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2011年7月21日 (木)

游氣風信 No.155 2002,11.1  ハリの話

 今回は「鍼」の話です。といっても「ハリ」という字に関わる話。鍼治療についての話ではありません。

町で見かける治療院の名称に

「○○鍼灸院」

などというのがあります。

わたしは子どものころ、この「鍼」という字が読めませんでした。それが「はり」であることを知ったのはずいぶん大きくなってからです。ハリ治療自体を知ったのも大きくなってからでした。しかし読めないのはわたしだけではなかったようで、

「○○はり院」

とか

「○○針院」

というように「鍼」を平仮名で「はり」としたり、「針」の字を用いた看板も散見できます。やはり「鍼」を読めない方が多いのでしょう。

 

 通常、治療に用いる「はり」を漢字で書くと「鍼」となります。

 あまり一般的でない漢字です。そこで前述したように便宜的に「針」と書くこともよくあります。

 しかし、本来治療に用いる「はり」は「鍼」と書くのが正しいのです・・・と業界ではこだわっています。

 「針」ですと、裁縫に用いる縫い針や魚釣りに用いる釣り針などと同様の意味になります。いずれにしても細く尖った道具ですからそれでいいようですが、鍼灸師は「鍼」にこだわります。

 

 何故でしょう。

 大雑把な推理ですが、誰でも針を身体に刺すことは嫌です。嫌どころか恐ろしい。まるで拷問です。一部の奇妙な愛好家以外はおそらく誰もが針を恐れます。

 

 事実、画鋲を踏んづけたり、裁縫のとき針が刺さるととても痛いものです。

 庭いじりをしていてバラの棘が刺さっても痛いです。

 こうした体験が針のように尖っているものを恐れる下地を作っていますから、誰もが最初は針が怖い。

 そこで、「治療の鍼は違うんですよ」と明確な差異化をする必要があって、難しい「鍼」という字を使うのです。

 以上はわたしの推理。しかし、これでは当てになりません。そこで例によって2.3の辞書に当たってみましょう。

広辞苑

はり【針】

(1)縫い、刺し、引っ掛け、液を注ぎなどするのに用いる、細長くとがった道具の総称。縫針・待針・留針・注射針・釣針・レコード針など、用途に応じてきわめて種類が多い。(釣針の場合、「鉤」とも書く)

 

(2)(「鍼」と書く)

(イ)鍼術(しんじゅつ)に用いる医療器具。形は留針に似て金・銀・鉄・石などで造る。古くは針状のもの以外にメス状・へら状のものも使われた。

(ロ)鍼術の別称。

 

(3)細く先のとがった、針に似たもの。

(イ)とげ。いら。

(ロ)蜂などの尾部にあって外敵を刺すもの。

(ハ)時計・計器などの目盛や数字を指し示すもの。

 

(4)(比喩的に)害意を持つ心。人の心を傷つけようとする心。

(5)裁縫のこと。

大辞林

はり【針】

(1)布などを縫うのに用いる道具。普通、ごく細い鋼製の短い棒で、一端をとがらせ、他端に糸を通す穴がある。縫い針・刺繍(シシュウ)針・皮針・毛糸針・待ち針・ミシン針など多数ある。

 

(2)細く鋭く先端のとがった(1)に似た形のもの。

(ア)ハチ・サソリなどの尾部にある、他の動物を刺して毒を注入する器官。

(イ)時計・磁石などの計器の目盛りをさし示すもの。また、磁石。

 

(3)裁縫。ぬいもの。おはり。

(4)言動の中にある、人の心を傷つける気持ち。害意。

はり【鍼】

 (1)〔「はり(針)と同源〕(1)医療器具の鍼。多く金・銀・鉄などの金属で作られ、人体の一定の部位にさしこんで療治に使うもの。

 

(2)(1)を用いて治療する術。鍼術(シンジュツ)。

 

漢字源

【針】

1 はり。皮や、布地などを縫うための、とがった道具。ぬいばり。

 

2はり。漢方療法の一つ。細くて鋭利な金属の棒を患部に刺し、大脳中枢に与える刺激によって病気を治療する。また、そのときに使う細くて鋭利な金属の棒。

 

