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2011年7月16日 (土)

游氣風信 No,131 2000,11,1 俳句を教える


 先日、旧友のB君からめずらしく電話がありました。

 B君は鍼灸学校の同級生ですが大変な努力家で、病院勤務のかたわら福祉の勉強に取り組み、難関の社会福祉士の資格を取得しました。現在、ある福祉施設で仕事をしています。

 

 B君からの久しぶりの電話の内容には驚きました。なぜならデイサービスにみえる人達の俳句を添削して欲しいというものだったからです。

 

 わたしは学生時代より俳句を始め、たいした上達も見られないまま、すでに四半世紀を過ぎました。その間、句会などで私見を述べたり、結社誌に論文を執筆したりしたことはありますが、改まった形で人の俳句の指導をしたことはただの一度もありません。わたし自身単なる一介の俳句愛好家であって、俳句の先生でも、ましてや俳人と呼ばれる存在でもないから当然です。

 

 四半世紀。思えば長く続けているものです。俳句には中学生のころに興味をもったあと、意識的に俳句を始めたのは大学生の時。当時は全くの独学でした。

 

 その後、基礎を学ぼうと「鹿火屋(かびや)」という伝統ある結社にお世話になりました。「鹿火屋」は大正俳壇に絢爛たる足跡を残した原石鼎(はらせきてい)が創刊したものです。

 

 頂上や殊に野菊の吹かれ居り

 淋しさにまた銅鑼うつや鹿火屋守

 

 大正時代、高浜虚子から絶大な評価を得た原石鼎はこれらの句で知られています。結社名の由来になった「鹿火屋」とは、夜、畑を荒らしに来る鹿を追い払うために一晩中火をおこして、鹿の嫌う臭いを燻したり、驚かすために寝ずの番をして銅鑼を打つ小屋のこと。石鼎が最も輝いていた和歌山の吉野在住当時の作品です。

 

 大学を出た後、さらに鍼灸の専門学校に進んだわたしは生活に追われて俳句の実作とは疎遠になりましたが、関心だけは持ち続け、いろいろな本に目を通していました。

 

 20代の後半には俳句理論に引かれて平井照敏先生(中日新聞俳句月報担当)の「槙」や、一宮を拠点とする前衛的な集団「地表(小川双々子主宰)」などに参加した後、現在は「藍生(あおい)」の末席を汚しています。藍生は今月で創刊十周年になります。

 

 藍生の主宰は黒田杏子(くろだももこ)先生で、彼女は以下の句などで注目されました。

 

 白葱のひかりの棒をいま刻む 

 磨崖仏おほむらさきを放ちけり

 人泊めて氷柱街道かがやけり

 指さして雪大文字茜さす

 一の橋二の橋ほたるふぶきけり

 

 黒田杏子先生は俳壇の枠を越えて八面六臂の活躍をされており、俳句を作らない方にも広く知られています。

 

 今回、B君からの依頼は断る理由もないし、良い経験と思い引き受けました。

デイサービスに来られる方々なら、皆さんご高齢でしょうし、人生に対する何らかのより所も求めておられることでしょう。ボランティアとして多少なりとも役に立てるなら結構なこと考えたのです。

 

 ところが、送られてきた句をみて大変驚きました。どの句もかなりレベルが高いのです。きちんと俳句の基本を押さえ、テーマも明確であり、ほとんど作品として破綻のないものでした。

 

 うかつにも、デイサービスで習ったばかりの素人作品だと思い込んでいたわたしは、

「これはいかん」

ときちんと姿勢を正して、送られてきた俳句と対峙したのでした。

 

 以下にその方たちの俳句とわたしの講評、および添削を紹介します。

 あきらかに初心者と思われる方にはそのレベルでの講評を、ベテランと思しき方の句には極力その方の俳句観を損ねないように留意はしましたが、いかんせん、一度もお会いしたことのない方ばかり。年齢も、性別も、また一体全体何人の方の句が送られて来たのかも分かりませんから結構苦労しました。

