俳句とからだ 40
連載俳句と“からだ” 40
愛知 三島広志
三焦・恒常性なるもの
身体は外部環境(皮膚の外側)と内部環境(皮膚の内側)との調和で保たれている。古くは外部環境を大宇宙、内部のそれを小宇宙と呼び両者の調和を天人合一と称した。ヒトという生物は社会性という空間と歴史性という時間を内包した人間として世間の中で生きている。世間とは外部環境と考えていいだろう。身体は常に外と交流している開かれた存在だ。しかし外部環境は常に身体に優しいわけではない。風(目に見えない影響)寒、暑、湿、燥等によって人を苛む。昔の医療は病気の外因として環境の変化を考えた。それに内因としての感情の起伏。両者が相まって病気になると説いている。
冷やされて牛の貫録しづかなり 秋元不死男
では健康に生きるために外部との接触をできるだけ避けることが賢明だろうか。それは不可能である。わたしたちは外部環境の影響下にあるどころか、身体の素材も機能も外部から取り込むことで形成、維持している。呼吸や摂食は否応にも外部を取り込むことに他ならない。これは実に危険なことである。病原体の多くは鼻や口から侵襲するし、食毒も口から入る。わたしたちは多くの危険を冒しつつ天人合一を実践しなければならない。
外部環境の変化に対応して内部環境を一定状況に維持することをホメオスタシス(恒常性、動的平衡)と呼ぶ。この概念は米国の生理学者キャノンが20世紀初頭に提唱した。体温は外部気温の変化にも関わらず通常平熱に維持されているのがよく使われる例だ。
風邪は風の影響で病気になること。これは中国医療の古い用語だが今日でも使われている。この「邪」こそホメオスタシスの狂いを表現している。邪悪の意味ではなく「牙」のように食い違いを生じている状態だ。
中国医療でホメオスタシスに深く関与しているものが三焦と考えられる。三焦とは聞きなれない言葉だが単独の内臓ではなく内臓諸器官や水分(リンパ液)の調整をしているとされている。その名の通り焦がす働きで、熱を生むと考えられていたのだろう。体温を維持し外部環境の変化にうまく対応する働き、これが三焦である。
身体は皮膚で保護されているが、その外部には衛気という見えないバリアがある。掌を頬に近付けると頬に触れる前にほんのりした暖かさを感じる。これが衛気だ。したがって本来の身体とはここまでを考える。地球にある大気圏のようなものだ。わたしたちの身体はさまざまな働きによって外部に依存しつつ外部に冒されないという離れ業を行いながら生存しているのだ。
なを翔ぶは凍てぬため愛告げんため 折笠美秋
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