3はりのように細長くて先がとがっているもの。

《解字》

形声。「金+音符十」

【鍼】

はり。漢方医術で、治療に用いるはり。転じて、縫いばり。古くは石のはりを用いて人体の治療点を刺激し、血行や神経系を調整した。のち金属のはりを用いる。

《解字》

会意。「金+咸(感。強いショック」で、皮膚に強い刺激を与えるはりのこと。針とまったく同じ。

【箴】

1はり。布をあわせて仮にとめておく竹ばり。しつけばり。また、漢方で、治療するのに用いる石ばり。

 

2いましめ。ちくりと人の心をさしていましめる。また、いましめのことば。

「箴言」

 

3文章様式の一つ。いましめを書いたもの。

《解字》

会意。「竹+咸(とじあわせる)」で、深くはいりこむ意を含む。

《単語家族》

深―沈―針と同系。

 

 以上のことから興味深いことがわかります。

 まず、元来、「鍼」と「針」にさほど明確な区別がなかったこと。ですからこだわらないかぎりどちらでもいいのでしょう。

 

 それから、もうひとつ興味深いことが分かりました。

「箴」の字から推察するに、古代、鍼は金属ではなく竹の串であったこと。そこで「箴」。竹冠であることから竹製であったと想像できます。また、石の針の時代もあったようです。

 

金属の製造技術が高まって初めて今日のような鉄の針が作られたのでしょう。

ちなみに現在最も使用されているのはステンレス鍼です。以前は銀が多用されましたが、材質の関係で高圧滅菌に弱いことや、今日の主流である使い捨てにするにはコストの点で問題があり、ほとんどステンレスにとって替わられました。

 

 面白いのは先ほどちらりと登場した箴言。

【箴】

1はり。布をあわせて仮にとめておく竹ばり。しつけばり。また、漢方で、治療するのに用いる石ばり。

 

2いましめ。ちくりと人の心をさしていましめる。また、いましめのことば。

「箴言」

これです。

 針が刺さるとちくりと痛みます。そこからちくりと胸に刺さる言葉を箴言というのです。実に何とも言いえて妙な言葉。広辞苑では

 

しんげん【箴言】

①いましめとなる短い句。格言。

②旧約聖書中の一書。格言・教訓・道徳訓を多く含む。ソロモンの箴言。

とあります。

チクリと痛いのは身心にとって役に立つのです。

鍼は体験された方はご存知のようにほとんど無痛です。しかし、たまには痛いことがあります。患者さんが「痛い」と声を上げると、内心「しまった」と思うのです。ところが驚いたことに「チクリとするとかえって効いたような気がする」と言われることがあるのです。

 

こんな話もあります。

ある看護士さんがいつも同じ注射をしているのに

「きのうの注射はよく効いて楽だったが、おとといのは効かなかった」

と言われ、同じ薬なのに何故だろうかと詳細に記録をつけたことがあったそうです。

すると、面白い事実に気がつきました。

注射のときに患者さんが「痛い!」と声を上げたときの方が効いたと言うのです。どうも痛みが説得力を持っていたようですね。

 

看護士さんにしても、われわれにしても、いかに痛くなく鍼を(注射を)するかに心を砕いているのですが、痛い方が効いたような気がすることもある。

これも興味深い話です。

 

以上、ハリの話でした。些少でも胸の中にチクリと記憶していただければ幸いです。

 

後記

 

薬石無効(やくせきこうなし)

・・・・いろいろ治療したがききめがない。人の死をいう。(漢字源)という言葉があります。

 

これは古代中国から伝わる言葉です。石鍼を用いて治療をしても、薬を用いても効果がない、もう手の尽くしようがないという意味。

 

 この場合の鍼は今の鍼よりもメスに近いものと考えられます。皮膚を切ってよどんだ血を体外に出して病気を治そうとするものです。西洋の医術でも近代までは治療の中心だった技術です。

 

 今も瀉血(細絡)といって鍼灸の中に技術は残っていますが、血を見るのでこれは手術行為に近いという理由から医師のみに許されて、一般鍼灸師は表向き、禁じられています。しかし、指先のつぼや皮膚の表面を糸ミミズのように見える部分に鍼をして、偶発的に出血する(させる)ことはあります。

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