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2011年8月20日 (土)

游氣風信 No.166 2003. 10. 1

腎のはなし

腎はとても複雑な意味をもった臓です。ですから私自身も把握しきれていません。よって説明に困惑しています。西洋医学の腎臓も大変に多用な化学工場のような働きをしていることで知られていますが、漢方の腎はもっと広い意味を有しているからです。

西洋医学では肝臓も腎臓も化学工場のような働きをしていると明らかにしました。肝臓が腸で吸収された栄養を取り込む際の化学工場として毒素を排斥するところ、即ち門番としての役割を担うところなら、腎臓は体液調節の場としての化学工場です。その廃棄物が尿です。

 腎臓は人体の化学工場ですから腎臓の異常を人工透析という化学的手法で乗り越えられるようになりました。そのあまりの見事さに、生命の意味が「いのちから化学反応」に置き換えられたような気がすることは無理も無いことです。それまで為す術なく亡くなった重篤な病人を人工透析という医療技術が健常者と差が無いほどの生存を可能としたからです。

 ですから西洋医学の腎臓はほとんど化学反応に置換可能な泌尿器の根幹をなす臓器と言えるでしょう。

しかし漢方の腎は泌尿器だけには留まりません。現代医学で言うところの内分泌系も含むようなのです。これは大変ややこしいことになります。

そもそも漢方とは科学(客観性や再現性をもって論理を一般化することを重視する考え方)として成立しませんでした。体験を通じて現象を未分化なまま実践してきた伝承医療なのです。ですから、厳密な分析や分類はできていません。そこで現代医学とはさまざまな齟齬を生じることになります。

 と言うよりまるで異なる東西医療を対比しながら勉強すること自体が本来はおかしなことなのです。しかし現実には説明するためにはどうしても一般に知られた医学用語を用いなければ説明は不可能です。よって、あえて無理を承知で漢方の概念である腎と現代医学の腎臓を同時に説明しているのです。

 漢方用語はとても説明の難しいものです。その理由は概念的に不明瞭なこともありますし、ひとつの用語が複数の意味を持っていることもあります。

たとえば、身近でありながら説明に困窮する言葉に「気」があります。気は漢方医療のみならず中国思想の根本になる概念です。

気は一説には米を炊いた時の蒸気を図形化した文字だという説があります。古い字の『氣』はそれを示しています。気は湯気のようにはっきりとは見えないけれど蓋を動かす力、つまり目に見えない勢いをもっていると古人は直感し『氣』という文字で示しているのです。

気には具体的に現象として現れた気もありますし、不可視でもある存在を感じさせる気もあります。また、技法の伝達の際にコツや勘と同様重要な役割を担う言葉でもあります。

具体的に現れた気の例なら、例えば空に浮く雲。刻々と形を変えています。なぜ形を変えるのか。古代の人はその奥に気が存在するからだと考えました。これは勢いとしての気です。

不可視の例なら風です。明らかに存在を感じることが可能なのに見ることはできません。旗や木の葉を揺らす勢いとして存在を知ることはできます。

もっと微妙なものなら、ふと人が後ろに立った気配。姿は見えないし音も聞こえない。皮膚感覚に届くような風圧もありません。それでも何となく気配を感じて後ろを振り向く。そんなのも気です。

技法伝達の例を挙げますと、楽器を演奏するとき、気が客席を暖かく満たすように音をだしなさいなどと指導するのがその一例です。

このように私たちは日常生活のさまざまな局面で知らず知らずに気という言葉を用いています。しかしその説明を求められるととても難しいものです。気は明確に整理分類されていませんし、明確にされた段階でそれは名称が付けられて単なる気とは呼ばなくなります。電気とか蒸気とか気圧とか空気とか重力とか心とか精神力とか錯覚とか輻射熱などなど別の用語が用いられるようになるからです。

漢方ではそうした曖昧な気を人体や精神に関わる極めて重要なものとして捉えます。つまり漢方は根本から曖昧なのです。これが学問として成立しがたい理由の一つです。

気という言葉が出てきたついでにもう少し突っ込んで説明しましょう。そうすると自然に腎に関係してきます。

私たちは生きている限り、外からさまざまなものを取り込みます。

その代表的なものが空気と食べ物でしょう。人は鼻から空気を吸い込みます。
昔の人は空気の存在を知りませんから「天の気」と呼びました。天に存在するいのちに必要な勢いを呼吸・息として取り込むのです。それを主として肺や大腸の仕事と考えました(肺は分かるがなぜ大腸が呼吸に関係するのか疑問でしょうが、ここはそうなのだと素直に受け止めておいてください)。

