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2011年9月28日 (水)

俳句とからだ 18

連載俳句と“からだ” ⑱


愛知 三島広志

脳と心

 愛知県西尾市に岩瀬文庫という素封家の残した私設図書館がある。そこで江戸時代の解剖図を見た。『解体新書』から数十年後の写本である。

もともと漢方医療には写実的な解剖図譜は残されていない。それは漢方医療に外科が存在しなかったため体表からの刺激や服薬というアプローチを主としたからだ。当時の医療にとって重要なことは具体的な臓腑ではなく「いのち」の発現としての臓器の機能を重視した。また当時は手術するだけの技術も確立できていなかった。よって臓腑は構造と機能を明確に分離されず概念として漠然と把握することで事足りたのだろう。

ところがオランダから解剖図譜『ターヘル・アナトミア』(1734年刊)が伝来し、そのあまりの精緻さに圧倒された漢方医たち(杉田玄白・前野良沢など)は、苦労して日本語に翻訳。有名な『解体新書』を刊行した。それは『ターヘル・アナトミア』発刊からわずか四十年後の1774年のことである。

 岩瀬文庫には実際の腑分けを元にして描かれた図譜の写本が保存されていた。その図譜の正確さはすでに現代の解剖学書と何ら遜色のないものであった上に、解剖を通して人体生理が詳細に解明されている。しかも写実に徹しようという意気込みから解剖の際に括った紐まできちんと描かれている。

最も感心したのは脳の解説であった。脳髄は精神や意志の元であり、心が胸にあるのは間違いであるという内容の記述が書かれていたのだ。すでに精神の座は脳であると解剖学を通じて明確にされていたことは驚嘆である。
もっとも脳が思考や精神の中心であることは古来から経験的に知られていた。「思」という漢字がある。分解すると「田」は頭蓋骨、「心」は心臓の象形で、思考や精神作用は頭と胸で行われるとはるか昔から考えられていたのだ。西洋でも古くは心が心臓にあったと考えられていた。♡のマークは心臓の形を絵にしたものだ。古人は東西に関係なく心は胸にあると考えたのだ。なぜなら心臓は感情にしたがって鼓動を変える。まさに心がそこで躍動していると実感されるではないか。ところが解剖学はそれが間違いであることを明確にし、心臓は単なるポンプであることを冷徹に暴き出してしまった。

それでも人は心の座は胸にあると実感する。うれしい時は胸が高鳴り、悲しいときは切なく喘ぐ。雄々しく困難に立ち向かう時も、悲しさに耐える時も常に胸の鼓動がいのちを歌い上げる。こうした身体感覚は生きる上で極めて重要である。解剖図を見て身体を理解すると同時に、身体感覚に委ねて自らの身体を想像する。どちらも大切な営為であろう。そして文芸としての言葉は身体感覚からあぶり出てくる。

 蛇踏みし心いつまで青芒 原石鼎

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