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2020年1月22日 (水)

連載俳句と“からだ” 142

連載俳句と“からだ” 142
愛知 三島広志
火取虫
 藍生の連衆I女史とFacebookで交流し
ている。ある時彼女は珍しい蛾の写真を
載せた。それはサラサヒトリといって歌
舞伎の隈取のような紋様を持っている。
漢字で書くと更紗灯蛾だ。更紗はインド
更紗に代表される細密で色鮮やかな紋様
が美しい布地だ。この蛾もそれに負けな
い美しさを誇っている。灯蛾は火取虫で
火に集まる蛾の総称。つまりこの蛾は更
紗の様に美しい蛾というまことに着物好
きのI女史に相応しい蛾である。
 女史とは蛾の名前にある火取りから次
の有名な俳句の話題となった。
 酌婦来る火取虫より汚きが 高浜虚子
この句は現在ならまず発表されないと
断言できるが、その時代(昭和九年)を
考慮しても人を見る目に優しさが感じら
れない。しかしこの句は多くの歳時記に
掲載されているのである。つまり社会的
に容認されているのだ。試みに手を伸ば
して本箱から取り出した初版1959年の平
凡社俳句歳時記(富安風生編集)にも載
っている。こうした蔑視に対する認識が
現代とかなり異なるのであろう。
セクシャルハラスメントという言葉が
作られたのは1970年代のアメリカである
。Harassmentは嫌がらせ、イジメ、苦し
める、悩ませるなどの意味がある。セク
シャルハラスメントは性的嫌がらせと呼
ばれる。それ以外にも権力ある側が弱者
に対して行うパワーハラスメント、教育
現場でのアカデミックハラスメント、人
格や尊厳を傷つけるモラルハラスメント
、医療現場でのドクターハラスメントな
ど様々な局面で見られる。気をつけたい
のは相手が不快に思い、尊厳を傷つけら
れた、脅威を感じたならハラスメントと
なるという極めて主観的なものでそのこ
とがハラスメントする側に認識が生まれ
難い困難さを生んでいる。
虚子の時代、もしかしたらそのように
表現されてもその酌婦(料理屋などで酒
の酌をして客をもてなす女性、時には売
春も行ったらしい)はそれをハラスメン
トと認識しなかったかも知れない。「女
だてらに」という言葉があるように当時
の社会が男尊女卑を当然のこととして受
け入れていたからだ。

清水哲男は彼の有名ブログ「増殖する
俳句歳時記」で「自分の不快感をあから
さまに作品化するところなど、やはり人
間の器が違うのかなという感じはするけ
れど、しかし私はといえば、少なくとも
こういう人と『お友達』にはなりたくな
い」と書いているが、私も同感で常に相
互主観性を維持したいものと願っている

 自転車の灯を取りにきし蛾のみどり
 黒田杏子

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