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2011年7月21日 (木)

游氣風信 No.157 2003. 1. 1  プライマリーケア


 今月は身体調整の限界について書きます。

 クライアントから訴えられた症状の背景に別の病気が推測され、わたしの身体調整の限界を超えるものと判断して病院へ紹介したいくつかのケースです。果たしてそれが本当に自分の限界を超えていたものか、あるいはそうでなかったか。それは今でも明確には分かりません。しかし、その方の健康に深く関わる症状に直面した場合、決断に難渋することは率直に告白するしかありません。

 

 ここ数年来、毎週一回必ず調整にお越しになる70代のご婦人がおられます。

 彼女は当方にいらっしゃる以前にも他所の治療院で鍼や灸の治療を受けておられましたから、かれこれ治療室通いを20年近くも続けておられることになります。

 なぜそんなに長い間治療室に通い詰めていらっしゃるかといいますと、子どもの頃から原因不明の体調の悪さに苦しんでおられたからです。約20年前、大学病院に入院して検査をしたのですが、どこも悪いところは見つかりませんでした。それでは病院としても治療の方法がないらしく、最後の頼みの綱として東洋医学の門を叩かれたのです。幸い、最近はまずまず体調もよく感謝されています。

 

 ところが昨年春、ご主人が運転中側面から追突され、ムチ打ち症になられてしまいました。ずっと接骨院に通われていたのですが、ある日、ひどく腰が痛くなったため奥さんと一緒にわたしのところに来られました。 ご主人は80歳になんなんとされているにもかかわらず、事故に遇うまではテニスをされるほどお元気な方です。診察をしますと腰痛は急性のいわゆるぎっくり腰。むち打ち症とは関係なく、さほどの心配はありません。予想通り、数回を経ずしてほとんど良くなりました。

 

 しかし問題は別にありました。歩行がいちじるしく困難になられたのです。

しばらく歩くと足が痛くて動くことも容易でない、しかし、少し立って休んでいると回復する。50メートルも歩けばまた痛む、休む、治る。この繰り返しで長い距離が歩けなくなったとおっしゃるのです。

 これは「間欠性跛行(はこう)」という状態です。

 

 原因は大雑把に言って二つ考えられます。

 ひとつは腰骨の問題。腰の骨の変形か破損によって脊椎の隙間が狭くなり、神経を圧迫しているもの。

 いまひとつは腹大動脈の問題。何らかの理由で血管が狭くなり脚に流れる血液量が乏しく、運動に耐え切れずに痛みと運動障害が起こるもの。どちらも休むとすぐ回復し、歩き出すとまた痛み出すという間欠性に特徴があります。跛行とは脚を引きずって歩くことです。

 

 わたしは最初の訴えが腰痛だったのでてっきり腰椎の問題だと思い込んでしまいました。ところが腰痛が治っても脚の痛みが消えません。よもやと思い、鼠径部(そけいぶ・脚の付け根)の脈拍を診ました。果たしてやんぬるかな、右側の拍動は左に較べて大変弱くなっていました。

「これは何らかの理由で血管が細くなっている可能性があります。器質的な問題なので、一度、病院できちんと検査した方がいいでしょう」

と申し上げると、早速かかりつけの内科に行かれました。

 

 内科医は触診して大変驚き、すぐに大学病院へ紹介。

 専門医の診察では腹大動脈のどこかに閉塞が生じているので太ももの血管から管を入れて、患部をバルーンで処置をしなければならないとのことでした。それで駄目ならバイパス手術。うまくすればまたテニスができるようになるだろうという診断です。

 大学病院の医師も、内科医も早く見つかってよかったとよろこばれたそうです。しかし、最初にみえたときに気付かなかったのでわたしとしては反省ものです。

                    

 さて、わたしどものように〈医療と慰安の境目〉にあるとみなされる業種でも、偶発的にこうしたプライマリーケアに貢献することは多々あります。

 

『プライマリーケア

 患者が最初に接する医療の段階。それが身近に容易に得られ、適切に診断処置され、また、以後の療養の方向について正確な指導が与えられることを重視する概念で、そのために訓練された一般医・家庭医(プライマリー医師)がその任に当る。』

