游氣風信 No.178 2004. 10. 1
花粉症と中医学
今年は杉花粉の当たり年だそうです。
早々とマスコミが脅迫的に花粉症の注意を呼びかけています。それがあまりに頻繁なので、かえって人々の心配を煽り、気分的にもアレルギーが発症しそうではありませんか。
もはや国民病と言われて久しい花粉症。
予防としてはマスクや眼鏡で花粉を防御するしかない。それでも発症したら抗アレルギー剤。薬の副作用で胃を壊し、運転中に眠くなり、乾燥作用から鼻咽がからからになる。
いずれにしてもうっとうしいことに違いありません。
既往の方はもちろん未だ発病していない人もいつグズグズクシュンが始まるか気が気ではない病気。
このおぞましき花粉症は俳句の季語(春)としても定着しつつあります。
花粉症の原因が花粉でなく、工場の排気や排液なら公害と認定されることでしょう。
実際、杉花粉は林業という産業から生み出されたといっても過言ではありません。それならば公害と認定されて然るべきものなのです。
国策により杉の植林を推進したのですから国にも責任があります。しかし公害と認めると医療費の補助が必要になりますから、国としては認めたくないでしょう。
いずれにしても春の風物、国民病というにはあまりの惨状に辟易している方も多いはずです。
花粉症(アレルギー性鼻炎)
新聞に花粉情報が掲載される花粉症の季節になりました。
以前は枯れ草熱と呼ばれ、枯れ草に触れると発病すると考えられていましたが、花粉やカビの胞子でも発病し、枯れ草自体には関係ないことが解り、今日では一般にアレルギー性鼻炎と呼ばれ、特に春先の風に運ばれてくるスギやヒノキの花粉によって大発生する症状は花粉症として有名になりました。
家庭内のゴミ(ハウスダスト)やダニでも起こります。
[症状]
アレルギー性鼻炎は、くしゃみ発作が繰り返し、水っぱな、鼻詰まり、目の辺りが痒く涙が止まらないなどの症状がしつこく長引くものです。
命には関わらないとはいうものの、症状が激しいときは仕事や勉強にも身が入らず、辛く憂鬱な毎日が続きます。
プロ野球ダイエーの監督、田渕さんも現役当時この花粉症に悩まされて成績に響き、大変苦労されたと記憶しています。
[原因]
スギやヒノキなどの木の花粉、イネなどの花粉 ハウスダスト、そばがらの枕、カビ、犬・猫・小鳥の羽根や糞
[何故最近になって騒がれるのか]
スギやヒノキの花粉は昔からあるにも関わらず、何故ここ10年位で急激に増えたのでしょうか。
日本の林業が自然林を伐採しスギやヒノキ中心の植林を行ったために、スギやヒノキがアンバランスに増え過ぎたからだとも、木材不況のために若者が山から都会に出てしまい、山の手入れが充分に行き届かないためだとも言われています。
であれば花粉の多い山間部に花粉症の患者が多くて、都市部には少ないのが当たり前ですが、現実には都市部で多くの人が鼻炎に苦しんでいるのは何故でしょうか。
アレルギー性鼻炎は文明病とも言われ、文明国ほど増加する傾向があるそうです。日本もこれで晴れて文明国になったと喜んでもいいのですが、そんなことを書くと患者さんに袋叩きにされそうです。
文明国では社会の複雑さ、人間関係の難しさ、競争の激しさ、時間に追いまくられる毎日などからストレスが大人から赤ん坊、お年寄りまで耐え切れないほど押し寄せてきます。
ストレスそのものから発病することはありませんが、そこにアレルギーの原因物質(アレルゲンと呼びます)が絡んでくると、鼻炎に限らずさまざまなアレルギー症状が現れてくるのです。
その中で、くしゃみ、鼻水、鼻詰まり、涙などの鼻炎の症状を呈すものがアレルギー性鼻炎なのです。
以上は游氣風信第二号(1990年2月)からの引用です。
http://homepage3.nifty.com/yukijuku/yuki/y002.html
花粉症のサンプルがダイエーの田渕監督とはいかにも時代を感じさせます。
このときの特集にはとりあえず家庭で対処する方法が書かれていますから参考にしてみてください。
