ち込む鍛錬をすることで身体的技として作り出す。これが技の創出だ。次いでこれを乱取りや試合の中で使用する。相手は防御しつつさらに攻めてくる。その攻めをかいくぐりながら背負い投げを仕掛ける。これが技の使用だ。

 さらに南鄕は剣について述べる。剣は素人が手にしても十分に武器たり得る。刃先が相手にそっと触れるだけでも致命的だ。柔道の背負い投げはそれを技化するために膨大な努力を必要とする。しかし剣(剣の創出者は刀鍛冶)は手にしたとき構造的には背負い投げをマスターしたことと同じ域にいることになる。柔道で背負い投げを身につけ相手を投げることは、剣術で刀をひょいと振って相手に切りつけることと構造的には同じなのだ。したがって剣術は技の創出の部分を端折り、いきなり使用から稽古を始めればいいのだ。 

この解析に私は大変興奮した。さらに以前から別の書で知っていたことだが中国では昔から「技術」という言葉が作られている。その解釈に諸説あるが、私は「技は創出、術は使用」と理解している。「技」の中にある弁証法性はすでに「技・術」として分かっていたことなのだが、それを南鄕は見事に理論化した。これは二十歳前の私をいたく刺激したのだった。

 

武道では分かり難い面もあろうから、俳句に置換してみよう。俳句の五七五という形式は初めから与えられている技としての器、つまり刀と同じだ。牽強付会に思えるだろうが、俳人は何も考えずともことばを五七五という形式に載せればその出来栄えは別にして、とりあえず俳句になる。これが自由詩なら詩人は初心者が背負い投げを身につけると同様に、ことばに適合した表現形式を苦闘しながら創出しなければならい。俳句が入門しやすい文芸である所以の一つがこれであろう。むろん困難なのはそこから先であることは言を待たない。短歌や俳句の形式は歴史的に創出された技という踏み台だ。詠み手は初めからその上に立って歌や句を創出できるという恵まれた立場にあるということだ。これは俳句が海外にも広がっていった理由でもある。

 

極意

 そのあと手にしたのは坪井繁幸(現、香譲)の『極意』とう本だった。これは各界の優れた人を取材して「意を極めるとは如何なることか、極められた意とはなにか」を追求した本だ。坪井は傑出した人たちとの出会いを通じて天才的な人たちに共通する法則性を見いだす。彼が出会った人たちとは著名なスポーツ選手や武道家、演奏家や舞踊家、教育家や宗教家、さらには無名だが優れた職人などだ。坪井は天才的な人は皆、身体に対する意識や感覚が突出しているというのだ。そうした身体の中の共通性を彼は「身体の文法」と名付けた。優れた人たちの身体運用や身体意識には現象面は異なっていても内面に共通した構造があると洞察したのだ。

例えば釣りとバイオリン演奏のように現象面は全く異なっていても、それぞれの身体の中の微妙な動きや意識操作、周囲から伝わる感覚に対して開かれた身体。そこに通底する本質的な何かがある。つまりものごとには普遍的本質があるということだ。しかし、その本質を見いだすことは簡単では無い。

 

坪井とは二十代の一時期かなり濃密に交流した。今思い返すと、坪井の著書と本人との出会いは私の人生に相当大きな影響を与えたと言わざるを得ない。

 

経絡と指圧

高校生の頃、テレビの影響で指圧ブームであった。浪越徳治郎というタレント性のある指圧師が巻き起こしたものだ。彼の弟子の一人に増永静人がいた。増永は旧帝大で心理学を修め、卒業後、浪越の日本指圧学校に入って指圧の勉強をした。浪越にその才能を見込まれた増永は卒後そのまま教師として十年ほど教壇に立った後、理想の指圧を目指すため独立して多くの本を著した。私は高校生の時その著書『家庭でできる指圧』を手にして驚嘆した。多くの健康法の本はこの症状にはこのツボを押さえると治る、あるいはこれを食べれば健康になるという一対一対応の教条的な素人向けの本が多い。

増永の本(代表として『経絡と指圧』)はそれらとは一線を画していた。概論として「命とは何か、生きるとはどういうことか」と問い、そこから健康や病気、医療、さらには如何に生きるかを考えようとしていたのだ。そして冒頭から身体が存在するために不可欠の環境と命の関係を強調した。これは彼が心理学を学んだことによるだろう。身体は身体としてのみ存在する訳ではない。身体は環境にある素材を元に形成され、環境から必要なものを取り込み、不要なものを排泄しながら維持されている。この関係性の瓦解が身体の存在を危うくするのだ。これは中国古来の哲学で漢方医療の基礎ともなる「天人合一」に酷似した考えだ。

 

私たちは誰でも健康が大切であると思っている。それは間違いではない。病気になったとき健康のありがたさを思い知る。しかし健康は目的ではない。冒頭に述べたように私たちは多かれ少なかれ否応なく自分が生まれてきた理由や生きていく意味を問い求めている。自分自身の価値を見いだし精一杯人生を送ろうと考える。そのとき人それぞれのレベルでの健康が必要となる。決して健康のために生きているわけではないのだ。生まれつき障碍のある人、何らかの持病がある人、ある日忽然と倒れ後遺症に苦しむ人。人には避けられない宿命のような有り様がある。それぞれの有り様の中で健康は有り難いのだ。健康を失ったとき人は自分の身体に思いを寄せざるを得ない。これは負の身体観だ。それぞれの人がそれぞれの有り様の中で前向きに生きようとする時、正の身体観が発生する。身体を問うと言うことは正負両方を包括して考えるということになる。

 

増永は指圧を現代医学的基礎と心理学的素養、そして漢方的哲学で追求しようとした。そのとき重要視したのが経絡という中国古来の身体観だ。全身を縦に貫く十二本のスジ。解剖学的には見いだすことが不可能だが機能的あるいは感覚的には存在を確信できる経絡を東西医療および精神と肉体との架け橋として生涯研究をした。志半ばで夭折したがその思想は今日も読み継がれている。

 

【経絡図】

 

ある講習のとき増永の言った言葉がとても印象的である。

「患者さんは私たち治療師が腰痛になったり病気を患うと不思議がる。先生でも腰が痛くなるのですか?病気をされるのですか?と。しかし考えて欲しい。痛みも病も知らない、死ぬことも無いロボットのような治療師に患者の苦しみや悲しみが共感できるだろうか。弱く儚い命を共有しているからこそ治療師は患者の苦しみに共感し治療に当たれる。死の恐ろしさに涙する。頑健で鈍感な人の痛みや苦しみ、死の恐怖が理解できないような治療師に治療されて患者は嬉しいだろうか」

同じようなことは著書にも書かれてあるが、このときの師の声や表情は四十年近く経た今でもはっきりと脳裏に焼き付いている。

 

精神としての身体

 市川浩著『精神と身体』は「人間的現実を、心身合一においてはたらく具体的身体の基底から、一貫して理解することをめざす」という身体論の名著だ。中でも一番興味を引いたのは自己中心化と脱中心化だった。著書から引くと

「われわれは生きているかぎり多かれ少なかれ自己に中心化しているわけですが、その自己中心化と、他者の側に身をおいてみる脱中心化、そして脱中心化を経由した再中心化という形で自己意識と他者意識が次第にふかまってゆく」

となる。こうした身体は十九世紀以降復権したもので、それまでは身体は精神に隷属した存在とされていた。

 

 私たちは自分の身体を主体として理解すると同時に客体として対象化している。これは社会生活を送る大人にとって当たり前のことである。こうして人は身体を通して他社との関係性を学び、社会生活を送っているのである。

 

二 創造される身体

オフィスの近くにバレエスタジオがある。そこへ通う少女たちは一目で分かる。頭に独特のおだんごのシニヨンを作っているからだ。しかしそれだけではない。皆スレンダーで背筋が伸びセンターが天地を貫いている。バレエのように重力を超越したダンスを踊るため幼い時から激しい身体訓練を行い、そのための生活を送っているのでバレエ体が形成されるのだ。同じく近くにヒップポップのダンススタジオもある。ここに集う少女たちも独特の雰囲気を醸し出している。バレエは身体のセンターを見事に鍛え上げ垂直の美しい超日常的体躯を形成するが、ヒップホップは身体を日常の動作では有り得ない非日常的に操作する。あたかも日常に逆らう反権力のように。これはブレイクダンスと呼ばれるものである。実際そのダンスの発生は不良の暴力バトルの代替としてのダンスバトルが元になっている。これらは決して無関係では無いだろう。

 

このように身体は幼い少女でさえ目的的に創出される。その極限とも言える創出体が力士だろう。力士は行住坐臥全てを相撲のために費やす。眠ること、食べること、衣装、履物、もちろん稽古もそうだ。彼らは日常の全てを非日常的な相撲社会に置き、非日常の生活を彼らにとっての日常とすることで生活体を相撲体に作り上げる。意識も身体と直接して力士として成長する。これは能や歌舞伎の家に生まれた子が生活全体を芸のために捧げながら一流の役者として成長していくことと同じ構造である。

 

私たちは生物体として生まれ、日常社会に生きる生活体を創出する。これは日常的なことだ。それがバレエや相撲などの芸のための特殊体に創出される。スポーツ選手の身体が競技ごとに異なることはそのいい例だ。レスリングと水泳、短距離走と長距離走などあきらかにそれぞれの競技向きの身体に作り上げられている。バレーボールやバスケットボールのように初めから背が高い方が有利という競技は生得的身体そのものが武器になっている部分も多いが、体重性で生得的利点を平等に制限しているスポーツ、例えばボクシングでは明らかに創出された身体が平等な土俵の上で競う状況が見られる。これもまた立派な文化であり、ボクサーは自らを文化的身体として創出した結果をリングの上で表現しているのだ。

 

拡大縮小する身体

イギリスの数学者チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンが筆名ルイス・キャロルとして著した『不思議の国のアリス』は作者の友人リデル氏の娘たち、とりわけお気に入りのアリスのために彼女を主人公として書いたファンタジーだ。作品の中でアリスは薬やケーキを食べるごとに身体が拡大したり縮小したりする。また、アイルランドの風刺作家ジョナサン・スウィフトの『ガリヴァー旅行記』は小人国リリパットや巨人国ブロブディンナグに漂着する。アリスは自分が巨大化したり縮小したりするが、ガリヴァーは周囲が小人になったり巨人なったりすることで自分の身体が拡大したり縮小したりと錯覚する。いずれにしても自分の身体が規格外れになるという設定だ。

 

現実に身体がサイズを変えることはあり得ないが、測定値百七十センチの人が感覚的に大きくなったり小さくなったりする体験は誰にもあるだろう。ガリヴァーのように環境が変化する場合もあればアリスのように自分自身の思いが身体を拡大したり縮小したりする状況を生み出すこともある。そのときの身体感覚は非日常のものとして新鮮なものであろう。例えば広々とした高原で深呼吸する時、身体は向かいの山に対峙するほど大きいと感じたり、蟻の行動を観察する時は蟻のように小さくなったりする。皮膚に包まれた身体のサイズは同じだが感覚としての身体は自在に拡大縮小するのだ。

 

また感覚だけではない。以前、若者の間で花魁道中のような上げ底靴が流行ったことがある。社会の目は批判的だったがある板前さんは「調理場で高下駄を履いているが目線が高くなって気持ちが変わるよ、若者の気持ちも分かる」と教えてくれた。同様に駅のホームや電車内にしゃがみ込む迷惑な若者も多くいた。これも実際にやってみると「社会が違って見える」とある学者が体験を書いていた。身体状況が変われば見える世界も変わる。身体と環境は互いに影響し合う相対的関係だからだ。

 

延長と同化

 鍼師は患者に鍼を用いて治療行為を行う。だが鍼を刺す前の段階がある。患者を見て、気持ちで包み、近くに寄り添い、気持ちに即して患者の皮膚に手で触れる。実際に触れる前に気持ちで触れるのだ。そしてその後初めて手で押したり擦ったりしてツボと呼ばれるポイントを見つけ、やっとツボに鍼を刺入する。指で圧すれば指圧となる。鍼師にとって鍼は身体と同化し延長した道具だ。これは鍼師に限ったことではない。板前と包丁、理容師と鋏や髭剃り、事務員とキーボード、運転手とハンドル(自動車)。いずれも身体と道具が同化し、身体の延長としての道具と化している。

 

リアルな身体と観念としての身体

 ここに奇妙な解剖図がある。漢方医学の古典に書かれている図だ。

【漢方解剖図】

そこへオランダからターヘル・アナトミアという解剖書が入ってきた。ドイツで1722年に初版、日本へはオランダ語版(1734年出版)が1770年には入っている。

【ターヘル・アナトミア】

これらの図から何が分かるか。おそらく漢方は現象や機能を観察することを重要視し、実態はあまり気にしなかったということだ。つまり実際の身体では無く現象として顕れる観念としての身体を観ていたのだ。

 

季語と季題

 季語は季節を表す具体的な季物を示す。それに対して季題は歴史的美意識を纏っている季節の題目であるとされる。それはリアルな季物と季物が受け継いできた観念としての季節感の違いとなる。これは先ほどのリアルな身体と観念としての身体と相似すると考える。私たちは本当の物を観ることは実は大変難しく、リアルな物と観念とが重なり合ってしか現象を観ることが出来ないのだ。宮澤賢治の詩「春と修羅」には次の一節がある。

 

   (前略)

草地の黄金をすぎてくるもの

ことなくひとのかたちのもの

けらをまとひおれを見るその農夫

ほんたうにおれが見えるのか

まばゆい気圏の海のそこに

  (後略)

 

「ほんたうにおれが見えるのか」とは賢治の生涯に亘って抱えてきた疑問だがその軽重は別にして誰もが抱く問題でもある。観る側にしても観られる側にしても。

 

 私たちは身体を見ていて実は見ていない。これが様々な疑問の根底に通底している。人体そのものを精神から分離して客観的に、即物的に見ようとするデカルトの心身二元論が生まれてくる必然はそこにあったのだ。

 

冒頭のゴーガンの「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」この設問自体、本当のわれわれを見ようとしているのかは疑問であり、画家が画家の目で主観的に見ることに留まっていると思われる。むしろそれだからポスト印象派なのだ。

心身二元論は科学を科学たらしめるため登場したが、それとて決して人を幸せにするものではない。私たちは生物として客観的に見える身体と直接して創造的文化的身体を有し、その有り様に振り回されながら生きている。これは科学がどんなに正しいと言ってもそれのみを肯え無い人間の性なのだ。

宮澤賢治に『月天子』という詩がある。その一節を紹介してこの稿を終えよう。

 

  (前略)

もしそれ人とは人のからだのことであると

さういふならば誤りであるやうに

さりとて人は

からだと心であるといふならば

これも誤りであるやうに

さりとて人は心であるといふならば

また誤りであるやうに

(後略)

 

あとがき

 「健康は身体を意識しない状態だ」という意見がある。確かに私たちは普段は身体のことを忘れている。肩がこる、腰が痛い、膝が曲がらない、おなかが張る、頭が割れそうなどの症状が出てはじめて身体への意識が生じることが多い。つまり健康ではないときに身体の各部位や全体の重だるさなどを感じるのだ。

病気でなければ自発的にスポーツをするとき、心臓の動悸や激しい息づかい、軋む筋肉の悲鳴などで身体を意識することもあるだろう。スポーツと同様肉体労働に従事する人は常に身体と一緒に仕事をする意識を持っている。

 

現代の生活は様々な道具や機械によって環境を住みやすく安定させたため身体への意識は薄らいでいる。暑さや寒さからの影響も従来とは比較にならない。身体への意識が希薄になるとき、それを郷愁のように深奥から呼び覚ますのがセックスや酒、嗜好としての食や身を揺さぶる音楽だろう。ジョギングなどのスポーツも同様だ。

こちらから身体に働きかけずとも身体の側から意識させるのが病気や障碍なのだ。その時健康はありがたい、普通に生活できる身体は道具として実に有り難いものだと理解する。

 

 では冒頭に述べた「健康は身体を意識しない状態だ」は本当だろうか。この稿で貫いてきた考えはその小さな身体観からの脱出を意味している。身体は自己存在そのものなのだ。「身体は動物として存在すると同時に文化である」と書いた。私たちは生涯を通して自らの身体を文化的に創造する。文化が身体を通して育まれてきたように己の身体自体を文化として所有しているのだ。

 

 私はこの原稿である程度身体に対する思いを整理しようと考えた。九年に亘って書いてきたことを俯瞰してそれなりの道標が出来るのだろうと軽く思っていた。しかし、書けば書くほど迷宮に彷徨い、出口が見つからなくなってしまった。結局、若い時愛読し、実弟清六氏の家まで訪ねた宮澤賢治にすがることになってしまった。

 

 畢竟身体は蜃気楼のように追えば逃げてしまう存在なのだろう。浅学非才が追っても炎天の逃げ水さながら永遠に掴むことは困難なものだ。安直だが、だからこそ人生は豊かに楽しめるものとしてこの稿を閉じることにしよう。

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2013年3月13日 (水)

游氣風信212号 今池好きな店便り

 

 
 

オフィス三島便り

 

 

 

游氣風信

 

 

 

No.212 2013. 3.10

 

 

 

株式会社オフィス三島

 

三島鍼灸指圧治療室(医療機関番号238010595

 

ケアオフィス三島居宅介護支援事業所(事業所番号2370101848

 

464-0850 名古屋市千種区今池五丁目3番6号

 

サンパーク今池303号室

 

tel:052-733-2253

 

fax:03-6368-9005 

 

h-mishima@nifty.com

 

http://homepage3.nifty.com/yukijuku/

 

 

 

 


今号の内容

游々雑感 

今池好きな店便り

三島治療室通信

 最近の症例から

おしらせ

あとがき

 

 

游々雑感

 

今池好きな店便り

 

二年ぶりの『游氣風信』です。

今回は今池に出来た新しい食べ物屋さんについて書こうと思います。なぜなら今までに発行した『游氣風信』211号の中で最も反響が大きかったのが予想に反してと言うか予想通りと言うべきか「今池うまい店便り」という食べ物屋さんについて書いた二回だったからです。

 

説明が遅れましたが『游氣風信』とは1990年から15年ほど毎月、それ以後は折々に発行していた「三島治療室便り」のことです。

20081月に二回目の「今池うまい店便り」を書いてよりかなりの年月が経ち、残念なことに幾つかの店は消滅しました。また変わらず繁栄しているにも関わらず私自身の足が疎遠になった店もあります。その間に街も少しずつ変わってきました。そして、気のせいかも知れませんが昨年辺りから今池周辺に新しい風を巻き起こす店が増えてきた感じがします。

そこであらためて「今池好きな店便り」を書き、最近お気に入りのお店を何件か紹介いたします。いずれも今池の地を自らの生きる場と定めて外部からやって来られた方達で、「きも善」や「萬福鮨」のような二代目や三代目が頑張って今池商店街を牽引しているお店ではありません。しかしそうした新しいお店の誕生により今までとは異なった人の流れが起きてくることでしょう。否、現に起きつつあります。

新しい店の傾向としてTwitterFacebookを駆使し、その日のご馳走や良質なお酒をネットに上げることで客を集めるという努力をされていることが挙げられます。それを見て得意客や友人、あるいは口コミで聞いた人などが押しかけるという、以前には考えられない営業方法が当たり前のようになされているのです。今回紹介するお店も多くはTwitterなどの試みを行なっています。こうした営為が今池の地にも新しい顧客を運んでくる訴求力になってくることでしょう。

これから紹介するお店の中には千種駅近くの内山や池下駅に近い店もあります。それらを強引に今池に入れてしまうことに異論があるかもしれませんが、個人の興味の範囲のこととしてご寛恕願います。またここに紹介していないお店でもっと繁盛し、話題になっている店もあります。けれども未だ私自身が訪れていない店のことは書けませんので、いずれ足を運び舌鼓を打つことがあればこうした文章を書く機会を設けたいと思います。それがいつになるかは、私の胃袋と肝臓、そして財布がどこまで耐えられるかという重要課題と真摯に対峙して後のこととなります。

 

今回、お店の場所や営業時間、電話番号などが詳しく記載してありません。その点はグルメ雑誌でないのでお許し下さい。もしお店に興味を抱かれたならネットで調べてからお出かけ下さい。ホームページやブログはご自分で書かれているものに限り紹介します。食べログなどで紹介されているURLは掲載していません。また順不同です。

