俳句とからだ 6
連載俳句と“からだ” ⑥
愛知 三島広志
春風駘蕩
春風に尾をひろげたる孔雀かな 正岡子規
春風駘蕩。駘はくつわの外れた馬。翻っておっとりとのろまな馬。蕩は草木が湯のようにゆったりと揺れる様。ともに春風がのどかに吹く様子を表す。転じてそのような性格も意味する。
厳しい冬を乗り越えると穏やかな春が待つ。寒さで堅く閉ざされたからだが緩んでくる季節だ。地中からは蛇や虫も出てくる。句のごとく孔雀も生の共感を求めてのびのびと尾を扇のごとく広げるのだ。
水あふれゐて啓蟄の最上川 森澄雄
陽裏補腎
東洋医療では冬を閉蔵といい、身体の中の陽気が冷えた外気で消耗しないよう閉ざすことを養生の根幹とする。温かいものを食べ、早く休み、ゆっくり朝日を受けて起きる。「早臥晩起必待陽光 陽裏去寒補腎健脾」なのだ。
体温は筋肉と肝臓で作られる。寒い時身体が硬くこわばり、ぶるぶると震えるのは筋肉を緊張させて熱を作ると同時に毛細血管を収縮させて体温の放射を防ぐ仕組みによる。風邪で節々が痛くなるのはこの緊張が極度に起こるからだ。冬に対応して閉ざした身体は本来活動には向かない。熊のように冬眠することが賢い冬の過ごし方だが人間社会はそれを許してはくれない。
春は「張る」
しかしそんな冬も去り、大地の緩む春がやってくる。春は木の芽が「張る」を語源とする説もあるように、木々が活発に生気づく。小枝の中をいのちが漲り、先端から芽が噴出して春の訪れを告げる。同様にわたしたちのからだの中も春風駘蕩、春風が吹くようにいのちがほぐれ、勢いが奔出する。東洋医術では春は肝の臓が活気づくという。そのとき冬の間大切に保ってきた陽気が活躍するのだが、寒中に冷えたからだでは陽気が思うように働けない。日々温まりゆく環境と冬に冷えた身体との間に不調和が生まれる。そこに花粉などが飛んでくると花粉症になると教えている。その是非はともかく、春になると凍てた大地が解けていくようにからだもほどけて春風と融合していく。
永き日のにはとり柵を越えにけり 芝 不器男
日照時間も次第に永くなり、からだが長閑になってくるとただ単に鶏が柵を越えただけの光景が春の喜びとして感受される。緩んだからだの深い息吹と生気を取り戻した大地の共振がある。しかし現代に拘束されるわたしたちのからだにここまでの共振する感受性が残っているのだろうか。
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