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2011年7月22日 (金)

游氣風信 No.160 2003. 4. 1 

心(心包)のはなし
経絡

 治療室にはツボの人形が置かれています。よく見るとそれらのツボは線で結ばれていることにお気づきでしょう。この線のことを経絡(けいらく)といいます。 経絡は肉眼で見ることができませんし、解剖しても存在を確認することはできません。しかし漢方医療の最も大切な概念のひとつです。

経絡は基本的に12あります。それぞれに臓腑の名前が付けられています。

【肺・大腸・胃・脾・心・小腸・膀胱・腎・心包・三焦・胆・肝】

それはそれらの経絡が臓腑に対応していることを意味します。臓腑機能が臓器に封じ込まれるのではなく、全身を巡ると考えた方がいいかもしれません。つまり、肝は臓器としては肝臓に近いものですが、下肢の内側を通る線状の存在が肝の働きに関わっている。そう考えることで臓腑を閉ざされた存在とせず、広く全身につながっている、さらには身体からも拡大して環境とも関連していると考えられるのです。

 つまり漢方では身体を閉鎖した体系と限定せず、開放された体系と考えるのです。これがいのちを身体に封じ込めず、外の環境との関係で捉え、外環境に対する内環境と考える漢方の身体観です。ですから病気をその内臓あるいはその器官系(消化器官)だけでみるのではなく、もっと幅広く捕らえます。それどころか時には突拍子もないものごととの関連で考察したりします。その辺りの区切りのつけ方が極めて主観的で非科学的あるいは疑似科学的に見えてしまう部分です。

 経絡を辞書で調べてみます。

『鍼灸医学辞典』(医道の日本社)
経絡(けいらく)
 東洋医学における物理療法の基本的な治療体系で、鍼灸の診療に必要な皮膚上の特定部位である経穴を機能的に結ぶ連絡路系をいう。このことばは『素問』三部九候論20、経脈別論21、経絡論篇57にみられるが、多くは「経脈」と記載されている。『霊枢』本蔵篇47には「経脈は血気をめぐらして陰陽を営ましめ、筋骨をうるおし、関節を利するゆえんのものなり」とあるが、経絡が単なる気血の循環路としてだけではなく、その変調が疾病の原因となり、またこれを知ることは治療となるという意である。経絡には正経12経脈と奇経8脈とがある。

 『素問(そもん)』『霊枢(れいすう)』とは鍼灸の代表的な古典で『黄帝内経』(こうていないけい)の各編です。黄帝は古代中国の伝説の王で中国を統一したとされています。古典には三人の帝が伝えられ一人は易の伏義、もう一人は薬草の神農、そして鍼灸の黄帝とされています。

 経絡は前に述べたように、皮膚面を凝視しても、実際に解剖しても実体を見ることはできません。自分は経絡を見ることができるという人が稀にいますが、それはその方がそう主張するだけで、誰もが見ることは不可能です。しかし実際に臨床的にその実在を疑うことはありませんし、微妙な皮膚感覚で確実に感じ取ることは可能ですし、触れられた方も明確に実感されます。これは指圧教室に参加された方にはご理解いただけることです。

 そうした現象で普遍的なものを経絡現象といいます。

『鍼灸医学辞典』(医道の日本社)
経絡現象(けいらくげんしょう)
 経絡の存在を証明するような病態変化をいう。経絡については、近代医学でいう、血管、神経の走路とは一致しないので、その存在を否定する考えがあり、一方、ヘルペス性湿疹や皮膚電気抵抗の変化などが、経絡の走路と一致したり、鍼のひびきがときには経絡の走路と一致することなどが報告され、それらの病態現象を総称して経絡現象という。
 さて、今月の主題の「心」もしくは「心臓」に移りましょう。
 五行の順番に来ました。
 肝・胆は木の性質。
 心・小腸は火の性質です。それらを補助する心包・三焦もあります。こちらは相火といい、心・小腸は主君の意味で君火といいます。

 まずは西洋医学の心臓。それに深く関わる心。

『大辞林』
心臓
循環器系の中枢器官。血液を血管中に押し出し循環させる働きをする。魚類では一心房一心室、両生類では二心房一心室、鳥類・哺乳類では二心房二心室に分かれる。人間の心臓は胸腔内の中央より左にあり、握りこぶしよりやや大きい。