 

(古いエントリーはブログのアーカイブス

http://h-mishima.cocolog-nifty.com/yukijuku/

No.1からNo.211 (2011.1.7発行)まで保管してあります)

 

 

                             

 

 

太門(うどん・日本酒) 禁煙

http://meriken-udon.blogspot.jp/

http://www.facebook.com/udonyatamon

 

白を基調としたうどん屋らしからぬ装いのお店。それが讃岐うどんのお店「太門」です。廃業した中華料理店の後が改装されているのでどんな店ができるか興味を持って待っていました。近所で古くから営業している和風ステーキ「味乃にしき」の大将からは「うどんオタクがやる、うどんオタクのための店」ができると聞いていました。うどん店主自身が挨拶に来てそう言ったのだそうです。それは面白いと開店の案内広告を心待ちにしていましたが、或夜、店の前を通ったら何の前触れもなく開店しているではありませんか。これはイカンと慌てて入店しました。

 

大将はなかなかスタイリッシュでうどん屋の大将というよりイタリア料理のシェフのようでした。席に着いた私をにこやかに迎えるやいなや、麺棒を銘刀のように取り出してうどんの生地を伸ばし始めます。

「これから30分ほどかかります」

と実に嬉しそう。私は純米酒と土手煮や三河地鶏のフライを楽しみながらうどんを待っていました。そこへ頼みもしない白いプレート。上には野菜の惣菜が三種類とうどんに入れるショウガやネギが載っています。

「炭水化物だけでは身体によくないので強制的に野菜を摂っていただきます」

と涼しい顔の大将。

 

伸ばしたうどん生地は部屋の真ん中に鎮座する器械で麺になります。一枚の生地が滝の用に麺として降ってくる演出は面白く、この店は人気が出るなと誰もが思ったことでしょう。そしてその通りになっています。

 

客席は隣との間をゆったり空けたカウンターのみでキャパは10名。店主厳選の純米酒が数種類、エビスビール、国産ビオワインや各種焼酎、さらにBOWMOREなどの洋酒まで取り揃えている洒落たバルのようなうどん店。唯一の欠点は満員のことが多いということでしょうか。

 

 

月のひなた(カフェ) 禁煙

http://ameblo.jp/nonnon-hinata/

http://www.facebook.com/tukinohinata

 

 ベーグルを焼いたり、エスニックなカレーを作ったりといつも何かに挑戦している女性店主のお店。一昨年の暮に突如今池の東、春岡通り近くに誕生しました。店内の作りは一時流行った山ガールのようでもあるし、雑貨系のようでもあるし、そこは若い女性店主の城ですからよく理解出来ません。

 

カフェといっても昼の12時から夜11時まで営業、コーヒーやケーキだけでなくお酒も用意してあります。ビールはHeinekenの生、ビオワイン、さらにウイスキーも。料理はオムライスやカレー、ハンバーグ、ポークソテーなどその日のメニューと定番メニューがあります。また、最近は朝ごはんの会と称してベーグルやグラノーラを味わう定員制の会を積極的に催しています。

 

店主にはカフェに対するある理想がありそれを掴もうと模索しているようです。もしそれが料理や企画という形にできると実に嬉しそうに自画自賛しています。たとえその場にいた馴染み客からブーイングが出ようとも知らぬ顔。我が道を行くとばかりに突き進んでいるように見えます。結構頑なです。その様子を常連客も一緒に楽しんでいるという心地良い空気がゆっくりと漂っているお店と言えましょうか。

 

 

とりこころ(焼き鳥・純米酒・ビオワイン) 禁煙

https://m.facebook.com/profile.php?id=506495006051942#!/profile.php?id=168674513267181&fref=none&__user=759379189

 

「とりこころ」は一宮市で四人の若者が始めた会社で、いずれ一人一軒の店を持つことを目標にやってきた、その最後がこの店だと聞いています。一宮に二軒、西区円頓寺に一軒、そして池下店。それぞれ特徴を変えて出店されているようですが私はこのお店しか知りません。

 

この店の特徴はビオワインを多く扱い、満月の二日間は満月ワインバーとして立ち飲みバーになることでしょう。その日はペシコという名古屋でも知られたビオワインの輸入元が協賛してたくさんのワインが用意されます。また普段から品質にとことん拘った純米酒や地ビールが提供されています。もちろん食材も鶏肉から野菜まで生産者の名前が分るほど厳選。今年の正月には猪一頭を仕入れるという自分のやりたい道を行くという大将です。

 

大将はほんの少しだけ強面のお顔で、新規の客が窓から店の様子を伺おうと覗いた時、うっかり大将と目が合うと店に入ることを躊躇してしまいます。そこで窓はワインボトルで目隠しをされ、「どうぞ中へおはいりください」と貼り紙がしてあります。その脇には小さく「のぞき禁物」とも。良い食材と料理、そしてお酒を提供したいという強い思いが店主の顔に滲み出てしまっているようですが、実はとても優しい大将ですからご安心、どうぞ中へおはいりください。

 

特筆は焼鳥屋にして禁煙ということ。寿司や蕎麦屋、あるいは高級レストランなら禁煙も珍しくはないでしょうが焼鳥ではここ以外に禁煙店を知りません。煙を出しながら焼いているくせに何故禁煙だと言われる方もあるようですが、鶏を焼く芳香と紫煙の臭いは違います。おそらく禁煙にしたために煙草好きな客を逃がしていると思われますが、これは英断。表に立派なベンチと灰皿が用意されていますから、喫煙者も楽しめる店となることでしょう。

 

 

ひよし亭(小料理)

http://www.facebook.com/hiyoshitei

 

 今池と言うより名古屋を代表するライブハウス得三(Tokuzo)で長年料理を担当しておられた女性が昨年夏、春岡通近くに開業された小料理屋。控え目な店主はその外観を裏切らない家庭的で楚々とした味付けの上質な料理を作られます。それでいて湯葉や中華豆腐麺など珍しい食材をさり気なく設えるのはプロとしての矜持でしょう。お酒は地元の質の良い物が定番として置かれています。

 

営業時間は午後3時から午後10時と変則的。一番忙しくなるだろうと思われる昼飯時は避け、昼下がりからの営業です。一体誰が三時から飲みに行くのかと疑問に思います。それでも早い時間は暇なおじさんが訪れ、その後はライブハウスへ行く前の常連が集うようです。

 

近所の飲み屋を夜な夜な徘徊する人たちのことを回遊魚と呼ぶそうですが、穏やかな女性店主はそうした回遊魚おじさん達にも優しく接しています。あ、私は回遊魚ではありません(キッパリ)。

 

 

 

 

 

米家まいほーむ(小料理・純米酒) 禁煙

https://m.facebook.com/profile.php?id=506495006051942

http://ameblo.jp/shiketayone/

 

 千種駅の北、線路の東側の内山地区には料理屋さんが固まっています。私の好きな「串かつかっちゃん」というお店も線路際の通りに面して営業していますが、その二三軒隣に最近できたお店。これが「米家」です。「まいほーむ」と読みます。

 

「かっちゃん」へ行った時、ちょうど新しい店が開店準備中、店の案内がドアに貼り出されていたのでネットで調べました。すると店主ブログの写真の中に知っている器が写っています。瀬戸本業窯水野半次郎の三彩大皿です。たまたまその窯の八代目(予定)の水野さんとFacebookで知り合いなので問い合わせたところ「知人がお店を出すからよろしく、本業窯の器を使って下さいます」という返事をいただきました。

 

 「米家」は若いご夫婦が二人で切り盛りしています。料理はおばんざいを中心に魚料理など種類が豊富。カレーも名物。そして一番の売りが純米酒。いつもたくさんの種類を揃えています。Facebookで仕入れたお酒をずらりと並べて紹介しているので、誘惑を断ち切る当方の意志力を試されているよう。実に困ります。

 

 

SUSHIてさく(寿司) 禁煙

 

 寿司職人を夢みながらマイケル・ジャクソンにも憧れ、結局アメリカの寿司店で13年も働いたという店主。帰国後あらためて日本料理店で修行の後、開業。実に珍しい経歴です。

 

お店に入る時、ドアの取っ手が大きな「て」の字になっていて興味をそそられます。何でも幼馴染に専門職の方がいて内外装をやってくれたのだそうです。米家さんもそうですがお友達が多いお店はそれだけで戦力ですね。

 

店内は狭く、十名ほどで一杯になります。しかし客と丁寧にやり取りする寿司屋さんとしてはちょうどいい感じ。一人営業ですから手一杯でしょう。ややおとなしい感じの店主ですが、手が空くと魚の説明やアメリカの様子など話して下さいます。コストパフォーマンスにも優れたお店です。

 

 

タンメンでこ(タンメン・餃子) 禁煙

 

 春岡のらくだ書店のすぐ前にある、基本的にはタンメン専門店。しかしカレーラーメンやサンマーメンに加えて餃子などの惣菜もあります。ランチと夜の営業。店内は狭く十名ほどで一杯。以前は柳橋で居酒屋さんだったらしいという情報があります。ビルの解体に伴ってこちらへ移転しタンメン屋になったそうです。

 

 ここの大将の愛想はあまり良くありません。大きな身体で威圧感十分です。ところが狭い厨房でその巨躯を見事に操って次々に客の注文に応えていく様は実に壮観です。下準備が効率的で刻み野菜やスープ、餃子などが足元の引き出しや冷蔵庫、頭上の棚などから取り出され、次々に中華鍋に放り込まれていきます。客の勝手な注文をてきぱき裁き、料理を拵え、勘定をします。動きに澱みがありません。

 

 新しい客がカウンターの真ん中に腰掛けようとするとにっこり笑って

「すみません、隅から詰めて頂けますか?」

と優しく依頼されます。客はその鎮かな圧力に逆らえず誰もが「はいっ」と端っこの席に移動します。もちろん常連さんは最初から詰めて腰掛けます。

 

 

なかむら参(立ち飲み屋

http://250yen.com/

 

基本的に何でも250円の立ち飲み屋さん。ビールも洋酒も日本酒もワインも焼酎も何でも250円です(一部高価なお酒は350円)。カウンター内で客を愛想よく捌いているのは奥さん。人当たりの優しい方です。奥の厨房にはご主人が控えて調理を担当、注文に応えています。

 

 毎日質のいい純米酒を三本、熱燗を一本用意してあります。何しろ250円ですから全て飲みたくなります。おつまみも100円から。これならお小遣いが無くともワンコインで楽しむことも出来るわけです。

 

 惜しむらくは狭い店内が禁煙でないこと。込んでくるとダークダックスになって客同士気を使う店なのですが、タバコを一人が吸われると店内に煙が充満してしまいます。せっかく美味しいお酒を味わっているのにこれでは馥郁たる吟醸香が消えてしまい残念なことになります。ですから毎日でも行きたいけどあまり行けないお店になってしまっています。

 

偶然ですが、Facebookのやり取りでここのオーナー中村さんご自身タバコの扱いに開店当初から苦慮しておられることを知ることが出来ました。飲食店にとって大変難しい問題であることが分かります。

 

 

 

 

過去の『游氣風信』で紹介した今池のお店

No.185  2005.5.1

http://h-mishima.cocolog-nifty.com/yukijuku/2011/08/no-653e.html

 

萬福鮨(寿司)http://www.imaike.gr.jp/

かどまつ(焼き鳥)

味乃にしき(和風ステーキ)

きも善本店(炭焼き)http://www.kimozen.com/

たいら(焼きとんかつ)http://www.ctv.co.jp/ps/wide/2003/0126/10.html

呑助飯店(中華料理)

百老亭今池店(餃子専門店)

味仙(台湾ラーメン)http://www.misen.ne.jp/

茂一(薬味ラーメン) 春日井市へ移転

秀和(人参ラーメン)閉店

酒肆蘭燈(バー)

今池屋(お好み焼き)http://www.yakiyaki-net.com/tanken/report/008/

大潮屋(お好み焼き 持ち帰り専門)

可楽(蕎麦)

番外 六文銭(炉辺酒房・閉店)http://hozonko.com/rokumonsen/

http://myprofile.jp/mishima

 

No.201  2008.1.20

http://h-mishima.cocolog-nifty.com/yukijuku/2011/08/no-0245.html

 

新甫(うなぎ)

メゾンカイザー(パン)

http://www.maisonkayser.co.jp/index.html

浅野屋(洋食)

http://www.geocities.jp/asanoya15/index.htm

きんぼし(焼鳥)http://www.kinboshi.net/

AGARU(炭火焼)

きしや(きしめん・ラーメン)

小角堂(おでんバー)http://www.h5.dion.ne.jp/~ozunudo/

ジョッキ屋(焼き肉)

盛香倫(中華料理)広小路沿いに移転http://www.mirai.ne.jp/~kinpuku/index.html

マッシモ・マリアーニ(喫茶)

http://massimo-mariani.com/info/index.htm

和菜東本(家庭料理)

壱(小料理)

杉本(手作り惣菜・弁当)

シャティShathi(カレー・インド料理)

 

 

 

 

 

三島治療室通信

 

最近の症例から 

物が二重に見える大学教員の40代女性

 

主訴

首を左に傾けると焦点が合わず、物が二重に見える。右に傾けた場合は問題なし。

経過

一週間くらい前から眩暈(めまい)と同時に目の焦点が合わない症状が出て、耳鼻科と眼科へ通ったが特に問題はないと言われたとのこと。夫はMRIを撮れと言うが嫌なので指圧と鍼で治療したいと来室。

問診

眩暈は回転性か揺れる感じかと聞くと船に乗っている様に揺れると言う。回転性だとメニエルなどの懸念がある。揺動性ならその心配は少ない。焦点の問題も首の運動の左右差で出現するので脳からとは考えにくい。何れにしても今回は眼科と耳鼻科で検査しているので重篤な懸念はないだろうと思われる。

切診(漢方的触診)

身体を調べると首肩周辺に凝りがあり、特に胸椎10番辺りに強い凝り。お腹の筋肉には力がなく、脉も全体に弱い。

施術

数カ所の経穴に鍼、全身の指圧で筋緊張を緩めて終了。目の問題が継続するなら神経内科を受診するよう進めておいた。

結果

一週間後来室時、眩暈も目の問題も解消していた。

考察

過労から肩首の凝りが生じそれがストレスとなって眩暈や焦点が合わないという症状を派生していたと考えられる。したがって凝りが緩んだ段階で症状が消失したのだろう。このような症状は鍼や手技療法の得意とするところ。専門医によって眩暈などの診断を済ませていたので安心して施術できた。

 

 

お知らせ

 

三島鍼灸指圧治療室(医療機関番号 238010596

https://sites.google.com/site/ofisumishima/

午前9時から午後8時まで(最終受付7時)

完全予約制

◎健康保険による訪問医療マッサージ

脳血管障害後遺症、神経性疾患、圧迫骨折や加齢による廃用性運動障害などの症状によって歩行困難な方へのご自宅や居宅型老人ホームへの訪問医療マッサージ 主治医の同意必要

ケアオフィス三島居宅介護支援事業所(事業所番号 2370101848

http://sites.google.com/site/yukijuku/

介護保険の相談 ケアプラン作成

ブログ(游氣・ゆうき)

http://yukijuku.blogspot.com/

アーカイブス(格納庫)

http://h-mishima.cocolog-nifty.com/yukijuku/

携帯ブログ

http://www.google.com/gwt/x?wsc=tb&wsi=1347e44ec4281a30&u=http://yukijuku.blogspot.com/&ei=KKDtTP_BFo3mkAXfieGXCQ

 

 

あとがき

 

今回紹介したお店以外にも今池には素敵な料理屋さんがたくさんあります。しかし、私の行かない高級店やライブハウス、さらには若い人向けのお店などに関しては紹介する能力がありません。

 

残念なことに今池はちょっと危険だという印象は今でも根強く残っています。私が今池に治療室を出して早くも三十年が経とうとしていますが、その間、決してよその町と比較して危険だということはありませんでした。もちろん名駅や栄のように美しい町並みというわけにはまいりませんが、特に危険ということもないのです。しかし終戦後暫くの間に築かれてしまった「今池は怖い町」という印象はそう簡単に拭えないようです。また、皮肉なことに怪しさが消え、怖く無くなった今池には逆に人が集まらなくなったという歴史もあります。人心の面白さですね。

 

ご多分に漏れず今池商店街もさほど景気がよくありません。ところが冒頭に書いたように若い人たちが新しい店を出して町に活力が少しずつ戻っているという実感もあります。興味を持たれたなら紹介したお店に是非訪れてみてください。また、ご存知の素敵なお店を教えて下されば幸いです。『游氣風信』のネタになりますから。

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 明日は311日。

 

 二年前の東北を襲った地震と津波そして原発事故。これら一瞬の出来事はあれ以来ずっと日本中を重く覆っています。脳裏胸裏に深く染み付いてしまった暗い気持ちを改めようと思ってもそれが容易でないことを認めざるを得ません。

 

 ましてや当事者である被災された方、避難を余儀なくされておられる方の心中を思えば更に暗澹たる思いばかりです。

 

ただただ、一刻も早い復興を願うほかありません。

 

(游)

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2011年9月 8日 (木)

からだと環境

からだと環境
 

三島広志
 

 まだ地球に“いのち”が生まれてない頃のこと、今からずっとずっとの遥かな大昔。地球には「空」と「陸」と「海」とがありました。

 

 「空」は青々とあくまで透き通り、底の無い静けさをたたえていました。

 「陸」は黒々と横たわりその先にはうるうる高い山が連なっています。

 そして「海」は寄せては返す群青色の波に輝いていました。

 そこにうごめくのは風だけ。空に舞い上がり、陸をびょうびょうと吹き抜け、海鳴りを生んでいます。

 原初の地球は生き物の息吹の無いがらんとした静けさに覆われていたことでしょう。

 

 ある時、どうしたはずみか、海の中にいのちの仄めき(ほのめき)が漂い始めました。それは細胞膜という袋の中に「空」と「陸」と「海」の素晴らしいエッセンスを封じ込めた“いのち”ある“からだ”です。

 

 つまり、“からだ”とは「空」の爽やかさと「陸」の暖かさと「海」の優しさを細胞膜や皮膚と呼ばれる袋の中に詰め込んだものです。

 そしてその“からだ”を“いのち”として育むために、「空」からはすがすがしい早朝の林のような透明なエネルギー、「陸」からは取り立てのパセリのような生き生きしたエネルギー、「海」からはきらめく塩の結晶のようなエネ
ルギーを絶え間無く“からだ”に取り入れているのです。

 

 私たちの“からだ”はこのように外の環境である「空」と「陸」と「海」を内側に閉じ込めた内なる環境として存在し、外なる環境と常に交流しながら“いのち”を育んでいるのです。

 

 では、私たちの“からだ”の中の「空」とは一体何でしょう。

 それは鼻から胸一杯空気を吸い込むところ、肺を中心とした呼吸器官です。

 私たちは自分の胸の中に太古の「空」を持っているのです。青く高く澄み切った大空が胸の中に息づいているのです。時には夕日に哀しく染まり、時には真夏の太陽のように深紅の情熱がほとばしります。

 そこには今も一瞬たりとも休まず「空」のエネルギーが満ち溢れています。

 「空」は風となって私たちの“からだ”の中に入り、“いのち”の息吹と換わります。

 

 次に、私たちの“からだ”の中の「陸」は何処でしょう。

 それは口から食べたり飲んだりして生きる糧を取り入れる腹ですね。腸を中心とした消化器官です。

 

 土の中には根粒菌などというバクテリアが住んでいて空気の中から窒素を取り出して植物の肥料にしてくれていますが、私たちの“からだ”の中にも有名なビフィズス菌などのバクテリアがいて、消化を助けてくれたりその他さまざまな働きをしてくれています。

 植物は土の中から根っこを通じて栄養を吸収しますが、私たちの腸の表面にも根っことそっくりの形と役割の組織があって栄養をそこから吸収しているのです。まさに土の中と腸の中はそっくりなんです。

 

