游氣風信 No.181 2005. 1.1
鍼灸と健康保険
最近、鍼灸治療が保険でできないかという問い合わせが続きました。国家資格なのだから健康保険が適応されてしかるべきではないかというのです。
全くその通りで、厚生労働省は医療として鍼灸(含マッサージ・指圧)の資格取得に関しては、三年間の勉強と国家試験合格を義務付けておきながら保険を使えないというのはおかしな話です。元来同じ法律下にあった柔道整復師(接骨院・ほねつぎ)はほぼ自由に保険が使えるにも関わらず不思議な話です。
結論から申しますと、病気によっては鍼灸治療に対して保険が適応します。しかしそれには条件があります。条件とは以下の二項目です。
1 慢性疾患で医師による適当な治療手段がないもの。
・保健医療機関において療養の給付を受けたが、所期の効果の得られなかった場合。
・今まで受けた治療の経過からみて治療効果があらわれていないと判断された場合。
2 医学的な見地から、医師がはり・きゅう治療を受けることを認め、これに同意した場合。
具体的な病名は
1 神経痛
2 リウマチ
3 頚腕症候群
4 五十肩
5 腰痛症
6 頚椎捻挫後遺症
となります。
つまり、以上の六つの病気に対して医師が適当な治療手段がないと判断し、これには鍼灸が適応すると認めて同意した場合には健康保険が使えるのです。
しかしここではたと気づかれると思います。これは実に医師にとっては屈辱的なものではありませんか。自分では手に負えないから鍼灸でもやったらどうかということなのです。したがって健康保険を用いるために必須の同意書はなかなか書いていただけないということになります。医師の沽券に関わりますから当然でしょう。
さらに鍼は体内に刺入し、灸は皮膚を火傷させますから、消毒という問題も絡んできます。
鍼灸という医療効果が今ひとつはっきりしない怪しい治療法、しかも衛生管理が自分の手の届かないところで行われる。真面目な医師にとってそんなものに同意することは不可能でしょう。
そんな訳で鍼灸の保険治療はなかなかむつかしいのです。そこでわたしの治療室では健康保険による鍼灸の治療はほとんど行っていません。
反面、マッサージに関しては二十五年以上行っています。そのことは『游氣風信』にたびたび書いてきました。
マッサージの保険適応は診断名に関わらず、筋麻痺や関節拘縮を伴う疾患で医療上マッサージが有効と医師が認めた症例に認められます。多くは脳卒中の後遺症や神経性難病(パーキンソン病や脊髄小脳変性症、多発性硬化症など)になります。
これらの患者さんは行動が不自由になります。そのため自宅で療養しながら医療や介護を受けておられる方が主ですから、廃用性萎縮(体を使わないために筋肉や骨が衰える)や関節の拘縮が生じます。
その防止のためにマッサージや運動法が有効であることは医師も了解されていますから、よろこんで同意書がいただけるのです。むしろ医師のサイドから積極的に依頼が来るほどです。
マッサージは手指による安全な治療ですから衛生の心配も日常生活レベルからさほど乖離したものではありませんし。
保険によるマッサージ治療が医師と患者とわれわれとの間で潤滑に施行されているのは別の理由もあります。
本来、医療マッサージは医師がするべき医療技術なのです。しかし、何もかも医師が行うには時間的に支障があり専門家であるわれわれに委嘱するというのが構造的にも法律的にも正しいあり方なのです。
それでわたしも二十五年以上、医師の協力のもとに訪問マッサージを継続してこられたわけです。
鍼灸も同様に医師がわれわれに委ねる医療技術なのですが、鍼灸に対する医師の考えがマッサージのそれとは異なりますから難しいことになります。それは先述したように鍼灸の効果が医学的に明確にされていないという問題。それと消毒です。
明言しますが、消毒に関しては今日の鍼灸師ならまず心配はないはずです。わたしも開業と同時に使い捨ての鍼を用いていますから、鍼が使い回しによる感染媒体になる心配はまずありません。今日ほとんどの鍼灸院では鍼の衛生管理は几帳面にされているはずです。
もしそうでなければそこを利用してはいけません。
以上の理由が鍼灸の保険治療の難しさです。しかし中には保険中心に治療している鍼灸院もあります。それはおそらく医院とタイアップしているか、患者さんが主治医と懇意になって同意書をいただける状態になっているからでしょう。あるいは接骨院において行われているおまけ鍼。おまけ鍼とは保険による柔道整復術の後、無料か極めて安価にサービスされる鍼のことです(元々、同じ法律の元にあった接骨院がなぜ保険を自由に使えるようになったのか、その経緯はよく知りません。政治的な運動が功を奏したとは聞きます)。
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ここで社会保険のお勉強です。
日本の社会保険は行政が行うもので、1950年、社会保障制度審議会での勧告が発端となり、それ以後一貫して、自己責任を基本としつつ、相互扶助によって維持されてきました。
現在5つの社会保険があります。
1 医療保険・・・疾病、負傷等を保険事故として、医療の現物給付。
