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2011年8月29日 (月)

游氣風信 No.191 2006. 6.1

吟遊 オオキンケイギク

そのメールは唐突にやってきました。もっともあらゆるメールは唐突に来るものですが・・・。

メールの主は国際俳句季刊誌『吟遊』(吟遊社)を発行している俳人にして明治大学教授の夏石番矢さんでした。しかもその内容が驚くべきことにわたしのHP『游』と『吟遊』のHPを相互リンクしたいというものでした。

片や著名な俳人で俳句研究家の夏石さんと、その奥さんの、これまた知られた鎌倉佐弓さんの発行されている国際的な『吟遊』、対してこちらは一個人の趣味的なHP。釣り合いが取れない組み合わせです。

それでもこんな光栄なことはないと素直にリンクさせていただきました。

吟遊

http://www.geocities.jp/ginyu_haiku/index.html

夏石番矢という俳人は、東大のフランス文学で学びつつ俳句を創作・研究され、現在は明治大学教授を務めておられます。氏の研究を強引にまとめるなら俳句を旧弊な日本趣味から解き放ち、言語装置としての可能性を見出していくということでしょうか。その可能性は日本語を超えて存在するというご意見です。

氏は十代から既に頭角を現していた前衛俳句(正確な表現ではありませんが)の期待の星でした。

わたしと同年ということもあって長年注目もしていました。しかし、大学で教鞭をとりながら国際的に活躍されている夏石さんと、趣味でひとりこつこつと俳句を作ってきたわたしの間には直接の出会いはありません。ただ、ちょっとした機縁はありました。それはもう随分前のことです。

わたしが所属している俳句結社『藍生(あおい)』(黒田杏子主宰)で第一回の新人賞をいただいた後、一年間「現代の俳句」というテーマで原稿を掲載しました。そのとき夏石さんを取り上げたのです。

http://homepage3.nifty.com/yukijuku/haikuron/g04.htm

そしてその論が夏石さんの目に止まり、編集部気付でお葉書をくださったのです。たったそれだけのご縁でした。

わたしはその文をHPに掲載しています。おそらくそれがたまたま氏の検索にかかってリンクということになったのでしょう。不思議なものです。と同時にインターネットの面白さです。

当時、同世代の旗手として古典的要素を深める方向に向いていた長谷川櫂(「古志」主宰)さんと俳句を解体再構築しようと邁進していた夏石さんは好敵手として何かと比較されました。それはぶれながら歩んできた俳句の歴史そのものでもありました。両者はそれを意志的に具現していたからこそ時代の寵児足りえたのです。

わたしの拙文「現代の俳句」でも両者を比較して紹介してあります。当時も今も、わたしは両者の言い分のそれぞれに共振しつつ、わが道をつかめないまま何とか俳句を継続して来ました。

これからも迷いつつ俳句を作っていくことでしょう。人生は振り返れば畢竟迷いの跡ではないでしょうか。

俳句もまた同様に迷いの表白でしかないのです。

夏石さんの季刊誌の名前が『吟遊』であり、わたしのHPが『游』。「遊」も「游」も漂泊することです。一方は陸路、もう一方は水路。シンニュウとサンズイという偏の違いでしかありません。強いて上げるなら両者の共通点はそこだけしょう。

是非一度『吟遊』を覗いてみてください。

吟遊

http://www.geocities.jp/ginyu_haiku/index.html

夏石さんの著書には句集以外に、たくさんの評論集があります。入手しやすいものとしては『俳句 百年の問い』(講談社学術文庫)という俳句評論を一望したアンソロジーの編集もありますが、『ちびまる子ちゃんの俳句教室』(集英社)というタイトルからして楽しい本もありますから、是非書店で手にとってみてください。

(5月11日)

オオキンケイギク

訪問リハビリ・マッサージの途上、しばしば江南市の木曽川堤を車で疾駆します。対岸は岐阜県川島町。疾駆といってももちろん安全運転、制限速度遵守です。

木曽川堤は道が川の流れに沿って緩やかに蛇行しているのでスピードを出さなくても車を走らせる楽しみが味わえる道なのです。しかもそこは桜の名所でもありますから春は桜に包まれ、初夏は葉桜の青い勢いが満喫できるというわたしのお気に入りの道です。

