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2011年7月21日 (木)

游氣風信 No.159 2003. 3. 1  胆のはなし

以前、ハイケというドイツ人が指圧教室に参加していました。彼女は三十代半ばの奥さんで、本国では理学療法士の資格を持っていると言っていました。長身で手足がにょきにょきと長く、母親からは蜘蛛のようだとからかわれていたとか。

そんな彼女には二つの持病がありました。ひとつは西洋人女性に比較的多い膝の痛み、そしてもうひとつは胆のうの重苦しさでした。

胆のうはみぞおちの右側、肋骨の下辺りにあります。彼女はその痛みに数年間苦しんでいるのです。本国でも医師にかかっていると言います。二人の会話は英語ですが、彼女が知っている病名はドイツ語でしたからその病気の日本名は分かりませんでした。英語なら調べる手立てもあったのですが。

ともかくその痛みのある辺りをしずかに押さえてみると果たせるかな硬くしこり、本人も圧重感を訴えます。

それでわたしは彼女の脛の骨の内側の反応の出ているツボ(蠡溝・れいこう)に鍼をしました。筋肉が骨に硬く貼り付いているような感じのするところです。脛の内側がほんの少しえぐれていて、虫がかじった溝のようだからこの名前がつきました。

ここは先月紹介した足の厥陰肝経です。するとどうでしょう、鍼を刺すとほぼ同時にみぞおちが軽くなったと言います。押さえてみると確かに硬い感じがありません。

彼女はとても喜んで、帰国するまで何度か治療を続けました。痛みがずうっと楽だったのです。それでドイツでも医師に鍼をしてもらうと決めたようです。
ドイツでは鍼灸師の制度はなく、西洋医学の医師が勉強をして鍼治療を行います。

いつも胆のうがつっかえるという別の患者さんにも同様の鍼をしましたら、やはり目を瞠るような結果がありました。これは経絡を通して内臓に影響を与えることの出来た顕著な例です。

ここで疑問が湧くでしょう。どうして胆のうの痛みなのに胆の経絡ではなく肝の経絡を用いたのか。それには訳があるのです。

時折、新聞などで「肝胆相照らす」という表現が使われますね。選手と監督が非常に協力的に関係して好成績を上げたときなどに用います。意味は「互いに心の底まで打ち明けて親しく交わる(広辞苑)」です。

つまり肝と胆は極めて近しい関係なのです。それを利用して、胆に直接施さず、隣接した肝の経絡に治療をしたのでした。

肝と胆は漢方では陰陽の関係になります。肝が陰(臓)で、胆が陽(腑)です。五行説では共に木の性質。肝胆は現代医学でも関連の深い臓器ですからこれは納得し易いところでしょう。

漢方の治療では、多くの場合、痛いところには直接治療しません。つまり鍼を刺したり強く指圧したりしないのです。むしろ患部から離れたツボや経絡を用いることが多いのです。その方がもし影に思い病気が隠れていたとしても安全という意味合いもあります。

そうした理由で冒頭のハイケさんの場合も、胆の経絡ではなく、肝の経絡を用いたのでした。

「肝は将軍の官、謀慮いず、胆は中正の官、決断いず」とも言います。中国の古典に内臓の役割を政府の役職に置き換えて説明した記述があるのです。この場合は肝という将軍が行き過ぎた行動をしないようにお目付け役がいる、それが胆だとされているのです。ちょうどテレビ時代劇「暴れん坊将軍」の新さんに苦言を呈している〈じい〉のようなものでしょうか。

前置きが長くなりました。今月はその胆を紹介します。まずは西洋医学の胆のうから。先月書きましたように、西洋医学の「胆のう」と漢方の「胆」は名前が同じでも以って非なるものです。それでも全く無関係ではないというややこしい問題を抱えています。そこを留意の上で読み進めてください。

『大辞林』

たんのう【胆嚢】

肝臓の下側にある袋状の器官。胆汁を一時蓄え濃縮する。十二指腸内に食物が入ると収縮して胆汁を排出する。

 では、胆汁とはなんでしょうか。

たんじゅう【胆汁】

脊椎動物の肝臓でつくられる褐色の液。胆嚢(タンノウ)に一時蓄えられたのち、十二指腸へ分泌される。胆汁酸を含むほか、胆汁色素・コレステロール・肝代謝物などが主な成分。胆液。

 今度は胆汁酸ということばが現れました。

たんじゅうさん【胆汁酸】

胆汁中に含まれる主な有機物成分の一。肝臓でコレステロールから生成され、脂肪を乳化して消化吸収に重要な役割を果たす。

 さらに、胆汁色素ということばを調べます。

たんじゅうしきそ【胆汁色素】

動物の胆汁中に含まれる赤黄色のビリルビン、緑色のビリベルジンなどの有色物質。ヒトではほとんど前者のみ。ヘモグロビンの分解産物。胆汁色素が何らかの原因で血液中に多量に現れると黄疸(オウダン)となる。