 最後に私たちの“からだ”の中の「海」とはなんでしょう。

 丘の上から遥かな水平原を眺め、潮騒を聞いていると何となく懐かしいような哀しいような気分になる人が多いと思います。

 私たちの祖先は海から陸(おか)に上がってきたのです。皮膚のようなしっかりした袋を持たなかった遠い祖先は最初海の中を住まいにしていたのです。

 それから長い年月を経て陸を生活の場としたとき、“からだ”の中に「海」を持つ必要があったのです。

 “からだ”の中の「海」は、今でも血潮と呼び称されるところ、血やリンパなどの循環器官です。

 海の成分と血液の成分は性質や比率がそっくりなんだそうです。そして植物の緑の部分、葉緑体も。

 素晴らしいことに、血液の赤と植物の緑と海の青は本来同じものなんです。

 

 おさらいしますと、私たちの“からだ”は「空」と「陸」と「海」という外の環境を取り込んでそれを皮膚という袋の中に詰め込んだ内なる環境のことで、その袋の中は常に外なる環境の「空」や「陸」や「海」のエネルギーを貰うこ
とで“いのち”としているのです。

 

 それだけでなく“からだ”の中で古くなったり、いらなくなったりしたもの、即ち「うんち」や「おしっこ」などは外の環境に放り出して、あとは知らないよ・・と、外の環境つまり地球にゆだねてしまっているのです。実に勝手がいいものですね。

 

 私たちを取り巻く外の環境つまり地球は黙ってそれを処理してくれます。私たちが取り込んで利用し、「うんち」や「おしっこ」として捨てたカスは地球によって分解されてまた「空」と「陸」と「海」に再生されるのです。しかもタダで。

 

 私たちの“からだ”は、地球の一部を貰って出来ていて、しかも、いつも絶えることなく地球を呼吸し飲食しエネルギーに変換して“いのち”を保ち、いらなくなったものは処理を地球におまかせ。何から何まで地球の世話になりっ
ぱなし。地球に巣くう寄生虫なんですね。

 

 人間以外の生き物は環境に適応して、つまり環境に合わせて自分の方を変えてきました。キリンは高い木の葉を食べるために首を長く伸ばし、体が大きくなり過ぎて動けなくなった鯨は海に帰って泳ぎやすい魚の形になり、花は甘い香りを放って蜂や蝶を呼び込む術を開発しました。

 

 ところが人間だけは自分をあまり変えず、環境の方を変えることで過ごしやすい状況を造ってきました。さらにそうして作り変えた快適環境に自分を順応することで今日まで人類の歴史を営んできたのです。

 地中に眠るガソリンを燃やして冬を暖かくすることで弱い皮膚を作り、機械を工夫することで筋肉をやせ細らせたのはそのためです。

 

 動物としてのヒトが、社会的・歴史的人間として文化を築いた時、火と言葉を手に入れた時から、人間の不自然な行き方は避けられないものとして今日まで営々と続いているのです。そしてその方面での恩恵は十分に認められるものです。

 

 なぜなら希望や生きがいを持って「棲息」でなく「生活」し、「餌」でなく「食事」をいただき、「行動」でなく「仕事」を楽しみ、ゆとりの中で芸術に親しみ、人間らしい思索と創造をして生きて行けるのは素晴らしいことです。

 それらは皆、社会的・歴史的人間として自然そのものから少しく距離を取ればこそ可能になったことです。

 寒さが厳しい時、身を震わせてひたすら耐え忍ぶしかなかったら、何かを考えたり作ったりは出来ないでしょう。暖かくすればこそ、創造的な時間が持てます。

 食べ物を作る術を手に入れることが出来たればこそ、年老いたり、病気をしたりして自分で食にありつけない人にも回すことが可能です。

 これらは全て自然からいささか離れたからこそ人間が手に入れた能力なんです。

 

 けれどもその方向で何処までも突っ走ることは正しいでしょうか。先程、人間は地球に巣くう寄生虫と言いました。でも今の人間の行き方を進めて行くと、これは寄生虫の域を越えて、むしろ地球を蝕むガン細胞になってしまいます。

いやもう既になっているかも知れません。

 寄生虫は自分の領分を知っています。増え過ぎると自分たちの宿り主が弱ってしまいますから、寄生虫の繁殖は押さえられ、適当にバランスがとられています。

 

 しかし、ガン細胞は勝手に増えるだけ増え、やりたい放題やってしまいますから、ついには宿り主は衰弱し、死んでしまいます。あげくの果てには結局、ガン細胞自身も一緒に死んでしまうという結末を迎えます。

 私たち人類の今の生き方はガン細胞の道をたどっているとしか言いようがありませんね。

 

 最近よく「地球を守ろう」とか「地球に優しい生き方」とか言いますが、これらのスローガンほど人間の我が儘さ、身勝手さを表した言葉はありません。

私は大嫌いです。

 

 「地球を守ろう」と言うときの地球とは人間にとって都合の良い地球であり続けて欲しい、そのためだったら何かしましょうという気持ちが奥に読み取れます。

 地球は私たちが守らなくても一向に平気です。平均気温を5度も上げれば、あるいは下げれば、また地震で大地をゆさゆさ揺るがせれば人類は木っ端微塵に滅んでしまいます。そう、人間がいなくなれば地球は救われるのです。

 「地球を守ろう」とか「地球に優しい生き方」という言葉の持つ人間優先主義的な考え方をこそ捨てなければいけません。

 

 地球から「空」と「陸」と「海」を貰った“からだ”とエネルギーを吸収して維持している“いのち”を本当にいつくしむなら、今一度、私たちは地球とどう付き合って行ったら良いか、どこまでが許されるのかを探していかねばならないでしょう。

 さもないと人類は本当に地球のガン細胞、悪性新生物になってしまいます。

それは自然のまま、生態系のまま食いつ食われつ調和して生きている他の生き物と違って、勝手気ままなことができる唯一の生物、「人間」の使命と言えます。

 

 あの青く高く美しい大空を胸に宿し、緑の草原と黒く屹立する山々からなる陸を腹に秘め、懐かしい潮騒の響きを熱い血潮として全身にみなぎらせている私たち人類。

 地球の一部、大自然の分かれとしての自分。

 自分という字は自然の分かれと書きます。

 その大いなる自然・地球と不即不離の存在としての生き方を、一人一人考えていくべきでしょう。

 

 “いのち”と“からだ”の源である地球。

 地球の一部分である自分。

 大切にいとおしく生きて行きたいものです。

 

 

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2011年8月29日 (月)

游氣風信 No.202 2008. 8.14

追悼 櫻井教授

新聞やテレビでも詳細に報道されましたが、南山大学の櫻井進教授が輪禍で亡くなりました。教授とは行きつけの萬福鮨で知り合いました。親しみやすい方で、いつも楽しく議論を交わしました。

以下はあるサイトに書いた文章です。一部を修正して掲載します。

夕刻、ウニタ(今池にある書店)に問い合わせたら「現代思想」があるというので早速購入して櫻井先生の論文を拝読しました。ポスト・フォーディズムによって、名古屋が整然となるにしたがって、庶民のノイズが大きくなる。これは櫻井さんの一連の江戸物に連なる思考だと感じました。アジール(解放区)としての今池の存在はますます大切になるのではないでしょうか。

仕事を終えてから萬福に行き、櫻井教授の好きだった清酒「立山」をカウンターに供え、大将と偲びました。お店の帰りに事故にあわれたそうで、大将はとても辛そうでした。

古着屋蘭○のおかみさんや中古レコードピ○○○の社長、大学職員の松○さんらも通夜に列席してから萬福に駆けつけ、故人について語らいました。冗談を言いつつも、寂しさや哀しさは隠せません。

遅がけに二人の紳士が萬福にやってきました(やはり櫻井さんの通夜の帰りのようです)。六文銭(居酒屋)で飲んできたようです。それで急に懐かしくなり、久しぶりに六文銭に顔を出しました。お客さんは誰もいませんでした。バンちゃん(六文銭のおかみさん)は相変わらずひっそりとたたずんでいました。
古い六文銭が閉店し、バンちゃんが新規に出してからは早くも8年目に突入するそうです。

わたしは実に久しぶりに清酒「もへいじ」を味わい、その味のよさに時の流れを感じたのですが、結局、誰もが、言いようのない悲しみを笑みと酒でごまかして時間と格闘しているようで、誠に辛い一日でした。

手元にある櫻井教授の著書「江戸のノイズ」(NHKブックス)や「江戸の無意識」(講談社現代新書)から推察すれば、氏は江戸という都市の装置がもつ意味を明らかにし、真の解放区(アジール)のありようを模索し続けておられたのでしょう。

教授主宰のゼミで学生に白紙を渡し、好きなことをしなさいという課題を出されたことがあると聞きました。これは自由を得た時、人は何もできないということを学生たちに実際に体験させたかったのでしょう。実際、一部の学生たちはどうしていいか分からないと混乱したり泣いたりしたそうです。

櫻井先生自身、いつも寂しげで、本当の自分を捜し求めておられていたようです。享年51歳とは余りに早い。人文学はこれからが集大成ではありませんか。江戸の仕組みを解いた眼差しで大名古屋の奥に潜む構造を明らかにしようとされた矢先の夭折。惜しんでも惜しみきれません。

どうぞ、死という究極のアジールでゆっくりお酒を楽しんでください。

櫻井教授の遺稿

「現代思想」2007年7月号に故櫻井進教授の書かれた論文をHさんが要約してくださいました。ここに掲載し、櫻井教授を心より哀悼いたします。

大名古屋論 ポスト・フォーディズム都市の行方
櫻井進

1.ポスト・フォーディズム都市・名古屋
現在、名古屋はトヨティズムの都市になりつつある。

*トヨティズム(トヨタ生産方式)とは「企業目標」への労働者の自己管理に基づく自発的・自立的な参加、すなわち「主
体化」を要求するシステムである。(R.ボワイエ)
例:QCサークルへの自発的参加や創意提案制度など。
                
*その「主体化」は、「主体=隷属化」(M.フーコー)にいたる可能性をもつ。
=ゆるやかな自発性の名の下に、より強力な隷属をせまるものにほかならない。「生産的協働」の変容。

*ポスト・フォーディズムにおいては、主体性が資本によって包摂される場合に、全体主義的な性格をもつ。

2.監視と排除
トヨタの本社機能の名古屋移転によって、名古屋で「生産的協働」が生産以外の場で行われるようになる。

*名古屋駅周辺地区は、清潔さを保つべく人工的な空間として管理されている。

3.1995
グローバリゼーションによって日本の戦後型システム(日本的雇用システム・日本的経営)が崩壊した。

→10年にわたる不況とグローバリズムの進展は、トヨタの国際競争力を高めたと同時に、労働現場の強化と労働者の多国籍
化を強めた。

→非正規雇用の拡大・若者の離職率の上昇・婚姻率の低下など。

4.大名古屋というキッチュ
 名古屋は、開発独裁政権である明治国家から、相対的な距離をとってきた。

*名古屋ブーム以前の名古屋は、正統的な価値観から逸脱したキッチュだった。
・キッチュなB級グルメ:あんかけスパ・味噌カツ・「エビふりゃー」
・「純粋スノビズム」:名古屋嬢
・ブランド好き
・成長と発展という目的から逸脱してゆこうとするポストモダン的様式性。

現在、近代日本からあえて逸脱しようとする名古屋のキッチュ性が消去されようとしている。

・名古屋駅前の再開発は、キッチュ都市・名古屋をグローバルな資本を表象するポスト・フォーディズム都市へと変容させ
た。
・名古屋のキッチュ的でポストモダン的な戯れの空間の光景は終焉を迎えようとしている。

5.イオン都市・名古屋
名古屋では「ジャスコ文明」が郊外だけではなく、都市の中心部に発生している。
=トヨタ的な郊外が流入していると考えられる。

*1980年代後半から外国人の多様化・多国籍化が始まり、現在では旧来の在日コリアンは名古屋各地に分散し、新来の外国人が中心部に集中している。

6.ポスト・フォーディズム都市の行方
・名古屋駅前に巨大なモニュメントやパノラマを展開したトヨタは、「純粋なスノビズム都市」名古屋を越え出て、グローバルな資本のたわむれを行っているのかもしれない。

・「人間的なものを何ももたぬ」資本が人間によって統制可能か、「動物化した資本」の行方を見定める必要がある。ポストモダン的なフォーディズム都市名古屋のモニュメントやパノラマに込められた「夢の残滓」、廃墟はどのように立ち現れているのかを見てゆかなければならない。

*トヨタの輝かしい「夢」の対であるジャスコ文明の先端としてのイオンは、すでに廃墟の様相を示している。
・在日外国人同様、「日本人」も複数化し、非均質化されたマルチチュードである。マルチチュードの「相互のコミュニケーションや<共>的行動を可能にする<共(the commons)>」(ヴェルノ)が形成される場のかすかですらある存在可能性を見出していかなければならないだろう。

*QCサークルとは、QC活動を行う際に組成される、同じ職場における作業者のチームのこと。一般的に10名までの小規模のチームを構成し、チームのメンバーはそれぞれ役割分担し、自主的に問題点の発見、改善案の提示を行う。全社的品質管理活動の一環として自己啓発、相互啓発を行い、QC手法を活用して職場の管理、改善を継続的に全員参加で行うものである。QC活動は現場の作業者達による、職場での自主的な活動であり、経営者や管理者はQC活動を支援する。QCサークルがうまく行われていれば、提案制度と同様に、仕事を行っている個人の改善意思を仕事に反映させる役割を担っていたはずである。

「現代思想」2007年7月号



2008/05/27
深津健司句集

所属している藍生俳句会の重鎮、深津健司氏から句集が届きました。氏は、サラリーマンを勤め上げた後、俳句三昧の日々を送られ、このたび古希となられたようです。
句集のタイトルは『切火』。銭形平次が出かける時、おかみさんが背中で火打石をカチカチ鳴らして火花を飛ばす。あれが切火です。なんと深津さん、今でもお出かけの際、奥さんが切火を切るのだそうです。

 ひひらぎの花つめたしやにほひまた
 ゆふぐれの野に虫籠の置かれたる
 霜柱妻の切火を背に受くる

ひひらぎは柊。匂いも冷たいと把握したところに詩情があります。
虫籠の句は俳人好み。何でもない事の中に俳味があるのですが、俳句に関心のない人には分かり難いかもしれません。
三句目は句集のタイトルになった「切火」の句です。切火が作者とその家族、そして個人史を象徴するものとして大切にされていることが分かります。

不熱心なわたしは俳句の会に全く参加していません。したがって深津さんとも久しくお会いしていません。6月14日に藍生俳句会の全国の集いがあります。そこでお会いすることでしょう。それまでに一冊を味読しておきます。 
(追記:深津さんは術後ということで、残念ながら集いには参加されませんでした)




2008/07/09
普通救命講習

7月6日の日曜日、愛知県鍼灸マッサージ師会館で救命講習を受けてきました。消防署から二名の講師が指導に来られ、
全体を二組に分けて人形を使っての講習。

まずは意識の確認。

「もしもし、大丈夫ですか、聞こえますか!!」

体を軽く叩きながら呼びかけます。反応がないときは

「意識がないようです、119に連絡してください。意識が無いことも伝えてください」

と身近な人を指名して依頼します。続けて

「AEDを探してきて下さい」
「医師、もしくは看護師を探してきて下さい」
「大勢の人を集めてください」

と具体的に指名して支持します。譲り合っている暇はないからです。大勢の人が必要なのは人垣を作って倒れて人を衆目か
ら保護するためと、心臓マッサージを救急隊が来るまで続けるための人手が必要だからです。

次に気道の確保。
顎を突き上げるようにします。そして呼吸の確認。目で胸の動きを見て、耳で呼吸音を聞き、頬で空気の流れを感じます。

「見て、聞いて、感じて、4,5,6,7,8,9,10」

号令をかけ10秒間確認。それでも呼吸がないなら呼吸停止状態。危険な状況ですから、人工呼吸をします。衛生のためのビニールシートもらって気道確保。普段はそんなものを持ち歩いていませんから躊躇するところです。顎を上げる姿勢を保ち、鼻の穴を塞ぎ、息を吹き込みます。
二回やって成功してもしなくても心臓マッサージに移行。感染の恐れがあるので人工呼吸は飛ばしても可。

心臓マッサージは1分間に100回の速さ。よく分かりませんが、大体でいいそうです。胸の中心に右手を当て、左手を重ね5センチ沈むくらいの強さでリズミカルに押し込みます。30回やったらまた2回人工呼吸。

脳の血流を維持するため、人工呼吸より心臓マッサージの方が優先されるそうです。

そこへAEDという心臓に電気ショックを与える装置が届いたという設定。
心臓マッサージを代わってもらってAEDの操作に入ります。機械の使い方は簡単。音声で支持してくれるのでそれに従うだけです。注意事項はショックを与える際、自分も、自分に代わって心臓マッサージをしている人も周囲の人も倒れている人に触れないこと。

数回のシュミレーションでなんとなくできるような気がしました。この技術が役立つことは無いにこしたことはありません。

2008/07/12
健康チェックは大便から

8日火曜日、愛知学院大学モーニングセミナーに出かけました。
講師は愛知医科大学教授 金光泰石先生。

大腸と便の話を分かりやすく説明してくださいました。

最初は大腸を支配する神経の話でちょっと難しかったのですが、真ん中あたりから具体的な分かりやすい話になりました。

排便回数は1日数回から4から5日に一回と個人差が激しいこと。自分のペースがみつかればあまり気にしなく
てもいいようです。

下痢や便秘の治療方法は薬剤など詳しくなさいました。

我々に役立つ話としては便の肉眼的評価でしょう。


およそ200から300ミリリットル。
高繊維食:便量多く、柔らかく弾性ある硬さ。
低繊維食:便量少なく、兎糞状。硬い便。
高脂肪食:量少なく浮遊便。
吸収不良:オイル状。


褐色:正常
白色:牛乳多飲。無胆汁便。
緑黒色:薬のせい。
タール様便:上部消化管出血。
黒色便:三日続くなら1リットル以上の出血。
血液便:大腸出血。大量出血。
排便時出血:肛門、直腸からの出血。
米のとぎ汁状:コレラ

便は体調のバロメータとなります。毎日、流す前に眺める習慣を作りましょう。



次のページから色々な虫や小動物の写真が出ます。人によっては見たくないものかもしれません。必ずしも可愛らしいもの
ばかりではありませんから注意してご覧ください。


2008/08/07
クマゼミ

三日間、毎日クマゼミがバルコニーのシマトネリコの木にとまっていました。朝夕には大声で啼いていましたからオスでしょう。そして、それに招かれるようにメスも来ました。

しばらく二匹で木にしがみ付いていました。ある時、一匹が幹を下って行きます。下まで行っては上るという行為の繰り返し。これはおそらく産卵です。

しかし、鉢植えに卵を産んでもおそらく幼虫の数年間を維持するだけの環境にはならないでしょう。確かファーブルが「本能の物知り、本能の物知らず」と言っていたように記憶しています。

自然の本能はセミに交配と産卵をさせました。でも、惜しいことにバルコニーという環境は不自然です。この木がバルコニーの鉢植えか大地の木か、そこまでの判断力は残念ながら本能にはないのです。

以前、バルコニーに水を撒いていたらトンボが来て今回のように産卵をしました。これもまた孵ることのない徒労に終わってしまいます。トンボは光る平面を池や川と勘違いするらしく、わたしは炎天下の車のボンネットにトンボが産卵する光景を見たことがあります。これも「本能の物知り、本能の物知らず」のなせる技でしょう。
子供のころ、クマゼミは貴重でした。夏休み明け、宿題の昆虫標本を持ち寄ったのですが、クマゼミはほとんどいません。わたしは両親の実家である広島でまんまと採集してきましたから鼻高々でした。

ところが近年は地元のニイニイゼミやアブラゼミを差し置いてクマゼミ全盛のようです。これをもって温暖化と決めつけることは止めますが、自然が変化していることは確かで、その渦中にいる人間も本当は鉢植えに産卵するクマゼミと大差無いようにも思えます。

立秋が過ぎました。風は確かに秋を含んでいます。かすかな秋を楽しむ余裕を持ちたいものです。

上の写真は200%に拡大すると口吻の刺さったところから樹液がにじみ出ている様子が分かります。
下の写真は樹液でおなかが一杯。
どちらもオスです。

2008/08/13
コウモリ

仕事場の近くの交差点で妙なものを見つけました。名古屋のメインストリートである広小路、今池交差点の一本東の交差点です。黒いゴミのようなものが動いていました。

これは夕方になると空を飛び交っているアレです。
朝方、地べたを這っているということは病気か怪我でしょう。いずれにしても車に轢かれてしまうので歩道へ運びました。持ち上げると小さな牙をむき出しにしてキーキー威嚇します。道に下ろすと必死で翼を広げますが飛べません。

