游氣風信 No.167 2003. 11. 1
膀胱のはなし
一般には六臓六腑ではなく五臓六腑と言いますが、漢方で言う内臓は肝・心・脾・肺・腎の五臓に加えて心包で六つの臓、胆・小腸・胃・大腸・膀胱に加えて三焦で六つの腑となります。それぞれの意味については今まで勉強してきました。
膀胱は西洋医学では腎臓で血液を濾して生成された尿を貯め、必要に応じて排泄する最も単純な袋状の器官です。
しかし漢方の膀胱は全く異なります。先月の腎が現代医学風に説明すると腎臓と内分泌の作用を担当し、元気の源であると学びましたが、膀胱はそれに習えば自律神経に深く関与して全身を調節していると言っていいでしょう。
膀胱の経絡は目の内角から頭の頂を通り、脊中の両側を走り、下肢の真ん中を脚の第五趾外側まで走ります。ここで注目すべきは脊柱を支えるように両側を走っていることです。
ご存知のように脊柱には脳から出てきた脊髄が通っています。脳からは脳神経、脊髄からは脊髄神経が各器官に伸びています。これらを自律神経と呼びます。そして自律神経こそが知らないうちに生命維持をしている中枢なのです。
まさに生命の自動制御装置。生命の土台です。
ですから先月の腎と今月の膀胱は漢方的にみると生命維持に極めて深く関わる臓腑なのです。 そのことに古人も気づいていたのでしょう。膀胱経の背中に部分には各臓器を冠した経穴(ツボ)が並んでいます。たとえば肺兪、心兪、肝兪、胃兪という具合です。
ということで、膀胱にいくまえに広辞苑で自律神経を引いてみます。
『広辞苑』
自律神経
「意志とは無関係に、血管・心臓・胃腸・子宮・膀胱・内分泌腺・汗腺・唾液腺・膵臓などを支配し、生体の植物的機能を自動的に調節する神経。交感神経と副交感神経があり、その中枢は脊髄と脳幹にある。植物性神経。」
植物性機能
「(植物にも見られる生理作用であるからいう)生物、とくに人間の生命現象のうち栄養・生殖・成長作用を総括的にいう語。」
少し神経に関して整理してみましょう。参考は『人体解剖学入門』(三井但夫創元医学新書)によります。
「神経は大きく分けると中枢神経と末梢神経に分類できます。中枢神経はさらに脳髄と脊髄に分けられます。同様に末梢神経も脳脊髄神経と自律神経に分かれます。ざっとまとめると以下のようになります。
神経系
中枢神経(頭蓋骨や脊椎骨で保護されている)
1 脳髄
2 脊髄
末梢神経(体のすみずみに分布)
1 脳脊髄神経(脳神経および脊髄神経)
意志に従って筋肉を自由に動かせる運動神経と熱い、冷たい、痛いなどの感覚を感じる知覚(感覚)神経がある 別名体性神経または動物神経
2 自律神経(交感神経および副交感神経)
意志に従わないで、自然に、無意識的に、体内の諸機能を調節している 別名植物神経」
今回問題としている自律神経の中枢は脳髄の中の間脳にある視床下部だとされています。
「交感神経と副交感神経は視床下部から起こり、内臓、心臓、血管、筋肉などに指令を伝達し、あるいは体温、血液、睡眠、覚醒などを調整する、いわば生命保持に直接必要な神経の元締めともいえる。(前掲書)」
「人間は精神の影響で身体がいちじるしく変化するといわれる。つまり、不快なものを見聞嗅すると胃腸の具合が失調し、怒りによっては血圧、心拍動、立毛筋などまで変化する。これら精神身体現象の座はこの視床下部にあるといっても誤りではない。(同書)」
自律神経の中枢は別にもあります。同じく前掲書から。
「中枢神経としての脊髄は、いろいろな反射中枢を含んでいる。このなかには生命保持に絶対に必要な自律神経の中枢がある。すなわち、脊髄の全長にわたって血管の収縮、拡張、血圧などを支配する血管運動中枢や発汗中枢があり、最上部の頚髄には呼吸運動中枢、頚髄と胸髄の境界部には、眼に関係する瞳孔散大中枢がある。さらに胸髄には乳汁の分泌中枢、下って仙髄(実際には脊中の位置からいうと、第一、第二腰椎の高さに位置している)には排便、排尿、勃起、射精、出産などの中枢がある。
