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2015年12月30日 (水)

俳句とからだ 107

連載俳句と“からだ” 107

 

 

愛知 三島広志

 

山の向こうは

 今江祥智の処女作「山のむこうは青い海だった」は痛快な少年小説だ。すぐ赤くなることでピンクちゃんと呼ばれていたひ弱な少年が夏休みの冒険を通して成長する様子がユーモアたっぷりに描かれている。読んで実に心地よい。作品の最後に一編の詩が紹介されている。私はこの作品を中学の時読み、その詩も暗記した。この詩を個人紙に書いたところある年配の方が「昔、教科書で読んだ詩だ」と教えて下さった。調べると昭和8年から昭和20年まで使われた「小学国語読本巻き二」の巻頭の詩であると分かった。

 

山ノ上(作者不詳)

ムカフノ 山ニノボッタラ、/山ノ ムカフハ村 ダッタ、/タンボノ ツヅク村 ダッタ。//ツヅク タンボノソノ サキハ、/ヒロイ、ヒロイ海 ダッタ、/靑イ、靑イ海 ダッタ。//小サイ シラホガ二ツ、三ツ、/靑イ 海ニウイテ ヰタ、/トホクノ 方ニウイテ ヰタ。

 

 この詩は小説の本意を見事に表現している。掲載された教科書の時代を考えると国は少年たちに海外雄飛の思いを植え付けたかったのかもしれないが少年少女に前向きの晴れ晴れとした息吹を与える大らかな詩だ。

 

 この詩を読むとき、私たちの心身は言葉と共に向こうの山へ登る。そして麓に広がる村の田圃を想像する。更にその先の海まで視線が伸び、同時に身体もそこまで拡大するかのように感じる。そして深々と深呼吸するかのごとき感覚に浸る。何故なら文化的身体は生物学的身体と異なり皮膚内に留まらないからだ。この詩の良いところは視線を遙か海原の白帆に止めているところだ。ここに少年の希望や目的が象徴されているようだ。似たような詩に次の知られた作品がある。

 

山のあなた

カール・ブッセ 上田敏訳

山のあなたの空遠く/「幸」住むと人のいふ。//噫、われひとゝ尋めゆきて、/涙さしぐみ、かへりきぬ。//山のあなたになほ遠く/「幸」住むと人のいふ。

 

 こちらは挫折と憧憬の狭間で苦悩する青年の思いだ。前の作品が少年の憧憬に留まっているところとは異なる。

更に人生経験を踏むと身体は拡大しようともしなくなる。例えば室生犀星の『小景異情』では「ふるさとは遠きにありて思ふもの/そして悲しくうたふもの」と、もはや故郷へ身体は向いていない。「よしや/うらぶれて異土の乞食となるとても/帰るところにあるまじや」と自ら閉ざしてしまう。これは悲哀に満ちた多くの中年以降の人の人生観だろう。

しかし何歳になっても誰もが少年時代にそうであったように身体を解放していたいものだ。

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