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2011年8月29日 (月)

游氣風信 No.209 2009. 10.25

奥の細道 平和公園二題 食糧自給 韓舞 インフルエンザ 頭痛

2009年9月3日
「奥の細道」をよむ
長谷川櫂著『「奥の細道」をよむ』(ちくま新書)を読みました。

著者、長谷川櫂氏は私とほぼ同年。俳壇内外で精力的に活動しておられます。氏は東大法科から読売新聞記者というエリートながら、一念発起して40代で俳句一筋の生活を送っておられます。
俳句創作はもちろん、俳句論や一般の読者も楽しめる季語の本など多くの著作があります。また、朝日新聞の「朝日俳壇」選者としても知られています。

長谷川氏とは面識がありませんが、30代の一時期、二人とも平井照敏主宰(故人)の『槇』という結社に所属していて名前は知っていました。その頃からすでに俳壇的活躍もされており、私たちの世代を代表する俳人としてみるみる頭角を現されたのです。

近年は「古池に蛙は飛びこんだのか」という論を発表して俳壇に波紋を投げかけました。これは芭蕉が俳句開眼したとされる

 古池や蛙飛びこむ水のおと

という句の解釈。以前から様々な解釈はあるものの一貫して古池に蛙が飛び込んだという実景だとされてきました。ところが氏はこれを否定します。芭蕉は蛙が飛び込む水の音は聞いたが古池は実景でなく想像である。つまり「蛙飛びこむ水のおと」という現実から導かれた「古池」という心の世界だというのです。長谷川氏はこれを単に推察したのではなく芭蕉の弟子の支考が書いた『葛の松原』という俳論集から解き明かしています。

「古池の句は蛙が水に飛びこむ現実の音を聞いて古池という心の世界を開いた句なのだ。この現実のただ中に心の世界を打ち開いたこと、これこそが蕉風開眼と呼ばれるものだった。」(41ページ)

と氏は書いています。そして「奥の細道」の旅はこの世界を深めるために挑戦したのだと説きます。この件はなかなかスリリングな展開ですが、俳壇にも賛否のさざ波を立てました。

芭蕉の流派を蕉風といいます。それまでの俳諧は文字通り諧謔的な滑稽を旨としていました。芭蕉は古池の句を通して新しい風雅の「誠」の世界に目覚め、蕉風を起こします。その最高の境地が「不易流行」であり「かるみ」です。

長谷川氏はこの本で『奥の細道』の構造に秘められたさまざまな仕組みを解明していくと同時に、芭蕉がその旅の過程で境地をさらに深めたことに気付きます。旅中の人との出会いや別れ。何より壮大な大自然、宇宙の運行との遭遇。これらが芭蕉をして芭蕉ならしめたのです。

「不易流行」は芭蕉の説いた俳句論です。「不易」とは不変的なもの、「流行」は刻々と変化するもの。物事にはこの両面があるが「其元は一つ也」ということです。これは不易と流行のどちらがいいということではありません。現象は刻々と変化しているが宇宙の運行は不変であるというある種の世界観です。これを長谷川氏は

「人の生死にかぎらず、花も鳥も太陽も月も星たちもみなこの世に現れては、やがて消えてゆくのだが、この現象は一見、変転きわまりない流行でありながら実は何も変わらない不易である。この流行即不易、不易即流行こそが芭蕉の不易流行だった。」(189ページ)

と書いています。壮大な論立てで感動的です。

そこかららさらに「かるみ」へと進みます。「かるみ」とはまさに軽み。これは俳句表現を重くしないで軽くしようということだと考えられていました。重い表現は「おもくれ」として嫌われるのです。この「かるみ」を長谷川氏は次のように説明しています。

「人生はたしかに悲惨な別れの連続だが、それは流行する宇宙の影のようなものである。そうであるなら、流行する宇宙が不易の宇宙であるように、悲しみに満ちた悲惨な人生もこの不易の宇宙に包まれているのだろう。
そう気づいたとき芭蕉は愛する人々との別れを、散る花を惜しみ、欠けてゆく月を愛でるように耐えることができたのではなかったか。これこそが『かるみ』だった。」(196ページ)