さて長年走り慣れた道なのですが、最近、走行中にふと気づいたことがあります。それは夕暮れになっても道の両側が妙に明るいとうこと。その訳は西空に盛り上がる伊吹嶺を朱色に彩る夕焼けでも、川島町にできた水族館脇の大観覧車の照明のせいでもありません。明るさの源泉は金色の花の群生なのです。

その花は秋の野原にやわらかく揺らめくコスモスの群生に似ていますが、色が金色一色。美しいことは確か 

もう少し早い時期、マツバウンランという帰化植物が野原一面を淡い紫で覆いつくして揺れている光景が見られました。マツバウンランは外来の植物ですが、日本の風土に溶け込んで、なんの違和感もなく歓迎できたのですが、この金色はどうもしっくりきません。マツバウンランは漢字で書くと松葉海蘭。そのそよぐ様子が海を思わせるからでしょう。

マツバウンラン愛好会 http://www10.plala.or.jp/yu-ko3/aikoukai/aikoukai.html

訪問患者さんの娘さんで植物が好きな方に金色の花のことをお聞きしました。

「木曽川堤防の上の道両側や法面(のりめん・堤防などの斜面)にコスモスみたいな金色の花がびっしり咲いていましたけど、名前をご存知ですか」

「あれはオオキンケイギクという帰化植物らしいですよ」

オオキンケイギク

http://had0.big.ous.ac.jp/plantsdic/angiospermae/dicotyledoneae/sympetalae/compositae/ookinkeigiku/ookinkeigiku.htm

ああ、やはりと思いました。マツバウンラン(松葉海蘭)もオオキンケイギク(大金鶏菊)も明治以降渡来した植物なのです。それがどんどん広がっているようです。そういえば、先だって広島県東部の福山市へ葬儀に行ってきたのですが、向こうに多いシロタンポポ(岡山から広島県東部にはキビシロタンポポという種が多い)を見ることができず、全て外来のセイヨウタンポポでした。日本の風景も時代と共にどんどん外来種の侵襲にカタチを変えているのでしょう。


(オオキンケイギク 民家の庭に移植されていた。撮影していたら声をかけられて、「よかったら株を持っていきなさい。どんどん増えるよ」と言われた。しかし、その奥さんはキンポウゲと勘違いしていたようである)

キビシロタンポポ

http://had0.big.ous.ac.jp/plantsdic/angiospermae/dicotyledoneae/sympetalae/compositae/kibisirotanpopo/kibisirotanpopo.htm

セイタカアワダチソウのように急激に広がると脅威を感じて駆除に走るのでしょうが、徐々に広がっているとその変
化にすら気づきません。

セイタカアワダチソウは花粉がアレルギーの原因であるとか根から毒を出してススキなどの在来種を根絶やして日本の自然環境を破壊すると騒がれ、自衛隊が火炎放射器で焼いたりもしましたが、今ではすっかり小さくなり日本の秋に溶け込んでいます。同時にススキは勢力を盛り返しました。

セイタカアワダチソウ

http://had0.big.ous.ac.jp/plantsdic/angiospermae/dicotyledoneae/sympetalae/compositae/seitakaawadachi/seitakaawadachi.htm

オオキンケイギクのことが奇妙に気になっていましたら、タイミングよく読売新聞の記事に登場しました。「環境ル

ネサンス 移入生物最新事情 3」という特集です。長いので興味深い部分を箇条で紹介しましょう。

○鹿児島県大隈半島海上自衛隊航空基地。旧海軍航空隊の基地に北米原産のオオキンケイギクが群生しているのは、南方戦線から帰還した航空機の車輪に種が付着していたからと言われる。

