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2020年1月22日 (水)

連載俳句と“からだ” 149

連載俳句と“からだ” 149
愛知 三島広志
青花帖 橋本薫句集
 オフィスに白い磁器の皿が飾ってある
。皿にはコバルトブルー色の文字で「白
葱のひかりの棒をいま刻む 杏子」と揮
毫してある。藍生俳句会に些か貢献した
として授与されたものである。揮毫は黒
田主宰。皿を制作したのが陶工橋本薫。
藍生俳句会の会員である。この度句集『
青花帖』(深夜叢書社)を上梓された。
涼夜かな青花壺中に座すごとき
しぐれ来るいまだかたちにならぬ土
 集中には陶工ならではの句が多い。「
良夜」の句は句集のタイトルになった「
青花」が詠み込まれている。後書に焼き
物と青色の由来が書かれており「透明な
釉薬の下に描かれた、永遠に触れること
のできない青の世界だ。釉下に描く染付
のことを中国では青花といっていたそう
なので、集名はそこから」と書いている
。その青は眺めることはできても永遠に
触れることが出来ないとはいかにも示唆
的な集名だ。なぜなら句集には作者の五
十代六十代の作品が掲載されているが、
その間に生活と作陶を共にしてきた夫を
看取り、さらに母を野辺に送っている。
まさに永遠に触れることのできない別れ
を経ているのだ。
納棺の山茶花に紅一ところ
年齢を重ねるということは経験を積み
重ねると同時に、様々なものを喪失して
いくことだ。作者は悲痛な喪失体験を抑
制的に書き留めていく。広くなった家や
工房の中の孤独をひたと見つめ、しんと
耳を澄ますのだ。
帚木の実食べひとりもゐなくなる
もの音の棲む木の家の夜の長き
蟋蟀や柱と壁の内ひとり
 結社の全国のつどいで会ったとき、彼
女はロビーのピアノを激しく奏でていた
。ショパンだったか。陶芸だけでなく音
楽や文学にも明るい才媛である。土を捏
ねる繊細な感性は様々なジャンルに開か
れているのだろう。以下の句には作者の
鋭敏な感覚が表現されている。
半身を追儺の闇に残しおく
思ひ出は壁抜けてくる草雲雀

失った人への思いは消えることはない
。しかし人はそこに留まってはおられな
い。新しい生活の中に喜びを見出す、あ
るいは営みを創造していく。
井の底に硯養ふ良夜かな
化猫を飼はむ福豆撒かずをり
水盤を作らむ梅雨の月飼はむ
これらの句には孤を孤として受け止めな
がら前向きに生きていこうとする志向が
みてとれる。

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