これらのうち、呼吸運動、血管運動、瞳孔の変動などの反射は、さらに脳髄にその上位の中枢があって、それと共同して働くのであるが、頭部を除いた発汗、排便、排尿、勃起、射精、出産、乳汁分泌などは脊髄にある中枢が唯一のもので、これが損傷されれば、それらの統制が完全に失われるようになる。」
だんだん難しくなってきました。そこで久しぶりに小学向けの学研の図鑑『人とからだ』に登場してもらいましょう。
2つの神経系
「わたくしたちのからだには、大きくわけて、2つの神経系がはたらいています。
その1つは、見たり、聞いたり、さわったりしたようすを脳に知らせ、つぎに脳から筋肉にめいれいを出して、行動をおこさせるはたらきをしている神経です。これを“知覚と運動の神経系”と、いっています。
もう1つは“自律神経系”といわれるものです。これは、内臓のはたらきを、わたくしたちが知らない間に、うまく調節してくれます。また、だ液やあせやホルモンなどの分ぴつも、調節します。
自律神経系にも2種類あって、一方がはやめれば、一方がおそくするといったぐあいに、おたがいに、ぎゃくのはたらきをしています。」
子ども向けは分かりやすいですね。知らない間に内臓の働きを調節してくれている神経系を自律神経系というのです。それがうまく働かなくなったとき、自律神経失調症と診断されます。
自律神経は精神作用とも深い関わりをもち、互いに影響しあいます(自律神経の調整に呼吸法が優れた働きをすることは肺の項で学習しました)。
さて次は膀胱です。これは実に簡単に説明できます。
大辞林
膀胱
「脊椎動物の排泄器官。排出に先立ち、尿を一時蓄えておく筋性の嚢(ノウ)。ヒトでは小骨盤内にあり、底部左右に尿管が開口、前部が尿道に続く。最大容量は五〇〇~八〇〇ミリリットル。」
膀胱とは有り体に言えば、おしっこを一時的に溜めておく筋肉の袋です。これが無いと常に尿を垂れ流すということになりますから、動物にとってねぐらの衛生上良くないでしょう。また、走ったりするときも不自由なことでしょ
う。
さらに人類に至っては着衣が湿ってしまうという不具合が生じます。それに社会的マナーの問題も絡んできます。これはオムツを当てなければならない赤ちゃんの世話や排尿障害の人の苦労を想像すれば容易に理解できることです。
では、次に漢方的にみた膀胱です。
『スジとツボの健康法』増永静人著 潮文社
膀胱
「腎の内分泌と協調する下垂体、自律神経系の働きと生殖機能、泌尿器周辺の臓器を支配し、体液清浄の最終産物である尿を排泄します。
症状としては、神経緊張が強くて過敏に反応し、背筋がつっぱったり、腰の力が抜けた感じになります。目がしらが重く、頭重、後頭部がズキズキし、自立神経失調症状を呈することが多いようです。
下腹から足を冷やして小水が近くなり、また尿の少ないこともあります。下腹部が張ったり痛み、膀胱炎や残尿感、背部がゾクゾクし、腰痛や腰の折れる感じがします。
後頭から目がしらにかけて重圧感があったり、背筋の痛みや背中が固くなって曲がるなどの症状があります。」
膀胱経は眼からおでこ、頭の中心線の少し外側を通り、頚から腰まで背骨の両脇を下っていきます。そこから下肢の後側ハムストリング、ふくらはぎを経て足の小指までという長い経絡です。
背骨の両脇の筋肉は起立筋と呼ばれ、人間が立つという姿勢を維持するために重要な働きをしています。さらにその筋肉は背骨を保護しつつ支えています。膀胱経はその筋肉と深く関連しています。それで脊髄や脊髄神経との関わりも重要なものとなるのです。
以上のように西洋医学では一時的に尿を溜める袋に冠された膀胱ですが、漢方本来の考えでは生命維持(自律神経など)に深く関与する重要な働きをするものなのです(膀胱など内臓の名前は元来漢方の名称を蘭学渡来時に西洋医学の臓器名に代用しました)。
足の太陽膀胱経