○沖縄へ向けた特攻隊の出撃が盛んだった時期に咲くから「特攻花」と呼ばれた。

○鹿屋航空基地資料館では予科練出身者が戦争体験を語り継ぎ、希望者に種子を配っていたが中止せざるを

得なくなった。なぜなら今年二月、特定外来生物被害防止法の規制対象に指定され、種子の移動が禁じられたから。

根付きの花を記念に持ち帰っても法律違反。

○オオキンケイギクは冬場でも根をしっかり張るため、戦後、道路ののり面や工事修復地の緑化に使われ、全

国に広がった。

○天竜川の堤防も、一面黄色に染まって、カワラヨモギやカワラニガナ、カワラサイコなど、河川敷に元々自生し

ていた植物は圧迫され、年々減少している。

○山口市の県セミナーパークは11年前のオープン時、カワラナデシコやキキョウなどと一

緒に種をまいたが、ここ数年はオオキンケイギクだけになってしまった。職員は「色とりどりの花が咲き『花景色』と

呼んでいたのに、いつの間にか黄色一色になってしまった」とこぼす。

○牧野標本館の加藤英寿さんは「このままでは、貴重な在来植物がどんどん減少してしまう。ただ、やみくもに

移入植物を取り除くだけではなく、どのような自然、風景を再生するのかを考えながら、対策を進めることが大切

だ」と指摘する。

(2006年6月1日 読売新聞)

なるほど、工事現場の緑化や法面の補強に使われていたわけです。道理で道沿いや堤防の斜面に多いはず

です。それにしても特攻花などという痛切な呼称を持っていたとは全く知りませんでした。

セイタカアワダチソウは日本の秋の風景を破壊すると恐れられ徹底的に駆除されました。それでも彼らは逞し

く生き延び、今日ではススキや荻などと混在して秋の野の風情を醸し出しています。

マツバウンランは群生した可憐な花穂が風と清々しいコラボレーションを織り成し、旧来には無かった初夏の風

合いを楽しませてくれます。

このオオキンケイギクも美しい黄金色でそれなりに受け入れられていますが、その繁殖地の拡大は在来種との

兼ね合いとともに考えていかなければならないとは厄介です。

しかし、考えてみれば万葉の時代と今とでは自然の様相はまるで異なっています。当時でさえ既に日本の原風景に中国や朝鮮から様々なものが持ち込まれていたのです。さらに後世は西洋からもぞくぞくと。

変わってきたのは自然だけでなく、ことばも同じです。

ことばは日本国内でさえ地理的制約から方言として地域ごとに独自の体系を生み出してきたのですが、それだ
けでなくことば自体、あるいは用いる人の中にあると考えられる自己運動力によって変化し続けています。

さらにそれに加えて移入生物のように海外からの浸食もあります。外来語は外国からモノや思考と一緒に複雑
に取り込まれ変化してきました。

さらに社会の変化とともに新しいことばが生まれたり、旧来のことばに別の意味が付加されたりして、同時代に
生きている者同士でも世代などの枠組みが異なると伝わらない言葉がたくさんあります。

人間が生み出したことばでさえ刻々と変化し、年長者はいつの時代でもことばの乱れを嘆きます。それは自分
たちの綾なしてきたことばとは異質なことばに出会う驚きと、置き去りにされる恐れと長上という権力を笠に着た怒りなのでしょう。

ことばという人為といえどもままならないものです。ましてや自然の力のままに変化している自然環境の変化に

楔を打ち込むことは不可能ではないでしょうか。

その点で先ほどの牧野標本館加藤英寿さんの「このままでは、貴重な在来植物がどんどん減少してしまう。ただ、やみくもに移入植物を取り除くだけではなく、どのような自然、風景を再生するのかを考えながら、対策を進めることが大切だ」との指摘には含蓄の深さを感じます。

初夏を彩るオオキンケイギクから思わぬ方向に妄想が移っていきましたが、かように人間の営為とは曖昧なも
のです。堤防に揺れる金色の群生。美しいけれどどこか不気味な光景。これはそろそろ時代に置いていかれそう
な予感がする寂しさの反映なのかもしれません。

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