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2011年8月20日 (土)

游氣風信 No.164 2003. 8. 1

肺のはなし

 今までに肝(肝臓)・胆(胆のう)・心(心臓)心包・小腸(小腸)三焦・脾(脾臓・膵臓)・胃(胃)と勉強してきました。 今月は肺です。

 お気づきでしょうが、「肝」と「肝臓」のように似たような言葉が並列してあります。これは初回に説明しましたように「肝」だけが書いてあればそれは漢方の用語、括弧で括った方の「肝臓」は西洋医学の用語と使い分けていま
す。

元来漢方の用語であった肝を、江戸時代に西洋医学が日本に入ってきた際、「肝」と思われる内臓に「肝臓」と名づけたことからこの混乱は始まりました。したがって肝と肝臓との間には大きな齟齬が生じてしまったのです。ですから両者は全く別のものと考えた方がいいでしょう。

 ところが、小腸や大腸、膀胱や胃は漢方も現代医学も同じ呼び方です。これではますますややこしいことになります。困ったものですが今となってはどうにもなりません。今月の「肺」も通常「肺」と言って「肺臓」とは言いませ
ん。

 この混乱は解決されるめどが立たないままに実用レベルでそれぞれその場で適当に使い分けられたり、混同されたりしているのが現状です。

 困ったことに、漢方の用語を一般に使用するには無理があります。西洋医学一辺倒の現代では、漢方の言葉は共通語としての力を持たないからです。いきおい西洋医学という市民権を得た言葉に頼らざるを得ないのです。(漢方の世界でさえ用語と意味の統一がなされていません。研究機関も漢方薬は薬科大学もしくは薬学部で、鍼灸は鍼灸大学でと、分離している問題もあります)

 そこでいろいろややこしい問題を抱えた現状のまま、游氣風信でも肝と肝臓というように並行して勉強してきました。

 今月は肺の勉強です。肺はご存知のように呼吸に関係する内臓です。そして先月の胃と同様に肺も自覚しやすい内臓です。胃は痛いとか重いとか食欲がないなどの明確な自覚症状があります。肺も咳とか、息苦しいなどの明瞭な自覚があります。

さらに肺には他の臓器とは大きく異なる特徴があります。全く別次元と言っても過言ではない相違があるのです。それは他の内臓と違って呼吸という活動が意識によってコントロールできるということです。

 内臓は自律神経に支配されています。自律神経とは無意識的に身体を制御している神経機構のことです。

 説明のために一冊の本に当ってみましょう。

「私たちのからだはたくさんの細胞からできているが、めいめいがかってに働いているわけではない。一つの目的に一致協力して働くようになっている。この働きを無意識下で統一しているのが自律神経系である。そしてこれは交感神経と副交感神経からなる。例えば、運動する時は交感神経が働き心臓の働きを高め、呼吸を速くし、消化管の働きを抑制してしまう。

 よく知られているように、このような刺激は、副腎の出すアドレナリンや交感神経自身の出すノルアドレナリンによって媒介されている。

 逆に、休息の時や食事をする時には副交感神経が働き心臓の働きや呼吸をおだやかにし、分泌現象を促進し消化管の蠕動運動を活発にする。そしてこのような副交感神経の刺激はアセチルコリンによって媒介されている。」

『医療が病いをつくる 免疫からの警鐘』(安保徹 岩波書店)

 この本には図として以下のことがまとめてあります。図を取り込むことができませんので、以下にまとめて記載します。

交感神経系(アドレナリン)
 血圧  上昇
 気道  拡張
 心拍  促進
 胃    弛緩
 消化管 蠕動抑制
 免疫  顆粒菌

副交感神経系(アセチルコリン)
 血圧  下降
 気道  収縮
 心拍  緩徐
 胃    収縮
 消化管 蠕動促進
 免疫  リンパ球

 最後の項目の「免疫」について前掲書より引用します。

「ここ数年の筆者らの研究で、この循環する白血球でさえ、その細胞の膜上に交感神経の刺激を受けとめるためのアドレナリン受容体や、副交感神経刺激を受けとめるためのアセチルコリン受容体を持ち、自律神経支配を受けていることが明らかになったのである。

