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2013年1月14日 (月)

俳句とからだ 72

連載俳句と“からだ” 72

 

 

愛知 三島広志

 

 

こそあど

 日本語には「こそあど言葉」と呼ばれる指示語がある。事物を指し示すときなどに用いる「これ、それ、あれ、どれ」に代表される言葉だ。命名は心理学者でもある言語学者佐久間鼎。佐久間はゲシュタルト心理学の紹介と普及に貢献したことでも知られる。時間知覚と空間知覚の相互依存性を意味する「時空相待」も佐久間の造語である。指示語は身体と時空間との関係を示す言語であるから心理学者佐久間が関心を抱いた点は興味深い。

 

これ以上澄みなば水の傷つかむ 上田五千石

 

指示語には4つの系列があり、コ系列を近称、ソ系列を中称、ア系列を遠称と分類する。ド系列は不定称である。自分の手に取ることができる近い空間域にあるものは「これ」、相手の身体に近いものは「それ」、両者から遠いものは「あれ」と思えばよいだろう。場所なら「ここ、そこ、あそこ、どこ」、方向なら「こちら、そちら、あちら、どちら」と子どもの頃から自然に使い分けている。

 

その中にちいさき神や壺すみれ 高浜虚子

 

指示語は空間域のみでなく時間域も示す。「この時、その時、あの時」と次第に距離が広がり、疑問なら「どの時?」となる。

 

案山子翁あち見こち見や芋嵐 阿波野青畝

 

指示語は人称も示す。「こなた」、「そなた」は時代劇で、「あなた」は現在も一般的に使用されている。誰か限定できないときは「どなた?」となる。親しみや逆に憎悪の対象なら「こいつ、そいつ、あいつ、どいつ」である。

「この、その、あの、どの」なら連体詞、「こうする、そうする、ああする、どうする」なら副詞。形容動詞なら「こんな、そんな、あんな、どんな」。いずれも整然としており、外国人が日本語を学習するときとても重宝がる。

 

蜩やどのみちも町へ下りてゐる 臼田亜浪

 

 「こそあど言葉」は身体を起点に生まれたという点で幼児にも使い易い言語なのではないだろうか。子どもと対象物の間に二項関係 が出来ると指差しが始まる。一歳頃だ。子どもは自分とモノとの関係を理解し、さらにその理解を他人と共有したいとき、言語前言語として指差しながら「んっんっ」などと言う。これこそまさに「指示」に他ならない。

 

指さして雪大文字茜さす  黒田杏子

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