 

 医学知識が乏しい鍼灸師や指圧師でも自分の領域の限界をある程度知っておくと、こうした問題に遭遇した際、それなりに適切な判断をすることは可能です。

 わたし自身が遭遇した過去のいくつかの例を紹介しましょう。

 

○ある太った50代の女性

 相当太った方でした。腰が痛いという主訴で来られました。最初に、腹を診た瞬間、手のひらに余る大きさの塊を見つけました。大げさでなく赤ん坊の頭ほどもあります。表面がぬらぬらした感じ。多分、子宮筋腫だろうと思ってその旨を伝え、確認のために婦人科へ行くように言いました。

 医師の診断も子宮筋腫。手術を勧められましたがもうすぐ生理も終わるし、生理がなくなれば筋腫は大きくならないと聞いて、手術を迷いつつ指圧を続けられました。

 そんなある日、突然、トイレで下血。巨大な血肉の塊です。あわててそれを持って婦人科に駆けつけると子宮筋腫が剥離して排出したからもう手術必要なし。治りましたという意外な結末。大変喜ばれました。

 そんなことがあるのかと知り合いの産婦人科医に聞いたら、「筋腫の発生部位によってはそういうこともある」
とのことでした。これは目出度し目出度しの体験。

 

○両足首の炎症の60代男性

 ぎっくり腰で動けないからと3日ほど自宅へ訪問。ほとんど痛みがとれて楽に歩けるようになったので治療室に来ていただきました。歩いて5分ほどの距離です。

 ところが途中で足首を捻ったと言います。見ると赤く腫れていました。次に来たとき

「また捻った、今度は両方だ」

と言われます。これはいかにも変です。拝見すると確かに両足首が赤く腫れています。しかし捻ったばかりにしては炎症が強すぎます。

 左右対称に関節が炎症を起こしているなら真っ先に疑うのは関節リウマチです。一般には手の中指薬指辺りから始まりますが、ともかく検査を勧めました。それでその方は行きつけの整形外科へかかられました。そこの診断はやはり捻挫。

「単純な捻挫だそうです。シップだけ貰ってきた」

と言われます。

「それはおかしいぞ」

とわたし。もう一度、今度は内科で血液検査を受けるように進言しました。するとその内科から大学病院へ転送されてしまいました。

 検査の結果、虫歯の菌が心臓の弁で繁殖。それが全身にばら撒かれていることが判明。ということで心臓の手術。今はすっかりお元気です。

 

○ふくらはぎが腫れて歩けなくなった50代の男性

 鍼灸学生のころアルバイトをしていた病院の患者さんの義弟。ずいぶん古い記憶を頼りに来てくださいました。

 膝が痛いので整形外科で注射をして貰ったが後からどんどん痛くなって困った。大きな病院に行ったがやはり同じ治療。それではと鍼に行ってもよくならない。ともかく痛くてまともに歩けないという重い状態。

 患部を拝見しますと、ふくらはぎが暗紫色に変色してパンパンに腫れています。血管の閉塞が脳裏に浮かびました。

 即、循環器へ行くように助言。思ったとおり、ふくらはぎの血管が梗塞を起こしていました。点滴を2週間。その間痛みを和らげるために鍼治療にいらっしゃいました。

 

 専門医はどうしても自分の専門領域でものを診て判断する傾向があります。

前のケースもこのケースも整形外科を受診しました。どうしても関節に注目するのは仕方ないでしょう。専門分野ですから。しかし、反面、他の可能性に目を閉ざすことになったようです。

 むろん餅は餅屋。専門領域の病気に行き当たると切れ味よく治療されます。

 

○糖尿病による壊疽を免れた70代女性

 既往として糖尿病。膝からふくらはぎが痛むと訴えられます。足の甲の脈が触れません。糖尿病があるからまず病院へ行くように説得。なんともなければこちらで治療しようと進言しました。