 黄疸は比較的なじみのあることばですが、内実はあまり知りませんね。

おうだん【黄疸】

ビリルビン(胆汁色素)が血液中や組織中に異常に増えて、皮膚や粘膜が黄色くなる症状。肝細胞の機能異常。胆道の閉塞、赤血球の過剰破壊などによって起こる。

 これらが胆のうに関わることばでしょうか。

 時代劇で若い娘がみぞおちを抑え、

「持病の癪が・・・」

などと言うのはこの胆のうの痛みであることが多いようです。

 身の周りにもこうした痛みを抱えておられる方は意外と多いのではないでしょうか。

 胆のうは名前だけでなく、よく痛んだり、石ができたりする臓器として知られてもいますが、その実体は肝臓で作られた胆汁を貯蔵するだけの役目。胆石ができたりするとあっさりと切除されたりします。さほどの重要な役割を担っているとは思えない臓器です。

具体的な役割としては、胆のうよりも、肝臓で作られた胆汁の方が働いています。先ほど大辞林で調べたように、胆汁は脂肪の消化を助けます。

 今度は専門書を見てみましょう。

『医学大辞典』(南山堂)

胆汁

胆汁は肝細胞で作られて、毛細血管に排泄され、胆管を経て総胆管から十二指腸に排泄される。肝から排泄された胆汁(肝胆汁)は淡黄色であるが、胆嚢に貯留している間に主として水分が胆嚢壁から吸収されて、約8倍に濃縮される(胆嚢胆汁)。食物が十二指腸に到達すると、十二指腸壁の刺激によりコレチストキニンが内分泌され、胆嚢が収縮し、Obbi括約筋が弛緩して、濃縮な胆嚢胆汁が十二指腸内に排泄し、栄養素の吸収を助ける。胆汁の腸内排出には自律神経も関与しており、交感神経と副交感神経の協調作用の影響を受け、胆嚢収縮、Obbi括約筋弛緩、胆嚢弛緩、Obbi括約筋収縮という2重の機構が同時に行われている。肝胆汁は1日約700~1000mlが排出される。比重は1.010、ph7.3~8.0である。コレステロール、リン脂質、ムチン、無機塩類などが含まれている。胆嚢胆汁の比重は1.040、phは5.4~6.9である。胆汁中のコレステロールは胆汁酸-レシチン複合ミセルによって溶解されているが、コレステロール/胆汁酸+レシチン比が上昇するとコレステロールが析出して、コレステロール石ができやすくなる。腸内に排出された胆汁中の胆汁酸は同様の作用によって脂肪の乳化を助け、脂肪酸素の作用を容易にし、腸管からの吸収に役立っている。また脂溶性ビタミン、ホルモン、
アルカロイドの吸収などとともに腸管に排出されたビリルビンがウロビリン体に変化して生ずるもので、胆管の完全閉塞で胆汁の流出が壮絶すると、灰白色の無胆汁便となる。胆汁の排出を促進する物質を利胆薬というが、これには胆嚢の収縮、Obbi筋の弛緩により機械的に胆汁流を増加させる排胆薬と、胆汁分泌を増加させる催胆薬がある。胆汁水分量を増すものを胆汁成分分泌促進薬(濃厚利胆薬)という。

 やはり専門書は難しいですね。要点を簡単にまとめると、胆汁は肝臓で作られ、一時的に胆のうに蓄えられる。そして十二指腸に注がれて脂肪の吸収を助ける。

 胆汁とコレステロールがある種の条件によって胆石になる。そして大便の色は胆汁の色である。こんなところでしょうか。

『新版人体解剖学入門』(創元医学新書)

胆嚢は肝臓の下面に接着し、その大きさは母指大で、胆汁を貯蔵しておく場所である。なお自分からも粘液を分泌して胆汁に加える。胆嚢を取り除いても生命に直接影響しない。胆嚢の容量は役30立方センチである。

 胆のうは親指ほどの大きさで肝臓の下にくっついていて、取り除いても命に関わらないという存在感の薄い臓器です。

 しかし胆管の痙攣や胆石の疝痛は激しいもので自覚しやすい内臓の一つです。

 このように西洋医学では日陰的存在の胆のうですが、漢方の胆は重要な役割を担っています。

『鍼灸医学辞典』(医道の日本社)

