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2011年9月28日 (水)

俳句とからだ 44

連載俳句と“からだ” 44


愛知 三島広志

目も身の内

 目は光学カメラに喩えられる。レンズ、フィルター、絞り、フィルムなどその構造が極めて相似しているからだ。否、その発生順序からすればむしろカメラが目を参考に創られたに違いない。

視覚は眼球とそれを保護する目蓋、情報を伝える視神経と認識する脳の視覚野で成立する。眼球の中にはフィルターの役目をする一番外側の角膜、光量を絞る虹彩、これは黒目だ。光を集めるレンズは水晶体。水晶体の厚みを調節して焦点を合わせる筋肉が毛様体。外界の像を結ぶフィルムの役目を担う網膜。その像を脳に伝える視神経。さらに眼球を上下左右に動かす眼筋。これらが秩序よく働くよう調整する神経系。こうした複雑な体系が見るという行為を可能にしているのだ。

 目つむりていても吾を統ぶ五月の鷹  寺山修司

今日多く見られる目の不具合は以下である。詳細は専門家に委ねたい。
白内障(レンズの濁り)
緑内障(視神経の病気)
加齢黄斑変性症(網膜の歪み)
糖尿病網膜症(糖尿病合併症)

現代社会において目は実に酷使されている。現に今、私は薄暗い喫茶店の片隅で人を待ちながらiphoneという携帯電話でこの文章を書いている。老眼には過酷な作業である。そこで疲れが昂じると目を戸外に向ける。それも出来るだけ遠くを眺める。こうするとレンズが緊張から解放され、目の周りの筋肉が解け、肩の緊張が緩み、頭も休息に入る。一点を見続けることは目だけでなく全身の緊張を強いる。目も身の内に他ならない。

目が疲れたら毛様体のストレッチをしよう。ギュっと自分の鼻をみて、窓を見て、向かいの屋根、空の雲、遠嶺と視点を次第に遠くへ運ぶ。次にその反対に近付けて来る。さらに眼球を上下左右に目一杯動かす。次いでぐるぐる回す。これらは眼筋のストレッチだ。両手で目を塞いで真っ暗にすると虹彩の休息。現代に真闇は無いのでこうすると目が安息する。

眼球は眼窩という骸骨の窪みに収まっている。目と骨の間にはリンパが貯留しやすいのでこれをツボ刺激で流そう。目の上下の骨を押し広げるように抑える。三秒三回ほど。眼球は押さないように。次いでコメカミを揉みながら眼鏡の弦を辿るように耳の裏へリンパを流す。そのまま首の後ろに降りて盆の窪やその外側の窪み(頭蓋骨と首の境目)も軽く押し揉みする。回数は適当に。強さは心地よい程度。

 ありありと晩年が見え梅の花 草間時彦

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