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2011年8月21日 (日)

游氣風信 No.184 2005. 4.1

暑を楽しむ

 毎日暑い日が続きます。皆さん、どのようにして暑さに対応しておられるでしょうか。

 外出先の用事を済ませたら、道の片側に出来た影を選びながら急ぎ足、家に戻るやいなやエアコンON、冷蔵庫から麦酒を取り出して体内に流し込み急速冷却。

 まさに至福と言うべき時ですが、こんなことばかりやっていたら身体の中のコントローラーが狂ってしまいます。

 冷蔵庫の中は5度くらいでしょうか。夏にそんな低温を体内に取り込むなんてことは有史以来なかったこと、電気冷蔵庫の普及以来です。

 それまでは井戸に浮かべたスイカが最も涼を与えてくれる食べ物でした。

子どもの頃、お盆に田舎に行くと祖母が山から湧き出た水で冷やしたスイカを切ってくれたものです。

しかし、わたしは何よりスイカが苦手ですから全く手を出しません。祖母は毎年、「こんなにおいしいもの、なんでひろしちゃんは食べないのかねえ」

と残念がったものでした。

 ともかく、このように井戸水など自然水で冷やしたものが唯一身近な冷却物であり、今日の限りなく0度近くに冷えた麦酒は実に身体にとってはかつて経験したことの無い出来事なのです。

 さて、古には冷蔵庫もクーラーもありませんでした。それでも暑い夏はありました。温暖化で毎年暑くなるというものの、やはり昔から暑かったことに違いはないことでしょう。

 こうした暑さを古人はどのようにやり過ごしたのでしょうか。クーラーなどの文明の利器はありませんからあくまでも工夫で凌いだことでしょう。それらの多くは今日にも生活の知恵として伝承されています。

暑さの身体的影響

 暑さは身体にどのような影響をあたえるでしょうか。

 夏は気温が体温に近づき、はなはだしいときは、上回りますから、熱の放散がむつかしくなり身体がオーバーヒートします。

 身体は体温を一定に保つために汗を出して気化熱で下げようとします。汗を嫌う人がいますが、汗をかかないと熱中症になってしまします。

 しかし汗をかくということは水分の放出ですから、補給しなければなりません。ここに問題があります。

水分を頻繁に摂ると胃液や消化液が薄まり、消化不良になります。胃が重たくなって食欲も低下します。

 胃腸が弱れば食中毒の危険も増えます。

 食欲が無くなるとついつい食べやすい冷麦などに箸が伸びてしまい栄養失調。これで夏バテです。

 さらに暑さは睡眠の敵。寝不足にもなり、昼間の疲れが抜けません。睡眠不足と栄養失調、さらには暑さ調整による自律神経の疲労。それらが合わさって身体をこわしてしまうのです。これが暑気中り。

日射病や熱中症は暑さの影響が一気に来たものです。

冷えの弊害

 そこで汗以外の方法で体温を下げたくなります。手っ取り早いのが涼しいところに行くこと。木陰は天国。

知り合いの農家の方は極楽風と呼んでいました。風は汗の気化を助けますから実に気持ちのいいものです。

 ゆとりがあれば海や山へ避暑。それが無理ならプール。ともかく涼しいところに移動します。ちなみに家の中で犬が陣取っているところが一番涼しいといいますがどうでしょうか。

 涼しいところに行かなくても人工的に涼しさを作る。それがエアコンです。皮肉なことにエアコンが町の暑さを生み出していることは誰もが知っていること。それでも止められません。

 身体が熱くなっているところにエアコンの冷たい風を当てると実にさっぱりします。しかし、これも麦酒と同様、人体がかつて経験したことの無い出来事。身体は気持ちと裏腹にびっくりしています。

夏は暑いから体温調節のために汗をかくこと。無駄な熱は作らないように筋肉を緊張させないこと(体温は筋肉と肝臓で作られます)と設計してあるのにいきなり冷たい風。これは身体の混乱の元です。自律神経が誤作動

することでしょう。

 もう一つ、涼しさを生み出すもの。それは冷たい飲食物。体内から冷やします。

 先ほどから話題に出たスイカも麦酒も冷麦もみな冷たい食べ物です。外気が暑いので湧水や井戸水でも十分冷たく、満足したものでした。しかし、一度人工的な冷たさを知るともはやそんな程度の冷たさでは納得しません。冷蔵庫でガッチリ冷やして涼ならぬ冷を得ようとします。

 冷たい物の摂り過ぎは胃腸の大敵。これはどなたもご存知です。胃や腸の働きが悪くなり、下痢をすることもあります。これでは消化不良を起こすこと必死です。

 もう一つ冷たい食べ物の弊害があります。それは大腸の中に住む細菌。健康な腸にはさまざまなバクテリアがいます。そこで身体に有用な働きをしてくれているのです。ところが冷えて腸が弱ると、そこに住む細菌が全身に散ると言われます。