白血球には大別すると顆粒菌とリンパ球があるが、顆粒菌は細菌を貪食して処理し、リンパ球は抗体などを産生して免疫をつくってからだを守っている。このような顆粒菌やリンパ球はマクロファージという白血球の基本細胞から進化した分身たちである。」

ということで白血球も自律神経支配していることを解明されたのは著者の安保先生たちだそうです。この先生に関しては数年前の游氣風信で「未来免疫学」として触れたことがあります。その際はご丁寧なお返事をいただきました。

 さて、自律神経は交感神経と副交感神経からなり、全ての器官に両方がつながりバランスをとっています。その作用を大雑把に言えば交感神経は活動的、副交感神経は安静的に働きます。

 それらは無意識のうちに制御されていて、意識的に操作することは不可能です。筋肉は意識的に力を入れたり抜いたりできますが、内臓はそうはいきません。太るのは嫌だからと胃に働かないように命令しても言うことを聞いてもらえませんし、酒を飲むから肝臓に頑張るよう拍車をかけるわけにもいきません。

 全て身体にお任せするしかないのです。

 ところが呼吸は少し意味合いが異なります。普段私たちは知らないうちに息をしています。一息ごとに「吸って、吐いて」と命令しなくても自動的に呼吸しています。これは自律神経の作用でコントロールされているからです。この点では他の胃や肝臓や腎臓や心臓などの内臓と同じです。しかし同時に私たちは意識的に呼吸を速くしたり、ゆっくりしたり、あるいは深くしたりできます。

 根を詰めて疲れたときなど意識的に深呼吸して気持ちをゆったりさせようとするのはこれですね。

 どうしてこんなことが可能かと言うと、呼吸は肺の役目ですが、呼吸運動は呼吸筋という筋肉によってなされているからです。肺はガス交換をしますが、空気を吸い込んだり吐き出したりするのは主として胸の筋肉なのです。

 ですから反対に呼吸をコントロールすることで意識をコントロールする可能性があるのです。誰もが知らず知らずに深呼吸をして気を落ち着かせるのはこういう理由からなのです。

 前置きが長くなりましたのでさっそく辞書で肺を調べてみましょう。

『大辞林』

「両生類以上の脊椎動物の空気呼吸を行う器官。胸腔に左右一対ある。中には無数の肺胞があり、肺胞とそれをとりまく毛細血管との間でガス交換(外呼吸)が行われる。魚類の鰾(ウキブクロ)と相同の器官。肺臓。

 両生類以上という発想は進化論に毒された進歩思想ですね。現在の民族対立の根底にある思想ですが、いたるところに染み込んでいるようです。

 さて次は解剖の本です。

『新版人体解剖学入門』(三井但夫 創元医学新書)

「肺は胸膜(または肋膜)によって全面を包まれている(胸膜は胸壁の内面をも覆う)。心臓が左側にかたよって存在するため、左肺は右肺よりも小さい。
その体積比は右が六、左が五に相当する。右肺は上・中・左の三葉に分かれるが、左肺は上・下の二葉のみから成る。このように左右のあいだにかなりの相違が認められる。肺の入口に相当する肺門の中へは、気管支、肺動脈、肺静脈、リンパ管、気管支動脈、気管支静脈、神経などが入っている。また肺門の周囲にはリンパ節が多数認められる。肺に入った気管支は、分枝に分枝を重ね、ついに袋状の肺胞となる。肺胞の壁はきわめて薄く、そこには毛細血管が多数走り、そのなかの赤血球を通じて、体内からの炭酸ガスと吸い込んだ空気中の酸素ガスとのガス交換が行われる。そのため、肺胞をつくっている薄い壁を呼吸上皮という。(以下略)」