旅での別れや大自然との出会いで得た悟りのような境地。これが「かるみ」であって、単に軽く表現するということではないのです。

長谷川氏は若い時から俳句論を宇宙論として説いていました。それが年齢を重ねることでより深く、より身近になったのではないでしょうか。

氏は以前ほど難しい俳論は書かれていないような気がします。むしろ深いことを軽く表現しているように思えます。日本文化の中の俳句を深く追求することでそこに宇宙的広がりを見出す。これは芭蕉の俳論に共通するものだと思えます。

2009年9月7日
再生と破壊
定期的に身体調整に来られるJさん。ややテンションの高いアメリカ人女教師です。先日帰りがけにいつもよりハイテンションで語ります。
「三島は平和公園行った?」
「まだ暑いからいかない。紅葉の頃や冬は小鳥が見れるからその頃には行くよ」
「今、平和公園ひどいよ。工事ばっかり。ブルドーザーやトラックが一杯。散歩できないよ」
「何の工事?」
「知らない」
ということで昨日空き時間に車を飛ばして行ってきました。
すると確かにものすごいありさま。日曜日ということで工事は休みでしたが、いつも使用する駐車場にも重機が置かれ使用禁止。案内所で話を聞きますと、森の再生、湿地の保全のための工事だそうです。今日は工事が休みだから入ってもいいというので足を踏み入れました。戦後の高度成長期、あちこちに見られた宅地造成のようです。
里山の森を再生する工事とは不思議な話。里山は暮らしと自然のボーダーで微妙な均一性を維持してきた貴重な風土です。暮らしを排除して一面墓地としたところが里山として機能することはありえないでしょう。それを無理やり工事するのは奇妙な話です。
実は以前から気になっていたのがこの下の看板。平和公園のいたるところに立っています。しかもそのすぐ横には東山動物園のコアラのためのユーカリ林。鉛入りのユーカリを食べさせていいのでしょうか。

この辺り、一面のユーカリ林。様々な種類のユーカリが植えてあり、いい香りがします。

もうひとつ気になったのは公園内にあった耕作地の掘立小屋。住人がいたようないないような。今回の工事はこれを完全に排除することになるでしょう。
これも工事の理由の一つと思います。

さらに湿地の保護という発想。湿地はいずれ森になるのが自然の摂理です。それを無理して保護する必要があるのでしょうか。

平和公園は山崎川の水源だそうです。パンパスグラスの辺りから細い川が流れそれがオタマジャクシの蒲の穂の池につながる辺り。途中菖蒲等が咲いてとてもいいところです。それが今回このように岩を用いて土木工事されるようです。しかもそのために井戸まで掘ったそうです。
これが掘られた井戸。向こう側の植物がパンパスグラス。穂が艶やかに光っていました。(この井戸の辺りが山崎川の水源になります)

荒涼として惨憺たる光景。いずれは森として再生するのでしょうが、どこかに釈然としないものがあります。


(ここは来年名古屋で開かれるCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)の主要会場になるため、こうした工事をしているとも聞きました。)

こちらのブログに、当該工事の概要と進捗状況が記載されています。きっと美しい公園として整備され利用しやすくなるのでしょうが、それがよいことなのか、よくないことなのか、よくわかりません。

平和公園の自然
前のエントリーでは平和公園の荒涼たる部分を紹介しました。しかし、公園全体の緑はとても豊かです。今回はそちらの写真を掲載します。

これが公園全体の地図。工事をしているのは下側です。
カラスウリ。晩秋には深紅にそまるでしょう。撮影中やたらと蚊に刺されました。自然とはそういうものですね。
初冬、多くの人が公園内の柿を採りにきます。すでに熟れているものもありましたが、これは渋柿のよう。

秋を彩る柿に対して、盛夏を飾ったヒマワリは枯れています。まるで死人の群れ。
これはゴンズイという木の果実。初秋の山に鮮やかなアクセント。ゴンズイという魚もいますが、語源はなんでしょうか。

ふうの実。愛知学院大学附属病院の前にも街路樹として植えられています。拾った木の実が待合室に置いてあります。

これらの巨木はトチノキ。最初の写真に木の実が写っています。栃の実煎餅に使われます。木の実がたくさん落ちていたので拾ってきました。待合室に置いてあります。
これはシラタマホシクサ。案内所の人がさいている場所を教えて下さいました。遠くから見ると星の様。近くで見ると白い球。名前の通りです。


http://hanaemo.5.pro.tok2.com/hanaemositti/fiowers/sitti/yosigaike2007.9/page0001.htm