 心臓はご存知のように胸の中心やや左よりにあります。触れたり耳を当てるとどくどくと動いていることが分かります。大きさは握りこぶし大。意外と小さい感じです。

 漢字の「心」は心臓の象形文字です。ハートマークも同様です。洋の東西を問わず、心臓に「こころ」を重ねていたことが分かります。

しん【心】
(1)こころ。精神。
(2)心のそこ。本心
(3)ものの中央。

こころ【心】
1人間の体の中にあって、広く精神活動をつかさどるもとになると考えられるもの。
(1)人間の精神活動を知・情・意に分けた時、知を除いた情・意をつかさどる能力。喜怒哀楽・快不快・美醜・善悪などを判断し、その人の人格を決定するものと考えられるもの。
(2)気持ちの状態。感情。
(3)思慮分別。判断力。
(4)相手を思いやる気持ち。また、誠意。
(5)本当の気持ち。表面には出さない思い。本心
以下略

2物事の奥底にある事柄。
3心臓。胸。

 では、次に医学辞典で心臓を調べてみます。

『医学大辞典』(南山堂)
心臓
全身血液循環系の中央原動力。位置は前胸縦隔腔中、すなわち両肺に挟まれて正中線より左に偏して存在する。桃実状の筋質からなる中腔の器官で表面は心膜(包)と呼ぶ漿液膜に包まれ、内部は心室中隔、心房中、房室弁があって右心房、右心室、左心房、左心室の4腔部に分かれている。右心室と右心房との間にある弁膜は三弁に分かれており、三尖弁と呼ばれ、左心室と左心房との間にある弁膜は二弁よりなり、二尖弁、または僧坊弁という。左右各心室から動脈の出る部分に半月形の三弁からなる弁膜があり、大動脈基部にあるのを大動脈弁、肺動脈基部にあるのを肺動脈弁と称する。大きさは大体こぶし大、重さは成人で約300である。

 毎度のことながら専門辞書は難しいですね。それでは今度は子供用の図鑑を見てみましょう。

『人とからだ』(学研の図鑑)
心臓
むかしの人は、ものを考える心が胸のあたりにあるのだと考えて、心臓という名まえをつけました。もちろん、心臓には、そのようなはたらきはありません。

また、心臓の動きが止まると死んでしまうことから、いのちは、心臓にやどっていると考えた人もいました。これも、まちがいです。
からだ全体が、うまくはたらくから生きていけるので、どの部分がだめになっても、いのちはあぶないのです。
とはいうものの、たしかに心臓は、からだの中のいろいろな部分のうちでも、とくにたいせつなはたらきをしています。
しかも、一生の間、少しも休まず、きそく正しくはたらきづつけているのです。

心臓のあるところ
心臓は、にぎりこぶしより少し大きく、胸のまん中より少し左にあります。

心臓はポンプ
心臓は、2つのポンプが組み合わさってできています。右がわに、血液を肺へ送るポンプ、左がわに血液をからだじゅうに送るポンプ。この2つが、いつも同時に、リズムを合わせてはたらいているのです。
ふつう、1分間に70回。1回におよそ45ccの血液を、きそく正しく、血管へ送り出しています。

 やはり子供用図鑑は分かりやすいですね。昔から心臓にいのちやこころがあると思われたのはその動きが自覚できるからでしょう。実感としては心臓はそういう臓器です。

 しかし実際には単なるポンプです。肺と全身。二つの方向に送り出す二つのポンプからできているのです。

 では、次は漢方の辞書です。

『鍼灸医学辞典』(医道の日本社)
心(しん)
 五臓中最も重要な臓器で、血液運行の中心であり、先天の陽気が宿る。『素問』に「心は神を蔵す」、「心は生の本、神の変ずるところなり」とあり、精神作用と関係することを強調している。また五臓の中心であるため、「心が衰えるとすべての臓器にも影響する」と述べている。心の病には、動悸、恐怖、不眠、胸苦しさ、汗がよく出るなどがあり、舌が赤くなる。心を保護するために心包があって、心の機能を補助している。

