俳句とからだ 32
連載俳句と“からだ” 32
愛知 三島広志
もの云わぬは・・・
東洋医療の肺と大腸は陰陽の関係にあり相補う。肺と大腸は呼吸やガスの排出という観点から関係付けられたと考えられる。大腸の経絡(氣の流れる経路)は人差し指に始まり鼻の穴の脇に終わる。大腸という名を冠しながら鼻の脇で終わることから大腸も呼吸に関係することが分かるだろう。鼻のツボは迎香と称し花粉症で鼻が詰まったときなどに多用される。
腸の先ず古びゆく揚雲雀 永田耕衣
わたしたちは呼吸を通じて空気だけでなく雰囲気も呼吸する。雰囲気を呼吸するとはどういうことだろう。例えば周囲に苦手な人がいると考えてみよう。すると何となく息苦しく感じることだろう。その時、胸や肩の筋肉は無意識に防衛体制を取って緊張し、結果として呼吸は浅くなる。息を潜めるように吸い込み、閊えたように呼息する。言いたいことも言えない状況が続くとこの緊張状態が身体化する。古人はそれを「もの云はぬは肚脹るる業なり」と見事に言い表した。これは精神の緊張が大腸へ影響することを示している。
腸 に春滴るや粥の味 夏目漱石
現代医療でも精神的影響が身体化することは立証されている。緊張して喉が詰まったり、やたらと咳払いしたり、甚だしいときは喘息発作を来す。これらは肺に現れた症状だ。同様に大腸にも現れる。現代人に増えてきた過敏性腸症候群。これは主としてストレスからくる大腸(まれに小腸にも)の病気で便秘や下痢の反復、激しい腹痛などを症状とする。緊張性の便秘は大腸が痙攣して大便やガスを詰まらせる。痛みと苦しさから救急車を呼ぶこともあるがケロリと治る。しかし激しい下痢の反復は日常生活を阻害し学校や会社に行けなくなる人もある。わたしの治療室にもその病気を伴った鬱病で一年近く会社を休んだ人が来ている。精神科医と漢方医(漢方を勉強した西洋医学の医師)を紹介し、鍼治療を継続した結果、無事復帰された。とても生真面目な方で、自分の意見を抑えて周囲のために努力した挙句自身の心身を病んでしまったのだ。
このように東洋医療では身体症状と精神状態を分離せずに患者を理解しようとする。そして必要なら専門医を紹介する。
東洋医療の古典には肺と大腸は悲しみという感情に深く関係すると説かれている。思わずため息をつくような状態。そんな環境に長くいると肺や大腸を病むのだ。あるいはため息もつけない状況。そこで「もの云わぬは肚脹るる」ことになる。
蟇蛙誰かものいへ声かぎり 加藤楸邨
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