 

 お一人お一人の俳句に対する、また人生に対する思いや事情を鑑みれば、ただ単に作品として良い句を選べば事足りるというものではないのが辛いところでした。

 

 これから送り返した原稿をご紹介します。皆様のご批判や如何。元のままの方が良かったではないかというお叱りも覚悟の上です。

 

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 さて、早速皆様の俳句の講評をいたします。

 

 今回作品を出されている方が何名なのか、性別、年齢、句歴(どんな先生について何年間勉強したか)など一切が不明ですのでやや批評に戸惑いがありました。

 

 ただ、全体に拝見して、皆さん、ある程度、あるいはかなり、俳句の勉強をされておられるとお見受けしました。

 

 具体的に言えば、俳句の基本である「季語・五七五・切れ」はほとんどの句で守られていました。

 

 一部に季語を二つ以上用いる「季重なり」が見られましたが、概ね俳句として出来上がったものばかりでした。

 そこで、もう少し上のレベルの注意事項である

 

 俳句は状況の説明をしない

 俳句は省略が大切

 

の二点にも留意して拝見しました。

 

影つれて走る気動車鰯雲

 良くできた俳句です。国鉄にお勤めだったのでしょうか。気動車というあまり知られない言葉をご存じです。ディーゼルカーのことです。秋の大空の下を走る列車。雄大な景色。「鰯雲」がとても効果的です。唯一の難点は「影つれて」です。言葉にいささかの気取りが感じられますから素直に「影ひいて」としましょう。

添削 影ひいて走る気動車鰯雲

 

肩の荷をおろして焼かる捨案山子

 捨案山子とは目の付け所がおもしろいですね。役目を果たして燃やされる案山子にご自身を重ねてある種の親近感を抱いておられるのでしょうか。問題点は「おろして焼かる」です。俳句を詠むとき動詞を続けないことが秘訣です。

説明になってしまうからです。「おろして」の「て」も説明になりがちですから要注意事項。五七五の調べから外れる破調の句になりますが以下のようにしました。

添削 捨案山子焼かる肩の荷おろすかに

 

朝寒の日のさす迄の一しきり

 晩秋の今、日がさしてくるまでの間はひとしきり寒さが実感できるということでしょう。誰もが「そうだそうだ」とうなずける句です。この句はこれで完成です。特に「一しきり」がお上手です。

 

秋の色野菊の香澄み渡り

 秋は菊の季節です。本当にきれいです。この句には「秋の色」「野菊」と季語が重なっています。「秋澄む」も季語になります。ここでは思い切って焦点を野菊に絞りましょう。

添削 晴ればれと空澄み渡る野菊かな

 

金木犀香り漂う散歩道

 街角のあちこちでふと気づくと金木犀の良い香りが届いてくる季節です。金木犀はどうしても花より「香」を連想させますね。そこで、あえて香りを捨てましょう。

添削 金木犀いつもと違ふ散歩道

 

秋茄子焼いて煮てよし一人膳

 秋茄子のおいしさと、それを一人で食べる寂しさが伝わってきます。これで完成としてもよろしいのですが、「焼いて煮てよし」はお店の宣伝文句のようでもありますから少し変えましょう。

添削 秋茄子焼いても煮ても独りかな

 

蟷螂と共に過せし秋一夜

 寝る前に見かけた蟷螂(とうろう・かまきり)が朝までいたのでしょうか。あるいは家に迷い込んだ蟷螂と秋の夜長、しばらく遊ばれたのでしょうか。いずれにしても個性的でおもしろい俳句です。ただし「蟷螂」と「秋」がどちら
も秋の季語ですから、この場合「秋」を捨てましょう。

添削 蟷螂と共にひと夜を過ごしけり

 