両翼を広げたサイズは10センチあまり。とても可愛いです。人に踏まれず、太陽も当たらないところに置いておきましたがどうなったでしょう。
元気を取り戻して飛び去ってくれていたらいいのですが。

もしかして鶴女房みたいに美人に変身して恩返しにきてくれるかも・・・・。
部屋に籠ってこうもり傘などを作る・・・・。

もっとも吸血鬼かもしれませんから、それは遠慮しておきましょう。

俳句ではコウモリは夏の季語。「かはほり」(かわほり)とか「蚊喰鳥」とか呼びます。漢字では蝙蝠。

  蝙蝠やひるも灯ともす楽屋口 永井荷風




ムカデ
バルコニーの鉢の土を引っ掻き回したら、素早く走り回る細長い虫が一杯います。数珠のようにつながった節足動物で一節に足が生えています。
これはヤスデかムカデ。
ヤスデならもっと動作がのろく、つっつくと渦巻き状になります。それに拡大鏡で見ると一節に二対の脚があります。
この素早さで一節に一対の脚があるのはムカデです。調べたらどうも人体への害はほとんどないジムカデ。土の中の虫を食べているようです。しかし、毒は持っているようで油断はできません。

怖いのはオオムカデ。クワガタを捕りに行ったとき、オオムカデが蝉を咥えている情景を目の当たりにしました。かなりの迫力。夜でしたから写真は撮れませんでした。

以下の写真は江南市のマクドナルドで見つけたオオムカデ。



クワガタ

覚王山日泰寺近くの林でクワガタを捕まえました。
昨年見つけた秘密の木です。カブトムシや蜂が樹液に寄ってくるので時々散策します。
捕まえたのはコクワガタ二匹。飼育セットが品切れだったので適当な器と飼育用の土と木切れ、クワガタ用ゼリーを購入、ガーゼで蓋をしておきました。

翌朝、一匹が脱走。ガーゼに穴が空いていました。やはりガーゼでは無理がありました。室内にはいません。無事にどこかの林に戻ってくれていることを祈っています。
一匹は土に潜って一日を過ごしているようで、木を持ち上げると顎を振り回して威嚇します。


2008/08/08
茂一閉店・・・春日井市に移転。

仲田通りにあったラーメン店「茂一」が7月25日をもって閉店しました。昨年は今池の「人参ラーメン秀和」が閉店したばかり。どちらも以前よりお気に入りのラーメン店でしたから残念です。

「秀和」はなぜか調理人が変わって足が遠のいていました。しかし、「茂一」は若い店主が一生懸命にこだわった東京風醤油ラーメンで人気もありました。もともと名古屋で有名なラーメン店の後を受け継いで頑張っていたものです。

もっとも、その頑張りはやや客に緊張を要求するものでもありました。美味しいけど息苦しい。これがその店の印象です。

若い店主は、この後、小牧か春日井方面で店を再開するようです。
家賃の高い中心部から離れて、再度こだわりのラーメン道を歩むのでしょう。
開店したら行きたいものです。


あとがき
 
風信発行をサボりにサボって実に半年ぶりです。もっとかもしれません。その間、ブログには書き込みをしていました。

パソコンをウインドウズXPからVistaに変えました。するとプリンターが使えなくなりました。新しいキャノンのプリ
ンターを購入しました。無駄な出費です。
記録用のMOがダメになりました。諦めました。今はもっぱらUSBメモリーに記録しています。
HPを作っていたフリーソフトが使えなくなり、改めにホームページビルダーを購入してHPの作りかえ。これは大変な作業でした。まだ不十分です。
住所録もソフトを買って作成し直し。

パソコンの買い替えがここまで面倒なことになるとは考えてもいませんでした。

と言っても、これらが風信をサボる理由にはなりません。おおむねネタが尽きてきたこと。これが一番の原因です。しかし、生きていれば何かあります。これからも細々と書き続けていく予定です。
忘れた頃に届く。その方が風信らしいかもしれません。

愛知学院大学モーニングセミナー
このブログでときどき紹介している愛知学院大学モーニングセミナーのブログができていました。

http://www.agu-web.jp/~seminar/

最近のセミナーの様子を見ることができます。
モーニングセミナーは愛知学院大学楠元校舎(歯学部)講堂で、毎月第二火曜日午前7時から1時間開催されます。入場は無料。資料とバナナと牛乳が配布されます。

これから厳しい残暑の日々が続くことでしょう。夏の疲れも溜まっています。十分注意して生活しましょう。

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游氣風信 No.204 2009. 1.1


ごめんなさい地蔵

今池祭りのポスターで奇妙なお地蔵さんを見つけました。そして、それは以前、この近くで見た覚えのあるものです。そこで改めて探すべく出かけました。

ある情報で今池公園の近くだと知りましたので、その辺り一帯、不審がられることを恐れず歩き回ってきたのです。そして、見つけました。
一見、普通の民家のようです。同じものが知多半島にもあるという話も聞きました。
かわいい地蔵さんです。
今池公園は今池と千種の間にあります。
近くを通られたら探してみてください。
2008年9月 7日 (日)

俳句甲子園結果報告書
俳句甲子園結果報告書が届きました。
本戦は8月15日から17日まで四国松山で行われ、私はそれに先立つ愛知県予選の審査を担当しました。

昨年は愛知県の幸田高校が見事準優勝。最優秀句も幸田高校の清家由香里さんの「山頂に流星触れたのだろうか」が選ばれるなど大活躍でした。
今年は惜しくも一回戦で姿を消しましたが、昨年と今年、チームを率いて活躍した金田文香さんが特別賞を受賞されました。

俳句甲子園は年々参加校が増え、全国71チームがエントリー、決勝大会参加はそのうちの33校36チーム。なかなかの激戦となりました。優勝した開成高校は二年連続4回目と大健闘です。

俳句甲子園は「俳句を創作すること」と「鑑賞すること」、そして互いの俳句を通じて「意見を交わすこと」。これらを主体に行われています。

昨年、予選の審査をした時、その論戦がやや相手の俳句の揚げ足取り、ともすればケチのつけ合いに感じられたので最初の論評の際、「まず相手の句を素直に読んで解釈し、自分の世界と擦り合わせて鑑賞すること。俳句をリスペクトすることが大事で、そこから論を戦わせるべきだ」
と述べました。

すると次の戦いからは早速共感するべきところははっきり共感し、そこから疑問点などをぶつけるというやり方に修正してきました。畏るべし、高校生。その子たちがそのまま準優勝してくれたので大変うれしかったです。

高校生の熱気に触れると、惰性で俳句を作っている自分がさもしくなります。もう一度俳句を見直すありがたい機会でした。

来年も審査員を依頼されたらもちろん即答で受諾いたします。

今年の最優秀句は優勝した開成高校の村越敦君。

  それぞれに花火を待つてゐる呼吸 敦

でした。
2008年9月16日 (火)


東谷山と尾張戸神社

昨日は午後、時間の空きができたので森林公園に出かけました。ところがここは県の施設。植物園は四時半で、駐車場は五時で締切。着いたのが四時半。これでは中に入れません。

以前、名古屋市の博物館に行った時も駐車場に入った途端、係りの人が来て「終了です」。
それが午後五時。駐車料金だけ徴収されました。勤労者は公共施設を使うなということでしょうか。公務員が健康で安全に働けるための勤労規定もあるのでしょうが市民には冷たいものです。

ということで北隣にある東谷山へ移りました。ここにはフルーツパークがありますが、これも県の施設ですから終わっています。目的は山頂にある尾張戸神社と展望台。明るいうちに到着しなければいけません。

カーナビに随って山道を上がっていくと途中で通行止め。車を路駐して歩いて登りました。道はくねりくねり。なかなか山頂に着きません。そのうち木製の階段が見つかりました。これを登れば神社に行くだろうと見込みを付けて登っていくと、小さな祠がありました。

これが尾張戸神社か。ずいぶん小さいものです。やはり高いところだから建設が大変だったのだろうとさらに上がると、ついに山頂。今度は立派な社がありました。こちらが本殿だったのです。東側は開けて三国山や猿投山が見え、時に応じた日の出の時間と方向を示す案内板があります。きっと初詣と同時に初日の出を見る人で賑わうことでしょう。
西側には展望台。名古屋港から北の岐阜の山々まで見えそうです。

すでに夕暮れが近かった上に遠くが霞んでおり景観は良かったものの詳細を見ることはできませんでした。
展望台では二人の青年が立派なカメラを抱えて夕陽の撮影。しかし一人は条件が悪いと帰って行きました。もう一人の方は夜景も撮るためにもっと粘ると残られました。

お話をすると二人は知り合いではなく、たまたまそこで会ったのだそうです。残られた方はネットでそこが夕陽を撮影する絶好のスポットと知っていらっしゃったとか。

二台のカメラ、レンズだけでも30万円はしそうなものを携え、相当熱心に写真に取り組んでおられるようす。
「東側も景色がいいですよ」
「そうですか、では朝日も撮影できますね。ちょっと様子を見てきます」
と高価なカメラを置いたまま展望台を下りていかれました。その行動はよほどわたしが人畜無害に見えたのか、老いぼれでカメラを抱えて逃げる足腰は持たないと判断されたのか、のんびりしたものと驚きました。

帰る時、ブログの名刺をいただきました。素敵な写真満載です。
http://blog.livedoor.jp/hitoshi_stella/
2008年9月24日 (水)


愛知大学 秋季講座開始
今日から愛知大学オープンカレッジが始まりました。タイトルは『暮らしに活かす東洋医療』。全15回。終了は年を越します。
今回は13名の方が参加してくださいました。一人は三回連続。あとは全員初めて。年齢層は推定で20代から70代位。男性は二人。

本日の講義は『東洋医療入門』。これは元々名古屋市高年大学のために作った資料で、昨年の愛知学院での講演でも利用しました。もちろん色々と手を加えてあります。講義の内容は、

・東西医療の歴史や医療と医学の関係。今日の状況。
・東洋医療の基本思想。
・基本思想は大宇宙と小宇宙の調和。つまり天人合一について。

今風に言うと環境と人間の共存。そして環境と身体をいかに和していくか。これが実技につながります。
実技は足の経絡の簡単な刺激と仙骨呼吸。立ち方や脱力、身体の軸の話など総花的に行いました。
初回ということで講座のアウトラインの説明を兼ねた内容でした。おおむね好評であったと手ごたえを感じています。
2008年10月 2日 (木)

緑茶と糖尿病 朝日新聞より」
新聞で興味深い記事を見かけました。緑茶を飲むことで境界型の糖尿病の改善や発症の遅延効果あったというものです。きちんとした研究ですし、日常的な飲み物ですから参考になるかと思います。
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糖尿病のなりかけに「緑茶が効果」
1日7杯で血糖値改善
http://www.asahi.com/science/update/1004/TKY200810040094.html
2008年10月4日15時21分

 緑茶を1日に7杯分ほど飲むことで、糖尿病になりかかっている人たちの血糖値が改善することが、静岡県立大などの研究でわかった。健康な人で緑茶をよく飲んでいると糖尿病になりにくいという報告はあるが、高血糖の人たちの値が下がることを確認した報告は珍しいという。
 血糖値が高めで、糖尿病と診断される手前の「境界型」などに該当する会社員ら60人に協力してもらった。

 緑茶に含まれる渋み成分のカテキンの摂取量を一定にするため、いったんいれたお茶を乾燥させるなどして実験用の粉末を作製。これを毎日、湯に溶かして飲むグループと、飲まないグループに無作為に分け、2カ月後の血糖値を比べた。
 平均的な血糖値の変化を、「Hb(ヘモグロビン)A1c」という指標でみると、緑茶粉末を飲んだ人たちは当初の6.2%が、2カ月後に5.9%に下がった。飲まなかった人たちは変わらなかった。飲まなかった人たちに改めて飲んでもらうと、同じように2カ月間で6.1%から5.9%に下がった。

 一般にHbA1cが6.1%以上だと糖尿病の疑いがあるとされ、6.5%以上だと糖尿病と即断される。逆に患者の血糖値を5.8%未満に維持できれば優れた管理とされる。今回の成果は、糖尿病一歩手前の人が緑茶をたくさん飲むことで、糖尿病にならずに済んだり、発症を遅らせたりできる可能性を示した。

 2グループで体格や摂取エネルギーなどに差はなく、緑茶からのカテキン摂取量が血糖値に影響したらしい。1日分の緑茶粉末は一般的な濃さの緑茶で湯飲み(約100ミリリットル)約5杯分のカテキンを含み、緑茶粉末を飲んだ人では普通に飲んだ緑茶と合わせ1日に約7杯分のカテキンをとっていた。

 研究の中心で、今春に静岡県立大から移った吹野洋子・常磐大教授(公衆栄養学)は「運動などの生活習慣改善とともに、食事の中で積極的に緑茶を取り入れてほしい」といっている。(田村建二)
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ただのお茶ですから試してみてもいいですね。
ただし普段の食生活が肝心であることは言うまでもありません。
2008年10月 6日 (月)


メジロを助ける

今朝、治療室の近くにメジロが落ちてきました。ガラスにぶつかったようです。右の眼からかすかな出血。まだ暗いうちに飛んでいるからこんなことになるのです。

野鳥の保護はトリインフルエンザの恐れがあるのでいけないのですが、脳震盪だったようなので持ち帰りました。
元気がありません。右目がやや赤いです。

じっとしていましたが、1時間後、羽音を立てて飛び去りました。以前、車にスズメが当たった時も同じように飛んで行きましたから、今回も大丈夫だろうと思っていました。
2008年10月18日 (土)


金融と陰陽五行
知人のブログに金融危機のことが書いてありました。
その方は
「株など持たないし、生命保険にも加入していないから自分には関係ない」
というのです。わたしも株など持たないし貯金もありませんから、直接の関係はありません。
「しかし」
と、そのブログに別の方がコメントを寄せていました。
「政府も企業も為替や株で資金を運用している。
もはや誰もが金融の影響下にあって、そこから逃れることはできないのだ」
と。

これもまた正しい意見でしょう。

知人は博識と見識のある人ですから株の暴落は持たない人にも大きな影響を与えていることは十分承知の上で冗談で書いたのです。そこに別の方がまじめにコメントを付けたようです。そこから東洋医療入門に関わることに思いが至りました。

中国に古くから伝わる考え方として「陰陽五行」というものがあります。「陰陽」は月と太陽のこと。現象の中にそれぞれ月と太陽のように相反する性質を見出していく思考方法です。

それは弁証法の「正」と「反」を「止揚」して「合」という結論を見出していくという思考の運動に似ています。指圧の恩師増永静人先生も「陰陽と」いう考え方はよく利用されていました。

しかし、先生は「五行」は採用されませんでした。理由は分かりませんが、きっと「五行」はあまりにも観念的過ぎて指圧や医療を解くための論拠として役に立たないと考えられたのでしょう。
「五行」とは森羅万象は「木・火・土・金・水」の五つの要素からなり、それらが影響し合っているという考え方です。この考え方は政治や経済、医療、戦略、易、暦など広く用いられています。
森羅万象をいくつかの要素に分ける思考方法は中国独自のものではありません。古代ギリシャにも似た考えはあったようですし、古代インドから中国に伝わったという説もあります。

五行説では
「木は火を産み、火は土を産む。土は金を産み、金は水を産む。水は木を産む」
という円環があるとしています。これを相生関係といいます。母子関係ともいいます。

さらに、
「木は土を攻め、土は水を攻め、水は火を攻め、火は木を攻める」
という関係があり、これを相剋関係と呼びます。
身体でいうと
「肝は木で、心は火、脾は土、肺は金、腎は水」。
ただしこれら内臓は古典医学の物で現代医学のそれとは異なります。
五行で考えると肝は心臓母となり、肝は脾を攻めるということになります。

鍼灸や漢方では現在でもこの考え方を採用しているグループがあります。また否定しているグループもあります。先述したように、増永先生は「陰陽」は採用したのですが、「五行」は論理として採用するには根拠がないのでしょう、否定的でした。わたしも「陰陽」はものの見方として利用しますが、「五行」は知識として留めています。

では「五行」をどう捉えたらいいのでしょうか。わたしは「五行」は全てのものは互いに関連し合っているという思想のモデルだと考えています。森羅万象は全て関係の中に成立しています。一つのものだけが孤立しているわけではありません。科学ではそれを敢えて個別の物として抽出して研究しています。しかしそれをそのまま現実に置き換えることはできません。

「五行」はそうした関係性の中に森羅万象が存在していると教えてくれているのです。

冒頭の話題に戻りましょう。
経済も金融も政治も同じです。わたしたちはそれらとの関係の中にあって存在しています。時に翻弄され、時に利用し。株価の暴落は否応なく生活に影響してきます。これが「五行」の説く関係なのです。

先のブログに書いた人は続けて
「いずれ国内だけで生活や経済の基盤ができればいいが、それは無理な話でしょう」
というようなことを書いていました。全くその通り、無理だと思います。

鎖国時代の1734年、一冊の本がオランダで出版されました。解剖図譜「ターヘルアナトミア」です。それから40年後、わずか40年後に「解体新書」として翻訳されました。あの鎖国時代においてさえこの影響力。これ以後日本の医療は大きく変わっていきます。「風が吹くと桶屋が儲かる」というように遠い変化も何らかの影響力を持って関係してくるのです。

地球環境も、また金融や為替のような社会環境も、一見、離れたところにあるように見えて、実は生活に大きな影響を与えてきます。わたしたちはこうした関係性を離れて生きてはいけません。つまり自然や社会、あるいは時間的なあらゆる関係からは逃れることができない。これが「五行」の意味するところなのでしょう。
2008年10月19日 (日)


振り込め詐欺メール
知り合いの外国人から次のようなメールが届きました。その人のアドレスからきちんと届いたメールです。ただし、原文には行分けがなく読みにくいので、所々行を切りました。
------------------------------------------
Hi
How are you doing?
I am sorry i did'nt inform you about my traveling to Africa for a program called Empowering Youth
To Fight HIV /AIDS and the program has takes place in Ouagadougou,Kinshasa this year and now
in Lagos.
I need your help because i forgot my little bag in a taxi where my wallet and my ticket were kept and i
am in terrible bad situation right now.
I am having a little problem with the hotel about the hotel bill payment that i am owning and i kept
the money to pay the hotel bill inside the wallet now the hotel management want me to pay the bill
as soon as possible.
Please i want you to help me for the money to pay the hotel bill and the bill is $1,900 and with
another extra sum of $1,000 to feed and to help myself back home.
I want you to lend me $2,900 and i promise to refund your money back to you when i return.
I will appreciate what so ever amount you can afford to lend me and below is the details to send
the money to by western union money transfer.
I look forward to read from you once the money is send and reply me back with the control number
to receive the money at western union.
Best Regards
Receiver's Name :--- (知人の名前)


City:-- Lagos Island
State:- Lagos. Country:-- Nigeria
Text Question: (パスワード)
Text Answer: (パスワード)
-------------------------------------------
一人称の「I」が大文字だったり小文字だったり、あるいは「and」がやたらと使われていたりとずいぶん稚拙な文章です。

内容はエイズの調査にアフリカにいるが財布をタクシーで無くしたのでホテル代や食事代に困っている、必ず返すからお金を送って欲しいというもの。

このアドレスの主は確かにアフリカにエイズの調査に行っていてもおかしくないキャリアの外国人です。しかし今は子育てに忙しいはず。
自宅に電話をしたら本人が苦笑しながら出てきました。先ほどからこの件で電話が掛かりっぱなしだとか。律儀に返事を出したら詐欺師から再び返事がきた人もいるそうです。

アドレスが悪用されてしまったのですね。その方のアドレスはHPで公開されているから
悪意があれば何とでも使用できます。

もっとも、かの外国人はお金にゆとりがある方ですからこれが詐欺だとすぐに分かりました。しかし、これが私のアドレスからの金の無心なら、それは振り込め詐欺ではなく本当のことです。その時はアフリカなどという非現実な場所ではなく、近所の焼き鳥屋で支払いが滞ってしまい店長に縛り上げられている状況だと思います。速やかに送金してください。

冗談はともかく、気を付けましょう。
2008年10月31日 (金)

