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2011年7月19日 (火)

游氣風信 No,142 2001,10,1 四季のよろしさ

 今日は朝から秋雨がしょぼしょぼと降っています。

 秋の雨が数日続くことを秋霖(しゅうりん)と呼び、秋の侘しさを際立たせる季語として俳人が好んで用います。

 

 少し前までは暑さが苦になっていたのに、季節はいつしか寒さを感じる候にずれ込んで、四時の流れを改めて感じる今日この頃です。

 日本は季節が春夏秋冬と変化する、恵まれた国です。

 

 「名古屋の蒸し暑い夏は嫌だ」

とか、

「伊吹颪(おろし)が吹きすさぶ冬の寒さには耐えられない」
と季節ごとに愚痴っているくせに、その季節が過ぎ去るとなぜかなつかしく思えるのは不思議です。

 

 日本人の遺伝子と呼んでもあながち間違いではないでしょう。

 

 今年の夏、アメリカから一時帰国した若い女性が言いました。

「カリフォルニアはいいところなんです。大学のある街は治安が良くて、海岸も近く、風景は抜群。とっても暮らしやすいと思います。冬暖かく、夏は涼しい。

リゾートに最適なんですよね。でもねぇ、くっきりとした四季が無いんです。

カーッとした夏が恋しくて、それで一時帰国したんです」

 

 かわいい目玉をきょろきょろさせながら、うら若き乙女は戻ってきた理由をそう語りました(わたしに会いたくて帰国したのではないようで、それはとても残念でした)。

 

 わたしは海外渡航の経験が無いので、温帯ならどこでも明瞭な四季があると思っていました。赤道直下なら常夏だろうし、極地に近づけば年中晩秋から厳冬。しかし、カリフォルニア(彼女が滞在しているのはサンフランシスコの南)の緯度なら日本と変わらないと疑っていませんでした。

 

 国内でもさすがに北海道まで北上すると温帯とは呼べないようです。かの地では厳しい冬から卒然と春が来て、短い夏が駆け去り、すぐ野山は秋の装いになると聞きます。確かにわたしが6月に北海道に行ったときは阿寒湖辺りで霙(みぞれ)が降ってきて、上着を買った記憶があります。

 

 反対に南国沖縄。まだ行ったことはありませんが、年中温暖な気候で過ごしやすいところだろうと漠然と思っています。それでもそれなりの四季はあるでしょう。
 ところが外国はそうではないようです。

 

 中学の音楽の教科書にモーツアルト作曲の「五月の歌」という歌曲がありました。教科書は現在手元にありませんから誰の詩だったかは忘れました。

 

 楽しや五月 草木は萌え

 小川の岸に スミレ匂う

 優しき花を 見つつゆけば

 心も軽し そぞろ歩き

 

 オーストリアの厳しい冬は4月一杯続き、5月になると突然春がやってくる。

その喜びを感情に込めて歌うようにと教わったような気がしますが、遠い過去のことでしっかり覚えていません。北ヨーロッパは短い春の後、涼しい夏となり、一気に秋へ流れ込むのでしょう。北海道と似ているかもしれません。

 

 余談ですが、この歌は、大学のドイツ語の教科書にも掲っていました。もちろんドイツ語で。

 

 ドイツ語の教師はなかなかの大男。なぜか縦横(身長・体重)ともに、エリザベス女王と同じであると威張っていました。ことほどさように風格ある年配の教授でしたが、この歌を学生達にレコードで聞かせた後、「知床旅情」はこの曲の盗作だと言い張りました。

 

 確かにリズムは異なりますが、出だしのメロディーラインはとても似ています。

もっともわたしは以前から「五月の歌」は「早春賦」に似ていると感じていました。この方がリズムが近いのです。

 

 すると時を同じくする頃、新聞に「知床旅情」に「早春賦」の盗作の疑惑あり、という記事が掲載されました。

 「五月の歌」と「早春賦」と「知床旅情」。

 これらの不思議な符合に驚き、にんまりした記憶があります。もっとも厳密に言えば盗作ということではなく、出だしがどことなく似ているということです。

 

 さて本題に戻ります。

 四季のある暮らし。これに馴染んでいると、四季の無い暮らしはどこか寂しいようです。

 「カリフォルニアは四季がくっきりしていなくてもの足りない」

と二十歳半ばの女の子から聞かされると、その子の倍は生きているわたしとしても、普段はさほど気にしない四季の存在に対して

「無ければありがたいものなのだ」

と妙に関心します。

 

 四季は通常春に始まり夏、秋、冬と巡り再び春に戻ります。これを四季とか四時とか呼びます。冬の凍てついた死の世界から命が再生して春になるから、春を起点とするのだと思います。

 

 では、春はなぜ「はる」と言うのでしょう。

 諸説がありますが、一般的には「木の芽が張る(はる)」から来ているとされています。その他辞書に拠れば、「墾(は)る」とか「晴(は)る」から来るとも言われます。

 

 さらに広辞苑には

 日本や中国では立春(二月四日頃)から立夏(五月六日頃)まで
 陰暦では一月・二月・三月
 気象学的には太陽暦の三月・四月・五月
 天文学的には春分(三月二一日頃)から夏至(六月二二日頃)

とあります。複雑ですね。

 

 一月(正月)が春というのは今の感覚からは寒いのですが、陰暦ではそろそろ暖かくなるかなという辺りでしょうか。

 子供の頃、年賀状になぜ「賀春」とか「初春を寿ぎ」とか「謹賀新春」などのように「春」を書くのか、正月からが寒さ本番なのに何ゆえ年賀状に「春」「春」と書くのかずっと疑問に思っていました。

