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2011年6月26日 (日)

《游氣風信》インタビュー『鍼灸指圧師』

No,112 1999,4,1

転職情報誌「デューダ」(学生援護会刊)の「しごとウォッチング」という欄に1ページ写真付で掲載されました。

 ここはさまざまな仕事を紹介していくコーナーのようで、わたしの前後の号には空手指導員や乗馬指導員などめずらしい職業が掲載されていました。するとわたしの仕事もめずらしいものの範疇に入るのでしょうか。

 

 どうして取材を受けることになったか。ことの顛末を紹介します。

 二月のとある寒い夕暮れ。この地方にはめずらしく激しい雪の降りしきる日でした。その日は午後から車で在宅ケアの患者さん宅を訪問していました。訪問は家庭で困難な生活を強いられている方たちに些少なりとも役に立つことができればとこの仕事を初めて20年間途切れることなく続けています。もちろんわたしの生活のためでもあります。

 

 たまたま少しの開き時間ができたのでスーパーの駐車場に車を止めてフロントガラスにどんどん積もる雪を見ながら暖かい缶コーヒーを飲んでいました。

 そのとき突然、どこからか鳴り響く携帯電話の音(電話の呼び出し音はいつも突然ですが)。

 電話の向こうは聞き馴れぬ若い女性の声。その方が取材にみえた編集者でした。

 

 名古屋のオフィスに電話がかかると、留守の場合、自動的に携帯電話に転送されるようにしてあります。かのNTTのサービス、ボイスワープです。それでどこにいても電話を受けることができます。これがわたしが携帯電話を持った理由でした。

 そのとき電話を受けたのは江南市です。しかし先方は言わなければそうとは気づきません。

 

 「こちらは〇〇出版のFと申します。雑誌の記事のために鍼灸師の仕事について取材したいのですがご協力願えませんでしょうか。記事は『AN(旧名アルバイトニュース)』でお馴染みの学生援護会発行転職情報誌『デューダ』に載せます。カメラマン同行で写真も撮影します。つきましては先生のご都合に合わせてそちらのオフィスに出向いてもよろしいでしょうか」というような電話でした。

 とても落ち着いた知性あふれる語り口。感心しました。

 

 しかし、話の相手が若い女性であることだの知性的な語り口だのに惑わされる訳にはまいりません。なぜなら、わたしの所のような零細治療室にも時々、取材申し込みの電話はかかってくるのです。とこらがそれらは掲載料と称して後から膨大な金額を要求してくることは知っています。

 

 この依頼もきっとその類いかと思い、
「なぜわたしのような無名の零細治療室に取材に来るのですか。それにいったいどこでわたしの存在を知ったのですか。掲載料を取る広告のための取材なら
お断りです」

と率直にその旨をたずねましたら、彼女の返事は
「掲載料をいただくのではなく、まったくの仕事紹介のための純粋な取材です。先生のことはインターネットのホームページで知りました」

とのことなので、インタビューに応じることにしたのでした。

 

 ちょうど指圧教室の時間にFさんという予想通りの知性的な女性編集者がカメラマンを伴ってオフィスを訪れました。

 彼女があらかじめ用意していたであろう色々なインタビューを受け、指圧教室を見学して、結局都合1時間半ほど滞在されました。その間カメラマン氏は生徒達を写したり、ツボの人形をいろいろ置き場を考えながら移動したりしていました。

 最後に口づけできるほど極限まで近づいてわたしの顔写真を撮影したのですが、カメラマン氏はわたしの顔がアップに耐えられないと判断されたのか、部屋の隅に立っている実物大の骸骨模型と一緒に撮りたいと要求され、結局骸骨とのツーショットという怪しい写真が大きく掲載されることになりました。

 

 雑誌に掲載された写真を見ると実物の自分より老けているので内心「チェッ。あのカメラマン、たかだかあれだけの取材に仰々しく何台もカメラを持参してこの写真。たいした腕ではないな。フン」と思っていたのですが、見た人は「やあ先生、実物より若く写っていますね。さすがはプロのカメラマンだ。それに骸骨と一緒なのが最高!」と誉めそやします。