日経のインタビュー
2日の夕刻、日経新聞のインタビューを受けました。前日、愛知学院大学でモーニングセミナーのお世話をしておられる福井教授からメールをいただき、新聞のインタビューに応えてくれるよう依頼がありました。もちろん面白そうなので快諾しました。
インタビューの趣旨は早朝の有効利用。東京の地下鉄では混雑を緩和するため、早朝出勤する人にはポイントをプレゼント、50回の早朝出勤で3000円の商品券が貰えるのだそうです。ところが早く会社に行ってもその時間が無駄。そこで早朝をどのようにして有効に利用するかという記事が企画されたのです。
愛知学院大学はすでに三年近く、午前7時から8時までのモーニングセミナーを月に一回実施しています。講師は主として名古屋のあちこちの大学教授。受講者は全く一般の市民。

大学のこうした催しに興味を抱いた日経新聞がわざわざ東京から記者を寄こしました。その際、主催者の福井教授だけでなく参加者の声も聞きたい、誰かいないかということで私に白羽の矢が立ったのでした。これが事の顛末です。

インタビューは治療室で行われました。質問内容などは一問一答で紹介します。
●どうしてセミナーを知ったか?
 新聞に載っていた開催案内を知人の紹介で。
●普段、その時間は何をしているか?
 いつも散歩している時間だから都合がよい。
●何回参加したか?
 32回のうち、3回くらい欠席。
●何が一番印象に残っているか?
 イチローの話。これはブログに書いたが、今でも検索して訪問する人がいる。 http://h-mishima.cocolog-nifty.com/yukijuku/2006/08/200_dfde.html
●どこがおもしろかったか?
 夏休みで子どもから大人までの参加があった。講師の名古屋市立大学学長は幅広い世代に興味が持てるよう脳の話を整理して講義してくれた。イチローの小学校の卒業文集に書かれている「一流のプロ野球選手になる」という目標設定。それに基づいた努力。王監督の座右の銘である「海軍五誓」は高齢者の賛同を得る内容。
 さらに名古屋にはファンの多い高木元監督の登場。実技やお話の面白さ。その元監督を教授が一野球少年に戻ったような熱いまなざしで仰ぎ見ている様子も印象的。 話は脳は衰えることなく学習して鍛えることができるという希望の持てる内容だった。
●朝、セミナーをするというメリットは?
 一日が長く使える。朝、話題を仕込むことで人と会っても話題に事欠かない。
●夜ではどうか?
 早朝という隙間時間だからこそ自由に使える。夜は仕事が入ったりして時間がままならない。
●セミナーを長く受けてどう感じるか?
 朝のセミナーは暖気運転のように身体を整えてくれる。月に一回というリズムも身体に刻まれ、自然に会場に足が向かう。
●全体を通じて印象的なことは?
 ある話の後、参加者から「その研究が一体自分たちのためにどんな役に立つのか」という質問があった。その若い講師は返答に窮し、一瞬たじろいだ。研究のための研究なのか人の幸福に寄与する研究なのか、これは大切な問題だ。
専門家がその業績を独占していると時に不幸なことになる。そうして原子爆弾や化学兵器は製造された。政治や経済も牛耳られてしまう。専門家はその業績を一般市民に還元する義務がある。同時に市民もそうした研究に目配りする義務がある。
愛知学院大学のモーニングセミナーは一流の研究者が一般市民に業績を発表することでそうした役目を果たす場として機能している。これは素晴らしいことではないか。しかもバナナと牛乳を無料で配布してくれるという参加への動機付けまでしてくれる。ぜひ、今後も長く続けてもらいたい。

こんなような感じで楽しくインタビューは終わりました。日経新聞の方はとても柔らかな物腰で静かに人の話を導き出して下さいました。おかげで無口な私でさえ、ついついいろいろと話をすることができたのです。
果たしてどんな記事になるのでしょう。おそらく2、3行に要約されると思いますが楽しみです。
2008年12月 2日 (火)

インターナショナル
先日Aさんという方の治療をしました。その方の前後が外国人。Aさんは不思議そうに
「ここはインターナショナルですね。どうして外国の方がこんなにいらっしゃるのですか」
と質問されました。

確かに以前より減ってはいますが外国人はよくいらっしゃいます。
「どうしてでしょうね。口コミとしか分かりません」
とお答えしておきました。

今までこの街の片隅の、それもマンションの中の一室で看板も出ていない治療室に、いったいどれだけの外国人が来たことでしょう。
国名を思い浮かべてみました。

北米
カナダ、アメリカ

南米
ブラジル、ペルー、アルゼンチン

中米
トリニダード・トバコ 

ヨーロッパ
スウェーデン、デンマーク、オランダ、フランス、ドイツ、ギリシャ、イタリア、スイス、
チェコ・スロバキア(当時)、ルーマニア、ハンガリー、ベルギー、オーストリア、イギリ
ス、アイルランド、ブルガリア、ポーランド、スペイン

アフリカ
ザンビア、南アフリカ

アジア
韓国、ミャンマー、シンガポール、フィリピン

オセアニア
オーストラリア、ニュージーランド、パプア・ニューギニア

まだあるかもしれません。
かく言うわたしはまだ日本から出たことが無いので不思議です。
さて、これからイギリス人女性がやってきますから、standbyします。
2008年12月 7日 (日)


日経記事
先週インタビューを受けた日本経済新聞が送られてきました。記事は12月9日火曜日14面の生活面。早朝利用の具体例が東京の二か所と愛知学院大学。
わたし絡みのところは

参加者の一人で鍼灸(しんきゅう)師の三島広志さん(54)は「野球のイチロー選手を題材に元中日ドラゴンズ監督の高木守道さんが話した回が記憶に残る」と話す。

という部分。だいたい予想していた通りです。
インタビューの内容はこの前書いたように丁寧で1時間近いもの。きちんとした記事を掲載するため、新聞記事は意外に裏をしっかりとって書かれているものと感心しました。
2008年12月11日 (木)

訪問リハビリ・マッサージ
訪問リハビリ・マッサージを始めて三十年になります。それは私が鍼灸・マッサージの資格を取って以来の歴史と重なり、よくも今日まで続けてこれたものだなという感慨にもつながります。

初めての患者さんは65歳の元教師でした。
脳梗塞で右半身の麻痺と言語障害。努力家で小学校1年生から6年生までの漢字と計算ドリルを二回やり遂げ、日記も左手で毎日付けておられました。
この方のお宅へはなんと15年も訪問し、最後はご本人の大腿骨頸部の骨折や介護している奥さんにうつ病が発症したため中止となりました。
游氣風信5号はこの方がモデルで書いたものです。

二番目の患者さんは先ほどの方とほとんど同時に開始した方で、農業と行商で一家を支えてきた77歳の男性。空襲で二人のお子さんと家を消失するという悲劇を跳ね返して後のことです。
頑健が自慢の方でした。それが過信になり雪の日に上半身裸で畑仕事をしていて脳出血。
左半身麻痺でした。歩行できないまま退院されたのですが、訪問リハビリ・マッサージで杖歩行が可能となりました。
游氣風信63号はこの方のことです。

そんな具合にこの仕事を開始して三十年。
最初の十年はまだ制度が十分に整っておらず、その上、周知もされていなかったため患者さんも家族も私も何も分からないまま模索していました。
お宅を訪問するのは私たちマッサージ師と月に1から2回の主治医の往診。さらに数か月に1度の保健婦。在宅患者を抱え込んだ家族は本当に大変でした。精神を病んでしまうケースも少なくなかったのです。
当時から訪問マッサージは健康保険適応でした。ですから費用はほとんどかかりません。
障害者医療適応の方が多いので無料のケースも多いのです。これは大変利用しやすい制度です。しかし、その他の制度がありませんでした。

十年経った頃、措置による制度が充実してきました。保健婦が積極的に在宅患者を掘り起こし、ヘルパーの派遣や福祉機器の貸与や譲渡が行われるようになりました。これは画期的なことで、この頃から在宅患者はヘルパーによって清潔に保たれ、保健婦のアドバイスもあり家族もほっと息がつけるようになったのです。

さらに十年経つとご存じのように介護保険が生まれました。
こうして家族内で抱え込んでいた介護が外部化され、在宅患者は公的存在として認知されることになりました。
介護保険料や利用に基づく費用の負担はあるものの、患者、家族共々、大いに助かるようになったのです。
以下にも訪問体験記が書いてあります。

さて、今後はどうなることでしょう。
福祉予算の問題と少子高齢化の問題は待った無し。
社会全体が持てる能力をシェアしていかないと介護保険の存続は難しい状況です。元気な高齢者が特定(虚弱)高齢者を支援する時代はもう始まっています。
また自助努力(栄養や運動、生活スタイル)によって一人一人が被介護者になる状況を先送りすることも必要でしょう。
そうすれば結果として介護を受ける期間が短くなりますから、社会も家族も、何より本人が一番助かるのです。
来年はこうしたことも踏まえて、健康予防、介護予防に役立つ教室を考えています。

一応私も介護支援専門員(ケアマネージャー)の資格を持っていますし、介護予防運動指導員の認定を受けていますから。

2008年12月18日 (木)

名古屋市高年大学
今年も名古屋市高年大学鯱城学園の講師要請が届きました。これで8年連続くらいでしょうか。
最初は受講生が全員おじいちゃん、おばあちゃんに見えたものですが、昨年辺り、それほどの年の差を感じなくなってきました。
何しろあと5年でわたしも受講生になる資格が生じるのですから。
日程は来年1月23日金曜日午後1時からと2月6日金曜日午後1時からです。
生活科のA、B二クラスで同じ講義を行います。
テーマは「身体で学ぶ東洋医療」。

名古屋市高年大学鯱城学園
http://www.nagoya-shakyo.jp/1_10.htm
2008年12月26日 (金)

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游氣風信 No.205 2009. 3.4

●花粉症治療
今年も花粉症の季節がやってきました。この病気はある日突然免疫機構に何らかの変化が生
じて発症します。症状は免疫力の低下と同時に軽減しますから、加齢によって治るケースも
あります。

予防
マスクやメガネなどで花粉に被爆しないよう心がけることが最大の予防となります。
それに加えて冷えが影響するとされています。
冷えは西洋医学には無い概念ですが、東洋医療では重要視しています。
寒中、沈潜していた身中の陽気が春になって発揚すると同時に肝の氣が高まることで花粉症
が発症すると考えます。したがって寒中に身体を冷やす食べ物を摂取したり、生活をしてい
ると春に花粉症がひどくなる傾向があります。極力、生野菜や冷たい食物、ビールなどの摂
取を控え、寝る前には半身浴などで臍から下を暖めておくことが重要です。

治療
鍼治療で症状を軽減することが可能です。直接顔に鍼(鼻通、迎香、睛明、攅竹、神庭、上星、太陽などのツボ)をして症状の寛解を目指すと同時に、足の太衝や三里、手の
合谷や三里、おなかを温める臍周囲への鍼で対応します。

今年は花粉量も多いそうです。花粉症で辛いと訴えられる方が増えてきましたので、三島治
療室では花粉症でお悩みの方に特別治療として、1回3,000円(約30分)のコースを
設けました。
回数券は10回25,000円です。(指圧や脊柱の調整などは別料金になります。)






●保険治療
最近、保険治療に関するお問い合わせが度々ありますからご説明します。

鍼灸
健康保険による鍼灸治療は四肢や首、背中などに疼痛を伴う以下の疾患です。
 神経痛 
 五十肩
 リウマチ
 腰痛症 
 頚腕症候群
 頚椎捻挫後遺症(ムチウチ)
その他の疾患でも利用できることがありますからお尋ねください。

マッサージ
健康保険によるマッサージ治療は麻痺性疾患、関節拘縮、筋萎縮、廃用性萎縮などによって
運動機能障害を起こしているものです。具体的な病名では
 脳血管障害後遺症
 中枢性疾患
 外傷性の麻痺
 その他、神経性疾患、筋肉や関節の障害
三島治療室では上記の状況で歩行困難な方への訪問リハビリマッサージを行っています。
詳細はお問い合わせください。また介護保険を受けておられる方はケアマネージャーにお尋
ねしていただいても結構です。

同意書
鍼灸およびマッサージの保険治療を受けるための絶対条件は医師から同意をいただくことで
す。同意をいただいたら同意書に記入していただきます。これによって保険治療が可能です。
会社の組合保険では鍼灸などを認めていないところもあります。これはどうしようもありません。
同じ疾患で医師や他の医療機関にかかっているときは治療できません。一度ご相談ください。
同意書は三島治療室にあります。

治療代
鍼灸は
初回 2710円
以後 1525円
と決まっています。

お支払いはそれらの金額の1割から3割となりますから、一般は1回500円、高齢者は150
円が窓口での支払いです。
別途指圧や脊柱調整、テーピングなどは実費をいただきます。

マッサージは部位や訪問距離で異なりますから、ご相談ください。目安としては
1回260円から780円
です。訪問マッサージ対象の方の多くは障害認定を受けておられます。その方は無料で訪問
リハビリマッサージが可能です。









游々雑感
以下はブログに掲載したものです

2009年1月24日 (土)
高年大学
昨日、名古屋市高年大学鯱城学園で講義をしてきました。そこは中区の消防署の上にある立派な施設です。今年で講義すること8年目。

当初は受講者がおじいさんやおばあさんばかりだと思っていましたが、いつしか自分も入学資格に近付いてきたことを実感しています。入学資格は60歳です。

演目は「からだで学ぶ東洋医療」。医学と医療の違いや、中国の古い考え方である陰陽五行を説明しました。漢方医学の根本は「天人合一」。外部環境である大宇宙と内部環境である小宇宙(人体)との調和が大事だということです。

講義の中で、身体は外部環境である空、陸、海を体内に取り込むことでいのちを保持しているという話をしました。
空とは呼吸で吸い込む空気。東洋医療では天の気といいます。これは肺として存在します。
陸は腸を中心とした消化器。地の気をいのちに変える器官です。面白いことに畑の土に有用菌がいるのと同じように腸内細菌がいます。
海は血液。いのちは海に産まれ陸に上がりました。その時、体内に海を維持することでそれが可能になったのです。血液とはまさに体内にある海。血潮とはうまく言ったものと感心しています。これら陸海空を体内に持つことでいのちを保っているのです。

という話をすると以前の学生さんは「陸海空なんて、まるで軍隊みたいだ」と反応しました。多くの方が軍隊経験者だったのです。ところが今の学生さんに軍隊経験はありません。
8年という年月の重さに気づかされました。

同じ内容の講義を今度は別のクラスで2月6日に行います。
(追記:二日とも楽しく授業をすることができました。生徒さんの受けも良かった感じです)

2009年2月12日 (木)
後期高齢者医療制度とは
10日、愛知学院大学のモーニングセミナーに参加しました。
第35回の演題は
「後期高齢者医療制度とはどんな制度なのか?
―我々が必ず経験する医療制度なのに・・よく分からない?!―」
講師は名古屋市立大学大学院経済学研究科准教授澤野孝一郎先生。三十代の俊英です。高齢者を前にできるだけ分かりやすく話そうと心がけられているようすに好感が持てました。

例によって近々愛知学院大学のHPにその日の資料と動画が掲載されますから詳細の報告は止めます。http://www.agu-web.jp/~seminar/

当日印象に残ったことは高年者医療制度の変遷と平均寿命の話でした。

高年者医療制度は次のような歴史区分ができます。以下は当日の資料からです。

老人医療
1973年(昭和48年)より 70歳以上 
自己負担無料
老人保健 
1983年(昭和58年)より 70歳以上 
自己負担定額
前期高齢者医療 
2008年(平成20年)より 65歳以上 
自己負担2割(現在は暫定的に1割)
後期高齢者医療 
2008年(平成20年)より 75歳以上 
自己負担1割(所得によって3割)

これが歴史的変遷です。老人医療の無料は10年で破たんしたのですね。もっと長く継続していたような気がしていました。

厚生省の統計で日本の長寿・高齢化と医療費という資料が紹介されています。平成19年度のものです。
1970年(昭和45年) 
65歳以上人口  7,393,000人 
平均寿命 男69.31 女74.66
2005年(平成17年) 
65歳以上人口 25,672,000人 
平均寿命 男78.56 女85.52
1970年の国民医療費  24,962億円
2005年の国民医療費 331,289億円

1973年の老人医療無料の時の平均寿命は約70歳。つまり当時は平均年齢を超えた人たちへのサービスだったわけです。それを今日に単純に移動すると平均年齢から考えて80歳以上が老人医療の対象となってしまいます。ここに予算の難しさがあるのですね。しかも高度医療の進歩から医療費は鰻昇り。

こうした問題にどう対処していくのか。しかも今まで経済を支えていた団塊の世代があと数年で受ける側に回ります。医療費の破たんは目に見えています。

講師の澤野先生は次の対処法を述べられました。

投資せよ。
1 貯蓄に励もう!
  負担増への対処
2 健康、体力を増進させよう!
  健康は資本。
3 情報を積極的に集めよう!
  健康情報だけでなく制度情報とその監視

これらが個人でできる対応方だそうです。わたしの始めた経絡導引体操教室も微力ながら健康投資への役割を担っていると思います。

さて、わたしもあと10年で前期高齢者。その時果たしてどうなっているのでしょうか。現在の迷走内閣は「船頭多くして船陸に上がる」ならぬ「船頭不在にして船沈没」という様相を呈しています。
 

2009年3月 3日 (火)
きれいな空気 蕎麦切り「ふ~助」
レストラン紹介のサイトを見ていましたら、ある蕎麦屋さんの紹介記事の中に「店の空気がきれいだ」と書かれていました。それで興味を抱いて早速でかけてみることにしました。

店の名前は蕎麦切り「ふ~助」。東山公園の近くにあるこじんまりとした店。店内はカウンターに10名。4人掛けのテーブルが4つ。蕎麦屋というより江戸前寿司の店のように厨房が丸見えに設えてあります。

店を切り盛りしているのは30代かと思われる店長とその奥さん、女店員2名。計4名。ちょうど昼時で大変混んでいました。

ざるそば、出し巻き卵、季節の天ぷらを注文。店内は清潔で、従業員はてきぱきと仕事をこなしています。店長は出し巻き卵や天ぷらを調理しながら段取りを的確に指示。その有様全てがカウンターキッチンで広く見渡せます。

店長が出し巻き卵を見事に作り上げるところも、店員が大根をおろすところも、みな、カウンターから丸見え。まるで舞台を鑑賞しているようです。そして紹介してあった記事のように、確かに店の空気がきれい。

店内が禁煙であることはもちろんですが、それ以外の空気、雰囲気がきれいなのです。店長が料理する姿も店員が働く姿もみな美しい。そしてもちろん料理も。これは粋とイナセを身上とする蕎麦屋としてはこの上もなく好感のもてるものです。

端正な二枚目の店長が醸し出す清潔な雰囲気もあるでしょう。きびきびと料理をするだけでなく、店内に気を配り、指示を出し、お客に対してあらゆるものを最高の状態で提供した
いという意気込みがうかがえます。まさにきれいな空気の店。減点対象が見当たりませんでした。

それでふと思い出したのが池下の「AGARU」。炭火焼と創作料理のお店で、ここも30代前半の美男美女夫婦が経営。お相撲さんのような焼き専門の料理人とアルバイト1人で稼働している瀟洒なお店です。この店は炭火焼ですから煙が立ち上がります。また、店の性格上、禁煙ではありません。しかし、店長やその奥さんたちの醸し出す雰囲気はやはりきれいな空気なのです。

どちらのお店も開店して一年余りですが、すっかり評判を取って繁盛しています。きれいな空気・・・若い二人の経営者の態度に、わが身を振り返って深く反省し、自分の仕事に生かせたらと感じ入りました。こんなオヤジでもまだまだできるはずです。

ふ~助 
052-782-2266
午前11:30~午後3:00 午後5:00~午後8:00
月曜日休日
東山公園駅4番出口。場所は分かりにくい。

AGARU 
052-752-1141
午後5:00~午前0:00
水曜日休日
池下駅から錦通りを今池方面へ。最初の角。  

花粉症
花粉症の季節です。これは単に鼻や目の病気ではなく全身に何らかの症状が派生していますから、疲労をためないように過ごしてください。

今年は花粉の飛散が多いようです。この病気はある日突然発症します。誰もが罹る病気です。体調の維持も重要な予防でしょうし、罹患しても体調のコントロールである程度軽減できます。ともかく外からも内からもからだを冷やさないことです。そして症状がひどい場合は被曝を避ける対策が必要です。