しかし今月再び十五年の歳月を経て花粉症を特集する以上、家庭療法に留まらず、その発病機序について漢方の立場から考察してみようと思います。そこから治療法も浮かび上がらせる予定です。
西洋医学による花粉症の説明
スギ花粉症は1964年、東京医科歯科大学耳鼻咽喉科助教授斉藤洋三先生によって提唱されました。しかし、杉に限らず植物の花粉をアレルゲンとする病気はすべて花粉症です。スギの花粉は2月から5月、ブタクサは8月から10月、イネ科の花粉は4月から11月、ハンノキ属は1月から5月と年中何らかの花粉が飛散しています。スギが特に問題視されるのはそれが人為的に多量に植樹されたいわゆる公害だからに違いありません。
花粉症の症状は熱はなく鼻汁・くしゃみといった感冒症状が毎年、一時期に認められます。同時期にこうした症状があるなら花粉症とみていいでしょう。アレルギー性鼻炎のひとつです。
発症機序は以下の通りです。
先ず病因抗原(アレルゲン)が体内に取り込まれ、特異的IgE抗体が産生され、鼻粘膜組織内の肥満細胞や好塩基球と結合することでアレルギーの下地ができます(感作)。浮遊抗体が鼻腔から進入し、抗体と結合すると、肥満細胞や好塩基球からヒスタミンに代表される化学伝達物質が放出され、くしゃみや鼻汁といった即時相反応がでます。その後、鼻粘膜に肥満細胞などから放出された物質により好酸球浸潤が誘導され、組織内で慢性的炎症反応が生じ、結果的に鼻閉症状がでます。これを遅発相反応といいます。
くしゃみ、鼻汁、鼻閉が三主徴で、付随症状として嗅覚減退、頭重感、微熱、咽喉
・眼の掻痒感があります。
以上は厚生中央病院荒木進先生の論文『医道の日本』2003年2月号に準拠しています。
治療は花粉の被爆を避けるために眼鏡やマスク、洗濯物を外に干さないなどの工夫が必要となります。室内に洗濯物を干すことで侵入した花粉を吸着するという方法もあります。空気清浄機も有効でしょう。
薬物としては抗ヒスタミン剤などが市販され、医師からも投与されます。さらにステロイド剤も出されますが慎重な使用を要します。
中国医学的考察
中国人鍼灸師李昇昊(りすんほ)先生によれば花粉症の発症機序は
1 脾肺の気虚もしくは衛気の不足があると外邪を引き寄せる。
2 外邪を直接吸入すると鼻に外邪が集中し、それを追い出すためにくしゃみが出る。
3 風寒の勢いが強ければ、鼻汁が出て、衛気(陽気)が抵抗すると化熱して鼻づまり。
4 正気が弱いと外邪がいきなり体内に侵襲し悪感・発熱・頭痛・喉の痛みとなる。
5 いずれにしても「内傷なければ外感なし」
(参考は『前掲書』)
ということですが用語が全く分かりませんね。説明します。
中医学
中医学は生命観と捉えることができます。病気や症状を考える前にいのちを根管にした生命哲学といえるのです。そこが自然科学に立脚した西洋医学と根本的に異なるところです。
中医学では人間の生命の根源的な力を次のように考えます。ひとつは親から受け継いだ「先天の本(もと) 別名元気」。今ひとつは生まれてから間断なく取り込む呼吸や飲食による「後天の本 別名天の気及び水穀の気」。中医学による養生とはいかに「先天の本」を消耗させないかに尽きるのです。
「先天の本」は腎に宿り「後天の本」は主として肺と脾に属します。
詳細は説明するときりがない上に私自身にそこまでの力もありませんから深入りはしませんが、これらの腎と脾と肺を中心にさまざまな臓器の現象を陰陽五行で説明するのが中医の基本です。
では、先ほどの花粉症を中医はどのように説明しているのでしょうか。一つの例を述べます。
花粉症は鼻汁の発生が基本的な問題を生じます。中医学ではこのような原因となる水分を「痰」といいます。「痰」とは過剰な水分のことで、これがいろいろな悪さをすると考えるのです。
「痰飲」ともいいます。
「痰」の発生には「三焦気化」という機序が考えられています。