 肺の働きについて前掲書から引用します。

『新版人体解剖学入門』(三井但夫 創元医学新書)
肺の機能
「肺の機能は呼吸である。そして、心臓と同じく休むことのできない重要な器官である。呼吸と言う作用をもう少し具体的にいうと、空気中から酸素をもらい、逆に炭酸ガスを放出するガス交換である。
 (中略)
肺胞は弾力のある薄い膜から成り、そのなかに空気を含んでいるので、あたかも海綿のように見える。肺胞の壁には毛細血管が密に分布している。したがって血液は、毛細血管の薄い壁と肺胞のいっそうの薄い上皮細胞の壁との二つの壁を隔てて空気と界している。この壁は非常に薄いので、酸素や炭酸ガスは自由に通り抜けることができる。血液のなかの赤血球が酸素や炭酸ガスと結合する力をもっているので、呼吸の主役を演ずるのはむしろ赤血球であり、肺はガス交換の場を提供しているにすぎない、ということになる。
 (中略)
元来、肺胞には筋肉がない。したがって、自ら伸縮することはできない。しかし胸腔がひろげられると、それにつれて肺、つまり肺胞もまたひろげられ、外気は気道を通って肺胞内に入ってくる。これを吸気という。しかるに胸腔が縮小すると、これにつれて肺もまた、それに応じてちぢまり、肺胞内の空気は気道を通って外に出る。これが呼気である。この吸気と呼気との反復が呼吸運動といわれる。胸腔がひろげられるのは、肋骨が挙げられることと、横隔膜が腹腔に向かって引き下げられることによる。肋骨を挙げるものは肋間筋であり、横隔膜を引き下げるものは横隔膜を作っている筋肉自体である。逆に、これらの筋肉が弛緩すれば、胸郭がちぢまり、したがって胸腔もちぢまるのである。これらの呼吸に関与する筋肉は自分の意志の力で動かすことができる。しかし普通の呼吸のさい、特に睡眠中などの呼吸は、神経から一定の間隔をおいて命令が下り、意志とは関係なく運動している。その命令を発するものは中枢神経のうちの延髄にある呼吸中枢である。
 (中略)
肺における呼吸は、直接外界から空気を取り込むので、外呼吸と呼ばれる。これに反し、体内の組織でも酸素と炭酸ガスの交換が行われるので、この組織呼吸を内呼吸という。内呼吸では、血液が組織に酸素を放出し、逆に組織から不用になった炭酸ガスを受け取って行く。つまり、組織に行く動脈の中を流れる血液中には酸素が多く、組織から心臓に還ってくる静脈血には炭酸ガスが多い。」

 文章で読むと難しいようですが、自分で深呼吸してみると大体想像できますね。息を吸うときは胸が広がる感じがあります。これは肋骨が吊り上るからです。そのとき、自覚はできませんが横隔膜は下がっています。吸気のときに下腹を膨らます一般的な腹式呼吸は特に横隔膜を意識した呼吸法なのです。

 次に深く息を吐いてみましょう。胸がすぼみ肋骨が下がるのが分かります。
このとき横隔膜は東京ドームの天井のように高く膨らんでいます。

 呼吸法はこうした無意識の呼吸を敢えて意識化することで精神を統一したり、心身をリラックスしたりする目的で行われます。

 呼吸が酸素と二酸化炭素のガス交換であるということは事実ですが、漢方ではそうした事実が分からなかった時代に作られましたから、異なった見解を持っています。

『鍼灸医学辞典』(医道の日本社)

「五臓のひとつ。呼吸をつかさどる。胸中にあり、鼻から大気を入れ、脾が運かする営気と肺の宋気が混じて気血を全身に送る。水分を調節し、水分代謝に関わる。また心臓の働きを助ける。また、皮毛を司るので、体表と密接な関係がある。全身の血液がすべて肺に流れこむので、『百脈を朝す』という。」

『鍼灸医学辞典』(医道の日本社)
宗気
「上焦において生じる気をいう。気の中に宋気、営気、衛気の3つの要素があり、宋気は外界の大気を呼吸作用によって肺にとり入れて生じる気、営気は飲食物を胃にとり入れて生ずる気、衛気は腎の先天の気と小腸からとり入れられる精気が混じたものをいう。古代中国ではこの3つの気が血とともに全身をめぐり、人体の活動の基礎になると考えられていた。」

ややこしいことになりましたね。営気と衛気については以前書きました。今風に考えるなら営気は(栄気とも書きます)栄養、衛気は防衛作用、つまり免疫とすると分かりやすいでしょう。

肺は呼吸を通じて空気中にある「天の気」を取り込み、それを宋気に転換して体内を巡らせることでいのちを保持します。西洋医学的に言うなら酸素を空気中から取り込むと言うことです。