 ところが息子さんが、ご自分の信用している中国整体へ連れていかれました。

整体の先生はすぐ治ると請合ってくれたので数日通ったそうです。

 しかし痛みは日増しにひどくなるばかり。我慢できずに病院へ。結局、踵のごく一部を手術。経過観察のための入院。予後が良かったので脚を切らずにすみました。助かりましたとお礼にみえました。

 

 以上はまずまず結果が良かった例ばかりです。

 実際には辛い結果になった例も多くあります。

 

○みぞおちに小豆粒大のしこりを見つけた70代の男性

 指摘して病院へ精密検査に行っていただきました。けれども、胃カメラでは異常なし。しこりを医師に触ってもらうようにと指示して再検査。入院しての精密検査で分かったことは、すでにすい臓がんの末期であったこと。医師は開腹手術をしましたが、手の施しようが無く、何もせずに閉じました。

 

 その後、亡くなるまでその方の指圧の治療をしました。末期には横に洗面器を置いて、みぞおちのつっかえを吐きながらという壮絶なものでした。最期はもちろん病院でした。胆道が閉塞してどうにもならなくなったからです。しかし幸い食欲が落ちず、痛みも無かったので、最初の検査から2年間、普通の生活ができました。

 

○過去に舌癌の手術をした50代の男性

 顎の下のしこりを本人が見つけられました。

 どうしたらよいか相談を受けてもはっきりした結論が出せないまま、以前に舌癌を見つけてくださった開業医へ。その開業医も心配ないだろうという結論。

 ところが実はこれも舌癌で、半年ほどで亡くなりました。この方は20年前にも舌癌を患い、舌を半分切除する手術をされていました。会話はほぼ普通にできました。しかし二度目の手術で舌を全摘出したため会話不能となり、大変辛い闘病となりました。この方に関しては、わたしは全く無力でした。

 

○足裏のほくろ その一

 若い女性の足の裏につややかな直径1センチ近いほくろを見つけたときはぞっとしました。皮膚科へ受診を勧めたら、

「当面経過観察、形が変化したらすぐ受診するように」

という例もあります。日本人の場合、足の裏の大きなほくろは怖い皮膚がん(黒色腫・メラノーマ)の可能性が高いのです。

 

○足裏のほくろ その二

 初老の男性の場合、興味深いことがありました。本人が

「こんなのができた」

と足裏のほくろを示しました。わたしは内心は慌てたものの上辺は慌てずに皮膚科への受診を勧めました。ところが、なんと最初の皮膚科では

「まず間違いなく皮膚のがんであろう、足の切断の可能性もある」

といわれ、急いで別の皮膚科へ受診したら、単なる血豆であったことが判明したこともあります。専門医でも確定は難しいのですね。

 

 いろいろな体験を述べました。

 

 わたしは病院にかかるとき、お医者さんにはあくまで自己判断で来たと言う様にと指示しています。

 それはなぜかといいますと、以前、ある女性のおなかに子宮筋腫のようなしこりを感知し、その旨を教えて医師にかかるよう勧めました。するとその医師は

「指圧師ごときになにが分かるか」

と、たいへん強く立腹されたそうです。

 

 確かに、医師からみれば鍼灸・指圧師ごときに検査を依頼されるのは不愉快に違いありません。それで精査を勧める際、わたしの進言ということは伏せるように、自分の意志で医師を訪れたのだとするように助言するのです。

 むろん、ほとんどの医師はそんな狭量なことは言われません。冒頭の男性を診た先生は

「その指圧の先生はよくこれを見つけた。たいしたもんだ」

と大変素直に、こちらが恥ずかしいほど感心しておられたそうですし、子宮筋腫が自然に剥がれ落ちた女性の場合も、医師が即精査を勧めた点を誉めていたそうです。

 しかし、中には不愉快に思われる先生もおられます。それで、患者さんが怒られたりしてはいけないので  

「自分で不審に思いました」

と言うようにと助言しておくのです。

 なにはともあれ、こうして、われわれの業界もささやかながら社会的に貢献しているのです。

 

 これからも生涯刻苦勉励して、少しでも社会的に有用な存在となるよう努力していきたいと思います。

 

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