 

 ・・・というわけで写真をお見せすることは意に添いませんが、本文は著者である編集者Fさんに許可を得たので掲載させていただきます。

 

 本文はわたしがインタビューでとりとめもなく話したことを、実に簡素にツボを押さえてまとめてあり、さすがにプロの仕事と感嘆。カメラマンとはえらい違いです。

 

 文章は一字一句原文通りですが、ネット上で読みやすくするために段落を短めに切ってあります。

 

しごとウォッチング(Work Watching)

  『鍼灸指圧師』 游氣の塾 三島治療室 三島広志さん

 デューダDODA(学生援護会刊) 1999年3月10日発行

TVドラマなどの題材になったり、有資格者を目指し専門学校に通う人が増えていたり。古臭い治療法と敬遠されがちだった鍼灸や指圧が今、再び注目されている。鍼灸指圧師の仕事と魅力とは・・・・?

 

 鍼灸や指圧は、身体の滞りを促すために経穴(ツボ)を鍼で刺激したり、灸を据えたり、揉みほぐしたりする手技。

 鍼灸や指圧を用いて“治療院”の看板を揚げるには、それぞれ国家資格(はり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師)を取得する必要がある。

 リラクゼーション目的のクイックマッサージとは一線を画す、東洋医学に基づいた治療法の一つである。

 

 「身体の悪い部分を治療するだけでなく、疲れを取る、身体の調子を整えるなど、心身を健やかにする場合に鍼灸や指圧は有効です。

 今の世の中あらゆる面で整備されていますが、極度の整備は窮屈さを生む。

窮屈だと身体も緊張して、筋肉に凝りが生じる。すると身体に歪みが出て、いずれ病気になる。

 

 たいていの病気は西洋医学で駆逐できますが、鍼灸指圧師は西洋医学で癒されない部分を癒す・・・言うなれば、ホリスティックに“ひずみをほぐす”仕事。現代こそ東洋医学の出番でしょうね」

 

 診察は、予約電話での声の調子を診ることから始まっている。治療室では患者の顔色、姿勢、歩き方などもチェックした上で、触診。腹、背中を中心に全身の筋肉の硬い柔らかい、力のあるなしなどを診る。脉も含め、全身の様子を掴んだ後、施術法を決定する。

 

 「触診の際は、患者さんの痛い!という言葉だけで判断してはダメなんです。

客観的に診ることが大事。あくまでも主導権はこちらで、かつフラットな立場での治療を心がけています。

 開業するにしても病院や鍼灸院で働くにしても、この道は決して甘くはないのが現状。社会的成功ではなく、自分を高めつつ周囲と関わりたいという人には向いていると言えます。

 ただ、これだけ人にお礼をいわれつつお金を貰える仕事も、そうないでしょうね」

 
以下は写真に添えられた文


◎わたしと骸骨のアップ写真には

  三島さんは、大学経済学部卒業後専門学校へ通い、はり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師の国家資格を取得。すぐに独立開業した。現在名古屋市千種区に治療院を構え、火・木・土・日はここで施術。他の日には個人宅や病院へ出張という忙しい毎日を送る。東洋医学の良さを広く再認識してもらうべくホームページも開設中。

http://homepage3.nifty.com/yukijuku/

◎外国人生徒が練習している写真とわたしが指導している二枚の写真に添えて

  鍼灸や指圧に興味をもつ外国人たちが口コミでここにやってきて、後を絶たない。三島さんはそんな彼らを対象に、惜しみなく施術法を伝授している。 

◎腰に鍼を打つところの写真に添えて

 施術前に手と患部は必ず消毒、使用する鍼などの道具は一回ごとに使い捨てと、衛生面も徹底。鍼=痛そうと未経験者は思ってしまうものだが、実際の鍼は髪の毛ほど細く、ベテランはり師に打ってもらうと痛みは感じないのだ。

