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2011年6月26日 (日)

游氣風信   No,121 2000,1,1お正月の挨拶

明けましておめでとうございます

旧年中はいろいろとお世話になりました。

本年もよろしくお願い申し上げます。

                二〇〇〇年元旦

游氣の塾 三島治療室 

三島広志

 

 1990年の1月から発行開始した《游氣風信》も昨年末で丸十年、120号を出すことができました。わたしの歳もその間に35歳から45歳になり、年が明けて46歳の新春を迎えました。

 

 この通信は当初、自分自身の勉強と同時に仕事を通じて縁のできた方が「読んでためになる」健康情報誌〈遊気健康便り〉を目指してスタートしました。

しかし、途中でむしろ現代社会に於ける健康情報過多の弊による健康不安症候群に思いを致し、そういう高邁なる啓蒙行為はかの高名なる“みのもんた”氏に任せ、「楽しくてためになる」読み物《游氣風信》と改名、取り上げる内容もわたしの興味のおもむくままに幅広く、とりとめのないものにしました。

 

 とにもかくにも、数号で頓挫するという当初の予想を裏切って十年。その間一回だけワープロの故障から二カ月合併号となっていますが、あとは月刊を貫いて120号まで到達できました。

 

 これもひとえに読者として支えてくださる方々の存在のお陰です。拙く、独善的で誤謬も散見する《游氣風信》に対して、手紙やEメール、あるいは口頭でいろいろと感想を述べていただいた方も、ただ一言「読みましたよ」と静かにほほ笑んでくださった方も共に有り難い、得難い読み手として心より感謝いたします。また、無理やり郵便受けやパソコンの“メールボックス”に送り付けられてご迷惑をおかけしている方にはお詫びいたします。

 

 ほそぼそと治療室便り《游氣風信》を書いている十年の間に情報世界の爆発的変化が勃発しました。それはここ数年で起こったインターネットという情報インフラ(情報伝達を下支えするモノやコト)の急成長です。人類は今、産業革命以来の大変革の中にいると考える人もいます。

 

 パソコン通信が始まったばかりの十年前から、一応わたしのワープロは電話線につながっていましたが、それは一つのパソコン通信会社に登録した人達だけの極めてローカルなものでした。別の会社に登録した人とはメールのやり取りができなかったのです。

 

 ところがインターネットの広がりはパソコン通信会社の枠を一気に粉砕し、世界中のコンピューターを電話線(あるいは携帯電話)で結んでしまったのです。アメリカに住むエリザベスやインドに滞在するヘレン、スウェーデンに短期赴任の谷口さんから「HAPPY NEW YAER!」という年賀状が、また、中国の見知らぬ医師から「日本の治療院で働きたい」という手紙がわたしの携帯電話の画面に届くようになったのです。これはちょっと前では考えられないことでした。

 

 インターネットの発展は一個人でもホームページをもち、情報を不特定多数の人とやり取りできる時代を到来させました。市民は歴史上初めて、市民による市民のための情報網を手にしたのです(犯罪を喜ぶ人も市民ですから、よからぬことにも利用できます)。

 

 わたしが身を置く業態はともすれば旧態依然のままで世を処することができます。気を抜けば生来の怠け者であるわたしなど、せっかく20世紀後半の日本に生まれたという奇跡的幸運をただ無為にその日暮らしに過ごすという愚を犯しかねません。

 

 わたしはどの時代でもなく、どの地域でもなく、この自由がかなり保証され、ちょっとした自己努力によりさまざまな情報を得ることができ、経済と余暇、機械や道具などの手段に恵まれている1900年代後半の日本という実に類い希な時代空間に、人並みの健康体と頭脳をもって生まれた幸運を精一杯謳歌するということは人間としての義務だと思うのです。

 

 ともかくも自分でできそうなことを精一杯やってみることは、毎日食べている米や魚や牛やニンジンなどわたしの命のために自らのいのちを犠牲にしてくれている生き物や、有形無形にわたしを支えている人々(歴史や社会を越えて)や素材を提供してくれる自然に対して義理を果たすことだと思うのです。

 

 「人は生まれながらに負債を負っている。生きるとはそれを返していくことだ」

とは、戦争で両足を失ったある僧侶のことばです。これには大いに共感する所があります。

 

 負債を返すといっても、眉間にしわを寄せて悲壮感を漂わせたり、額に汗し、奥歯を噛み締めて「人生即ち苦汁である」などといった重々しさでやるのではなく、人から見てアホみたいにお気楽に、さも涼しげにひょうひょうとやっていく、これがある意味でわたしの美学なのです。

 

 などといろいろ理を屈して述べましたが、つまるところは時代に遅れては現代人として恥ずかしい、偉そうに言えば、過去の人々の知の集積の上に生かされている身としてはある程度の努力をしないと歴史を築いてきた先人に対して申し訳ないと考え、知人や友人、娘の協力で取り敢えずインターネットにホームページを立ち上げたのです。

 ホームページ「三島広志のページ」には《游氣風信》の創刊号から最新号までが自由に読めるようにしてあります。

 その他、専門誌などに投稿、寄稿、講演した身体調整論や宮沢賢治論、俳句論も掲載してあります。もしご興味がお在りでしたら一度ホームページ 

 三島広志のページ http://homepage3.nifty.com/yukijuku/
 

をご訪問ください。文字ばっかりのそっけない資料保管庫のようなもので面白みに欠けるので恐縮ですが。

 

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 今年は西暦2000年。海外ではミレニアムと叫んでいます。

 外国の友人からの年賀状も例年なら

 

 A HAPPY NEW YEAR!

 

「新年おめでとう!」という常套挨拶なのですが、今年は

 

 A HAPPY NEW YEAR,CENTURY,MILLENNIUM!

