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2011年8月29日 (月)

游氣風信 No.186 2005. 6.1

今池うまい店便り

【現在は2011年。今池にある数々の名店、人気店も六年の間に多くの店が廃業しました。以下に紹介した店の中にも移転したり廃業したりした店があります】

 今池は名古屋市東部の繁華街です。三島治療室はその町の東はずれにあります。

 わたしが高校を卒業した昭和47年(1972)頃に名古屋市内から路面電車が廃止されました。それまで今池は交通の要所として戦後の名古屋を代表する繁華街として、そしてちょっと危険な夜の町として知られていました。

昼間は買い物客が集い、夜は明け方まで酔漢と客引きが徘徊する町だったのです。そして映画館や大衆演劇場、サウナやパチンコなどで賑わう歓楽街。

 わたしは大学が今池の近くでしたが、貧乏学生だったので夜の今池に出入りすることはありませんでした。しかし、ダイエーやユニーというスーパーマーケットを擁する今池は、表通りに巨大キャバレーが散在する昼と夜とで顔つきがすっかり変化する不思議な町でした。

 今池繁華街は戦後の焼け跡から発生した闇市が発展した町。東西南北に走る市バスや路面電車、そして地下鉄が交錯する交通の東の拠点でした。しかし路面電車が廃止されると、会社員は地下鉄で町の下を通過してしまうため、往年と比較するとめっきり寂れた繁華街になってしまったようです。

 知り合いのステーキハウスのマスターは昔日の賑わいについてこう証言します。

「何しろ喧嘩がないんですよ。以前はあちこちの路地で酔っ払いが喧嘩していたもんだけど。それも深夜から明け方までだよ」

 今は廃業した居酒屋の主。

「昔はね、路面電車が今池で東西南北に交差していたんだ。だから乗り換えついでに一杯やっていくサラリーマンで溢れていたね。中には一晩飲み明かし、そのまま出勤する豪傑もいたな。キャバレーのホステスさんだけでも千人位いたんじゃないか。彼女たちは自分の店が終わった後、下心ふんぷんの常連客を連れてうちに来てくれるから、それは深夜まで活気があったよ。接待疲れを一人癒すサラリーマンも来たな」

主は遠いまなざしをしながら続けます。

「当時、みんな梯子(はしご)酒だった。お客さんが次から次へと店を呑み歩いたんだよ。今はね、目的の店に行ったらそれでおしまい。まっすぐ帰っちゃう」

「どうしてでしょう、どうして梯子しなくなったんですか」

と、わたし。

「不景気に加えて環状線と広小路、錦通り。こうした広い道で区切られてね、飲み屋街が幾つかのブロックに寸断されたのは痛い。何しろ酔っ払いが道をふらふら歩けなくなった。危険だからって横切らないように中央分離帯に柵まであるからねえ」

 焼き鳥屋の若い女性オーナーは新参者。

「今池の地下鉄出口に店を出したんだけどさ、予想に反してこんなに人が通らないとは・・・。商売にならないよ。固定ファンを作るしかない。でも固定ファンなら別に家賃の高い繁華街に店を出す必要はないんでね。ファンならどこに出しても来てくれるから」

 どうも昔の今池を知る人にとってはさびしい限りのようです。

 わたしが今池に治療室を構えてちょうど二十年。そのころはすでに衰退が始まっていました。当初、裏の路地にうろついていた怪しい客引きが次々消えていきましたから。そういう店は南区などの労働者の多い地区に移ったらしいのです。つまり電車に乗る前に客を捕捉しようという魂胆でしょう。

 怪しい店が出て行ったので今池の夜は以前に比べてすっかり危険が薄らいだのですが、反面、冒険心のある人たちにとっては興味の薄らいだ町になってしまったのでしょう。それでよけいに足並みが途絶えてしまったらしいのです。

 ところが近年、今池には別の顔が生じつつあります。ニューヨークからきた著名なライブハウス、ボトムラインを筆頭に、路地裏には若いミュージシャンたちが集う小さなライブハウスやジャズ喫茶、良質の映画を上映するミニシアターのシネマテークや木下ホールもあり、コアな文化拠点の側面も出てきました。中古レコードのピーカンファッジもマニアの間では有名です。

治療室の隣のビルには天チン・山田昌夫妻の主宰する劇塾もあります。

 そんな今池の側面をPRする意味合いもあったのでしょうか。十年ほど前から、地元飲食店・商店街や近くの著名な学習塾などが協賛して行う今池祭りも次第に定着して新しい今池が胎動しつつあります。