また生物は口から食べ物や水を摂取します。これは大地の恵み「地の気(水穀の気)」です。食べ物の持つ勢いを体内に導入するのです。主として胃や脾の仕事です。

このようにいのちを保持するために外界のいのちの素を体内に取り込むのです。ところが私たちのいのちの源はそれだけではありません。生まれながらにして両親から受け継いだ気を持っています。生命力そのものと言っていいでしょう。これを「先天の気」と呼びます。別名「元気」です。

 この「元気」が宿る場所が今月の課題である腎と言われています。そして腎はこの「先天の気」である「元気」と、呼吸や消化で取り込んだ「天の気」や「地の気」(両者を「後天の気」という)と混ぜて、「精」という生命の基本
物質を作るとされています。

「お元気ですか」
「ご精が出ますね」
という今日でも普通に交わされる日常の挨拶は本を正せば漢方の言葉なのです。

昔はこうした漢方の言葉が一般に流布していたのでしょう。たとえば今月の腎に関わるもので腎虚という言葉があります。『広辞苑』で調べると「漢方の病名で、腎気(精力)欠乏に起因する病証の総称。俗に房事過度のためにおこる衰弱症をさす。」とあります。

腎虚が庶民の間に知られた言葉である一例を挙げましょう。

『短命』という落語があります。奥さんが美人過ぎて旦那が若死にするという話です。

「あいつぁ短命だったな」
「なんせかみさんが美人だから腎虚になったのさ」
「どうしてかみさんが美人だと腎虚になるんだい」
「考えてもみな、ご飯をよそう手が透き通るようにきれいだ、茶碗を持つ指と指が触れる、顔を見上げる、震い付きたくなるような美人だ・・・ああ、短命だねえ」
「そこへいくとおいらのおっかあは・・・・ああ、おいらは長命だ」

という具合。別名『長命』ともいいます。

 この落語から推測して江戸時代には腎虚という言葉が普通に使われていたものと思われます。

 では、余談は止めて本題に入ります。

『大辞林』
腎臓
「脊椎動物の泌尿系臓器の一。左右一対あり、ヒトではソラマメ形。腎単位と呼ばれる機能上の単位が約二百万個ある。体内に生じた不要物質を対外に排出し、体液の組成や量を一定に保つ。」


『新版人体解剖学入門』(三井但夫)創元医学新書
腎臓
「脊柱の両側に存在し、後腹壁に癒着して動かない。その位置は、右腎の方は左腎よりもやや低位にあるが、大体上端は第十二胸椎、下端は第三腰椎の高さである。手術で腎臓に到達するには、前腹壁よりも後腹壁の方が近い。腎臓の縦の長さ11センチ、幅約5センチ、厚さ約3センチ、重量は約130グラムである。腎臓を前頭断して、その割面を見ると、まわりの皮質と内部の髄質とを区別し、髄質部に十数個の腎錐体というものを認める。腎錐体の頂点を腎乳頭と呼び、そこから尿が出て腎杯、腎盂に流れ、腎盂はさらに尿管へ移行して、尿が逐次流れて行くのである。腎臓において血管壁から尿が濾過されてくる部は、おもに糸球体である。糸球体は一個の腎臓に約130万存在し、かつ前述の腎皮質にのみ認められる。」

『新版人体解剖学入門』(三井但夫)創元医学新書
腎臓の働き
 「腎臓は重要な血液の濾過器であって、体に不必要となったほとんどすべての物質が、腎臓を通って外へ出される。腎臓の表面を占める腎皮質の中には糸球体と称する毛細血管のかたまりがある。その糸球体と、それを包んでいる嚢とを合して、腎小体と呼ぶ。この糸球体が、血液を濾過して尿を作る場所と考えてよい。糸球体から尿細管がこれに続き、最後には腎杯、腎盂、尿管と連続するが、最初に書いた尿細管も尿の製造にとって大切な役目を果たしている。

 尿はいったん糸球体から出てくるが、尿細管で尿の一部分が再吸収され、血液中に戻って行くということは、まことに興味深い。すなわち、一度は大量に尿を放出するが、出すぎた物質もあって、これを腎臓自体が再吸収して行く生理現象である。」