2 年金保険・・・老齢、障害、死亡を保険事故として、老齢者、障害者、遺族の所得を保障。
3 雇用保険・・失業を保険事故とし、失業者の生活の安定を図るとともにその再就職を促進。
4 災害補償保険(いわゆる労災)・・・労働者が、業務上の理由によって傷病にかかり、あるいは死亡した場合の、事業主の当該労働者に対する補償責任の履行を確保し、労働者またはその遺族の生活安定を図る。
5 介護保険・・・高齢化に伴い派生する問題にたいし、被保険者の状態に応じて保険給付をおこなう。従来、医療と福祉に分かれていた制度を再編し、利用者負担で、利用者選択により、居宅での自立した生活を支援する。
以上です。
そもそも社会保険とは保険者が国または地方公共団体や公法人で、営利性を全く持たないこと、強制加入であること、保険料や保険給付が法定されていて選択性がないこと、おおむね国庫負担があること、事業主負担があることなどの特徴があります。
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強制加入でありながらその保険の使用が難しいのはどこかに矛盾を感じますが、現実的に鍼灸の保険適応が煩雑で困難なためにあまり保険治療を進めてきませんでした。
一番困難なことは医師の同意を得て、同意書を書いていただくこと。前述のように自分では治せないから鍼灸を受けなさいという、医師にとっては屈辱的な同意システムではなかなか同意をいただけません。
それに加えて衛生面や治療事故などの安全性の問題。なじみの患者さんから同意書を依頼された医師の困惑もよく理解できます。
次に適応する疾患が限られていること。鍼灸の適応は広いのですが、保険で認められているのは痛みを伴う六つの疾患でした。しかし本来鍼灸は病名治療ではなく、症状から病気の全体像を推測して処置する施術です。ですから腰痛の治療に手や足のツボを用いたりしますが、保険治療だとその特徴が生かされなくなる可能性があります。
次の理由として事務処理(レセプトのようなもの)が煩雑なこと。そもそも鍼灸師になる人間はこうしたことは苦手なのです(汗)。しかし、これは利用者が増えればパソコン処理も可能ですから何とかなるでしょう。
そしてもう一つ大きな問題があります。これが保険適応を阻害する最大の理由かもしれません。それは保険治療の料金です。
一般に保険による治療代は一回 1520円(鍼灸・電気温灸など併用)です。
老人保険の方ですと実費は一割負担で150円。その他の方は実費が三割負担の450円で済みます。
これは受診者にとってはとても助かる価格です。しかし、治療者には厳しいものがあります。
使い捨て鍼が一本約10円ですから、10本使用すると200円。その他、温灸や枕カバーなども使い捨てですから、それらを差し引くと利益が1300円以下になってしまいます。その他通常の商売と同様に光熱費や家賃なども考慮しなければなりません。
現在、市場では癒し系の無資格マッサージ(クイックとかリフレクソロジーなど)が10分1000円から1500円で流通しています。鍼灸もそれらを参考にして一人10分で処理できるシステムを築くならこの料金でも経営が可能でしょうが、現実にはカルテを取りながら話を聞き、脉診や骨格診断をして原因を把握しながら治療を行うとどんなに急いでも一人に対して30分から40分はかかります。
治療室の維持や生活費などを考えますと、次から次へと流れ作業のように患者さんの処理をしていかないと不可能ですが、それはじっくりと患者さんと対峙して取り組む鍼灸の良さを自ら放棄することにほかなりません。鍼灸は基本的に接骨院のように多くの患者さんを同時に寝かせて電気治療器で処置するというような方法が取れません。
これも鍼灸の保険が広がらない大きな理由なのです。
しかし、長期かつ集中した治療が必要な疾患は治療を継続したくても途中で費用の問題から断念せざるを得ないという場合もあります。そこで保険の適応しそうな患者さんには個人的に利用を勧めてきましたが、全員へ喧伝はしてきませんでした。ところが、ここへきて冒頭に述べたように保険治療の依頼が増えてきました。
そこで今回『游氣風信』で取り上げてみました。ご希望があれば保険による鍼灸治療も行いますからご相談ください。同意書を主治医の先生に依頼して、もし書いていただけるなら鍼灸の保険治療が出来る可能性があります。同意書はこちらにあります。
鍼灸の保険適応疾患は神経痛 リウマチ 頚腕症候群 五十肩 腰痛症 頚椎捻挫後遺症、マッサージの場合は脳血管障害後遺症などの麻痺を伴う疾患です。
これから高齢化社会が駆け足でやってまいります。鍼灸は副作用もなく、保険財政にとっても負担の少ない伝統医療です。諸外国でもその点が評価され、次第に広がりつつあります。ぜひ御利用ください。
後記
鍼灸は保険を考慮しなければ先の六つの疾患以外にも幅広く適応します。微力ながらも鍼灸指圧などの医療で健康な毎日をお過ごしいただけるようお手伝いさせていただけるなら幸いです。 (游)
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