 今年の今池祭りは9月の初めの土日に開催されましたが大変な賑わいでした。寿司屋の大将曰く「不況に強い今池」。

わたしは偶然にも商店街交差点に設えたリングで、なんと極真空手世界チャンピオン木山選手の演武を拝見することができました。最近、覚王山近くに道場を出されたようです。

空手に続いて行なわれた東海プロレスも観ました。これはサラリーマンなどアマチュア愛好家によるプロレス団体です。アマチュアによるプロレスとは変ですけど・・・。

 わたしは新参の上に地元商店街との接点もありません。ただ地下鉄の駅から歩いて数分という地の利を選んで治療室を構えただけです。しかもマンションの中の一室ですから地元からは隔離された状態です。それで今池のことはあまりよく知りません。

 それでも長い年月ここにいますから、あちこち食事や飲みに出て、気楽に羽を休めるお店もいくつか見つかり、何軒かの店主とも親しくなりました。それで今月は今池の名店を報告しようと思います。

治療の帰りなどに一服されるのも一興です。まずは親しくなった店主のお店から。

萬福鮨(寿司)

 広小路と錦通りの間の路地に面した瀟洒な寿司屋。今池交差点から少し千種寄りで魚屋の正面です。父親の代から営業しておられるらしいのですが、現在は二代目がきっちり店を守っています。

 鮨を握りながら店の中を間断なく見回し、不手際が無いか常に気を配っている様子にはいかにも寿司職人としての矜持が感じられていつも感心しています。もっとも食い逃げに注意しているだけなのかもしれませんが。

 お櫃(ひつ)がふご(藁を編んで作ったもの)で包んであり、やや温かさを保った寿司飯が特徴です。また自家製の玉子焼きもお勧めですが、何とこの頃はお寿司屋さんでも玉子焼きの既製品を買う店が増えたのだそうです。

 萬福の大将とは、閉店した居酒屋六文銭のカウンターで隣同士になり、店主から紹介されたことが機縁で知り合いました。

 清潔なお店と新鮮な食材。日本料理店で修業した大将のコース料理も見逃せません。

http://www.imaike.gr.jp/

かどまつ(焼き鳥)

 地下鉄今池駅4番出口上がってすぐ。気楽な焼き鳥屋です。刺身で食べられる美濃の地鶏を焼いていますから申し分ない美味しさ。さまざまな料理も工夫されていますし、銘酒や焼酎も揃えてあります。

 店主はまだ若い女性ですが、普段は青年(安田大サーカスのクロちゃんそっくり)と真面目な脱サラ氏、店主の知人の女性が店を切り盛りしています。

 焼き鳥以外では自家製豆腐の厚揚げがお勧め。新作鶏チゲも美味しいです。もちろんこのお店も料理は全て手作りです。

客の作ったサイト

http://members.jcom.home.ne.jp/skipio5268/tabi/nagoya/nagoya-tori.html

味乃にしき(和風ステーキ)

 本店は伏見にあります。40代半ばのマスターが三十年近く腰を据えて美味しいステーキを焼いています。ガーリックライスもお勧め。

 夜は高級ステーキ店ですが、ランチタイムは上質の肉を用いたセットが1000円で大変人気があります。色々な種類の焼き肉定食がありますから飽きることはありません。炊き上げたご飯の美味しさも特筆。

きも善本店(炭焼き)

今池西はずれにあるこの店にはまだ二回しか行ったことがありませんが、すっかりファンになりました。

何しろ大将が一見むくつけき大男で実は優しい空手家。しかもプロレス愛好家(今池祭りでは覆面レスラーとして登場)であり、ハーレー・ダビッドソンが似合うナイスガイ。仕入れた大根葉がハーレーの荷台で颯爽とはためいていたという目撃証言も多々あります。

料理は品数が多く、しかも安価。焼き鳥から出立した店ですが、二度にわたって店が移転拡大し、今日では大きな宴会場もあるビルになっています。そしてそれに合わせるように居酒屋と呼んで遜色ない料理の数々。ここももちろん料理は全て手作り。「手作り」というこの当たり前のことをいちいち書かなければならないのが今の居酒屋などの店の置かれている状況のようです。

店内のテレビはいつもプロレスが放映され、トイレには空手選手権のポスター。座敷の横、硝子張りの車庫にはハーレー・ダビッドソン。硬派なお店ですが女性客も大勢いました。

http://www.kimozen.com/

 以下は特に店主と親しいということはありませんが、たまに出かけたくなるお店です。

たいら(焼きとんかつ)