 西洋医学とはがらっと違いますね。漢方の心は心臓よりもむしろ精神の座としての趣があります。実感や経験から体系付けられたからでしょう。

 分かりにくい用語を同じ辞書から引きます。

神(しん)
 人の生命活動の根源になる2つの要素(神、精)のひとつをいう。神は心臓に、精は腎に宿るとされており、先天の気であるとともに、生後、取り入れられる飲食物などによって、補充されて、生命活動の根源的なはたらきをする。
現代医学的解釈をすれば、神気とは神経系のはたらきを、精気とは内分泌系のはたらきを指すと考えられる。神気が充実していれば健康で各器官の機能が旺盛であるとされている。

 いわゆる神様とは全く異なっていることに注意してください。

 心がこころや精神なら、具体的な臓器としての心臓は漢方ではどうなっているのでしょう。それは次に説明する心包を考えたほうがいいと考えられます。
同じ辞書で調べます。

心包(しんぽう)
 心臓を包む膜、または心臓の機能を抽象的に表現したものともいわれているが、実態は不明で、三焦とともに論争されている古典臓器のひとつ。心臓を君主とし、心包を宰相(大臣)としてみたて、心包には心臓を保護するはたらきがあるとした。そのため心臓が悪ければ、心包をまず治療せよといわれている。したがって心包の病証は少なく、心臓の病証と同じように扱っている。

 病証の証も重要な概念です。

証(しょう)
 身体の病変のうち外に現れた徴候で、病の本態を証明するもの、また処方を決めるための証拠になるものをいう。漢方医学の中心をなす概念で、漢方的表現方式にしたがって整理統合された患者の症候群を指す。湯液と鍼灸では治療法が異なるので証も異なる。湯液では主証、客証、表証、舌証、腹証、湯液名を冠した証(たとえば葛根湯証、小柴胡湯証)などがある。鍼灸では経絡の虚実を証ということがある。

 さて、次は師匠の増永先生の本で心と心包を見てみます。

『スジとツボの健康法』(増永静人著)

 感情的な統制機能であるこころを意味し、外界の刺激を五感で受けて内界の適応作用に転換する働きをし、また体内気血の配分をして全身の働きを統制しています。そのような精神の状態は心臓症状として自覚されるので、昔はこころが胸にあると考えたのです。
 症状としては、疲れやショックによる神経緊張、心配ごと、胸のつかえがあり、舌がつれてどもったり、のみこむときに何かあたったり、つかえるような感じで、よく咳ばらいをするようになります。このためガンになったのではと、ガンノイローゼになる人もよくみられます。また心臓が常に気になったり、のぼせて顔がほてるとか手が汗ばむといった症状もあります。

心包
 心を補佐する循環を行い、心臓、心嚢、冠状動脈、大動脈などの中枢脈管系にあたり、栄養を配分し内臓機能を促進保護します。
 症状としては、気をつかってガックリした疲れ、頭がボーッとしている。不眠、動悸、息ぎれが気になったり、胸がチクチク痛んだり、圧迫感がある。気が安まらず、のぼせ、ほてり、血圧異常、手足の冷え、胃から十二指腸の不快感、幽門潰瘍、狭心症などがあります。

 ここで漢方の重要な概念である気と血および精について調べます。今までにもたびたび登場しましたから。

『鍼灸医学辞典』(医道の日本社)
原気(げんき)
 元気ともいい、元陰と元陽の気を包括する気をいう。先天の精が変化して生じたもので、後天的に摂取される栄養によって、絶え間なくはぐくまれる。原気は腎(命門をふくむ)から発し、臍下丹田に蔵され、三焦の通路を借りて全身にくまなくいきわたり、臓腑などの一切の組織器官の活動を推進するので、人体の生成化育の動力の源泉であるとされている。

 親からもらった生命力と考えていいでしょう。先天の気ともいいます。原気が枯渇するとすなわち死ということです。それを呼吸や飲食によっていかに減らさずに養生するか。これが漢方の養生観です。
 「元気ですか?」
という挨拶はここからきています。