このサイトをご覧ください。

これが前のエントリーに書いた井戸とそのそばのパンパスグラス。ここから公園の入り口にかけて小川の造成がされているのです。赤い頭の支柱が井戸。 ショウリョウバッタがいました。のんびりしていたので捕まえてしばらく遊んだ後、放ちました。

平和公園と聞くと墓ばかりという気がしますが、実は里山全体が公園。とても名古屋市内とは思えないくらい自然が豊かです。

2009年9月8日
食糧自給率を考える・・愛知学院モーニングセミナー
第42回愛知学院大学モーニング・セミナーへ行ってきました。今日のテーマは食糧事情。

『日本の食料自給率39%を考える―世界の食料需要トレンドから見えるもの―』
講師は名古屋市立大学大学院経済学研究科教授 向井清史先生

例によって詳細は愛知学院大学のHPに掲載されます。資料と動画ですから参加されなかった方も同じセミナーが受けられるわけです。したがってここでは要点だけ。

1.日本は他国に比べて自給率が低い上に、唯一傾向的に低下させている。
自給率の計算にはカロリーベースや金額、重量ベースなど様々あり、一般的に言われている自給率はカロリーベースつまり供給熱量ベースだそうです。これが一番生存に直結するからです。品目別にはコメが90%の自給率。小麦と大豆はほぼ輸入に頼っています。
セミナーの後、何故そんなに輸入に頼っているのかという質問がありました。その答えは値段の違いと生産に適した気候の問題だとのこと。確かに国産の小麦粉では美味しい讃岐うどんは作れないと聞いたことがあります。スパゲッティ然り。

2.何故、自給率が低いと問題なのか?
食品は必需品で毎日必要。一時の不足も許されない。昨年は投機や代替エネルギーで穀物価格が暴騰しバングラデシュ、フィリピン、エジプトなど20カ国で暴動があった。国際的には基礎代謝量の1.54倍の自給が最低水準だとされています。基礎代謝量とは寝ていても消費する熱量のことです。

3.何故、日本の食料自給率は低下したのか。
A、食生活の欧米化によりコメの消費が減った。これは極めて珍しい例。多くの国では宗教や習慣のため、食生活に激変はない。
B. 生産基盤の脆弱。
  農業従事者の減少と高齢化 
  耕作面積の縮小と空洞化
  総産出額の減少:生産の絶対的縮小と農産物価格低下
C. リスクに弱い農業構造
  世界市場の不安定化が農家の減少を招く

農業で食べてはいけないというのが大きな原因です。外国からは格安の農産物が入ってきますし、天候の影響で収入が不安定ですから。世界の市場原理と環境的制約によって従来のやり方では農家が立ち行かなくなっているのです。
しかもコメの消費量はこの40年間で半減しています。これではコメ農家も政府の援助なしではやっていけないでしょう。相当広範な農地を用いて効率を上げていくしかありません。従来の個人農家では自家消費分が精一杯です。
農家戸数はここ20年で半減。しかも農民の半分以上は60歳以上ですから、農業に明日はあるのか心配になります。

では今後どうしたらいいのでしょう。
講師のお話では我が国が傾向として食糧不足に直面する可能性は小さいが、自給力を維持することが必要だとのこと。
自給率を上げることより、自給力を維持するとは耕地の確保と農業後継者の育成でしょう。また、地産のものを消費することが生産者を助けることになりますし、無駄な石油エネルギーを用いて運ぶ手間も省けます。これが自給力の維持につながることと思えます。
しかし戦争や天災があれば輸入が難しくなります。自国だけの生産は天候不順で一気に吹っ飛ぶこともあります。政治力で多くの国から輸入することで購買路を確保すると同時に、いつでも増産できる体制を維持することが肝心なのでしょう。

最後に水の問題を説明されました。日本は作物を輸入することによって実は膨大な水を輸入していることになります。コメ可食部1キロに水は3.6トン必要だそうです。現在日本は年間627億立方メートルの水を輸入しているのだそうです。これもまた心すべき問題です。

その他、放出窒素の問題もありました。
このレポートは先生のお話と私見が入り混じってしまいました。
ぜひ、愛知学院大学のHPの資料もご覧下さい。
http://www.agu-web.jp/~seminar/

2009年10月16日
注意するべき発熱  朝日新聞コムから
インフルエンザの感染が広がってきました。いずれにしても全員が感染するだろうという予測は初期から言われていました。
感染しても発病するとは限りません。体調を整えること、生活のリズムに気を付けること、手洗いやうがいで予防することです。
もし、子どもが異常な様子を見せたら以下のことを注意してください。
朝日新聞の記事です。

