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2011年9月 8日 (木)

現代の俳句5〈くらき夜は〉

現代の俳句5〈くらき夜は〉 

三島広志

 自分個人の「体験」をほとんど同時進行で別のもう一人の自分が見つめている。これが「経験」である。その「経験」に知的な刀で斬り込めばそれは本質的な理論になるのだが、その一歩手前の経験知を一般的な体験事項で言い伝えているのが「諺」だ。
 例えば、どんな名人でも油断すると失敗するという本質を「猿も木から落ちる」とか「弘法も筆の誤り」とか「河童の川流れ」と分かりやすく表現をするのである。

 すると俳句はどこか諺に似ているように思える。俳句は言葉上では何も説明をせず物や事のみ書き留める。それでも、読み手が自己の経験かそれに基づく想像力で句の奥を読み取ってくれるのである。

 深い味わいのある句はその中に多くの人の共感を呼ぶ物の見方や感慨あるいは発見を支える下部構造を保持している。この下部構造を認め合う環境を俳句では「座」とか「場」と称するのではなかろうか。
 他人のアルバムを見せられても全くおもしろくないのは、そこに自分の共有できるもの、つまり「場」が存在していないからである。過去に自分も行った場所、あるいは恋人でも写っていればその写真は卒然と魅力を発揮するのだがそれは「場」の力によるものであって写真の出来とは直接関係がない。

 俳句も同様である。アルバムを見せられたような俳句は読むのが苦痛ですらある。
とりわけ吾子俳句がその典型であることは言うまでもない。子供の真実を掬い上げた次のような作品を除いては。

 万緑の中や吾子の歯生え初むる 中村草田男
 天瓜粉しんじつ吾子は無一物 鷹羽狩行
 裸子がわれの裸をよろこべり 千葉皓史

 すぐれた作品は個別的な物事から一般性ある部分を抽出し、多くの読み手に共感される表現で書かれている。表面上は作為が見えないが、しかし実は、作り手の用意周到な内的処理が工夫されている。それではじめて広く深い作り手と読み手の交流する「場」が形成されるのだ。

 さらに先月号の最後に書いたように「場」は固着したものではなく時代を包む大きな意志によって動く。であるから芭蕉の句を現代に生きる私たちが読むとき、当時の人々とは異なった読みをしていることも確実である。
 したがって、昔の句を今日の目で再錯定して埋もれつつある佳吟を掘り起こすことも必要なことであろう。それが新しい「場」でも耐え得る作品を遺した俳人の命脈をより長く保ち得ることになるのだ。その意味で是非江戸期の俳人加舎白雄を取り上げてみたい。
 なぜなら彼の句は今日でも燦然たる光を放っているが、その魅力は歳月にさらされて程よく枯れた古寺のそれではないからだ。

 信州上田の中級武士の次男として生まれた加舎白雄(一七三八~一七九一)は江戸中期の俳人である。江戸時代の俳人は芭蕉とその門人、中期の蕪村、後期の一茶以外はあまり知られていない。私もその不明を恥じなければならないが、矢島渚男著「白雄の秀句」(講談社学術文庫)によってその蒙を啓かれた。

 くらき夜はくらきかぎりの寒哉 白雄
 元日や大樹のもとの人ごゝろ 同
 凧空見てものはおもはざる 同
 さうぶ湯やさうぶ寄くる乳のあたり 同
 梟も死なねば凍ぬ梢かな 同
 暁や氷をふくむ水白し 同

 白雄の俳論「寂栞」にある

  万象をはこんで自己とすべし 自己をはこんで万象とする事なかれ

について、渚男は次のように解説している。

  「万象をはこんで自己とする」ことと、客観を「写生」することと、両者の微妙 な差異は基本的にことなる根底に立っている。一方は自己を自然の一部とみなし造 化としての自然に随順し同化する、他方は人間主観が世界に対立してこれを把握し 支配しようとする。それはごくおおまかに老荘自然観と近代西欧の自然観との相違に基づいていると云ってよい。

 白雄の俳句には当時の状況を知らず、今日的読みをしても十分味わえる俳句が多い。
ひとつには人間の本質は昔も今もさほど変わらないということなのだろうが、白雄という作家は人や自然の営みの奥に潜む一般性すなわち造化と同化して見切る眼力を有していたからに相違ないだろう。

 白雄顕彰に情熱を注ぐ矢島渚男の一句。

 船のやうに年逝く人をこぼしつつ 渚男

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