最近は眠くならない薬も開発されているようです。辛い方は薬を服用することもしかたありません。鼻の穴に塗って花粉を遮断する軟膏もあるようです。いずれにしても上手に対応しないと生活が台無しになってしまいますからね。

訪問リハビリマッサージ
身近で寝たきり介護の方がおられましたら、健康保険による訪問リハビリが可能かもしれません。三島治療室にご相談ください。

何らかの原因で寝たままですとどんどん状況が悪くなります。本人の心身の衰えだけでなく家族も辛い先の見えない現実の中で蟻地獄に落ちたように困窮していきます。そうならないためには周囲の助けがとても重要です。困ったなと思ったら早めに保健師や社会福祉士、ケアマネージャーなどに相談することです。なにより行き詰る前に相談しておくことが大切ですから、周囲にそのような困窮者がおられましたら助言してあげてください。病院
や保健所、市役所などに窓口があります。

三島治療室では訪問によるリハビリマッサージを行っています。動けない人はマッサージや他動運動、動ける人はその能力に応じた機能訓練・・・寝返る、座る、立つ、車椅子に移乗する、歩く・・・少しでも日常生活を快適に過ごすための協力いたします。

リハビリテーションは社会復帰という意味です。マッサージや機能訓練などの治療はそのごく一部。人との会話、買い物や図書館へ行く、友達と喫茶店で会う、これら生活の全てがリハビリなのです。そしてその先には大きな目標、たとえば旅行にでかける、職場に復帰するなどがあります。

リハビリはそうした生きる目的を叶えるために日常で行うものです。未来への展望がないとリハビリ自体が目的になります。リハビリが目的化することは生きる励みという点で否定できませんが、その先の目的があったほうがより励みになります。展望や目的がないリハビリは、時に施術者や家族から強いられたいわゆるリハビリ地獄になってしまいます。

残された能力をどのように発展していくか、これがリハビリです。

NHKでリハビリ難民の特集をしていましたが、残念ながら訪問マッサージのことは取り上げられませんでした。わたしはすでに訪問リハビリマッサージを30年間継続しています。
これからも身体の許す限り関わっていくつもりです。

(游)

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游氣風信 No.206 2009. 5.18

2009年3月27日 (金)
鷹 四月号

俳句結社誌『鷹』が送られてきました。
『鷹』は先年亡くなった藤田湘子という方が創刊された歴史ある俳句雑誌です。2009年四月号で第46巻第4号だそうですから50年近い年月を刻んだ雑誌ということになります。

藤田先生は水原秋桜子の下で勉強された方で、指導力に定評がありました。現在は若い小川軽舟という方が主宰を受け継がれている精鋭集団です。しかしわたしは『鷹』とは何の御縁もありません。どうして郵送されてきたのか訝りながら封を開けました。

すると付箋が貼ってあります。開くとそこは「俳壇の諸作」というページ。筆者は辻内京子さん。驚いたことにわたしの俳句が鑑賞文とともに紹介されています。

 山彦が山彦を呼ぶ冬日かな 三島広志

 「藍生」一月号より。山に向かって「やっほう」と叫んだ子供のころの思い出は誰にでもあるだろう。「やっほう」と山彦が返ってくると嬉しくてまた「やっほう」と繰り返した楽しい経験だ。
 掲出の句は山彦が再びエコーする現象を詠んだものである。「山彦は山の神が答える声」というアニミズム的な発想や、自然の深遠な息づかいがこの句から感じられるのは、「山彦が山彦を呼ぶ」という措辞の手柄であろう。日本の原風景の持つ時間と空間の広がりを味わいたい句である。

身に余る高邁な鑑賞です。読み手がいいと詠み手が救われる実例。成程そんな読みもできるかと感心しきり。
 
この句はわたしが所属している俳句結社「藍生」の一月号に特別作品として巻頭に掲載された十句のうちの一つです。句の舞台は猿投山。名古屋の東郊外にある猿投山はオウスノミコトという大和武尊の双子の兄の墳墓が祭られていることで知られています。しかし現実に山彦を聞いた訳ではありません。現実に登った山での想像です。俳句は日常存問で日記のように詠むという人もいますが、創作ですから空想や捏造もあります。
そういえば『鷹』創刊の藤田先生の先生である水原秋桜子の句に
 
 高嶺星蚕飼の村は寝静まり 秋桜子

という高名な作品があります。これは信州と群馬の県境で作られた作品。蚕を飼っている村が深夜、寝静まっているという静謐な名句ですが、作者の解説によると作ったのは昼間。この句で作者は写生から創造へのきっかけを掴んだと書いていたはずです。手元に資料がないのでうろ覚え。俳句の表記も違っている可能性がありますがご容赦。

ともかくわたしの句が思わぬところで読まれ、掲載されていることに驚きました。文章を書く人は広く眼を光らせているものです。また、きちんと送って下さった『鷹』編集部の良識にも感謝します。

筆者の辻内京子さんは句集『蝶生る』で今年の俳人協会新人賞を受賞されました。これからが期待される方です。その句集から

 硝子戸は海の入口春の暮
 炎昼の階段掴むところなし
 大切な人の掌蝶生る

2009年4月 6日 (月)
俳句甲子園

昨夜、愛媛の村重さんから電話があり、今年も俳句甲子園の審査員を依頼されました。今年で三回目になります。

俳句甲子園は高校生による俳句の創作、鑑賞、ディベートの大会です。一昨年は愛知代表の幸田高校が準優勝しました。今年も高校生から勢いと鮮度を頂けると楽しみにしています。
日程は6月13日土曜日、詳細は不明。
俳句甲子園のHPは
http://www.haikukoushien.com/


2009年4月 9日 (木)
宮澤賢治 作品発見

宮澤家の蔵から地図の裏にメモされた賢治の作品が発見されたそうです。生前、全く無名だった宮澤賢治の原稿は弟清六氏が岩手県花巻市の実家の蔵で大事に管理保管されていました。空襲下でも窓や隙間に味噌を塗りこんで氏が死守されました。現在は花巻市の宮澤賢治記念館に収蔵されているはずです。したがって最早不明の原稿などは無いと考えられていました。ところがその蔵の建て替えで見つかったというから驚きです。

発見された原稿に書かれている詩は岩手の猊鼻渓の辺りの作品と考えられます。作品としての完結はしていません。以後、いずれかの作品に取り込まれた形跡もないようです。出先でふと思いついたことを手近の地図にメモし、そのまま忘れてしまったのではないかというのが研究者の見解です。

停車場の向ふに河原があって
  水がちよろちよろ流れてゐると
 わたしもおもひきみも云ふ
  ところがどうだあの水なのだ
 上流でげい美の巨きな岩を
  碑のやうにめぐったり
 滝にかかって佐藤猊岩先生を
  幾たびあったがせたりする水が
 停車場の前にがたびしの自働車が三台も居て
  運転手たちは日に照らされて
 ものぐささうにしてゐるのだが
  ところがどうだあの自働車が
 ここから横沢へかけて
  傾配つきの九十度近いカーブも切り
 径一尺の赤い巨礫の道路も飛ぶ
  そのすさまじい自働車なのだ

2009年4月16日 (木)
愛知学院大学モーニングセミナー
14日の朝、第37回愛知学院大学モーニングせみーなに行ってきました。午前7時から8時まで。朝早いのに会場には100名以上の方が集まって、熱心に講師の話に耳を傾けていました。
テーマは
「肝腎要の肝臓とはどんな臓器?」―肝に銘じようメタボとの関係―
講師は名古屋市立大学大学院 医学研究科 消化器・代謝内科学講師 野尻俊輔先生
肝臓の専門知識を簡潔に分かり易く説明していただきました。
かなり専門的な内容でしたが整理されていたためかとても理解しやすかった気がします。

肝臓の働きは
・糖 糖分の貯留(グリコーゲン)と放出を調整
・たんぱく アルブミン、血液凝固因子などの蛋白合成、アンモニアの代謝
・脂肪 コレステロールの合成、脂肪酸の代謝
・ビリルビン 壊れた赤血球から胆汁の生成
解毒や排泄
・薬物の解毒、アルコールの代謝
・細菌や異物、毒素を処理する
・ホルモンの代謝
など多岐にわたる。

肝がんによる死者が増えている。その80%はC型肝炎ウイルスの感染が原因である。
肝臓病が肝がんになる過程。

これらの説明の後、将来問題になってくるNASHの話。
NASHに関しては以前、モーニングセミナーのメタボの話でも取り上げられていました。
肝がんの原因疾患であるC型肝炎が減り、アルコールを控えることで肝臓病は減少するはずです。ところがそうはなっていません。そこで問題になってくるのがNASH。
NASHとは非アルコール性脂肪性肝炎のこと。
アルコールはほとんど飲まないのにまるでアルコール多飲者のように脂肪肝、肝炎、肝硬変となりやがて肝がんへ移行する
病気です。欧米では急速に増加し、日本でも将来そうなるだろうと懸念されています。
NASH患者の20%が10年で肝硬変になる。
肝硬変になると5年で20%が肝がんを合併する。
今盛んに言われているメタボ予防がそのままNASHの予防になるそうですから、食事や運動を意識して生活を構築する必要があるそうです。
詳細は愛知学院大学のHPをご覧ください。
http://www.agu-web.jp/~seminar/

当日の資料と講演ビデオが掲載されます。

2009年4月17日 (金)
哀悼 Tさん
昨日、長年訪問治療に伺っていたTさんがお亡くなりになりました。まだ70歳前ですが、闘病期間は20年以上、完全に寝たきりになって10年以上という大変な人生でした。

訪問開始は平成の声を聞いて間もなくでしたから、20年近く関わったことになります。その間、数回の入院時を除いて週に三回出かけていました。

Tさんは40代に入ってまもなくSLEという膠原病を発症し、その後数度の脳梗塞、薬の副作用による骨粗鬆症などに苦しみました。訪問当初は歩行訓練ができるくらいの状態でしたが、次第に困難となりついに寝たきり状態になってしまいました。しかし生来の明るさからデイサービスで人気者でした。

子どもさんのいないTさん夫婦は、奥さんが現役のころは昼に会社から戻ってはオムツを替え、また会社に行くという介護を長年こなし、退職後も音を上げることなくお世話をされました。腰痛に苦しむ一面もありましたし、高齢の母親の世話もしなければならないという厳しい毎日を過ごされたのです。

Tさんの明るい笑顔は奥さんの癒しでもありました。
近年は肺炎を病むことが多く、度々入院されましたが、その都度復活されていました。ただ今回の入院は呼吸困難を伴っており心配していました。嚥下性の肺炎ということで胃ロウという直接胃に栄養物を流し込むチューブを付けたのですが、その後炎症を併発し、ついに不帰の人となりました。

Tさん、長年の闘病ご苦労様でした。これからは大好きでもできなかったパチンコや釣りを楽しんでください。
奥さん、お疲れ様でした。さびしいでしょうが、今後のご自身の人生を大切に。

2009年4月22日 (水)
佐藤勝治さんのこと
宮澤賢治関連のメールマガジンからあるブログ壺中の天地へ飛んで行ったら、佐藤勝治さんのことが書かれていました。
佐藤さんのことは以前HPに追悼文を書きました。
游氣風信 34号そのことをコメントに残したところ、ご丁寧にお返事をいただきました。思えば人生、色々と不思議な出会いをしているものです。やはり人は人間としてさまざまな関わりの中でしか生きていけないのですね。


コメント
ゆうき様
 ブログにお書き下さいまして恐縮しております。
 先生の「遊氣」での医療や俳句に門外漢な小生は、いつも感心して拝見しておりました。游々雑感で「シンコク」や「コクゼイ」を読んだときには、プロフィールのこわさから 少し解放されました事を思い出します。(A;´・ω・)アセアセ
 先生は宮澤賢治学会には早くからの会員のようですね。(会員取得番号より)賢治が医療についてどのように考え、どの様な行動をとられたのか具体的なことがお解りでしたならお教え下さりたく思います。大変失礼な数々、ご容赦ください。

2009年4月27日 (月)
フランス紳士M氏
治療室に定期的にいらっしゃるフランス紳士M氏は大学でフランス語を講じておられます。大学の帰りに来られる日はネクタイをしてジャケットを羽織り、紳士然とした装い。
「カッコいいですね、フランス製ですか?」
「ノン、岐阜のオンセンドー。ネクタイ500エン、シャツ1000エン、ブレザー2000エン、安いね」
「・・・・・・・・・そうですか(汗)」
やはり洋服は西洋人向けの服飾。
安くたって雰囲気が紳士。
M氏、決して二枚目ではないのですけど、雰囲気がカッコいいので不思議です。

2009年5月10日 (日)
コンビニ弁当要注意
リサイクルはその言葉の美しさとは裏腹に危険を伴うことを忘れてはいけません。紙をリサイクルするためにはたくさんの化学反応を必要としますから、通常の製紙以上に薬品を使うことになります。つまり公害の危険性を伴うのです。
コンビニ弁当の残りを集めて家畜に与えるというリサイクルも始まっています。狂牛病は食品の再利用で起こったことを忘れてしまったのでしょうか。この危険性を訴える人は以前からいました。
たとえば以下のブログ。
http://takedanet.com/2009/05/post_b778.html
この警鐘は真摯に聞くべきでしょう。

ニュース短信 コンビニ弁当,危険になる!
「コンビニ弁当が,きわめて危険な弁当になった.
狂牛病というのがあるが,あれは「屠殺したウシのガラがもったいない」として,それをリサイクルし,飼料にしたことによって起こった。その後,「共食い」は動物によらずに狂牛病に似た病気を起こす」ということが判ってきた.人間ではクールー,ヒツジではスクレイピーである.
すべて狂牛病のように悲惨な死を遂げる。
コンビニ弁当の残りをブタやトリのエサにしているらしい。「食品リサイクル」と言っているが,まさに狂牛病の発症と同じ状態である。
つまり,まだブタの肉をブタに食べさせたら狂豚病になるか,トリの肉をトリに食べさせると狂鳥病になるのかは判っていない.少なくとも研究結果は発表されていない.またそれが人間に感染するかも不明である。
でも,私たちは過去の誤りを参考にする事ができる.つまり,豚肉や鶏肉,またはそれらの加工食品や肉汁などを使用しているコンビニ弁当を,ブタやトリに食べさせることはきわめて危険であることを知っている。
それで育てたブタやトリの肉がコンビニ弁当に入っているのだ.危険度は,食品添加物や遺伝子作物の比ではない.危険きわまりない.
私は大手コンビニが弁当を,ブタやトリの飼料として使い出したというニュースに接し,コンビニ弁当を買うことを止めた。
国民の健康は,環境省や大手コンビニエンスストアーのものではない.厚生労働省もコンビニ弁当が安全だとはアナウンス
していないので,とにかく当面,「狂豚病にならない」という研究結果をこの目で見るまではコンビニ弁当を買わないことにした.
特に子供には食べさせないようにしよう.
(平成21年5月10日 執筆)武田邦彦
(C) 2007 武田邦彦 (中部大学) 引用はご自由にどうぞ」

2009年5月13日 (水)
愛知学院大学モーニングセミナー 心臓
昨日、朝7時からの愛知学院大学モーニングセミナーに出かけました。今回のテーマは心臓。
「あなたの胸キュンは大丈夫!?」
―心臓の鼓動を考える―
講師は名古屋市立大学大学院医学研究科
心臓・腎高血圧内科学 大手信之先生
詳細は近日中に愛知学院大学のサイトに動画や資料が掲載されますからそちらをご覧ください。
http://www.agu-web.jp/~seminar/

心臓は自覚されないほうが健康であること。
放置してよい不整脈と危険な不整脈があること。
必要なら薬や外科的処置が奏効すること。
心臓疾患で怖いのは心不全や心筋梗塞だが、脳卒中を誘発することを忘れてはいけない。
冠動脈は70%狭窄しないと症状が出にくいこと。
高血圧、高血糖、高脂血症は危険要因であることに間違いない。

などの話を映像を見ながら説明していただきました。
来月は「サブプライムローン」の話。
7月はたかべしげこさんの朗読で「なめとこ山の熊」(宮澤賢治)だそうです。

あとがき

千種公園で見かけたコゲラ。小さい啄木鳥です。
枝の真ん中に何とか映っています。
http://h-mishima.cocolog-nifty.com/yukijuku/2008/12/post-fbd6.html#search_word=コゲラ

大阪、神戸で新型インフルエンザが拡大しています。通年、日本ではインフルエンザに罹患する人が1500万人、亡くなる方が15000人。死亡率が0.1%。今回のインフルエンザは死亡率が0.4%。通常の4倍です。
特徴として若い人が多く感染、発病しています。これは過去に似たウイルスが流行し、年長者はある程度の免疫を持っているからだと考えられています。しかしウイルスは突然変異します。神経質にならないよう健康状態を保ちながら衛生に努めましょう。
東洋医療では内因(内面の問題)と外因(環境の変化)
に不内外因(生活スタイル)の偏りが病気を生むといいます。心配しすぎは内面を傷めますから、極力穏やかに、健康に留意した生活を心がけましょう。

以下のサイトは参考になります。
感染症診療の原則
http://blog.goo.ne.jp/idconsult
(游)

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游氣風信 No.208 2009. 8.18

スコーン 名古屋走り? ロールケーキとバームクーヘン 戸苅ひな子さん 愛知学院モーニングセミナー 茂一再訪 賢治の催しなど

2009/06/23
Scone スコーン
定期的に身体のメンテナンスにいらっしゃるイギリス人J女史。近々大学の同僚とドイツ料理を食べに行くとか。

そういえばイタリア料理、中華料理、スペイン料理、フランス料理、インド料理、ベトナム料理、ルーマニア料理など各国のレストランはあるのに、英国料理店はありません。アメリカ料理もありません。果たしてイギリスにおいしいものはあるのか。率直に聞いてみました。その結果は予想通り、J女史の返事は悲観的でした。

「残念ながら日本と比べると英国に美味しいものはない。しかし・・・」、と、言います。
「スコーンはおいしいよ。わたしも時々自分で作るの」。

スコーンはスターバックスで食べたことがある旨を述べたところ
「あれはアメリカのもの、本当のスコーンはあんなものではない」
と女史の強弁。

ということで、名大近くにある紅茶とスコーンの店でスコーンとダージリンを買ってきました。果たしてどんなものか。期待を込めていただきました。

その結果は予想に反して、というか予想通りというか、スターバックスで食したスコーンと同様、パサパサしてさほどおいしいものではありません。味はともかく食感がどうにも納得できません。J女史の話ではもっと柔らかいはずなのです。ここは他人の評価も気にしてみようとネットで探したら以下のブログを見つけました。

「日本でも最近は紅茶をポットでサービスするところが増えてきましたが、イギリス人が何杯も紅茶を飲むのは、たいていサンドイッチやスコーンやケーキなどと一緒に飲むからで、特にスコーンのようなパサパサしたものは流し込むのに何杯もの紅茶が必要になってくるからだというのです。現に向こうのスコーンは日本で食べるものよりもさらにパサパサしているみたいです。」
http://plaza.rakuten.co.jp/kako145/diary/200607040000/

「スコーンというのは家で焼いた方が断然おいしいと思うからです。スコーンは焼きたてが一番おいしいのです。それに、自分で焼けば当然好みの焼き方が出来ます。一流のホテルのものでも、ほとんどおいしいと思ったスコーンはありません。ましてや、イギリスのティールームのスコーンは、パサパサしていてわたしの好みではないのです。(そうそう、アイルランドのAvoca のスコーンはおいしかったです!)」
http://hknoodle.at.webry.info/200606/article_70.html

ほとんどわたしと同意見。やはりパサパサしておいしいものではなさそうです。今度はJ女史手ずからになるおいしいスコーンを食べてみたいものです。
註:コイケヤのスコーンは全く別物ですから混同しないように・・・・。



名古屋走り?