 油で揚げるのではなく、フライパンで炒めるとんかつ。ランチタイムはいつも満員です。わたしはこの大将のいかにも板前らしい佇(たたず)まいが好きです。知り合いの外国人も彼の雰囲気がいかにも日本的で好きだと評していました。グルメ番組では必ず取り上げられるお店です。

http://www.ctv.co.jp/ps/wide/2003/0126/10.html

呑助飯店(中華料理)

 50年以上継ぎ足されてきたタレと、爪楊枝が立つほど油がぎとぎとしたラーメンで有名です。通称「重油ラーメン」。

 ここのラーメンは先述したマニア向けの濃いラーメンだけでなく普通のラーメンもあります。しかしわたしは白餃子のファン。目の前でせっせと包んでいるおばさんに「その具は何か」と尋ねたら「秘密」と一蹴されました。

 数年前まで今池駅前に支店があってそちらは弟さんがやっておられました。仕込みの匂いが凄まじく公害さながらでしたが、病気で閉店。今は本店だけのようです。もともとわたしは駅前の支店にたまに顔を出していました。無愛想の骨頂だったオヤジが何しにきたのかと睨めつける風情のファンだったのです。

そして餃子と麦酒。その店が閉店してからはたまに本店に顔を出します。

百老亭今池店(餃子専門店)

 大須と中村にもあるのですが、どうも仲が悪いようです。水餃子が美味しい店で、待たされることは必至です。焼そばも美味。

味仙(台湾ラーメン)

 台湾ラーメンの発祥地。青菜炒めが絶品。

http://www.misen.ne.jp/

茂一(薬味ラーメン)・・・春日井市に移転。昨年訪ねたら盛業でした。

 あっさりしたラーメン。汁なしの油麺も美味しい。

ラ王(ラーメンマニアのサイト)

http://raou.maxs.jp/shop/096.htm

人参ラーメン(中華料理)・・・廃業

 正規の名前を知らないので仲間内では人参ラーメンで通しています。白湯がお勧め。今池では茂一とここでラーメンは完結しています。

酒肆蘭燈(バー)

 ダンディズム溢れるバー。名古屋のバーテンダーの草分けとそのご子息でやっておられます。ともかくカウンターに座って「バーボン 2フィンガーで」とやりたい店です。

ファンサイト

http://plaza.rakuten.co.jp/nanpow/diary/200506130000/

今池屋(お好み焼き)

 いつも店の前に行列のある有名店。お好み焼きは当然ですが焼きそばが美味しい。

http://www.yakiyaki-net.com/tanken/report/008/

大潮屋(お好み焼き)

 お持ち帰り専門のお好み焼き。安くて美味しい。忙しいときのランチに最適。昼は行列です。

可楽(蕎麦)

 名古屋のカリスマjazzギタリストM氏が趣味を極めて始めた店。随所にこだわりを感じます。今池の南、らくだ書店の西側です。あっさりした更科そば。

http://www.ctv.co.jp/ps/wide/2003/0126/11.html

番外

六文銭(炉辺酒房・閉店)

 この稿を書くに当たり、ミレニアムの前日、惜しまれて閉店した居酒屋「六文銭」の店主三嶋寛さんの著書『名古屋を呑む!居酒屋ひげおやじ名古屋を語る』(風媒社刊)を参考にしました。文中の居酒屋の主とはひげおやじさんのことであり、実際に当時、彼からカウンター越しに聞いた話も加味しています。

ひげおやじこと三嶋さんは現在、地元マガジンのライターや地元新聞ファミリー版の川柳選者、大手ビール会社のうまい店紹介の記事などを書いたり、学生時代から継続されている哲学をさらに深めたりと忙しく活躍されています。

http://hozonko.com/rokumonsen/

http://myprofile.jp/mishima

あとがき

 養老先生曰く、「都市は脳の外部化」。

 整然と規定された都市は中心化した場として他者を強く拒否したところがあります。それに対して農村は身体の外部化したもので雑多なものを鷹揚に受け入れてくれます。 整然とした街は清潔で安全ですが、反面非人間的で、どこか落ち着かないものです。

 その詰屈さに反するように都市の周縁には雑多で猥雑なアヤシイ場があります。今池はまさにそんな町です。

 六文銭の三嶋さんの著書『名古屋を呑む』の中に今池は雑然としているところに意味があるという内容の章があります。フーコー言うところのパノプティコン(完全に監視された牢獄)のように、整然とすべてが管理された都会の息苦しさからほっと一息つける雑然とした空間。今池のよさはそんな雑多な町であり続けることでしょうか。

今池の繁華街には細い路地がいっぱいあり、そのあちこちに名店が隠れている。妙に生活臭の漂う町であることも特筆です。(游)

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