石榴はぜ実の粒粒のぬれて見ゆ

 石榴がはぜたら中の粒々が濡れて見えたということですね。よく観察されておられます。惜しむらくはこの句は文章の一節のようで俳句としての力が少し弱いようです。散文化を避けるために、間に「切れ」を作りましょう。
 それと俳句では「見ゆ」とか「思ふ」などはあまり使用しないほうが成功します。どうしても説明的になるからです。

添削 粒々のぬれてをるなり石榴の実

 

新聞を広げる先に秋の蝶

 これで結構です。少し説明をつけますと、この蝶々が秋と限定されるには弱い、つまり春でも夏でも冬でもいい感じがします。しかし、新聞を広げたすぐそこに静かにいるのは秋の蝶がふさわしいですね。春や夏の蝶はひらひら飛んでいるイメージが強いですから。この辺りに微妙な季節感があります。

 またこの句は助詞のおもしろさを教えてくれます。「広げる先へ秋の蝶」とするとそこへ飛んで来た感じがしませんか。また「広げる先を秋の蝶」とすると通過していく感じです。

 

小鳥なき日ごとに色ます庭もみじ

 秋は小鳥の目につく季節。「小鳥来る」とすると秋の季語です。この句では気づいた点が二つあります。一つは「小鳥なき」。これでは「小鳥無き」か「小鳥鳴き」かが分かりにくいので「小鳥鳴き」と漢字にした方がいいですね。

 もう一つは「日ごとに色ます」です。これは字余りになっています。どうしても無理なときはしかたありませんが、できるだけ字余りや字足らずは避けましょう。「日ごと色ます」でいいですね。歴史的仮名遣いでは「もみじ」は
「もみぢ」とします。

添削 小鳥鳴き日ごと色ます庭もみぢ

 

句碑よみて巡りなおせり萩の寺

 句碑を読んで感慨を深め、もう一度萩の寺を巡りなおされたのでしょうか。「巡りなおせり」というところが少し硬い表現になっていますので、作者の思いから外れてしまうかもしれませんが次のようにしてみました。

添削 句碑読みてもう一巡り萩の寺

 

ふるさとの取り入れ便り胸いっぱい

 お気持ちはよく分かります。しかし惜しいのは「胸いっぱい」。俳句では作者の思いは直接述べないで読者に感じ取ってもらうのです。

添削 ふるさとの取り入れ済みし便かな

 

稲穂垂れ刈り入れまつ黄金波

 「稲穂」「刈り入れ」どちらも秋の季語になります。季語は一句に一個にした方が一句がまとまります。しかしこの句の場合は稲を刈るということを主眼に書かれていますから、「稲穂垂れ刈り入れまつ」でひとまとまりと考えましょう。ただし、「黄金波」までは必要ないので省略します。

添削 稲穂垂れ刈り入れを待つばかりなり

 

梅干しや鬼籍に入りし祖母の顔

 「梅干」は夏の季語。思い出を淡々と詠まれています。おばあさんは梅干しを漬けるのがお上手だったのでしょう。このままでよろしいです。
 書き方の問題ですが、俳句では原則的に「梅干し」は「梅を干す」という動作を表し、「梅干」は食べる梅干のことになります。比較して見ると、「し」を消した方がすっきりとしませんか。

添削 梅干や鬼籍に入りし祖母の顔

 

校庭の笑顔と並ぶ菊の花

 素直な句でこのままでよろしいと思います。少し手直しするなら「並ぶ」を省略してみましょうか。

添削 校庭の笑顔一列菊の花

 

妻病みて夜長男の針仕事

 ご苦労が伝わってきます。「夜長」で切れています。調べも立派なよい句になりました。

 

よき父も荒武者となる秋祭り

 いつもは優しいお父さんが秋祭で荒武者の扮装をしたのですね。微笑ましい光景が浮かんできます。少し手直ししましょう。やや散文的だからです。「荒武者となる」が説明になっています。思い切って動詞を捨て、説明をせず、省略を効かせます。

