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2011年7月21日 (木)

游氣風信 No.154 2002,10.1  銀河鉄道

 最近、物がよく壊れます。

 人も物も、しょせんは限りある存在です。

 しかしこう立て続けに使えなくなってはいささか困りもの。

 八月にはパソコンと自動車が、九月にはファックスとターミナルアダプター(インターネットに必要な機械)が、最近はコーヒーメーカーと玄関の灯りが。その間に携帯パソコンのシグマリオンが二回も。

 

 

 世の中に絶対は無い、すべては有限の存在。無常であるとは言い尽くされ、生活の中でも折々感じることではあります。しかしこう重なると財布の問題もさることながら、いろいろ考えてしまいます。といっても乏しく耐久性のない脳みそでは深く長い思索には至らず、結局は気分転換に逃避します。

 

 

 気分転換。そんな時は、空を見上げるのが好きです。

 今池の治療室から見えるのは幾何学的に切り刻まれたビルの空だけですが、訪問リハビリで自動車を駆って移動する田園地帯の空は広々として、心身を緩めてくれます。

 

 

 特に隙間時間、木曽川の堤防に車を置いて散策するのは短いながらも豊穣な贅沢です。

 初冬の夕暮れ、木々の下が闇になる頃、なんと梟の飛翔に出くわしたことがありました。丸い顔をくるくるさせながら、予想以上に大きな翼で舞っている姿はまさに猛禽類。しぐさの愛らしさとは異質の迫力でした。

 

 

 最後の患家を辞す時、既に夜も深まり、空にはたくさんの星々。

 いくつかの名前を知っている星座も瞬いています。

 木曽川の河畔に行けば信じられないくらいのたくさんの星を見ることができますが、よほど詳しい人でないと、全天一杯、小さな星まで見えるとかえって星座は見つけにくいものです。

 

 

 仕事の後、一日の疲れを程よく感じながら、秋の夜空を見上げます。

まず、目を引くのがオリオン座。長方形の中に三つの星。冬の星座の雄です。

 オリオンの三ツ星を東に延長するとシリウス(天狼・・・秋の宵にはまだ昇ってきません)、東に延長するとプレアデス星団(すばる)に至ります。すばるはおうし座の肩辺りの属します。

 

 

 振り返ると西の山に向かって大きく羽ばたいている十文字の星座。これは白鳥座です。こちらは夏を代表する星座。秋の宵には西に傾いて頭を下に向けています。弓に矢をつがえた形にも見えます。ですから十文字というよりむしろ十字架のようです。長軸が頭から尾に相当し、短軸が翼です。見事な十字は誰にも見つけられるでしょう。オリオン座も白鳥座も幾何学的に整った星座です。

 

 

 宮沢賢治に「銀河鉄道の夜」という知られた作品があります。賢治作品の集大成といえる大作です。

 ジョバンニ少年が友人カムパネルラと共に銀河空間を走る汽車に乗って旅をしつつ、生きるとは、死ぬとは、幸いとはなどの問題に直面する幻想的で謎を孕んだ代表作。未完成のままに作者が亡くなったので、謎が謎を呼び、なおさら作品の魅力を深めているようです。

 

 

 ところが「銀河鉄道の夜」、有名なわりには、意外と読まれていません。その理由のひとつは先ほど書いたように作者が完成しないで亡くなったので、決定稿が無く、ストーリーが分かりにくかったからだと思われます。しかし、今では入念な原稿の調査の結果、決定稿が定められました。(実はこれが謎を消し去ってしまい、却って面白くなくなったのですが・・・)

 

 

 さて、では、この銀河鉄道、夜空のどこを走っているかご存知でしょうか。簡単なストーリーとともに説明します。

 

 

 牛乳を受け取りに出かけたジョバンニは友人たちからいじめに合い、逃げるように丘の上に駆け上がります。そこで火照った体を冷やすように草の上に横たわっていると、汽車の音が聞こえます。そしてどこからか「銀河ステーション、銀河ステーション」という声。ぱっとあたりが明るくなって、いつの間にかジョバンニは汽車に乗っていたのでした。

 すぐ前の席に、真っ黒な上着を着たずぶぬれの少年が座っています。唯一ジョバンニをいじめないカムパネルラです。こうして二人の少年の銀河の旅が始まります。停車場には「白鳥」と書いてありました。