 

「新年、新世紀、千年紀おめでとう!」というものが多くありました。かの国の人達は希望をもって未来に向かおうという気持ちが強いのでしょう。

 「過去のことはともかく水に流して、無事に年が明けておめでとう」という日本の正月気分とはいささか異なるようです。

 

 日本滞在15年を数える米国人M夫人は、日本の正月をこよなく愛すると言います。閑静で、清々しく、時間や空気が前日とはすっかり変わってしまう元旦の様子(即ち清新あるいは淑気)にはアメリカでは決して味わえない良さがあるのだそうです。

 しかし逆に若い人の間では大みそかの深夜、花火など打ち上げて新年に向けてカウントダウンするという米国式が浸透しつつあります。

 西洋ではクリスマスを家庭や教会で静かに過ごし、新年は馬鹿騒ぎすると聞きました。日本人はクリスマスも新年も馬鹿騒ぎでは正真正銘のおバカさんになってしまいますから、ここはM夫人の感動に耳を傾けたいものです。

 

 それで毎年恒例のようになってしまいましたが、新年を彩る言葉を幾つか俳句とともにたどって新年のご挨拶に代えようと思います。参考文献は角川文庫旧版の歳時記です。

 

初春

 陰暦の正月は立春から始まりましたから、正月はすなわち春です。それで正月は初春。これは新暦になってどうにもそぐわない言葉になってしまいました。

わたしの好きな新年の挨拶は「春風献上」なのですが、意味がうまく伝わらないことがあります。

  初春の風にひらくよ象の耳 原和子

 

去年今年(こぞことし)

 大みそか、十二時を過ぎるとたちまち元日。この時の過ぎる様をいうことばです。

  去年今年貫く棒の如きもの 高浜虚子

 

元日

 一年の一番初めの日。

  元日の手を洗ひをる夕ごころ 芥川龍之介

 

元旦

 大旦(おおあした)とも。元日の朝のこと。旦の字は横線の上に日と書きます。これは地平線から日が昇ることを表しているのです。

  ひたすらに風が吹くなり大旦 中川宗淵

 

二日

 二日は仕事初めの吉日。初湯、初荷、書初めなどをします。

  二日はや青三日月に塵もなし 原コウ子

 

三日

 三が日の最後の日。

  三日はや雲おほき日となりにけり 久保田万太郎

 

四日

 仕事始め。

  餅網も焦げて四日となりにけり 石塚友二

 

五日

 宮中では叙位が行われました。

  五日まだ賀状整理に更くる妻 水島濤子

 

六日

 まだ正月気分が残っています。

  六日はや睦月は古りぬ雨と風 渡辺水巴

 

七日

 七草粥の日。正月の締めの行事をしました。

  息白く七日の家長家を出づ 石田波郷

 

人日

 七日のこと。「東方朔占書」に「一日を鶏、二日を狗、三日を豕、四日を羊、五日を牛、六日を馬、七日を人、八日を穀となす」とあるそうです。

  賀状机辺に散つて人日たよりなし 石原八束

 

松の内

 門松を立てておく期間。関東では元日から六日まで、関西では元日から十四日までが一般的。

  訪ね来る髪美しき松の内 中村朔風

 

女正月

 正月十五日のこと。松の内、女性は接客で忙しいので、一段落したこの頃より年始の挨拶に回る。

  芝居見に妻出してやる女正月 志摩芳次郎

 

初御空(はつみそら)

 元旦の空。

  初御空わが手に風のとどまれり 石原君代

 

初茜(はつあかね)

 初日の出る前、東の空が明るく茜色になる様。

  初茜してふるさとのやすけさよ 木下夕爾

 

御降(おさがり)

 元日もしくは三が日に降る雨や雪。

  お降りといへる言葉も美しく 高野素十

 

淑気(しゅくき)

 正月の改まった天地の気分。

  芭蕉枯るゝ音新たなる淑気かな 鈴木頑石

 

屠蘇(とそ)

 山椒・肉桂・防風・桔梗・白朮などを調合した薬。元旦に飲めば一年の邪気を避けるという中国渡来の習慣。

 「屠蘇」の「屠」は屠殺の「屠」で「屠(ほふ)る」、「屠蘇」の「蘇」は蘇生の「蘇」で「蘇(よみがえ)る」。以前からどうしてめでたいお屠蘇に死を意味する「屠」の字があるのか気になっていましたが、どうもこれは「邪を屠り、新たに蘇る」という意味がある、すなわち屠蘇とは「死と再生の儀式」ではないかと勝手に解釈しています。

  火の国に住みて地酒を屠蘇がはり 大島民朗

 

初電話

 説明は不要です。これからは初Eメールなどということばも使われるようになるでしょうか。

  初電話果して彼の声なりし 高浜年尾

 

初刷(はつずり)

 一般には元旦の新聞を指します。

  初刷のうすき一片事繁し 永野孫柳

 

初鏡

 新年初めての化粧。

  総身を映して立てり初鏡 星野立子

 

梳初(すきぞめ)

 初櫛とも。新年初めて髪を梳(くしけず)ること。

  梳初に抜毛もあらずめでたけれ 真下喜太郎

 

 まだまだ目出度い季語はいくらでもありますが、ここらで紙面も尽きたようです。

 

《後記》

 

 以前この欄で指圧教室に出入りしてたルーマニア人女医のミハエラさんが世界保健機構(WHO)に就職したとお知らせしました。ところが今度は同じく指圧教室に来ていたアメリカ人のマーガレット嬢もWHOに就職して突然神戸に引っ越しました。一人ならともかく、わたしの知り合いが二人もWHOに入るなんて・・・WHOの将来が心配になってきました。

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