添削 よき父もけふは荒武者秋祭

 

老い痴れてまばたきすごす秋静ま

 「老い痴れて」はあまりに寂しいですね。事実からは離れてしまいますが酔いしれたことにしましょう。これでも十分に孤独な寂寥感が伝わることでしょう。

添削 酔ひしれてまばたき過ごす秋しじま

 

秋が来て死んで生きよと兜太いい

 兜太は現代を代表する俳人金子兜太先生のことですね。少し難しい句ですが兜太の名を出して成功しています。野太い句になりました。ただし、「いい」は「いひ」です。

添削 秋が来て死んで生きよと兜太いひ

 

芭蕉忌や死は十分に生きてから

 芭蕉忌は旧暦の十月十二日。時雨忌とも言います。忌日の季語から死を導き出すのはいわゆる即き過ぎ(つきすぎ)になります。別の季語を用いた方がいいでしょう。一例を示します。ちちろ虫はコオロギのこと。

添削 ちちろ虫死は十分に生きてから

 

秋灯やわが部屋深き本の海

 これでもよろしいですが、秋灯と部屋と本は即き過ぎになります。ここまでの力のある方なら別の季語を考えて、もう一段、俳句を深めてください。

 例えば次のようにしてみました。「かりがね」は雁のことです。「雁が音」とも書き、本来は雁の鳴き声のことでしたが、今は雁のことをさします。

 これは一例です。ご本人で納得いくように考えてみてください。

添削 かりがねやわが部屋深き本の海

 

芋嵐妻籠馬篭の石畳

 芋嵐は芋の葉に吹き付ける嵐のこと。「案山子翁あち見こち見や芋嵐 阿波野青畝」の句から生まれた季語です。この句はこのままで上等です。

 

柿の種ぷっと飛ばして良き日かな

 おもしろい着眼で、このままでも十分です。ただ、「ぷっと」は、俳句では「ぷつと」と書きます。

添削 柿の種ぷつと飛ばして良き日かな

 

 以上です。

 皆さん、お上手で感心しました。ますます励んで、俳句で人生を深めてください。俳句を作る意識を常に抱いていますと、毎日が新鮮になります。普通なら繰り返しのような毎日でも、見るもの聞くもの全てが俳句心を刺激します。

 

 また、俳人の特質として天候が嫌になりません。俳人には良い天気も悪い天気もないのです。雨の日には雨の句が、風の日には風の句ができます。

 どうぞこれからの人生を俳句とともに歩んで行ってください。

 

 以上のように手を入れてみました。

 受け取られた方たちは何と思われるかは分かりません。この添削には納得いかないと怒られる方もおられることでしょう。こうした方がいいと別の意見を持たれる方もあるでしょう。このような刺激はなかなか楽しいものです。

 

 人間は人とのかかわりの中に生きがいを見いだします。他人に添削を依頼されるということも人とのかかわりを希望しておられる一端を示しています。

 納得いこうが、不満が生じようが、それら全てを楽しむことができたら最高ですね。

 

 人の俳句に手を入れるのはなかなかおこがましいことなのですが、B君から依頼された手前、全ての句にコメントをつけ、ほとんどの句を手直ししました。作者の意は十分に汲んだつもりです。果たしてご満足いただけたのでしょうか。

いずれB君からなんらかの返答があることでしょう。

 

後記

 

 柿の実が秋の透明な空の下でキラキラ輝いています。

 オーストリアとイタリアから女性が二人、指圧を習いに3週間来日しました。

彼女たちを連れて訪問リハビリに回ったとき、一番気にしていたのがいたるところに実っていた柿の実でした。まさに日本の秋の象徴です。

 彼女たちはあるお宅でいただいた柿の実をどっさり食べて、大きなおなかをますます大きくして帰国しました。きっといい思い出をどっさり持ち帰ってくれたことと思います。

(游)

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