俳句とからだ 48
連載俳句と“からだ” 48
愛知 三島広志
男の肋骨は少ない?
アフリカ出身の女性が身体調整に来た。彼女は大学で英語を講じているが本来の仕事は教会の宣教師。アフリカで鍼治療を受療していたので日本でもと知り合いの紹介でやって来た。早速治療テーブルに仰向けになってもらい脉や腹を診察。ところが妙に落ち着かない。部屋の隅に立っている等身大の骨格標本を頻りに気にしている。
「骨が怖いですか」と尋ねると、「これは男?」と質問する。「男ですよ」と答えたらさらに「男と女の肋骨の数は同じ?」と聞く。何が知りたいのか一瞬思案した。「ああ、聖書には神様はアダムの肋骨でエヴァを創ったとありますね。でも男女の骨の数は同じですよ」「やはり同じか。でも、ダーウィンの進化論は私、信じない。何故ならミッシングリングがあるから・・・」。話がややこしくなりそうだったので 慌てて話題を治療に修正した。
空は太初の青さ妻より林檎うく 中村草田男
さて導入部が長すぎた。肋骨は十二対あって胸を籠のように覆っている。背中側の胸椎と胸中央の胸骨をつなぐ形だ。これを胸郭と呼ぶ。胸郭は筋肉によってアコーディオンのように収縮拡大する。これに横隔膜が加わって呼吸運動が生じる。空気はこのふいご状の運動が生み出す陰圧によって肺に取り込まれるのだ。
胸郭は同時に肺や心臓の保護も担っている。脳を守る頭蓋骨のようなものだ。しかし胸郭は強固な頭蓋と異なり心肺を保護しつつ呼吸運動を行う。したがってこれらの矛盾した役割を遂行するためアバラ状になっている。これは見事な造形だ。先の女性ならずともまさに神の業としか考えられない。
胸郭の裏には胸壁胸膜という膜がある。肺は臓側胸膜に包まれる。これら二つの胸膜の間に隙間があってそこに何らかの理由で空気が入り込むと気胸になる。あってはならないことだが鍼を深く刺入すると胸膜を破って気胸を発症することがある。運悪く両側に気胸が起こると死に至ることさえある。胸郭の中で行き場を失った空気が肺を圧迫して呼吸困難に陥るからだ。鍼の事故で一番報告されるのがこの気胸である。首から胸にかけての深い刺入は避けてもらうほうが賢明だ。
何故に神がアダムの肋骨からエヴァを創ったのかは分からない。しかし聖書の話から推測すれば男は生まれながらにして女性より肋骨一本分劣っているということになる。確かにそうかも知れないとつくづく感じる。
猫の肋われのあばらや夏布団 大木あまり
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