 腎の一方の作用は内分泌系です。むしろこちらの方が元来の腎の意味に近いようです。ですから腎臓と副腎を働きが漢方の腎だと考えてもよいでしょう。

『広辞苑』
内分泌
「各種の腺(内分泌腺)がその分泌物を導管によらないで直接体液または血液中に送り出すこと。もとはC、ベルナーがたてた概念。その分泌物はホルモン。」


『新版人体解剖学入門』(三井但夫)創元医学新書
副腎
「腎臓の上端に付着しているほぼ三角形の器官であるが、泌尿器とは全く関係がなく、アドレナリン、コーチゾン等のホルモンを作る内分泌器官である。作られたホルモンは毛細血管の中に入り、全身に送られる。

 アドレナリンは交感神経を刺激するホルモンとして古くから知られ、末梢血管の収縮、心拍数の促進、気管支の拡大、血糖増加など、いろいろな作用をもっている。他方、副腎皮質ホルモンとして知られるコーチゾンは、体内の代謝の深い関係をもち、リウマチ、喘息、皮膚病、アレルギー性疾患などに対する治療薬として研究されている。」

内分泌
 「汗腺、唾液腺のように排泄管があって皮膚や粘膜に分泌物が排泄される腺を外分泌腺と言い、これに反し、副腎や脳下垂体のように排泄管をもたず、分泌物であるホルモンがただちに近くに存在する毛細血管に入って全身に回るものを内分泌腺という。」

内分泌は非常に複雑で多岐にわたりますから一覧表にまとめます。

・下垂体(脳下垂体は俗称。ホルモン系の中枢)
 成長促進、乳腺刺激、甲状腺刺激、副腎皮質刺激、性腺刺激(以上、下垂体前葉)、子宮収縮(後葉)、尿量減少(後葉)
・甲状腺(気管喉頭部)
 成長ホルモン
・上皮小体(甲状腺に付着、米粒大)
 血中カルシウム調節
・膵臓(ランゲルハンス島)
 インシュリン(血糖減少)、グルカゴン(血糖上昇)
・副腎髄質
 アドレナリン(血管収縮、心臓刺激)
・副腎皮質
 アルドステロン(ミネラル調節)、コーチゾン(糖・蛋白・脂肪の代謝調節
、抗アレルギー、抗炎症)、性ホルモン
・胸腺(喉の下)
 免疫作用
・卵巣(女性ホルモン)
 卵胞ホルモン(エストロゲン・女らしさを作る)、・黄体ホルモン(プロゲ
ステロン・子宮粘膜保護)
・胎盤
 妊娠状態の保持
・精巣(男性ホルモン)
 アンドロゲン、トストステロン(男らしさを作る)
・松果体(脳の中央)
メラトニン(睡眠や生殖腺抑制)、セロトニン(脳の神経伝達)
・胃粘膜
 ガストリン(胃液分泌促進)
・十二指腸粘膜
 パンクレオチン(膵液・胆液の分泌促進)
・腎臓
 レニン(血圧上昇)、エリスロポエチン(造血)
・唾液腺
 カルシウムと糖の代謝調節


 漢方の腎がこれら全てを担うというのは乱暴な話になりますが、少なくともストレスによって身体内に異変が起こった場合に速やかに調整しようとする作用を受け持っていると考えます。


『広辞苑』
ストレス
 「種々の外部刺激が負担として働くとき、心身に生ずる機能変化。ストレスの原因となる要素(ストレッサー)は寒暑・騒音・化学物質など物理化学的なもの、飢餓・感染・過労・睡眠不足などの生物的なもの、精神緊張・不安・恐怖・興奮など社会的なものなど多様である。」

ストレス学説
 「ストレスに伴う心身の機能変化を下垂体-副腎系の反応を軸として説明したセリエの学説。」

 一般にストレスというと社会的なものに限局して考えがちですが、実はこのようにとても幅広いものです。

 こうしたストレスにより環境と体内に齟齬を生じます。食い違いが生れるのです。これを何とかしていのちを保持しようとするのが腎の作用なのです。

 ですから漢方に於ける腎とは以下のようにまとめられます。

『鍼灸医学辞典』(医道の日本社)

