連載俳句と“からだ” 134
連載俳句と“からだ” 134
愛知 三島広志
循環
世界は洋の東西、自然科学や人文科学
などのジャンルを問わず循環に満ちてい
る。経済も消費と再生産、廃棄物もリサ
イクルされることでいのちを甦らせる。
漢方医療の健康観で重要視されている
のは巡りである。体内に気血水が過不足
無く存在し、滞りなく巡るなら健康であ
るとする。また環境と身体の間で食や空
気を摂取排泄することでいのちが保たれ
る。実は身体に限らずあらゆる環境は循
環することで維持されているのだ。
気象は主として風の大循環からもたら
される外気の状態をいう。風の大循環は
赤道と極の温度差と地球の自転に起因す
る。したがって天気予報は大循環と地域
の気圧などから推測することになる。
文学の重要なテーマである死と再生、
これも循環のひとつだ。宮澤賢治の「水
仙月の四日」では雪童子が吹雪で死にか
けた少年をこっそり助ける。作品の中に
は枯れた冬の疎林に花を輝かせる宿り木
が象徴的に用いられている。
埋めたての水子を掘りに雪をんな
木内彰志
多くの宗教では輪廻転生を説いている
。これも循環である。死後、天国や極楽
など別の世界で暮らすという考えや、再
びこの世に生まれ変わるという説もある
。これは人類に共通する死への畏怖から
導かれた考えであろう。
日常を離れ聖地へ巡礼し、再び日常へ
戻るのは宗教者にとって重要な行いだ。
純粋な修行としてだけでなく物見遊山と
しても多くの宗教に見られる。
遍路より戻りて網を編めるかな
安藤林蟲
道を求める古人もその教えに循環を説
いている。例えば芭蕉は
高く心を悟りて俗に帰す
発句の事は行きて帰る心の味はひなり
と留まらぬこと、居着かぬことをしばし
ば説いていることが弟子の書から伺われ
る。また千利休は利休百首で初心に返る
必要性を
稽古とは一より習ひ十を知り
十よりかへるもとのその一
と教え、常に自身を初心の目で相対化す
るよう促している。
元々私たちの身体は環境を構成する分
子から形成され、いつかは環境へ戻る。
身体は地球が出来る以前の遙か何百億光
年から届く星の光の中に存在していたの
だ。生涯も歴史も宇宙も全て環境であり
我々はその循環の中に存在している。目
先のことは過渡の現象に過ぎない。
名月や池をめぐりて夜もすがら 芭蕉
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