わたしたちは食物を摂取します。それは胃の仕事です。飲食物から津液(しんえき)という液体成分が生じます。津液は全身に満たされている水分のことです。血液以外のすべての水と思っていただいていいでしょう。
この津液は脾によって肺に運ばれます。ただしここでいう脾とか肺は西洋医学の脾臓とか肺臓とは全く別物と考えてください。もともと漢方医学の用語を強引に西洋医学の内臓に移行したので混乱します。ここでは全く別物と認めておいてください。
津液は脾によって肺に運ばれ、肺の宣散作用によって全身に散布され、粛降作用によってしずかに調整されながら下降していきます。そのとき心の推進作用がそれを推し進めます。
全身に回った津液は膀胱に貯留し、腎の作用で排泄されます。
この一連の調整過程を三焦気化と称します。その調節は肝が司ります。
三焦気化には全身の臓腑が関与するのですが中でも肺・脾・腎が主として働くのです。
それらの作用が滞りなく進めば津液は全身を巡り、代謝、排泄されるので問題はないのですが、停滞が生じたとき「痰」が生まれます。
「痰」は脾に生じますから「脾は痰の源」であり、「痰」は肺に貯留するので「肺は痰の器」とされます。この「痰」によってさまざまな症状が発生するのです。それが鼻や咽に集中すると花粉症の症状になります。
(以上は江川雅人先生の論文『疾患別治療大百科6』医道の日本社を参考にしました)
そこで先ほどの中医学の先生の解説に入ります。
脾肺の気虚もしくは衛気の不足があると外邪を引き寄せる。
脾や肺の弱りにより「痰」が生じて外部からの影響を受けやすくなる。
外邪を直接吸入すると鼻に外邪が集中し、それを追い出すためにくしゃみが出る。
鼻に「痰」があり、外邪が集中。それを何とか排除しようとして生理的な反応としてくしゃみが出る。
風寒の勢いが強ければ、鼻汁が出て、衛気(陽気)が抵抗すると化熱して鼻づまり。
寒さなどの影響により体が冷え、鼻汁が出てくる。逆に体内の熱気が盛んな人は鼻汁
が外に出ないで鼻づまりになる。
正気が弱いと外邪がいきなり体内に侵襲し悪感・発熱・頭痛・喉の痛みとなる。
正気とは生命力が充実していること。病気(外邪)を寄せ付けない状態。生命力が弱いと外部からの影響が一気に体内深く侵襲して悪感・発熱・頭痛・喉の痛みが出る。
いずれにしても「内傷なければ外感なし」
内傷とは感情が激するために内臓が傷つけられること。喜怒憂思悲恐驚の七情をいう。外感は外部の変化によって影響を受けること。風寒暑湿燥火(熱)の六淫をいう。淫はしみこみ、おかすこと。「内傷なければ外感なし」とは心を平安にしておれば外部環境がどんなに悪くても影響を受けないということ。
以上のように説明できるでしょう。
六淫はさまざまなストレスと置き換えることが可能です。ストレスは肝に影響します。すると肝の気が激しく動揺します。その気は肝で増幅し強くなります。肝の気が滞ることを肝気鬱結、その気が燃え盛ることを肝欝化火といいます。
肝の気が高まると五行説に基づいてその子である心に影響を与えます。それで心の火が強くなります。これを心火上炎と呼びます。
心の火は胸にあり、下腹部にある腎の水と交流することで調整されているのですが、心の火が強くなりすぎると腎の水との交流がうまくいかなくなります。これを心腎不交と呼びます。
うまく交流していれば心腎相交です。交流の場を丹田と呼びます。
心の火が降りてこないと腎の陽気が足りなくなり身体が冷えます。これが腎陽虚です。それにより水液が停滞し「痰」が生じるのです。それが外部化して鼻汁となるのが花粉症です。
治療
原因に基づいてさまざまな対応が考えられます。中医学では花粉症に限らず病気の発生の機序を次のように考えます。
(参考 『中医学による花粉症治療』郭義 原田浩一著)
1 自然環境への適応力の低下
六淫(風寒暑湿燥火)により肺の宣散(津液を全身に運ぶ作用)失調を引き起こし、衛気(外からの影響から身を守ろうとする気)が鬱滞する。
2 過食 冷食