胃(脾)は飲食つまり大地の恵みである食物や水などの「地の気」を取り込み、栄養に変えることでいのちを保持する役割を持っているのです。ですから栄養と考えて差し支えないでしょう。

腎は外敵や外部環境の変化に対応します。親から受け継いだ「元気」と小腸からの精気を素に、防衛の気を作り出すのです。この考えはストレス学説に相同している面があり、副腎に近いものとみてあながち間違いではありません。

わたしたちは肺を通じて空気を取り込むのですが、同時に外の世界の微妙な変化も取り込みます。たとえば人間関係。近くに嫌な人がいるだけで胸を閉じてその人の影響を排除しようとします。これも肺の作用と考えます。

反対にすばらしい花を見れば深呼吸して香を吸い込み陶然とします。尊敬できる人の話は息とともに体内に吸収しようとします。

このように外の世界を体内に取り込む作用は先月の胃と同じく肺の作用なのです。

胃がどちらかというと欲求によって積極的に取り込もうとするのに対して、肺は意識する、しないに関わらず自然に入ってくる、いわば雰囲気のようなものと考えられます。俗に「胸襟を開く」と言います。襟を寛がせて心中を打ち明けることです。これを身体的に「 胸筋を開く」と言い換えても構わないでしょう。胸の筋肉は鎧のように心をガードしています。嫌な人といると胸の筋肉が硬くなって肋骨がうまく広がらなくなります。息が詰まるのはそのせいで
す。

 では次に増永先生の本にいきます。

『スジとツボの健康法』(増永静人 潮文社)

「生命活動の根元である気(エネルギー)を外界からうけて、これを人体の元気にまで分解して、外界適応の活力とする働きをします。体内のガス交換と排出を行う呼吸作用が、私たちの生きていく根本的な働きであることは周知のことでしょう。呼吸は脳とも密接な関係があるので、気は精神も意味していますし、肺のスジが通る拇指は、握れば気を貯えてぐっと力を高め、ひらけば大きな呼吸ができて広々とした気持ちになります。皮膚呼吸もここでは肺の中に含まれているので、皮膚の血色によってその人の元気さがよくわかります。

 症状としては、気をやんで胸がつまったり、活気がなくなって溜息が出たりします。肩から背がコッて、頭が重く、気鬱してふさぎこんだり、めまいや、風邪をひきこんで咳や痰がでるとか、喘息、気管支炎などの呼吸器疾患、ガス中毒、小児のひきつけなどがあります。」


手の太陰肺経
 胸から拇指まで

『鍼灸医学辞典』(医道の日本社)
手の太陰肺経
「上肢の内側と胸部をめぐる経脈で、所属する経穴は11穴である。直接関与する臓腑は、肺、大腸であるが、心、小腸などにも関与する。経脈の性質は気多く、血は少ない。その流注(ながれ)は胃のあたりにある中焦から起こり、大腸をまとい、上行して肺に帰属し、次いで気管、喉頭をめぐって左右に分かれて、腋の下から手の内面、前側をとおって母指の末端に至る。この経脈は、一般的には、気管、肺などの呼吸疾患によく用いられ、また心臓病にも用いられる。また孔最穴は痔に、列欠穴は頻尿に用いられる。」

 この経絡はラジオ体操の最後の深呼吸のように両手を大きく広げて深く呼吸すると伸展します。胸から腕にかけて身体を感じながら深く呼吸すると突っ張る感覚があると思います。

 呼吸と身体動作がこれほど一致した経絡はありませんし、もっとも自覚しやすいスジです。

後記

 「今年は日照時間が少ないので米の収穫が悪いだろう」という話題になりました。するとあるご婦人が「わたしはパスタも好きだし、パンも大好きだから平気」と言われたのです。
 これには驚きました。不作になるとは単に米が食べられないという問題ではありません。同時に考えられる生態系への影響。国内外の経済への影響。さまざまな問題を孕んでいます。
 日本が米を輸入すれば国際米価が高騰しますから貧しい国は米の輸入ができなくなります。
「パンがないならケーキを食べればいいのに」と言ったとされるマリー・アントワネットがその後どのような運命を辿ったか。その婦人だけでなく日本全体がマリー化しているんだなと驚いたのでした。

これから暑さに向かいます。ご自愛を。

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