俳句とからだ 42
連載俳句と“からだ” 42
愛知 三島広志
肝・怒れる臓器
これまで中国伝統医療の経絡についてその巡行順に述べてきた。復習してみよう。天の氣(酸素)を呼吸する肺と大腸。地の氣(食物)を摂取する胃と脾。酸素や食物を後天の氣という。次いで心と小腸。外部からの情報を整理選択する。選別した情報は腎・膀胱へ。ここには親から受け継いだ先天の氣が宿る。そこで精といういのちの基本物質が創られ心包によって全身に送られ、三焦によって体表を保護する。そうして胆や肝の行動・表現となる。
肝臓のご機嫌を問う菜種梅雨 夏井いつき
東洋医療のいのちのモデルは現代医学からみれば全くの荒唐無稽である。これが現代「医学」に対して東洋「医療」と言い分ける理由だ。しかし現代医学の祖とされるヒポクラテス(紀元前460年頃誕生)にしてもその身体観は東洋医療とあまり変わりは無かった。彼の血液、粘液、黒胆汁、黄胆汁に分類する四体液説は中国の五行説に似ている。それどころか病気を身体に起こる自然現象として土地や気候を含む環境の中で把握しようとするのは東洋医療そのものである。但し、それに合理的な説明を与えて医療を哲学や宗教の呪縛から解放し、合理性の日向へ曝け出していった姿勢が現代医学の祖と敬われる所以なのだろう。東洋医療でも結果に対する原因を把握することに腐心し、その方法として陰陽五行を用いたが、そこから先へは進まなかった。しかしいずれにしても古人が何とかして身体の真実に迫り、病気に対峙しようとした歴史に洋の東西の差はない。
病態を人文的に把握する場合、東洋医療の方法が意外に役立つのである。それこそが東洋医療が永年命脈を保ってきた所以でもあろう。
さて本題に戻ろう。肝は将軍の官と呼ばれ、全身を統括する内臓と考えられた。そして怒りは肝を傷めるという。肝の臓は爆発的なエネルギーを持っている内臓なのだ。行動力は丈夫な肝の臓が産み出す。バイタリティ溢れる人の肝は大いに働いている。ところがその気が方向性を誤ると怒りになる。また、物事に急かされ、忙しさに翻弄されると肝が疲弊する。すると張り切っていた人が妙にしょぼくれてしまう。肝は少しばかり元気過ぎる方が人生を謳歌出来そうだ。
怒ることに追はれて夫に夏痩なし 加藤知世子
今回で経絡は終了。今後は身近なちょっとした不調に対応する方法を通じて身体を考えてみたい。つまり概論が終了して個別論へ進むということになる。やっと肝の気長な編集長の意向に添えるということになる。
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