連載俳句と“からだ” 127
連載俳句と“からだ” 127
愛知 三島広志
平衡感覚
ヒトは直立することで両手が歩行から
解放され自由を得た。同時に頭を骨格が
支えることで頭脳の肥大化が可能となっ
た。ヒトは直立で得た大きな頭脳により
知能を獲得すると同時に両手を器用に扱
うことで文化を確立し得たのだ。今日の
人類の文化的発展は直立が重要な意味を
持っている。そして直立可能な生物はヒ
トだけである。
直立歩行するためには平衡感覚で傾き
を察知しなければならない。動物も平衡
感覚は持っているが、二足歩行をしてい
るヒトの場合は転倒の危険があるため特
に重要となる。寝たきりの原因の約一割
は転倒に由来する。
あをあをと空のかたむく冬怒涛
中村正幸
直立は構造的には骨格が主に司ってい
る。足底が体重を受け止め、大地と接点
となる。踵から脚の骨が続き骨盤に繋が
る。さらに脊椎が延び頭蓋骨を支える。
この骨格構造を筋肉が柔軟に固定する。
上手に立っている時、筋肉の緊張は最低
となる。つまり脱力しているのだ。脱力
は次の活動への可能性となり、緊張は阻
害因子となる。
直立感覚は誰もが身体感覚として持っ
ている。バレリーナのセンターや歌舞伎
役者の正中線ほどで無くとも健康であれ
ば直立を感知する身体軸を持っている。
従って軸が傾いたとき不思議な違和感が
生じる。寺院や教会の塔を仰ぐ時、人は
塔を外部化した身体軸として意識するた
め、ある種の落ち着きを感じる。ところ
がピサの斜塔は傾いた塔と自分の直立軸
との間に生じる齟齬が不思議な感覚を醸
し出すが故に関心を集めているのだ。
壯年すでに斜塔のごとし百日紅
塚本邦雄
逆に敢えて傾くことの快感もある。オ
ートバイや自転車は曲がるとき車体と身
体を傾ける。倒れる力と復元する力のベ
クトルを利用して軌道を変えるのだ。こ
れは飛行機もそうである。そこにある種
の快感が発生する。遊園地の遊具の多く
も同じ構造だ。
東山回して鉾を回しけり 後藤比奈夫
自分は安定した直立を維持したいにも
関わらず平衡感覚に異常を来すと目眩と
なる。末梢神経系ではメニエル病や突発
性難聴、中枢神経系で発症するのは脳血
管障害や腫瘍が原因となる。いずれにし
ても速やかに専門医の診断を要する。
次の句の目眩は勿論病気ではない。目
眩はしばしば比喩的に用いられる。
梅林に目眩み 果てもない日常
伊丹公子
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