―引用ここから―

新型インフルに限らず、子どもの病気の大半は発熱する。熱があっても、食べたり、眠れたり、笑ったり、遊んだりしているなら自宅で様子をみていればいい。しかし、下記のような症状があったら、インフルエンザ脳症や呼吸障害など重症化する恐れがある。すぐ受診しよう。
 アスピリンやメフェナム酸、ジクロフェナクナトリウムの入った解熱剤は脳症を誘発・重症化するので、家にあっても子どもにのませてはいけない。
〈症状の例〉
 呼びかけに反応しない
 意味不明のことを話す
 行動がおかしい
 15分以上けいれんが続く
 呼吸が浅い
 呼吸が速い
 のどがゼーゼーしている
 顔色が青い
 判断に迷うときは、小児救急電話相談(#8000)にかければ、各都道府県の相談窓口にいる小児科医や看護師につながる。
―引用ここまで―
気管支喘息などの既往があれば要注意です。
いずれにしても慌てず、恐れず、やり過ごすしかありません。

2009年10月10日
韓舞 水と花と光と  金利惠
今日調整にいらっしゃったCさんが、知り合いのイヴェントだとパンフを下さいました。韓国の伝統舞踊の金利惠さんの韓舞(からまい)「水と花と光と」いう公演です。この方は以前にも「白い娘道成寺」という舞いを披露して好評を博されました。残念ながらその時は行けなかったので今回は是非出掛けたいと思っています。

詳細は
http://www.aoitori.org/tyumu2/tyumu.html
をご覧ください。

名古屋公演 2009年11月26日(木)
会場 名古屋能楽堂
開場 18時半
開演 19時
全席指定 前売 5000円  当日5300円【終了】

韓国から数名の演奏家を伴ってのイヴェントですから、韓国文化にどっぷり浸ることができるでしょう。前日は福岡、28日は東京公演です。

金利惠さんは東京生まれ東京育ち。両親は幼くして渡日。5歳からバレエを学び、20歳のとき母国韓国を訪問、衝撃を受け、東京で韓国舞踊を学び始めたそうです。中央大学文学部を卒業後、1981年単身帰国移住。人間国宝李梅芳氏に師事し本格的に修行。現在ソウルに住み、韓国の重要無形文化財履修者。韓日のみならず世界各国で公演をされています。

パンフレットには最初にこんな俳句があり驚きました。
  花に舞へ奥千本の花に舞へ  黒田杏子(俳人)
黒田氏は藍生俳句会主宰。わたしは何を隠そう第1回藍生新人賞受賞者。つまり黒田氏はわたしの俳句の先生です。そういえば以前、氏が結社誌(2009年1月号)に

 金利惠さんに
  冬麗の人在日といふ希望  杏子

という句を載せていたことを思い出しました。つまり韓国舞踊家金利惠さんと俳人黒田杏子氏は知り合いだったのです。しかもこの句は
  花に問へ奥千本の花に問へ  杏子
が原型で、金さんのためにそれを
 花に舞へ奥千本の花に舞へ  杏子
と改変されたのです。むろんこれは金さんへのオマージュです。奥千本は花の名所吉野。金さんの代表作「白い道成寺」のある紀伊半島ですから、そこも掛けているのでしょう。

今回は意外な縁に驚きました。もっとも黒田杏子氏はとても顔が広い方なのであちこちの有名人が知り合いです。驚くことはないかもしれません。
いずれにしても当日が楽しみです。
追記:
以前わたしのところでやっていた俳句会に参加していたOさんが現在ソウルに滞在しており、ソウルの俳句会で金利惠さんとも知り合いのようです。なぜならソウル俳句会の俳句がネットに出ており金さんやOさんの俳句が出ていたからです。
http://www17.plala.or.jp/yoshio-box/haiku7-seoul-kukai.html

2009年10月19日
がんこな頭痛にご用心!   愛知学院大学モーニングセミナー
愛知学院大学モーニングセミナーに出かけました。
今回は第43回。

テーマは「がんこな頭痛にご用心!」―頭痛を軽んじていませんか?―

講師は名古屋市立大学大学院 医学研究科 神経内科学 教授 小鹿幸生先生。
内容はかなり高度でしたがきちんと整理されたお話で大変理解し易かったです。
例によって愛知学院大学のHPで資料、画像ともに公開してありますからそちらをご覧ください。
http://www.agu-web.jp/~seminar/