眉の内端から頭部、背部、下肢後側を通って足の第五指先端まで
『鍼灸医学大辞典』(医道の日本社)
足の太陽膀胱経
「身体の背面をめぐる最大の経脈で、所属する経穴は63穴に及ぶ。直接関与する臓器は、脳、膀胱、腎であるが、間接に関与する臓器はほとんどすべてに及び、また水経の陽経であるので、身体の水分の排泄に重要な関係がある。経脈の性質は血が多く気が少ない。その流注(ながれ)は、小腸経の分れを受けて、眼からはじまって、上行して頭部(頭頂から入って脳をまとう)頂部をめぐって、背部(脊柱をはさんで)をくだり、腰部の筋肉中をめぐって腎をまとい、膀胱に帰属するが、別に背中の最も外側寄りをとおったものと、腰から殿部にぬけたものとが合して下腿の後側中央をくだって足の小指の外側端に終わる。膀胱経は頭部で脳を貫く関係から頭重、頭痛など外因性の頭部疾患によく用いられ、また内臓の気がすべて背に通じるので、心兪、肝兪などという臓腑名の兪穴が経脈中にあり、多くの内臓疾患に用いられる。また精神的疾患、眼、鼻などの疾患、腰、下肢の痛みにもよく用いられる。」
膀胱経の特徴は脊椎の両側を通るツボに内臓の名前が冠され、そのツボが内臓に関連していることを示唆していることです。
以下にそれらを紹介します。棘突起とは背骨の真上で出っ張った部分で普通に指で触れることのできるところです。ツボの位置は、全て棘突起間の高さで外方2から3センチ。両側にあります。
肺兪(胸椎三・四棘突起間の高さ 肺)
厥陰兪(胸椎四・五棘突起間の高さ 心臓)
心兪(胸椎五・六棘突起間の高さ 精神反応)
督兪(胸椎六・七棘突起間の高さ 脊椎全体)
膈兪(胸椎七・八棘突起間の高さ 横隔膜)
肝兪(胸椎九・十棘突起間の高さ 肝臓)
胆兪(胸椎十・十一棘突起間の高さ 胆のう)
脾兪(胸椎十一・十二棘突起間の高さ 膵臓)
胃兪(胸椎十二・腰椎一棘突起間の高さ 胃)
三焦兪(腰椎一・二棘突起間の高さ 脾臓)
腎兪(腰椎二・三棘突起間の高さ 腎臓)
気海兪(腰椎三・四棘突起間の高さ 丹田)
大腸兪(腰椎四・五棘突起間の高さ 大腸)
関元兪(腰椎五・仙骨間の高さ 丹田)
小腸兪(関元兪の下 小腸)
膀胱兪(小腸兪の下 膀胱)
便宜上、各ツボの位置の後に関連する内臓を書きました。内臓の名前の中に意味のよく分からないものもありますから説明します。
督兪とは背骨の真上を通る経絡です。督兪は督脉全体を統べるものです。
膈兪は名前から横隔膜とされていますが、呼吸に関連しています。
脾兪は脾臓ではなく膵臓と考えたほうが西洋医学との整合性があります。その辺りの鍼刺激で糖尿病に効果があるという報告があります。
三焦兪も難しいものです。古典には三焦は「働きありて形なし」と書かれています。経絡の走行上、身体の防衛を行うと考えられますし、「焦がす」ということから、外部の温度低下にも負けないよう体内で熱を発生させるという意味もあるでしょう。身体にはホメオスタシス(恒常性・動的平衡)といって体内の状態をいつも一定に保とうとする作用があります。これは「免疫」とも深く関わります。それでリンパの親玉の脾臓としました。
気海兪と関元兪はともに気海・関元という下腹部の丹田と呼ばれる辺りにあるツボと関連しています。丹田は命の源の「元気」の宿る腎とも深く関わります。
指圧を受けたことのある方ならお分かりのように、背骨の両脇を丁寧に押圧します。これは今まで述べたように全内臓に関連するという理由からなのです。
さらに骨格調整を主体とした整体やアメリカのカイロプラクティックも背骨を中心に構築された手技医療です。これも同様の理由です。
背骨は西洋と東洋の伝統療法の橋渡しをすると同時に、神経学的に西洋医学とも交錯する重要な器官なのです。
膀胱経はそこに深く関わるということを記憶しておいてください。
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