主に胆汁を貯蔵し、適時分泌して消化を助ける臓器をいう。外界とは直接通じることなく、また胃腸のように食物に直接関与しないので、中清の腑ともいわれる。胆は肝と表裏をなす。また胆は決断をつかさどるとし、精神作用もしくは中枢神経系機能との関係があるとしている。

 「胆は決断をつかさどる」とあります。漢方での胆は胆のうというよりも「胆っ玉」あるいは「肚」に近いものがあります。「豪胆」とか「肚ができてる」などと言われます。ですから「決断をつかさどる」となるのです。

 肝とか胆は内臓そのものもさることながら、決断とか意志、行動力に深く関わります。この意味から全身の筋肉や関節のトラブルの調整には欠かせない臓腑なのです。

 では次にわたしの指圧の師匠の著書を見てみましょう。

『スジとツボの健康法』(増永静人著)

 栄養の配分を司り、消化腺に関する内分泌(甲状腺・唾液腺・膵腺・胆汁・腸腺ホルモンなど)の働きなどによって、全身エネルギーのバランスの調整を行っています。

 症状としては、気をもんだり、胆をつぶしたり、決断ができず、いらいらして熟睡ができない。目の使いすぎ、ゆっくり食事をせず、疲れが偏っている。
さらには睡眠が充分ではなく、眼精疲労になったり、脂肪消化が悪い、大便が固く、または下痢をする。白眼が黄染し、皮膚が黄色っぽく、目ヤニがたまり、かすみ、眼圧が高い。手足の関節がこわばり、全身が固く、胸やけや、朝
洗面のさい吐き気がし、胃が重くて肩がはり、側胸の激痛や胆道けいれんの痛み、胃酸過多症状、たんのからんだ咳が出るなどがあります。

 師匠の増永静人は京都帝大の哲学科心理学専攻ですから、指圧研究も心理面から深く掘り下げました。

 臓腑と心理が不即不離にある漢方は師にとってまことに好都合であったに違いありません。

 精神と肉体との間を関連付ける存在として経絡という身体を流れるスジを深く研究したのもそのためでしょう。

 次はその経絡を調べます。経絡というのは古代中国から身体観の根幹を為すもので、身体の中を命の源である気血が流れるスジのことです。

 解剖しても実態は存在しませんが、体表を丁寧に触れますと誰でも実感できます。それは具体的な組織ではなくある種の意識が身体化したスジとも考えられます。たとえば深呼吸する時両手を大きく開きます。その開くとき伸展するスジが肺の経絡になります。

 肝とか胆の経絡は身体の側面をジグザグに走っています。これは決断に窮した時「どうしよう、どうしよう」とおろおろと身体を左右に振って迷うしぐさの軌跡と符合します。まさに右顧左眄というやつです。

 こうした基本的な動作と経絡の流注の興味深い関連を発見したのは増永先生です。

足の少陽胆経

目尻外端から側頭部、体側、脚の外側を通って足の第四趾まで
『鍼灸医学辞典』(医道の日本社)

身体の外側をめぐる長大な経脈で、所属する経穴は43穴である。直接関与する臓器は、胆、肝であるが、間接的には呼吸器にも関与し、また生殖器にも関与する。経脈の性質は気多く血は少ない。その流注(ながれ)は三焦経の分かれを受けて、目じりから起こって、側頭部をめぐってひとつは分かれて耳に入って前へ出、ひとつは頭から肩にくだり、鎖骨上窩に入り、ここに合して胸に入って横隔膜を貫き肝をまとい、胆に帰属し、別に肩から側胸部、季肋部をめぐってくだってきたものと股関節付近で合し、足の外側中央をくだって足の第4指の末端(外側)に終わる。胆経は、頭部で耳、眼の炎症に、また頭痛や高血圧症、めまいなどに用いられ、呼吸器疾患では喘息、慢性気管支炎など、また少陽である関係から、肝、胆の慢性疾患に常に用いられ、身体の外側をめぐるため、関節の痛みなど運動器疾患にもよく用いられる。

後記

 先々月号のプライマリケアで紹介しました間欠性跛行症の方、手術の後、とても歩きやすくなられました。立ち姿も姿勢が伸びて別人のよう。以前はダイエーの駐車場から治療室までの200メートルほどの間に何度も立ち止まっておられたのが、杖なしで休まずに歩いてこられるようになられました。

 「お前も医療の専門家ならこういう病気を鍼や指圧で治すべきではないか」
というご意見もありました。確かにそうかもしれません。しかし、他に良い方法がないならともかく、より良い方法があればそちらにまわす勇気も必要だと考えます。

 なにはともあれ達者に歩かれるご本人を拝見するにつけ、この場合は病院の治療でよかったと実感せざるを得ませんでした。

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