知り合いのオーストラリア人女性。最近真っ赤なヴィッツを買ってドライブに挑戦。ところが自転車は飛び出してくる、オートバイはルール無視、自動車も路駐しているし、歩行者は止まらない。しかも赤信号でも止まらない。これでは怖くて日本では運転できなといささか憤慨。

赤信号でも突っ込むのは名古屋走り。赤信号でも2台、ひどいときは3台は突っ込んでくるから注意するようにと説明しました。ただ、このままでは日本の沽券にかかわるので交通事故の国際比較を調べてみました。2006年の記録です。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/6830.html

すると10万人中、事故死は日本が7名でオーストラリアは8.5名ですから日本の方が確率的には少ないことが分かりました。ついでにアメリカは15.3名、韓国は15.5名。さらに英国は6.2名。少ないのはフィリピンや香港の2 名。これは道路事情や車の保有率がかかわっているようです。

これらの具体的な数字を見た彼女はオーストラリアの方が死亡率が高いことに驚いたうえで、日本もさほど心配はないと安心したようです。

阿吽の呼吸で成り立っている日本の交通マナーをマスターするためにはバスケットボールのような訓練が必要でしょう。
彼女は若葉マークを目立つように貼って、周囲の人に注意してもらうと言っていました。


ふわふわトロトロ
ロールケーキとバームクーヘン
人気のケーキが名古屋に進出して若い女性を中心に人気があるようです。遅ればせながらわたしもそれをいただく機会がありました。

ひとつは〇〇ロール。ロールケーキです。今、ロールケーキが流行っているようであちこちで見かけます。ロールケーキと言うからにはカタツムリの殻のようにクルクルと巻かれたものを想像していました。ところが〇〇ロールは外側にひと巻き、中にクリームがどっさり。構造は大餡巻きと同じです。味はふわふわトロトロ。コンビニで売っているファンシーというケーキのよう。

クリームは牛乳由来の生クリームだけでなく、植物由来のものも混ざっていてこの食感だそうです。スポンジ部分にはショートニングも使用。これは疑問です。クリームは牛乳でなければアカンでしょう。こうした食品はヨーロッパでは認められません。国によっては一日に摂取しても可能な量が決められています。つまりあまり健康的でない食品と言えます。

もう一ついただきました。これは○○○のバームクーヘン。バームクーヘンは木のケーキという意味です。年輪模様から命名されたのでしょう。ところがこの○○○のバームクーヘンには年輪模様がほとんどありません。しかもやはりふわふわトロトロ。こちらもショートニング使用。やっぱりアカンやろ。心ある職人ならそうしたものを使わずにしっかりしたケーキを焼き上げるはずです。量販のためには仕方ないことでしょうが。

以前ドイツ人に聞いたことがあります。バームクーヘンはある地方の古いケーキでドイツ人でも知らない人が一杯いるとか。調べたところ第一次世界大戦の捕虜だったドイツ人バームクヘン職人のユーハイム氏が日本に紹介したそうです。もちろんあの有名なユーハイムです。

年輪模様から記念品や結婚式の引き出物に使われます。ところがドイツ人は知らない。どうもケーキ職人(パティシエ)とバームクーヘン職人は異なるようです。面白いですね。

しかしふわふわトロトロの味というか食感。舌触りも手ごたえもない情けない味。とりわけバームクーヘンは木のような食感が欲しいものです。ただひたすら柔らかくやさしい味と食感。そのあたりが何かというと「癒されたい」という若い女性に受けるわけでしょうか。



健康診断グッズ

以前から治療室に置いてあった体脂肪計が壊れたので新しいものを買ってきました。体重、体脂肪率、内臓脂肪、筋肉量、推定骨量、BMIなどが測定できます。
血圧計も置いてあります。治療においでの際、ご自由にお使いください。


2009/07/01
戸苅ひな子さん

今朝の中日新聞に戸苅ひな子さんが取り上げられていました。
http://www.chunichi.co.jp/article/living/life/CK2009070102000064.html

もっともこの方のことはNHKを始め多くのメディアが幾度となく取り上げていますからご存知でしょう。
http://www.horae.dti.ne.jp/~npo/keamanetogari.htm

今から4年前。わたしがケアマネージャーに合格したとき、一緒に研修を受けたのが戸苅さんでした。教職を終えた後、70過ぎてヘルパーになり82歳でケアマネージャーの試験に合格された人だと聞きました。わたしも50歳を過ぎてから受験したので高齢の部類でしたが、彼女はさらに30歳年上。大いに驚いたものです。

チームが違ったのであまりお話をする機会はありませんでしたけど86歳の今も元気にケアマネージャーをしておられると知って、ますます感心。

2009/07/03
うれしい便り
以前身体調整に来られていたアメリカ人のB氏の奥さんからメールが届きました。ご夫妻はアメリカに移って、ご主人が医学部を目指していました。そしてついに合格の知らせ。

優秀な大学を出てマスターも複数持っているB氏ですが、文科系ですから理科系の単位の取得には大変な努力があったと思います。

なにしろB氏は49歳。これから4年間の学生生活は厳しいことでしょう。住まいも西海岸からワシントンDCへ移るそうです。今度は卒業、そして医師の試験に合格したという便りを心待ちにしています。

2009/07/14
愛知学院モーニングセミナー
今朝、愛知学院大学モーニングセミナーに出かけました。本日の演目は『たかべしげこの朗読から宮澤賢治の世界を見てみる』-「なめとこ山の熊」から考えてみよう・・・現代社会を!-講師は名古屋音楽大学大学院教授たかべしげこさん。たかべさんは俳優であり、演出家です。

本日の眼目は何と言ってもプロの俳優による「なめとこ山の熊」の朗読。プロの口舌とはかくも明瞭で滑らか、しかも表現豊かだったかと改めて感心しました。

このストーリーは、なめとこ山辺りを猟場としている淵沢小十郎と熊との交流です。意に反しながらも熊の狩猟を生業としている小十郎。仕留めた熊の毛皮と熊の胆(い)を町の商家に売ることで年老いた母と孫たちを養っています。そしてある日、猟に失敗して熊に殺される。熊たちは小十郎を手厚く葬るというヒトと熊との交流を原初宗教的に描いています。

なめとこ山は岩手県に実在します。わたしは今から30年以上前、単車で近くまで登りました。何の変哲もない山ですが、半世紀前、賢治が実際に歩き回り、淵沢小十郎という創作された人物が熊を追って山深く分け入ったのかと想像することで大いに感動した記憶があります。

ストーリーの中に小十郎と荒物屋の旦那の一節があります。足元を見られて毛皮も熊の胆も安く買いたたかれる小十郎。したたかな旦那。

この光景はおそらく賢治が幼いころから目の当たりにしていた実体験に基づいていることでしょう。賢治の家は大地主で質屋と古着屋も兼務していました。さらに賢治の母方の祖父は大変裕福な商家です。この旦那のモデルは祖父ではないかとされています。

こうした弱者からの搾取によって自分の生活が成り立つことに嫌悪を抱いた賢治は父親と反目し、家とは異なった宗教に入信、父親を困らせます。結局父親は商売を弟(お会いしたことがあります)に継がせ、賢治は生涯を父の経済的庇護のもとで暮らすことになります。4年間だけ農学校の教師で俸給を得ますが、多くはレコードなどに消費していたようで、金持ちの道楽の域をでていません。

しかし弱者救済への思いは強かったようで、冷害を無くすために人工的に火山を噴火させ、温室ガス効果で温暖化を招こうなどという壮大なストーリーも書いています。「グスコンブドリの伝記」ですね。

賢治は現代のエコロジーや有機農業の開祖のように持ち上げられることもありますが、彼は化学肥料を推進して農業を発展させようと考えていましたし、科学の力で農民の労力を減らしたいと強く考えていました。

教育や宗教にも関心が深かったのですが、労農党への傾斜は警察沙汰となり、所属した宗教団体は大東亜共栄圏の基礎になった過激なものでした。賢治礼讃は極めて危険です。十分に批判しながら、その描かれた世界を楽しみたいものです。

愛知学院大学HP
http://www.agu-web.jp/~seminar/index.php?ID=30

愛知大学講座終了と蝉の幼虫
木曜日、愛知大学の講座「東洋医療と経絡エクササイズ」が終了しました。良い生徒に恵まれて楽しく15回を乗り切りました。インフルエンザ休校で一週遅くなってしまいました。それで最終回に来れない人もあってそれは残念でした。

講義の後、あるアンケートで当選したレストランへランチ。某有名シェフの店で最も予約が取りにくいことで有名。味は塩辛く、魚も臭い。「タダだから、まあ、いいか」という感じでした。(人の話やネットの書き込みでも塩辛いという評価が非常に多かったです)

予想外にボリュームがあったので腹ごなしに自転車でイオン名古屋ドーム店へ一走り。書籍や文房具など見て外へ出るとうす暗くなっていました。

千種公園内を横切ると凄まじい蝉の声。ふと、幼虫が穴から出ている時間帯(午後7時前後)だと思い出し、地面を調べました。穴は一杯開いていますが暗くてよく分かりません。野球少年たちはまだ大声を上げていますが足元は暗いのです。それではと、幹にある抜け殻を触って行きました。ひとつ、ずしりとした手応えがあり、次の瞬間地面に墜落。
「しまった、これは幼虫だった」
と慌てて探しましたが暗いので分かりません。
自転車のライトを持ってきて地面を注意深く調べました。これは点滅式ライトなので見にくいこと。
それでも芋の子のような塊を見つけ摘み上げると指をがっしりと掴みます。
「生きていた」
と安心して幹に置くとすごい勢いで登っていきます。
「おお、本能」
感動してケータイの写真に収めたのがこの写真です。
何とか映っています。10時ぐらいには脱皮して、翌朝、元気に飛び立つことでしょう。


『銀河鉄道の夜』の天気輪 

宮沢賢治---Kenji-Reviewというメルマガが発行されています。渡辺宏さんという方が毎週発行。すでに545号まで出されていますから10年以上の継続です。これは大変なことです。しかも氏は別に食に関するメルマガも毎週発行しておられます。

今朝届いた第545号2009.08.01にはわたしのHPからの引用がありました。現在、氏のメルマガでは『銀河鉄道の夜』という賢治の代表作の原稿の変遷を辿っています。今回は「天気輪の丘」の場面で、以前わたしが俳句の会報に書いたものが引かれていたのです。

「からふね」第三五回
http://homepage3.nifty.com/yukijuku/karafune/k35.htm
--〔引用はじめ〕------------------------------------------
浄メ石磨きこまれて青葉梅雨

「浄メ石」は石の柱の上の方をくりぬき、石や金属の車が滑車のように回転するように作られた柱です。名前からするとその車を回すことで心身が清められるのでしょう。
この柱は古寺に見受けられるもので、天気輪、地蔵車、念仏車、菩提車、血縁車などと呼ばれています。意味はその名前から想像してください。

宮沢賢治の名作、「銀河鉄道の夜」にも「天気輪の丘」という章があり、そこはこの世と死の世界の境界を暗示しています。主人公のジョバンニはその丘から死の世界を走る銀河鉄道に乗り、またこの世に幸せを見つけるために戻って来たのです。そのストーリーのテーマを象徴するものとして賢治は「天気輪」を利用しました。それは死から生への円環思想のシンボルなのです。
-[引用終わり]―――――――――――

もう随分前に書いたものです。読み返すと懐かしいですね。

渡辺さんのメルマガは以下のHPから申し込むことが可能です。
宮沢賢治童話館、全詩篇など
http://why.kenji.ne.jp/
安心!?食べ物情報
http://food.kenji.ne.jp/
そこからメルマガも申し込めます。

2009/08/07
茂一再訪

今池のはずれ、春岡通りにあった人気ラーメン店「茂一」。感じのいい青年が一生懸命に切り盛りしていました。その店の前身は「麵屋なかの」。有名店です。その後「茂一」と改名してやっていました。私の一番好きなラーメン店でした。ところが突然閉店。
http://h-mishima.cocolog-nifty.com/yukijuku/2008/08/post_6b3f.html#search_word=茂一

春日井方面で始めると書いてはありますが、なかなかネット上に情報が出てきませんでした。どうしたのかと心配していました。しかし、ついに春日井市で開店したとのネット情報がありました。
http://h-mishima.cocolog-nifty.com/yukijuku/2009/01/post-ad23.html#search_word=茂一

昨日、春日井方面に用事があったのでやっと顔を出してきました。店長は私の顔を覚えていてくれました。「あちらは酔っ払いばかり相手にしていましたけど、こちらはご覧のように家族連れが多いです」と、うれしそう。なるほど、入り口には子ども達さんに渡すおもちゃが満載です。メニューは少し変わっていました。私は辛い赤ラーメンを注文しました。それでもベースは「茂一」のもの。やはり美味しかったです。

今池の店を閉める前の大将は見ていて辛そうでした。肩も痛めて麵の水切りもきつく、一月近くの休みもありました。でも、今日はすこぶる元気そう。「肩は大丈夫なの」と尋ねると、若い人を指差して「スタッフが入ったのでぼくは力仕事はしなくていいのです。肩もなんともありません」と満面の笑顔。経営もうまくいっていることが伝わってきます。

春日井は大将の通った大学のあった場所のようです。
お近くへ行かれたらぜひ食べに行ってください。
あっさり味がベースのラーメン屋さんです。
店名
茂一 (もいち)
ジャンル
ラーメン
TEL
0568-51-3335
住所
愛知県春日井市気噴町392
営業時間
11:00~14:30
17:30~22:00
ランチ営業、日曜営業
定休日
水曜日
駐車場

禁煙・喫煙
完全禁煙

医道の日本
「医道の日本」という月刊誌があります。鍼灸を中心とした治療関係の業界誌。理論や臨床例、ニュースなどが掲載されている老舗雑誌で実に通巻791号。第68巻ですから戦前からの発行です。

わたしは以前数回、論を掲載し、新年の挨拶も10年ぐらい書かせていただきました。加瀬健造先生を囲んだキネシオテーピングの座談会に出席したこともあります。キネシオテープの症例報告はおそらく私が最初に医道の日本に書いたものと記憶しており、それを読んだ加瀬先生からお招きをいただいたのです。

座談会は亡くなった戸部雄一郎先生の司会で、編集部の方、鍼灸師、柔道整復師、スポーツトレーナー、そして私が参加。場所は新宿の料亭でした。その後の刺身の旨さに驚いた想い出があります。

三島治療室便り「游氣風信」は同誌に毎号寄贈し、その都度タイトルを掲載していただいていましたが、なぜか十年くらい前から載せていただけなくなりました。ところが今月号の231ページを開くと、「会報・会誌等」のコーナーに著名な会報や会誌に混ざって

 游氣風信 第207号 三島治療室

と掲載してありました。復活です。
ちょっとうれしいですね。

2009/08/13
慢性腎臓病 愛知学院モーニングセミナー
11日火曜日、午前7時から第41回愛知学院大学モーニングセミナーへ行ってきました。

今回のお話は
慢性腎臓病(CKD)の国民的脅威 ・・・腎臓病の基本を考える・・・講師は名古屋市立大学大学院・医学研究科 腎・機能学教授 木村玄次郎先生

例によって講義の詳細は愛知学院大学のHPで録画したものがそのままご覧になれます。資料も掲載してありますから詳しくはそちらをご覧ください。
http://www.agu-web.jp/~seminar/

要約すれば

・腎臓は血液をろ過し、要らないものは尿へ、要るものは再吸収する臓器。
・重要な部分は糸球体。血液がここを通過するときろ過される。
・血液性状の問題などで通過が悪くなると体は血液を送る圧力を上げる。これが高血圧。
・従来の治療はこれを何とかしようと蛋白制限などで治療してきた。
・今日ではむしろ糸球体の出口を重要視することでスムースな通過を維持する。
・そのための薬がRA系抑制薬。出口を広げることで心臓や腎臓への負荷を軽減する。

腎臓病のメカニズムが大変よく分かったお話でした。

ところで今回に限らず専門家のお話にある種の疑問というか願望がくすぶっていました。専門家による分かりやすい医学知識の講義はありがたいものですが、結局は毎回「薬で治しましょう」ということでした。医師である研究者のお話だから当然と言えば当然です。

心臓のとき、わたしは心臓を患いやすい性格傾向として「タイプA」について質問しました。せっかちで怒りんぼ、慌て者などをタイプAというようです。血液型ではありません。その解答は「確かにそういう傾向はあるが、性格を変えることは難しいので薬で対応しましょう」ということでした。

薬は最後の手段として残しておきたいのが会場に集った多くの方の共通した思いではないでしょうか。確かに検査の数値に従って速やかに薬を用いてコントロールすることで今日、多くの方が健康で長生きな人生を享受しています。しかしそれだけでは人生どこか寂しいではありませんか。まるで生産性を高めるためだけに飼われている家畜のようです。しかも医療費が高騰するばかりでしょう。

一人一人が日常出来る養生。それもメタボ対策以外の。これらも示していただけると朝早くセミナーに参加する意味もさらに深まると思います。

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游氣風信 No.209 2009. 10.25

奥の細道 平和公園二題 食糧自給 韓舞 インフルエンザ 頭痛

2009年9月3日
「奥の細道」をよむ
長谷川櫂著『「奥の細道」をよむ』(ちくま新書)を読みました。

著者、長谷川櫂氏は私とほぼ同年。俳壇内外で精力的に活動しておられます。氏は東大法科から読売新聞記者というエリートながら、一念発起して40代で俳句一筋の生活を送っておられます。
俳句創作はもちろん、俳句論や一般の読者も楽しめる季語の本など多くの著作があります。また、朝日新聞の「朝日俳壇」選者としても知られています。

長谷川氏とは面識がありませんが、30代の一時期、二人とも平井照敏主宰(故人)の『槇』という結社に所属していて名前は知っていました。その頃からすでに俳壇的活躍もされており、私たちの世代を代表する俳人としてみるみる頭角を現されたのです。

近年は「古池に蛙は飛びこんだのか」という論を発表して俳壇に波紋を投げかけました。これは芭蕉が俳句開眼したとされる

 古池や蛙飛びこむ水のおと

という句の解釈。以前から様々な解釈はあるものの一貫して古池に蛙が飛び込んだという実景だとされてきました。ところが氏はこれを否定します。芭蕉は蛙が飛び込む水の音は聞いたが古池は実景でなく想像である。つまり「蛙飛びこむ水のおと」という現実から導かれた「古池」という心の世界だというのです。長谷川氏はこれを単に推察したのではなく芭蕉の弟子の支考が書いた『葛の松原』という俳論集から解き明かしています。

「古池の句は蛙が水に飛びこむ現実の音を聞いて古池という心の世界を開いた句なのだ。この現実のただ中に心の世界を打ち開いたこと、これこそが蕉風開眼と呼ばれるものだった。」(41ページ)

と氏は書いています。そして「奥の細道」の旅はこの世界を深めるために挑戦したのだと説きます。この件はなかなかスリリングな展開ですが、俳壇にも賛否のさざ波を立てました。

芭蕉の流派を蕉風といいます。それまでの俳諧は文字通り諧謔的な滑稽を旨としていました。芭蕉は古池の句を通して新しい風雅の「誠」の世界に目覚め、蕉風を起こします。その最高の境地が「不易流行」であり「かるみ」です。

長谷川氏はこの本で『奥の細道』の構造に秘められたさまざまな仕組みを解明していくと同時に、芭蕉がその旅の過程で境地をさらに深めたことに気付きます。旅中の人との出会いや別れ。何より壮大な大自然、宇宙の運行との遭遇。これらが芭蕉をして芭蕉ならしめたのです。

「不易流行」は芭蕉の説いた俳句論です。「不易」とは不変的なもの、「流行」は刻々と変化するもの。物事にはこの両面があるが「其元は一つ也」ということです。これは不易と流行のどちらがいいということではありません。現象は刻々と変化しているが宇宙の運行は不変であるというある種の世界観です。これを長谷川氏は

「人の生死にかぎらず、花も鳥も太陽も月も星たちもみなこの世に現れては、やがて消えてゆくのだが、この現象は一見、変転きわまりない流行でありながら実は何も変わらない不易である。この流行即不易、不易即流行こそが芭蕉の不易流行だった。」(189ページ)

と書いています。壮大な論立てで感動的です。

そこかららさらに「かるみ」へと進みます。「かるみ」とはまさに軽み。これは俳句表現を重くしないで軽くしようということだと考えられていました。重い表現は「おもくれ」として嫌われるのです。この「かるみ」を長谷川氏は次のように説明しています。

「人生はたしかに悲惨な別れの連続だが、それは流行する宇宙の影のようなものである。そうであるなら、流行する宇宙が不易の宇宙であるように、悲しみに満ちた悲惨な人生もこの不易の宇宙に包まれているのだろう。
そう気づいたとき芭蕉は愛する人々との別れを、散る花を惜しみ、欠けてゆく月を愛でるように耐えることができたのではなかったか。これこそが『かるみ』だった。」(196ページ)