 上記のように実に簡潔に言葉を殺(そ)いでまとめてあります。ともすれば饒舌になりがちなわたしも見習わなければならないところです。

  いろいろとお骨折りいただいた上に、ここへの転載を快諾して下さったF編集者に感謝。Fさんはその後本当に骨折をされたそうです。お見舞い申し上げます。一日も早いご快癒を。

 

《後記》

 四月は年度の始まり。桜吹雪の下をゆく新入生は日本の春の風物詩。街の中にも真新しいスーツを身にまとった初々しい男女が通勤していきます。

  けれども新しい一歩は過去への決別の証しでもあります。それまでいた保育園や学校と別れてこそ、新人となれるのです。

 大人には区切りがありませんから、折に触れて自分で決着をつけるしかありませんね。毎年の正月や人生数回の厄年、不惑や還暦、古希などの節目はそのためのものでもあります。

 あるいは病を得たときや、大病が快癒したときなども転機となることでしょう。

 
 この春はわたしにとっても別れの季節でした。親しくした人達が大勢それぞれの新生活へと去っていったのです。

  静岡の大学へ就職した女性心理学者の卵。たった一年のお付き合いでしたがなつかしい人です。実は秘密なのですがあるホームページにわたしと彼女のツーショット写真が掲載されています。なぜそんな美しい人と一緒に写っているのか、二人の間に何かあったのかと物議をかもしましたが、残念ながら何にもありません。

 
 夫の転勤に不承不承くっついて大阪へ引っ越したカウンセラー。ものごしのおだやかな育ちのよさを感じさせる気品あるご婦人ですが、気が付くと意外なことにわたしより20歳近くも若かったのです。驚きましたが今でも半信半疑。 

 移動は国内だけではありません。

 スエーデンの大学へ心理学研究のために赴任する夫に付随するわたしと同世代のベテランカウンセラー。子連れの引っ越しです。彼女は日本とE-mailがやり取りできるように新しいパソコンを仕入れていきました。北欧といえばオーロラ。一年という短い滞在ですが見られたらいいですね。

 
 名古屋の大学を終えた二枚目ベルギー人A君は彼女のいるイギリスへ。秋には彼女と一緒に日本に戻ってくるとか。本場ベルギーのチョコレートをお土産に置いていきましたが、なぜか箱の中からは日本語の説明書が・・・。

  米国の大学院で国際関係学の勉強をすることになった根っからのアメリカ娘Bさんは可愛いお転婆。大学を出てからスイス(ヨーロッパ)一年、ジンバブエ(アフリカ)二年、日本(アジア)四年の滞在経験が国際理解に役立つことでしょう。帰る間際には外国人にはとても気味の悪い生魚や寿司も食べられるようになりました。


 仲間と素晴らしいコミューンを作るんだと勇んでオーストラリアへ行ったオーストラリア生まれのカナダ女性Bさん。ある日本人女性が「きれいな人ですね」と嘆息したほど黙っていれば美しい人です。しかし内実はちょっと変わった大学の先生。とても優しい人で長い間病気に苦しむ犬を放置する近所の飼い主を見かねて直談判、我がことのように気にしていました。そして日本人の犬の飼い方に憤慨もしていました。

  恋人の両親の住む国カナダへ胸を弾ませて飛び立つ米国女性Jさんはフリスビーが大好きな清楚で控えめ美人。この夏に恋人と結婚してカナダの美しい町に住みます。

 
 大学院へもどる米国男性のE君は二年半ごとに日米を行ったり来りしている東洋文化大好き人間。わたしのエッセイ「いのちと環境」などをネタに東洋文化論を仕上げて大学院に合格しました。題して「生命の共感」。合気道が得意な気配り青年です。

  こうして多くの知人が希望と不安を胸に桜の便りとともに各地へ散っていきました。

 日本を離れた外国人にとっては日本がよき思い出でありますように。

 わたしと出会ったことが彼らの人生にとってささやかながらも付加価値となりますように。

 Have a nice life.(良い人生を)


 

 

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