血(けつ)
 血液のことをいう。飲食物は、胃、脾などのはたらきによって消化されて栄気(栄養分)となって吸収され、肺に運ばれ、肺の宗気とともに心から身体各部に送られる。身体においては経脈から筋内、皮膚にいき、人体の活動、生命維持に重要なはたらきをする。中国医学では、血と気のはたらきを分けながら、同一のものとみなしている。

精(せい)
 生命活動の基本物質をいい、これには五臓六腑の機能を養い、生育繁殖を行うはたらきがある。『霊枢』本神篇に「腎は精を蔵す」とあり、大惑論には「五臓六腑の精気みな上がって目に注ぎ、これを精となす」とある。この精とは飲食物が消化された基本物質を指しており、それは腎からのものと合し、必要なときに五臓六腑に配分されて、各器官の生理的な活動を果たすための栄養源となる。また、経脈篇に「人始めて生ずるとき、まず精を成す」と」記されているが、これは父の精を受けて母体内で胎児が生成する過程を述べたもので、いわゆる先天の気によって胎児が育成される精の作用を示したものである。

「ご精がでますね」
「精一杯がんばります」
などという挨拶はこれが出展ですね。生命の基本的な物質とされていもの、それが精です。

 さて、では心経の流注を紹介します。

手の少陰心経
脇の下から小指まで

『鍼灸医学辞典』(医道の日本社)
心経
 上肢の内側と胸をめぐる経脈で、所属する経穴はわずか9穴である。直接関与する臓腑は、心、小腸であるが、肺を貫くため、肺との関連性が強く、また間接的には、脾、肝、腎に関与する。また心は五行で君火とされており、心臓固有の障害に用いられる。経脈の性質は気血ともに多い。その流注は、脾経の分れを受けて、心臓に起こり、大動脈をめぐり、次いで腹部に下って小腸をまとう。1つの分れは大動脈から上行して、咽頭をとおって眼球の深部まで達する。またもう1つは肺にのぼって、脇の下に出て、手の内面後側をまわって、小指の末端(内側)に終わる。心経は、心臓の気質的疾患、動悸、息切れなど、心臓病に用いられる。

 脇の下から上腕三頭筋の内側を通って前腕掌側の小指側を小指の先、薬指側まで走ります。
 心筋梗塞発作の人の訴える痺れの流れと似ているとされています。

手の厥陰心包経(てのけついんしんぽうけい)
胸から中指まで

『鍼灸医学辞典』(医道の日本社)
心包経
胸部から上肢内側をめぐる経脈で、所属する経穴は9穴である。直接に関与する臓器は心、三焦であるが、心臓、循環器機能だけでなく、五行では心の君火に対し、心包は相火とされているので、全身の諸器官を調節するようなはたらきをもつ。経脈は性質は気少なく血が多い。その流注(ながれ)は、腎経の分れを受けて、胸中に起こり心包に帰属したうえ、横隔膜を下って腹中に入って三焦を次々とまとう。しかし、その分かれは胸中から側胸部に出て、腕の内側をとおり、中指の末端(外側)に終わる。この経脈は、心臓の機能を助けていることから、心臓疾患(狭心症など)や、心臓神経症などによく用いられ、火経であるため、熱誠疾患にも用いる。心臓以外の臓腑の調整作用をはかる目的で用いられることも多い。

 こちらは脇の下から上腕二頭筋の内側を通って前腕掌側中央を中指先、人差し指側まで走ります。
 掌の中央のくぼみ、労宮というツボは有名です。心臓の疲れを癒すツボです。

後記

 漢方の用語がいろいろ出てきて読みにくいことでしょう。しかし、「元気」とか「精」とか、普段何気なく使っている言葉が漢方用語であったことには驚かれたことと思います。
 難しいと投げないで食らいついてみてください。

 桜もあっというまに満開になりました。今日は(4月6日)最高の桜日和です。
 こうして部屋にこもってパソコンに向かっているのがもったいない天気。

 これから晩春、そしてすぐに初夏です。世界情勢も国内状況もぱっとしませんが、季節は巡ってきます。大いに満喫したいものです。

 来月は小腸および三焦となります。

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