旅での別れや大自然との出会いで得た悟りのような境地。これが「かるみ」であって、単に軽く表現するということではないのです。

長谷川氏は若い時から俳句論を宇宙論として説いていました。それが年齢を重ねることでより深く、より身近になったのではないでしょうか。

氏は以前ほど難しい俳論は書かれていないような気がします。むしろ深いことを軽く表現しているように思えます。日本文化の中の俳句を深く追求することでそこに宇宙的広がりを見出す。これは芭蕉の俳論に共通するものだと思えます。

2009年9月7日
再生と破壊
定期的に身体調整に来られるJさん。ややテンションの高いアメリカ人女教師です。先日帰りがけにいつもよりハイテンションで語ります。
「三島は平和公園行った?」
「まだ暑いからいかない。紅葉の頃や冬は小鳥が見れるからその頃には行くよ」
「今、平和公園ひどいよ。工事ばっかり。ブルドーザーやトラックが一杯。散歩できないよ」
「何の工事?」
「知らない」
ということで昨日空き時間に車を飛ばして行ってきました。
すると確かにものすごいありさま。日曜日ということで工事は休みでしたが、いつも使用する駐車場にも重機が置かれ使用禁止。案内所で話を聞きますと、森の再生、湿地の保全のための工事だそうです。今日は工事が休みだから入ってもいいというので足を踏み入れました。戦後の高度成長期、あちこちに見られた宅地造成のようです。
里山の森を再生する工事とは不思議な話。里山は暮らしと自然のボーダーで微妙な均一性を維持してきた貴重な風土です。暮らしを排除して一面墓地としたところが里山として機能することはありえないでしょう。それを無理やり工事するのは奇妙な話です。
実は以前から気になっていたのがこの下の看板。平和公園のいたるところに立っています。しかもそのすぐ横には東山動物園のコアラのためのユーカリ林。鉛入りのユーカリを食べさせていいのでしょうか。

この辺り、一面のユーカリ林。様々な種類のユーカリが植えてあり、いい香りがします。

もうひとつ気になったのは公園内にあった耕作地の掘立小屋。住人がいたようないないような。今回の工事はこれを完全に排除することになるでしょう。
これも工事の理由の一つと思います。

さらに湿地の保護という発想。湿地はいずれ森になるのが自然の摂理です。それを無理して保護する必要があるのでしょうか。

平和公園は山崎川の水源だそうです。パンパスグラスの辺りから細い川が流れそれがオタマジャクシの蒲の穂の池につながる辺り。途中菖蒲等が咲いてとてもいいところです。それが今回このように岩を用いて土木工事されるようです。しかもそのために井戸まで掘ったそうです。
これが掘られた井戸。向こう側の植物がパンパスグラス。穂が艶やかに光っていました。(この井戸の辺りが山崎川の水源になります)

荒涼として惨憺たる光景。いずれは森として再生するのでしょうが、どこかに釈然としないものがあります。


(ここは来年名古屋で開かれるCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)の主要会場になるため、こうした工事をしているとも聞きました。)

こちらのブログに、当該工事の概要と進捗状況が記載されています。きっと美しい公園として整備され利用しやすくなるのでしょうが、それがよいことなのか、よくないことなのか、よくわかりません。

平和公園の自然
前のエントリーでは平和公園の荒涼たる部分を紹介しました。しかし、公園全体の緑はとても豊かです。今回はそちらの写真を掲載します。

これが公園全体の地図。工事をしているのは下側です。
カラスウリ。晩秋には深紅にそまるでしょう。撮影中やたらと蚊に刺されました。自然とはそういうものですね。
初冬、多くの人が公園内の柿を採りにきます。すでに熟れているものもありましたが、これは渋柿のよう。

秋を彩る柿に対して、盛夏を飾ったヒマワリは枯れています。まるで死人の群れ。
これはゴンズイという木の果実。初秋の山に鮮やかなアクセント。ゴンズイという魚もいますが、語源はなんでしょうか。

ふうの実。愛知学院大学附属病院の前にも街路樹として植えられています。拾った木の実が待合室に置いてあります。

これらの巨木はトチノキ。最初の写真に木の実が写っています。栃の実煎餅に使われます。木の実がたくさん落ちていたので拾ってきました。待合室に置いてあります。
これはシラタマホシクサ。案内所の人がさいている場所を教えて下さいました。遠くから見ると星の様。近くで見ると白い球。名前の通りです。


http://hanaemo.5.pro.tok2.com/hanaemositti/fiowers/sitti/yosigaike2007.9/page0001.htm

このサイトをご覧ください。

これが前のエントリーに書いた井戸とそのそばのパンパスグラス。ここから公園の入り口にかけて小川の造成がされているのです。赤い頭の支柱が井戸。 ショウリョウバッタがいました。のんびりしていたので捕まえてしばらく遊んだ後、放ちました。

平和公園と聞くと墓ばかりという気がしますが、実は里山全体が公園。とても名古屋市内とは思えないくらい自然が豊かです。

2009年9月8日
食糧自給率を考える・・愛知学院モーニングセミナー
第42回愛知学院大学モーニング・セミナーへ行ってきました。今日のテーマは食糧事情。

『日本の食料自給率39%を考える―世界の食料需要トレンドから見えるもの―』
講師は名古屋市立大学大学院経済学研究科教授 向井清史先生

例によって詳細は愛知学院大学のHPに掲載されます。資料と動画ですから参加されなかった方も同じセミナーが受けられるわけです。したがってここでは要点だけ。

1.日本は他国に比べて自給率が低い上に、唯一傾向的に低下させている。
自給率の計算にはカロリーベースや金額、重量ベースなど様々あり、一般的に言われている自給率はカロリーベースつまり供給熱量ベースだそうです。これが一番生存に直結するからです。品目別にはコメが90%の自給率。小麦と大豆はほぼ輸入に頼っています。
セミナーの後、何故そんなに輸入に頼っているのかという質問がありました。その答えは値段の違いと生産に適した気候の問題だとのこと。確かに国産の小麦粉では美味しい讃岐うどんは作れないと聞いたことがあります。スパゲッティ然り。

2.何故、自給率が低いと問題なのか?
食品は必需品で毎日必要。一時の不足も許されない。昨年は投機や代替エネルギーで穀物価格が暴騰しバングラデシュ、フィリピン、エジプトなど20カ国で暴動があった。国際的には基礎代謝量の1.54倍の自給が最低水準だとされています。基礎代謝量とは寝ていても消費する熱量のことです。

3.何故、日本の食料自給率は低下したのか。
A、食生活の欧米化によりコメの消費が減った。これは極めて珍しい例。多くの国では宗教や習慣のため、食生活に激変はない。
B. 生産基盤の脆弱。
  農業従事者の減少と高齢化 
  耕作面積の縮小と空洞化
  総産出額の減少:生産の絶対的縮小と農産物価格低下
C. リスクに弱い農業構造
  世界市場の不安定化が農家の減少を招く

農業で食べてはいけないというのが大きな原因です。外国からは格安の農産物が入ってきますし、天候の影響で収入が不安定ですから。世界の市場原理と環境的制約によって従来のやり方では農家が立ち行かなくなっているのです。
しかもコメの消費量はこの40年間で半減しています。これではコメ農家も政府の援助なしではやっていけないでしょう。相当広範な農地を用いて効率を上げていくしかありません。従来の個人農家では自家消費分が精一杯です。
農家戸数はここ20年で半減。しかも農民の半分以上は60歳以上ですから、農業に明日はあるのか心配になります。

では今後どうしたらいいのでしょう。
講師のお話では我が国が傾向として食糧不足に直面する可能性は小さいが、自給力を維持することが必要だとのこと。
自給率を上げることより、自給力を維持するとは耕地の確保と農業後継者の育成でしょう。また、地産のものを消費することが生産者を助けることになりますし、無駄な石油エネルギーを用いて運ぶ手間も省けます。これが自給力の維持につながることと思えます。
しかし戦争や天災があれば輸入が難しくなります。自国だけの生産は天候不順で一気に吹っ飛ぶこともあります。政治力で多くの国から輸入することで購買路を確保すると同時に、いつでも増産できる体制を維持することが肝心なのでしょう。

最後に水の問題を説明されました。日本は作物を輸入することによって実は膨大な水を輸入していることになります。コメ可食部1キロに水は3.6トン必要だそうです。現在日本は年間627億立方メートルの水を輸入しているのだそうです。これもまた心すべき問題です。

その他、放出窒素の問題もありました。
このレポートは先生のお話と私見が入り混じってしまいました。
ぜひ、愛知学院大学のHPの資料もご覧下さい。
http://www.agu-web.jp/~seminar/

2009年10月16日
注意するべき発熱  朝日新聞コムから
インフルエンザの感染が広がってきました。いずれにしても全員が感染するだろうという予測は初期から言われていました。
感染しても発病するとは限りません。体調を整えること、生活のリズムに気を付けること、手洗いやうがいで予防することです。
もし、子どもが異常な様子を見せたら以下のことを注意してください。
朝日新聞の記事です。

―引用ここから―

新型インフルに限らず、子どもの病気の大半は発熱する。熱があっても、食べたり、眠れたり、笑ったり、遊んだりしているなら自宅で様子をみていればいい。しかし、下記のような症状があったら、インフルエンザ脳症や呼吸障害など重症化する恐れがある。すぐ受診しよう。
 アスピリンやメフェナム酸、ジクロフェナクナトリウムの入った解熱剤は脳症を誘発・重症化するので、家にあっても子どもにのませてはいけない。
〈症状の例〉
 呼びかけに反応しない
 意味不明のことを話す
 行動がおかしい
 15分以上けいれんが続く
 呼吸が浅い
 呼吸が速い
 のどがゼーゼーしている
 顔色が青い
 判断に迷うときは、小児救急電話相談(#8000)にかければ、各都道府県の相談窓口にいる小児科医や看護師につながる。
―引用ここまで―
気管支喘息などの既往があれば要注意です。
いずれにしても慌てず、恐れず、やり過ごすしかありません。

2009年10月10日
韓舞 水と花と光と  金利惠
今日調整にいらっしゃったCさんが、知り合いのイヴェントだとパンフを下さいました。韓国の伝統舞踊の金利惠さんの韓舞(からまい)「水と花と光と」いう公演です。この方は以前にも「白い娘道成寺」という舞いを披露して好評を博されました。残念ながらその時は行けなかったので今回は是非出掛けたいと思っています。

詳細は
http://www.aoitori.org/tyumu2/tyumu.html
をご覧ください。

名古屋公演 2009年11月26日(木)
会場 名古屋能楽堂
開場 18時半
開演 19時
全席指定 前売 5000円  当日5300円【終了】

韓国から数名の演奏家を伴ってのイヴェントですから、韓国文化にどっぷり浸ることができるでしょう。前日は福岡、28日は東京公演です。

金利惠さんは東京生まれ東京育ち。両親は幼くして渡日。5歳からバレエを学び、20歳のとき母国韓国を訪問、衝撃を受け、東京で韓国舞踊を学び始めたそうです。中央大学文学部を卒業後、1981年単身帰国移住。人間国宝李梅芳氏に師事し本格的に修行。現在ソウルに住み、韓国の重要無形文化財履修者。韓日のみならず世界各国で公演をされています。

パンフレットには最初にこんな俳句があり驚きました。
  花に舞へ奥千本の花に舞へ  黒田杏子(俳人)
黒田氏は藍生俳句会主宰。わたしは何を隠そう第1回藍生新人賞受賞者。つまり黒田氏はわたしの俳句の先生です。そういえば以前、氏が結社誌(2009年1月号)に

 金利惠さんに
  冬麗の人在日といふ希望  杏子

という句を載せていたことを思い出しました。つまり韓国舞踊家金利惠さんと俳人黒田杏子氏は知り合いだったのです。しかもこの句は
  花に問へ奥千本の花に問へ  杏子
が原型で、金さんのためにそれを
 花に舞へ奥千本の花に舞へ  杏子
と改変されたのです。むろんこれは金さんへのオマージュです。奥千本は花の名所吉野。金さんの代表作「白い道成寺」のある紀伊半島ですから、そこも掛けているのでしょう。

今回は意外な縁に驚きました。もっとも黒田杏子氏はとても顔が広い方なのであちこちの有名人が知り合いです。驚くことはないかもしれません。
いずれにしても当日が楽しみです。
追記:
以前わたしのところでやっていた俳句会に参加していたOさんが現在ソウルに滞在しており、ソウルの俳句会で金利惠さんとも知り合いのようです。なぜならソウル俳句会の俳句がネットに出ており金さんやOさんの俳句が出ていたからです。
http://www17.plala.or.jp/yoshio-box/haiku7-seoul-kukai.html

2009年10月19日
がんこな頭痛にご用心!   愛知学院大学モーニングセミナー
愛知学院大学モーニングセミナーに出かけました。
今回は第43回。

テーマは「がんこな頭痛にご用心!」―頭痛を軽んじていませんか?―

講師は名古屋市立大学大学院 医学研究科 神経内科学 教授 小鹿幸生先生。
内容はかなり高度でしたがきちんと整理されたお話で大変理解し易かったです。
例によって愛知学院大学のHPで資料、画像ともに公開してありますからそちらをご覧ください。
http://www.agu-web.jp/~seminar/

お話の中で改めて納得したことは

・頭痛を感じているのは神経や膜、血管であって脳自体は痛みを感じない
・脳細胞は毎日10万個死んでいるが、心配には及ばない。脳が半分に委縮するのに2000年以上かかる。
・痛みは警告である。
・慢性の疾患は脳の可塑性という柔軟な性質によってなかなか症状がでない。
・頭痛のほとんどは緊張型頭痛(40.1%) 片頭痛(36.0%) 群発頭痛(5.3%)である。
などでした。

緊張型は肩凝りや目の疲れから生じる一般的なものです。マッサージや入浴が功を奏します。それに対して片頭痛は血管性の拍動のある痛みが特徴で入浴やマッサージでは悪化することがあります。
群発頭痛は馴染みがないでしょうが、実は、わたしは30歳頃の数年間これに苦しみました。6月末毎年発生して2週間位目玉が飛び出るほどの痛みで仕事もできないほどでした。ある年、大阪へ勉強に行ったのですが余りの痛みにこれでは無理かと生まれて初めて頭痛薬を飲みました。これが効いたのかそれからこの頭痛が出てくることがありません。専門医に聞くとその薬では群発頭痛には効果がないそうですが不思議です。
危険な頭痛
緊急を要する頭痛や重篤な病気が隠れている頭痛もあります。これは速やかに専門医に相談するか精査が必要となります。

1、いままでにない激痛
2、精神・神経症状を示す頭痛(髄膜刺激症状や巣症状)
3、憎悪傾向を有する慢性の頭痛(鈍痛)
4、発熱、関節痛、筋痛などの全身症状伴う
5、中年期以降(50歳以上)に初めて経験する頭痛発作
6、薬物乱用が疑われ治療が困難と感じられた場合
7、定型的頭痛と診断して治療を開始したが、薬剤に反応しなかった場合
8、認知症やうつ症状の一つと考えられる場合

1はくも膜下出血や緑内障が疑われます。
2は脳血管障害や腫瘍の心配があります。
3はどんな病気でも憎悪は放置できません。鈍い頭痛は脳腫瘍の場合があります。
4はインフルエンザなど感染症が疑われます。
5、頭痛は先ほど書いたように片頭痛なら10代から、群発頭痛なら20代から発症しています。歳を取って急に出てくる頭痛は要注意なのです。
6の薬物は市販の頭痛鎮痛剤のことで特殊な薬のことではありません。
7の場合何か重篤な病気の可能性もあります。
8の頭痛は器質的なものではないので対応が異なります。

心配な頭痛は脳外科もしくは神経内科への受診をお勧めします。危険な頭痛ではないと分かったらぜひ三島治療室どうぞ。肩の凝りや目の疲れ、ストレスなどに対応することで頭痛の軽減に役立つことでしょう。

●保険治療
○鍼灸
保険適応は運動器に疼痛を伴う疾患です。
 神経痛
 五十肩
 リウマチ
 腰痛症
 頚腕症候群
 頚椎捻挫後遺症(ムチウチ)
 その他
その他の疾患でも利用できることがありますからお尋ねください。

○訪問リハビリマッサージ
保険適応は麻痺性疾患、関節拘縮、筋萎縮、廃用性萎縮などによって運動機能障害を起こしているものです。具体的な病名では
 脳血管障害後遺症 中枢性疾患 外傷性の麻痺 神経性疾患 筋肉や関節の障害 加齢による廃用性運動障害など
三島治療室では歩行困難な方への訪問リハビリマッサージのみを行っています。
介護保険を受けておられる方はケアマネージャーにお尋ねしていただいても結構です。


あとがき

爽やかな日々が続きます。こんなときはとても気持ちがいいのですが、乾燥しやすいので注意が必要です。東洋医療では乾燥の予防に季節の果物を食べるように勧めています。

乾燥はインフルエンザの感染を助長します。これも要注意。いずれにしてもこうした疫病は感染しなければ終息もありません。多くの人が免疫を獲得すると自然に習得するようなのです。したがって日常生活の不摂生を戒め、感染しても発病しないようにしたいものです。発病したら休むしかありません。こじれない限り数日で治るはずです。

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新年の挨拶

窓ありて水美しき初茜  原コウ子

 初茜とは元日の朝、日の出前の空があかね色に染まることです。

 朝日は毎日気持ちを新たにしてくれます。それが新年ともなればさらに清新な美しさで満たされます。ものごとの始まりは朝日のような自然現象でも、また、暦のような人為的な区切りでも、何がしかの感動や希望、あるいは未知への神秘を孕むものなのでしょう。そこに初日の出を待つよろしさがあります。この俳句は新年の朝の清々しい景を窓から見える水に焦点を置くことで余すところなく表現しています。

 作者の原コウ子さんは大正時代を代表する俳人原石鼎の夫人。実はわたしの最初の俳句の先生です。わたしは二十歳前、石鼎が創刊した『鹿火屋』という老舗の俳句結社に入会しました。当時主宰しておられたのが作者のコウ子さん。コウ子さんは病弱だった石鼎の補佐を長い間全うされ、石鼎没後は『鹿火屋』を継承主宰されたのです。そしてわたしが入ってまもなく主宰を養子の原裕氏に譲られ、現在は裕夫人の和子さんが継承しています。

原コウ子先生略歴 http://www.city.kaizuka.lg.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/52/temp19.pdf
以前『藍生』に書いた拙文 http://homepage3.nifty.com/yukijuku/haikuron/g01.htm

『鹿火屋』という誌名は「かびや」と読みます。それは石鼎の名句、

  淋しさにまた銅鑼うつや鹿火屋守

に由来しています。

 鹿火屋守とは山の畑を荒らしに来る鹿や猪などを追い払うため、夜間、鹿火屋という小屋に泊まり込んで銅鑼などを打ち鳴らす当番のことで秋の季語になります。石鼎は闇夜に遠くで鳴る銅鑼の音を聞きながら「きっと鹿火屋守は獣を追うのではない。淋しさを紛らわすために叩いているのだろう」と感じたのです。これはまた石鼎の心の状態でもあります。後に精神を病んだ石鼎の繊細な側面が伺われます。多感な?高校生だったわたしはこの句が大変気に入り、大学生になって『鹿火屋』に入会したのでした。しかし父の死などで生活に追われ、結局、俳句に集中することなく退会してしまいました。コウ子先生はそんな事情を察し、会費を取ることなく俳句を続けるように手紙を下さったのですが不肖の弟子はそれに応えることができませんでした。


 初日は人の営みとは関係なく暁光を降り注いできます。「天行は健なり。君子もって自ら彊(つと)めて息(や)まず『易経』」と古書にあります。天の巡行に則っりつつ人智を働かせて暮らしていきたいものです。

 今年一年もまた昨年と同様、不透明な現実に翻弄されることでしょう。であればこそ静謐な元旦の太陽を望み、一年の出会いの初めとして寿ぎたいと思います。

どうぞ本年もよろしくお願いいたします。

三島広志
〒464-0850 名古屋市千種区今池五丁目3番6号サンパーク今池303号
052-733-2253
h-mishima@nifty.com

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