 腸にいる限りは有用な作用をしてくれる菌も場所が変ると炎症を起こす元になります。筋肉の中ですと肩こりや腰痛。内臓に住めば内臓の病気。免疫機構にも影響をあたえることになります。

 そうならないためにも、腸を冷やすことは厳禁です。脚を冷やしても冷たい血液が腸に戻ってきますから同じこと。

 夏こそ半身浴でしっかりと下半身を温める必要があります。

夏の工夫

 クーラーも冷蔵庫も無い時代、先人はさまざまな工夫で涼を演出しました。環境と和すのが日本人の伝統。

それは今日にも生かされています。

 治療室のベランダでは簾(すだれ)と葦簾(よしず)が活躍しています。これらは向かいのビルから覗かれないための目隠しにもなっています。葦で作られた日陰は風を生み、部屋の温度を下げてくれます。また避暑地の雰囲気を漂わせてくれますから来客に好評です。日覆で日陰を作る方法も流行っています。

 知り合いのお寺は夏になると障子や襖をはずして籐の戸に替えます。畳の上には籐のカーペットつまり簟(たかむしろ)。夏座敷はそれだけで涼しさを感じさせます。そして部屋に片隅に籐椅子。筵の座布団。

軒下には吊忍と風鈴。場合によっては金魚玉(丸い金魚鉢)を吊るします。庭には打ち水。目と耳と皮膚で涼を感じるのです。

お盆の頃の盆提灯。青を主体とした色と電球の熱気流を利用した走馬灯。座敷が海底に沈んだようで、いかにも静謐な涼しさを醸し出します。

夕方、縁台に腰掛けて食べるスイカ。甚平のおじいさんと可愛い浴衣のお嬢ちゃん。ひらひらと金魚のようです。その傍らで子供たちが楽しむ線香花火。縁側から鈴虫の鳴き声。夕涼みは近所との交流の場でもありました。

夕涼みよくぞ男に生まれける 其角

 もっとも今日では女性の方がはるかに裸に近い格好で町を闊歩していますが。

 南の窓には影と美の演出のために朝顔を這わせます。実をとるなら糸瓜。昔は身体を洗うときには糸瓜が常套でした。また蔓の根から染み出てくる糸瓜水は自然の化粧水。今日でも愛用者がいます。

 机の上には団扇が置かれ、コップの中には水中花、おやつは心太(ところてん)。あるいは葛餅、水饅頭、蕨餅。子どもにも許された梅酒。

 

 食欲の無いときはするすると冷麦、冷素麺。冷奴と麦茶も定番です。暑さに負けてならじと食べるのが土用の丑の鰻。この習慣の始まりは夏の売り上げ減少を何とかしたいという鰻屋さんの依頼に応えた平賀源内の知恵だと言われています。

「土用の丑の日に鰻を食べると夏ばてしない」

最初の商用コピーという説もあります。

暑い日に熱い鰻をふーふーと食べる。団扇や扇子で扇ぎながら。汗をしっかりかくのも夏を乗り切る知恵。それで江戸の夏に好まれた甘酒や飴湯。今では冬の飲み物である甘酒は夏に売られたそうです。「熱い時はすべからく熱いものを食すべし」。飴湯は上方で人気があったようです。水飴を溶いて熱くしたもの。

 外出時は日陰を自己創出する便利な道具、つばの大きい夏帽子。子どもや農作業の人が愛用するのが麦藁帽子。ご婦人はさらに日傘という武器も携えます。日傘も以前は白が主流でしたが、ここ数年は黒に変りました。白は紫外線を跳ね返すだけですが、黒は紫外線を吸収するからです。

 家に戻ればたらいに水を張って行水。内風呂の無い時代の名残です。そういえば子どもの頃の漫画に塀の節穴から行水を覗き見するというシチュエーションがよく見られました。今はシャワーです。しかしビニールのプールに水を満たして庭先で遊んでいる子どもたちは今日でもよく見かけます。さまざまな玩具を浮かべて。浮人形とか浮いて来いと称します。

 寝苦しい夜、蚊帳を吊り、布団の上にはさっぱりとした寝茣蓙。寝具と身体との間に隙間を作る竹婦人。これは抱き枕として最近人気です。蚊遣り香を炊き、寝冷え防止の腹巻。これに怖い幽霊話の肝試し。小川で捕ってきた蛍・・・・・。

 まだまだ涼の演出はあることでしょう。不便は知恵を生み、利便は怠け心を育みます。たまにはクーラーと麦酒から離れて夏をすごすのも一興です。

 さて、一気にここまで書き上げたので、一休み。麦酒でも飲もう・・・・あ、熱いお茶にします。

あとがき

 まだまだ暑い日が続きそうです。街が灼けています。しかし、風には明らかに秋の風合い。夜風は涼しいものです。まさに「夜の秋」。

 残り少ない夏です。ご自愛ください。(游)

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