 そう、白鳥座が物語の出発点なのです。

 

 賢治はここを次のように美しく表現します。

 

 

 俄かに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石や草の露やあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床の上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く
後光の射した一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架がたって、それはもう凍った北極の雲で鋳たといったらいいか、すきっとした金いろの閃光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。

 

 

 この白い十字架が白鳥座でしょう。

 

 

 銀河鉄道はそこから南へ走ります。白鳥座を南十字星と対比させて北十字と称します。

 ヨーロッパではクリスマスの頃、西の空に、ほとんど垂直に見えるそうです。まさに西の山に屹立する十字架。

 

 

 銀河鉄道が南十字星までに通過する星座は

 

 

 白鳥座(北十字)

 琴座

 鷲座

 射手座(いて)

 蠍座(さそり)

 ケンタウルス座

 南十字座

 

 

です。

 

 

 星座について広辞苑を引いてみます。

 

 

白鳥座

 星の配列が白鳥の飛ぶさまに似ている。天の川中にあり、九月下旬の夕方、天頂で南中(その星が一番高くなること)。首星(星座で一番明るい星)デネブ。

 

 

琴座

 白鳥座の西にある。晩夏の夕刻天頂にくる。首星はベガすなわち織姫星。

 

 

鷲座

 晩夏の夕暮れに南中、天の川の東岸にあって琴座と相対する。首星はアルタイル、すなわち牽牛星。

 

 

射手座

 蠍座と山羊座の間にある。輝星に乏しいが、星雲・星団・変光星に富む。銀

河系の中心はこの星座の方向にある。晩夏の夕暮に南中。

 

 

蠍座

 てんびん座の東、射手座の西にある。首星はアンタレス。盛夏の夕刻に地平近く南中。

 

 

ケンタウルス座

 初夏の夕方、南の地平線にある。首星は恒星の中で太陽に最も近く、四・三光年の距離にある。

 

 

南十字座

 ケンタウルス座の南にある星座。天の川の中心にあって輝星に富み、首星以下の四星が美しい十字をなし、白鳥座の北十字に対し、南十字と呼ばれ、詩文に名高い。南十字星。

 

 

 ご存知のように、南十字星は日本では見ることができません。地平線の下にありますから。

 

 

 銀河鉄道は結局は夢の中の物語でした。

 しかし、同行したカムパネルラは川で友人を助けようとして亡くなっていたのです。つまりジョバンニはその時は知らなかった友人カムパネルラの霊と一緒に星間旅行をしたことになります。その道中でさまざまな経験をしたのち次の会話を交わします。

 

 

「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」

「うん。僕だってそうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。

「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」ジョバンニが云いました。

「僕わからない。」カムパネルラがぼんやり云いました。

「僕たちしっかりやろうねえ。」ジョバンニが胸いっぱい新しい力が湧くようにふっと息をしながら云いました。 

・・・中略・・・

ジョバンニが云いました。

「僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう。」

「ああきっと行くよ。(後略)」

 

 

 このあとカムパネルラは卒然と消えてしまいます。

 

 

 賢治の作品にはさまざまな問題提起があるのですが、結局はその解答はありません。賢治は常に問題提起者なのです。

 むしろもっともらしい解答を残さなかったゆえに、永く読み継がれているのかもしれません。

 

「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」

 

 これこそが賢治が抱き続けた問題に相違ありません。

 その答えは・・・読者に委ねられているのでしょう。

 

 

 星を見ながらわたしもこの解答の見出せない設問を問い続けるしかないのです。

 

 

参考

宮沢賢治 星の図譜 平凡社

銀河鉄道の夜 ちくま文庫

 

 

後記

 

 

 すっかり秋らしくなってきました。

 治療室の前の銀杏の木には銀杏が鈴なり。長い竿で落としている人がいます。

 子どもの頃、茶碗蒸に入っていた銀杏が不味くて、食べられなくて困りました。しかし、三十歳位になると妙に美味しいと感じるようになりました。サトイモやオクラもそうです。

 年齢と共に味覚は変化する。それなら子どもの好き嫌いにあまり目くじらを立てる必要はないようなきがしますね。

(游)

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