俳句とからだ 21
連載俳句と“からだ” 21
愛知 三島広志
統合と分節
身体はおよそ60兆の細胞で構成されている。元は一個の受精卵であったものが分裂を繰り返し膨大な数に増殖したのだ。細胞は毎日、約20%が死滅し、ほぼ同数が再生している。脳細胞は約140億あるが二十歳をピークに少しずつ消滅していく。
細胞を保持するためには環境から栄養や酸素を摂取しなければならない。栄養は口に始まる消化器官、呼吸は鼻に始まる呼吸器官が担当する。取り込まれた栄養素や酸素は循環器系によって全身を巡る。各組織で産出した老廃物は泌尿器によって排出される。身体にはその他、外敵から身を守る免疫系、意識の座であり身体をコントロールする脳神経系、活動のための運動器なども存在する。
さまざまな役割を担って分節した身体器官が統合的に働くことで生命活動が維持されている。単細胞動物では一つの細胞で営まれる生命活動も、多細胞動物では専門的に発達した器官が必要となるのだ。
最も意識しやすい器官は運動器である。骨格や筋肉がその中心だ。身体を支える骨は約200個、骨を動かす筋肉は300個といわれる。分節された筋肉や骨が自由気ままに活動していては統合された身体動作は行えない。そこに身体の統合性が必要となる。各部品としての役割と同時に全身調和した活動が可能でないと生命維持も、目的に即した行動も行えない。
丹田と軸
細胞、器官とばらばらに分節された身体の活動を統一的に制御するために古来から様々な身体装置が創案されてきた。運動は無意識という下部構造に支えられた意識活動によって制御されている。その制御をより精緻に効率的に用いる方法が身体の技となるからだ。例えば身体の中心。それは中国では丹田と呼ばれてきた。丹田は上中下の三部位あることが知られている。上丹田は知性の座として頭部、中丹田は情緒の座として胸部、下腹には意志の座である下丹田。通常丹田といえば下丹田を指し、座禅などで重要視してきた。丹田を明確に自覚すると五体が統一体となる。身体が脱落(リラックス)し、精神が集中する。
また、脳天から股間を貫く重力に即した直線を中心軸とか正中線という。バレエなどではセンターと称する。フィギアスケートのスピンで軸が決まっているなどと解説されるラインだ。日本では「煙が立ち上るが如し」と表現されることもある。高度な剣道の試合では打ち合う以前に正中線の取り合いという内面的な戦いがなされている。
丹田や軸の自覚は佇まいに勁さや美しさとして体現されると同時に、思考や精神の深さとしても表れてくる。
丹田に光りし無月巡礼記 五十嵐秀彦
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