 しかし、陰暦時代の名残で一月を春と呼んだわけです。これは俳句を初めて氷解した疑問でした。

 

 夏の語源はもっと複雑です。同じく広辞苑に拠ります。

 朝鮮語のnierym(夏)、満州語のniyengniyeri(春)などアルタイ諸語で「若い」「新鮮な」の原義の語と同源か。あるいはアツ(暑)・ナル(生)・ネツ(熱の字音)からなどもいう。 

 

 こうして見ると日本語も中国語だけでなくさまざまな言語の影響かにあることが分かります。もちろん現在は圧倒的に英語です。

 

 一般的には六・七・八月

 陰暦では立夏から立秋まで。四・五・六月。

 天文学的には太陽が夏至点を通過して秋分点に来るまで、すなわち六月二三日前後から九月二三日前後まで

 七夕祭りは七月七日。陰暦では八月の終わり頃になるのですが、それを新暦に置き換えたために毎年梅雨の最中になり、あわれ、織り姫と彦星のデイトがめったにできなくなってしまったのです。

 

 次は秋。

 空がアキラカ(清明)であるところから。一説には収穫がア(飽)キ満チル意。また、草木の葉のアカ(紅)クなる意からとも わたしが知っていたのは「葉がアカく紅葉するから秋」でした。

 アメリカでは秋には葉が落ちるので秋autumnをfall(落ちる)と詩的に表現しています。

 天文学では秋分から冬至。

 太陽暦では九月から一一月まで。

 太陰暦では七月から九月まで。

 

 秋は収穫の時期ですが、冬に向かう寂しさを伴う季節でもあります。洋の東西を問

わずセンチメンタルになる季節。

 

落葉

          ヴェルレーヌ 訳 上田敏

 

秋の日の ヴィオロンの

ためいきの 身にしみて

ひたぶるに うら悲し。

 

鐘のおとに 胸ふたぎ

色かへて 涙ぐむ

過ぎし日の おもひでや。

 

げにわれは うらぶれて

ここかしこ さだめなく

とび散らふ 落葉かな。

 

 明治時代、近代詩の嚆矢となった上田敏の訳詩集「海潮音」からです。フランスの詩を翻訳したものですが、創作詩と呼んでもさしつかえないほどの完成度と言われています。

 ヴェルレーヌの原詩が分からないので断言はできませんが、こうした秋の感傷は万国共通のものではないかと思います。

 

 アメリカ青年からの手紙にも、

「秋は街路樹や林の木の葉の色が赤や黄色に変わり、町が美しくなります。そしてどこか寂しくなります。わたしはこんな季節が大好きです」とありました。彼も秋には美しさと同時に寂しさも味わっているのでしょう。

 木の葉にしても髪の毛にしても抜けると寂しいものです。

 

 さて、最後は冬です。

 ひゆ(冷)の意から、一説に、寒さが威力を「ふるう(振)」。または、寒さに

「ふるう(震)」

「ふゆ(殖)」の意からと、広辞苑にあります。

 

 一般には一二・一・二の三カ月。

 陰暦では立冬から立春までの、一〇・一一・一二の三カ月。

 天文学上には冬至から春分まで、すなわち一二月二二日頃から三月二一日頃まで。

 こうして見ると、陰暦では一・二・三月が春で、四・五・六月が夏、七・八・九月

が秋で一〇・一一・一二月が冬と非常に分かりやすいようです。

 

 さて、こうして日本人は四季のある暮らしを先祖代々過ごして来たのです。春や秋は季節を喜び、暑い夏や寒い冬はさまざまな工夫をしながら凌いだのでした。

 しかし、近年はその暮らしぶりに大きな変化が見られます。

 夏はクーラーでキンキンに冷やし、冬は暖房でポカポカ。

 室内での季節感はむしろ「夏涼しく、冬暖かし」です。

 以前の暮らしは、夏になると襖を葭戸(よしど)に替え熱気や湿度に対応し、窓には簾(すだれ)を垂らして西日を防ぎ、軒に風鈴を吊り音によって涼を演出し、庭に打ち水をすることで気化熱を利用し、熱気を冷まして暑い夏をやり過ごしました。

 

 人は環境に働きかけることで自らの心身を脆弱にしてきたことは否めません。しかしこの二十年の転換は軌を逸しているほど激しいものです。

 

 この仕事に入ったとき、農家のおばあさんたちから

「今日はいい雨だなも」

「畑仕事の合間に木陰でやすんどると、極楽風が吹いてくる。ありがたいことだわな

も」

「雷様が雨を運んでくだれる」

などど、自然に感謝する言葉をしきりに聞いたものでした。

 

 ところだ最近はいけません。おばあさんもおじいさんも愚痴と文句ばかり。

「どえりゃ暑いでかんわ」

「雨ばっか降って、からだんじゅう(体中)黴がひゃあてまうわ(生えてしまうわ)」

「こうも寒てはだちかん。ストーブ入れてちょ」

 

 若い世代は推して知るべしです。

 夏の暑さを恋しがる女性。案外、四季もないと寂しいものなのでしょう。これは身体に刻まれたリズムに相違ありません。

 

後記

 10月23日、友人の服部夫妻のサクソフォンとピアノのリサイタルにでかけました。

昨年と同様フランスの若きサクソフォン奏者モレティ氏も参加。

 曲は日本の作曲家の新曲が多く、かなりハードで性根を据えて聞かなければ置いて行かれるものが多かったのですが、全体の構成に見るべきものがあって、あっと言う間に二時間が過ぎ去りました。

 アンコールのピアノ・ソロのピアソラは圧巻でしたし、最後のモンティのチャルダッュも円熟の出来栄え。

 まだまだ発展しているデュオ服部。同級生としては負けておれません。

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