お話の中で改めて納得したことは

・頭痛を感じているのは神経や膜、血管であって脳自体は痛みを感じない
・脳細胞は毎日10万個死んでいるが、心配には及ばない。脳が半分に委縮するのに2000年以上かかる。
・痛みは警告である。
・慢性の疾患は脳の可塑性という柔軟な性質によってなかなか症状がでない。
・頭痛のほとんどは緊張型頭痛(40.1%) 片頭痛(36.0%) 群発頭痛(5.3%)である。
などでした。

緊張型は肩凝りや目の疲れから生じる一般的なものです。マッサージや入浴が功を奏します。それに対して片頭痛は血管性の拍動のある痛みが特徴で入浴やマッサージでは悪化することがあります。
群発頭痛は馴染みがないでしょうが、実は、わたしは30歳頃の数年間これに苦しみました。6月末毎年発生して2週間位目玉が飛び出るほどの痛みで仕事もできないほどでした。ある年、大阪へ勉強に行ったのですが余りの痛みにこれでは無理かと生まれて初めて頭痛薬を飲みました。これが効いたのかそれからこの頭痛が出てくることがありません。専門医に聞くとその薬では群発頭痛には効果がないそうですが不思議です。
危険な頭痛
緊急を要する頭痛や重篤な病気が隠れている頭痛もあります。これは速やかに専門医に相談するか精査が必要となります。

1、いままでにない激痛
2、精神・神経症状を示す頭痛(髄膜刺激症状や巣症状)
3、憎悪傾向を有する慢性の頭痛(鈍痛)
4、発熱、関節痛、筋痛などの全身症状伴う
5、中年期以降(50歳以上)に初めて経験する頭痛発作
6、薬物乱用が疑われ治療が困難と感じられた場合
7、定型的頭痛と診断して治療を開始したが、薬剤に反応しなかった場合
8、認知症やうつ症状の一つと考えられる場合

1はくも膜下出血や緑内障が疑われます。
2は脳血管障害や腫瘍の心配があります。
3はどんな病気でも憎悪は放置できません。鈍い頭痛は脳腫瘍の場合があります。
4はインフルエンザなど感染症が疑われます。
5、頭痛は先ほど書いたように片頭痛なら10代から、群発頭痛なら20代から発症しています。歳を取って急に出てくる頭痛は要注意なのです。
6の薬物は市販の頭痛鎮痛剤のことで特殊な薬のことではありません。
7の場合何か重篤な病気の可能性もあります。
8の頭痛は器質的なものではないので対応が異なります。

心配な頭痛は脳外科もしくは神経内科への受診をお勧めします。危険な頭痛ではないと分かったらぜひ三島治療室どうぞ。肩の凝りや目の疲れ、ストレスなどに対応することで頭痛の軽減に役立つことでしょう。

●保険治療
○鍼灸
保険適応は運動器に疼痛を伴う疾患です。
 神経痛
 五十肩
 リウマチ
 腰痛症
 頚腕症候群
 頚椎捻挫後遺症(ムチウチ)
 その他
その他の疾患でも利用できることがありますからお尋ねください。

○訪問リハビリマッサージ
保険適応は麻痺性疾患、関節拘縮、筋萎縮、廃用性萎縮などによって運動機能障害を起こしているものです。具体的な病名では
 脳血管障害後遺症 中枢性疾患 外傷性の麻痺 神経性疾患 筋肉や関節の障害 加齢による廃用性運動障害など
三島治療室では歩行困難な方への訪問リハビリマッサージのみを行っています。
介護保険を受けておられる方はケアマネージャーにお尋ねしていただいても結構です。


あとがき

爽やかな日々が続きます。こんなときはとても気持ちがいいのですが、乾燥しやすいので注意が必要です。東洋医療では乾燥の予防に季節の果物を食べるように勧めています。

乾燥はインフルエンザの感染を助長します。これも要注意。いずれにしてもこうした疫病は感染しなければ終息もありません。多くの人が免疫を獲得すると自然に習得するようなのです。したがって日常生活の不摂生を戒め、感染しても発病しないようにしたいものです。発病したら休むしかありません。こじれない限り数日で治るはずです。

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