「五臓のひとつ。腹部にあって、心に次ぐ重要な臓器で、先天的に生命の基本になる精を宿すが、後天的には飲食物の精を得て人体の成長発育を促進し、生殖作用の中心になる。また命門の火の生じるところともされ、生命活動の根本になる。腎が弱まると性欲が衰え、元気がなくなり、排尿が阻害され、動悸、めまい、冷汗などの症状をみる。また、肺気の不足を起こしぜん息などもおこる。」


命門(めいもん)
「臓腑のひとつ。『難経』に、『左は腎となし、右は命門となす』とあり、腎のうちのひとつとしている。両腎にあるとする説。両腎の間にあるとする説などがある。機能的臓器を考えたが、解剖的なものは確定しなかった。生命の根本で、生命を維持するために欠かせない臓器であり、人体エネルギー生産に大きな働きを助け、生殖機能とも関係があると考えられた。」

『スジとツボの健康法』(増永静人)潮文社

 「体液成分の調節と内分泌の調整によって全身に精気を与え、性ホルモンの分泌、ストレスへの抵抗を司り、血液や体内毒素の清浄と決済を行っています。右腎は主に副腎内分泌機能の状態をあらわし、左腎は尿生成と水分調節の状況があらわれるとみています。

 症状としては、ものごとにおびえやすく、また何かをおそれ、驚くことが多いようで、不安な気持ちになり、ガムシャラに仕事をするが根気が続かず、何事もやりすぎの感じがあります。皮膚が黒ずんで弾力がなく、むくみがでやすい。下腹部や腰が冷えて重く、下肢がつるとか、寝不足で頭が重く、熟睡ができず、腹が固くなり、手足がはれぼったく、朝など手がにぎれないようになります。

 また、口が苦くなったりして、口臭があります。皮膚に湿疹や化膿ができやすく、鼻血のよくでることもあります。」

 ここ数年、身体をあたためる健康法が流行っています。以前小牧市民病院の耳鼻科医をしておられた進藤先生の『冷え取り健康法』(農文協)はロングセラーですし、最近は石原結実先生の本もよく読まれているようです。

 保温は保腎に繋がります。特にこれから寒くなるので必要となるでしょう。
現代は夏場もクーラーで冷やすことが多いので侮れません。
ありきたりの話ですが腎を守るには暴飲暴食、不眠、過労、房事過多などのストレスを避け、前向きに明るい心を持ち、栄養や呼吸に留意することです。

 以上を現代医学的に述べると、暴飲暴食や過労などの自らが招くストレスは極力回避し、職場の労働環境や人間環境、近所や家庭内の人間関係など避けられないストレスも、是正できる部分は是正し、不可能な部分は人生の試練、糧として柳に風と受け止めましょうということになるでしょうか。

 以下に述べる腎経のストレッチは腎に直接影響を与えるものとして効果的です。やり方は床に腰を下ろし、両足を揃えてまっすぐ前に投げ出して膝を伸ばし、上体を胸が膝に着くように前屈する、つまり最も一般的な柔軟体操の形で深呼吸をすることです。


足の少陰腎経
「足の裏から下肢内側を昇り、腹部の中央を通って鎖骨の内端に終わる。」

『鍼灸医学辞典』(医道の日本社)
足の少陰腎経
「下肢内側と腹部、胸部、喉などをめぐる経脈で、所属する経穴は27穴である。直接に関与する臓器は腎、膀胱であるが、間接的には心、脾にも関与し、特に、先天の原気である陰気が腎に宿ることから、種の維持、個体の維持に基本的にかかわり、脳、髄、骨などにもかかわる。経脈の性質は、気が多く血が少ない。その流注(ながれ)は膀胱穴の分れを受けて、足の小指の下から起こり、足のうらをとおったうえ、下腿内側をのぼって背中を貫いて腎に帰属し、膀胱をまとう。ひとつは腎からのぼって肝・横隔膜を貫いて肺に入り、気管、喉頭、舌根などへ行き、またひとつは肺から出て心をまとい、胸の中に注ぐ。腎経は、生殖器・泌尿器疾患、性欲にも大きなかかわりがある。脳・脊髄疾患、心臓・循環器疾患、慢性の呼吸器疾患、扁桃・咽の疾患、耳の疾患などに用いられる。」

腎はいのちの元気が宿るところです。その元気が燃え尽きたときがいのちの終わる時。ろうそくの消耗を防ぐことが大切です。それが呼吸と栄養、生活態度に掛かってくるのです。

現代生活は反自然の暮らしになっています。上手に身体と相談しつつ暮らしていくことが肝腎です。

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