脾の水液運化機能の低下は、気血の生成のさまたげとなり、衛気不足による衛気虚となる。
1,2により防衛力が低下し、花粉が侵入しやすくなる。
3 ストレス過剰
ストレス過剰は肝気の鬱滞を引き起こし、脾に影響する。すると脾の運化機能が低下し、気血の生成不足や水湿が停滞し、痰(無駄な水分、毒となる)が生じる。痰は肺に貯まり、肺の宣散失調を引き起こし、脾から受け継いだ水液が肺に停留する。
4 精神活動の興奮
過剰なストレスは肝気鬱結となり、長期化すると肝鬱化火へと移向(五行説による イライラが爆発するような状態)。精神活動をつかさどる心への病態へ発展。心の生理機能である神志すなわち精神活動のオーバーヒート心火上炎となる。
5 過労 睡眠不足
不摂生が腎陰の不足を招き、熱、燥、風の陽像を生み出す。腎は親から受け継いだ気(先天の気)の宿るところで、その陰陽が身体機能に大きく影響する。腎陰とは体を冷却する作用。腎陰が不足すれば体が火照る。
6 冷飲 薄着
冷たい飲み物や体を冷やす食べ物の過食、足元の薄着や冷房のきかせすぎは腎陽の不足による水湿不化を引き起こす。体内に余分な水分をため、肺の宣散や粛降、すなわち息を吸い込んで全身に送ったり、体内の水を下に輸送する作用の機能低下を招く。
治療は以上のタイプを検討し、単独もしくは複合する原因を見出し、それに対応することになります。
症状の激しいときは標治と言って症状に即応して治療します。毎日治療することが理想です。
体質を変えて根本から対峙することは本治と言い個別のタイプ(証という)に応じて対処します。こちらはシーズンに限らずこつこつと定期的に継続していきます。運動や食事、呼吸や精神安定など幅広く取り組むことが必要です。
後記
中国には昔からのさまざまな「伝統医療」がありました。それが日本に輸入されて、日本独自「漢方」として発展も遂げました。鍼灸も同様に輸入されたあと、連綿と継承されただけでなく、昭和になって精鋭の鍼灸師たちが古典的治療を復興した「経絡治療」と呼ばれるような技術もあります。
しかし「中医学」は中国伝統医療でも日本の漢方でもありません。中国政府の肝いりで整理統合されたものです。毛沢東主席たちは、長征のときに自分たちの命を救ってくれた伝統医療を国策として整理統合し、国家建設の要としたのです。
「中医学は中国人民の宝であり、人類の財産である。よって、祖国医学と呼ぶ」と宣言し、中国全土の中医学理論を統一し、なおかつ 各地に中医学院を開校していったのです。
近年になって、中国医学が国際的になるにしたがって国際共通理解のためのテキスト必要になってきました。そこで中国政府により統一された「中医学」が着目されてきたのです。「中医学」の利点は湯液、鍼灸、運動法すべてに共通する理論をもっていることです。
わたしが親炙した指圧の恩師増永静人先生は類まれなる才と努力で、御自身なりの漢方指圧を整理統合されましたが、それは増永先生のオリジナルであって他の分野の方との共通理解のた
めの用語や見解を持ちません。同様に鍼の流派でも漢方薬の派閥でも共通の理解が困難なのです。
最近、日本・中国・韓国でツボの位置が異なるという話題がマスコミを騒がせました。ツボの位置は実践では流動的ですから少々の狂いは構わないのですが、共通の記号として学会発表する時などには困ってしまいます。それで統一する必要に迫られました。
中医学もまさにその統一見解として優れたのです。その考えに賛同異論各種あろうともまずは共通言語として学ぶことは必須でしょう。
その必要からわたしもぼちぼちと勉強を始めたところです。今月は何人かの先達の本におんぶして書き上げました。感謝します。
参考文献
『医道の日本』2003年2月号荒木進 李昇昊
『疾患別治療大百科6』医道の日本社 江川雅人
『中医学による花粉症治療』源草社郭義 原田浩一
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