« 游氣風信 No109「新年の詩歌」 | トップページ | 游氣風信 賢治の短詩(その2) »

2011年6月26日 (日)

賢治の短詩(その1)

1999,2,1 110号

三島広志


 宮沢賢治生誕百年の喧噪も、すでに三年という月日が経って遠い記憶となりつつあります。

 賢治は明治二十九年生まれですから今年は生誕百三年になるでしょうか。名古屋の名物双子きんさん・ぎんさんより年下です。

 

 ブームを当て込んだ賢治に関する出版や催事も祭りの後の落ち着きを取り戻してきました。むしろ祭りの反動でそれ以前よりも少ないかもしれません。し

かし今の状態がほどよいものだと思います。あまりの騒がしさは賢治の好むところではないでしょうし、賢治の作品や考えがブームを呼ぶほど広く受け入れられるとも思いません。

 

 なによりブームにはその勢いで本質を覆い隠し、何事もなかったようにあっさり過ぎ去ってしまうという怖さがあります。

 

 賢治への安易な同調は率直に言って危険な側面も露呈します。

 賢治の考えの中には大乗仏教が大きく根を張っています。これは一歩間違うと簡単に全体主義に取り込まれるものです。揚げ句の果ては国粋主義。そうした危険性は現実に戦前戦中、すでに賢治作品が通過してきています。このことに関しては前に《游氣風信》で軽く触れました。

 

 今月と来月はむつかしいことは抜きにして、賢治の比較的短い詩について書こうと思います。

 

 賢治の詩はどちらかと言うと長く、饒舌であるとの批判があります。生前に刊行された唯一の詩集「春と修羅」に収録され賢治の代表作と目されている「小岩井農場」や「オホーツク挽歌」の一連は数百行に及び、日本の近代詩では異例の長さです。しかし、反面緊張感に乏しく、言葉ひとつひとつが詩語として生かしきれていないのも事実です。

 

 「小岩井農場」は小岩井チーズで有名です。日本初の近代的農場として岩手山麓に興され、賢治はたびたび訪れました。

 「オホーツク挽歌」のシリーズのなかには高校の教科書に取り上げられている「永訣の朝」があり、亡き妹への熱い思慕で貫かれています。

 

 賢治の詩はなぜ、異例とも言える程長いのでしょうか。それには訳があります。賢治は当時まだ珍しかったレコードが好きで、農学校の先生をしていた時など給料(なんと大正時代の八十円)のほとんどをレコードに費やしたこともあると伝えられています。

 

 彼はとりわけベートーベンのシンフォニーが好きで、レコードに触発されていろいろな色彩が見えたり、身体の内在律にしたがって踊りまわったり、曲に応じて映像が浮かんだり、一種の神秘体験のように作曲家の声が聞こえたりしたようです。

 

 そうした音楽に対するするどい感受性のためか、ついに賢治は詩で交響曲を作ろうと意図したのです。賢治の代表作「小岩井農場」はベートーベンの交響曲六番「田園」を意識しているとされています。賢治が田園で帽子を被りコートの襟を立ててうつむきがちに立っている写真をご存じでしょうか。あれはベートーベンを気取っているように見えてなりません。

 

 賢治は自分自身では作品を詩や童話と呼ばず「心象スケッチ」と称していました。その方法は現実に触発されて作者の心象中に湧き上がるイメージを言葉でどんどんスケッチしていくものです。決して現実をスケッチするのではありません。賢治の歩調と同じ速度で心の像が展開していくのです。

 

 この方法を用いれば心のうねりを忠実に言葉に置き換えることが可能で、読者に作者と同じ体験を同じリズムで再現させてくれます。けれども、これではどうしても冗長であることを避けれらませんし、現実が自己中心に矮小化される欠陥も有します。

 

 こうした方法論から自ずと長編が多くなりがちながらも、賢治は、一方で短い佳品をたくさん残してします。むしろ短詩の方が詩という観点からは評価できるものが少なくないのです。今月と来月はいくつか紹介しますから味読してみてください。

 

  雲の信号

   (「春と修羅」所収)

 

あゝいゝな せいせいするな

風が吹くし

農具はぴかぴか光つてゐるし

山はぼんやり

岩頸だつて岩鐘だつて

みんな時間のないころのゆめをみてゐるのだ

  そのとき雲の信号は

  もう青白い春の

  禁慾のそら高く掲げられてゐた

山はぼんやり

きつと四本杉には

今夜は雁もおりてくる

 

 

 わたしの大好きな作品です。爽快で心が清々しくなります。田園で風に吹かれながら遠くの山を望んでいる至福の時間。山々の見る「時間のないころ」の夢。時間の概念がない暮らしはなんと落ち着いていることでしょう。

 

 岩頸(火山の噴出の名残、地下から火口へ向かう途中で固まった火成岩が、後に山が侵食されて露出したもの)は岩に関する鉱石学の専門用語。賢治は盛岡高等農林学校でこうした学問を修めました。岩鐘は賢治の造語。鐘状火山であろうとされています。(宮澤賢治語彙辞典より)

 

 「春と修羅」は一九二四年(大正十三年)賢治が二十八歳のとき刊行した生前唯一の詩集。自費出版で佐藤惣之助や辻潤などのごく少数の詩人や評論家に絶賛されましたが全く売れず、神田の古本屋に積まれていたという逸話が残っています。

 

 賢治は一旦は決定稿として出版したにもかかわらずのちのち未練がましく手持ちの本だけでなく知人に上げた本にまでいろいろ手を入れています。

 こうした賢治の偏執的とも思える作品に対する執着性は、作品を絶えず書き換えて生成的に発展・統合して複雑で特異な作品群を形成していくことに役立ちました。

 曰く「永遠の未完成、これ完成なり」。

 

 二十数年前、筑摩書房からこうした賢治の特性を解明すべく全ての原稿の移り変わりを公開した画期的な校本全集が刊行されました。貧乏学生だったわたしはアルバイトに精を出し、食事を削って全十四巻計十五冊を購入したのです。

今回の作品はその汗と涙の校本全集から引いてあります。

 

  岩手山

   (「春と修羅」所収)

 

そらの散乱反射のなかに

古ぼけて黒くえぐるもの

ひかりの微塵系列の底に

きたなくしろく澱むもの

 

 

 教科書にも出ているこの作品は賢治の詩の特徴をよく表しています。それは上へ下へ、あるいはこちらから向こうから(向こうへではない)という視点のダイナミズムです。先程の「雲の信号」は地質学的な時間のダイナミズムでしたがこの作品は空間のダイナミズムと言ってもいいでしょう。

 

 この詩の構成は前の二行は下から見上げた構図、後の二行は空から俯瞰したものから成り立っています。そして前二行の山は黒々と空をえぐるようにそびえ立つ夏の山。後の方の高い空から見下ろせば山は大地にへばり付いている真っ白な雪の山。

 この辺りには岩手山より高いものはありませんし、飛行機などもありませんでしたから、賢治は自らの気持ちを空高くほうり上げて山を見下ろしているのです。

 

 この詩のもう一つの特徴は空を「散乱反射(科学用語)」とか「微塵(宗教用語)」と専門用語を用いて表現していることです。これはおよそ文学的美文からは掛け離れています。

 さらに空を美しく表現していながら、自然の象徴たる岩手山を「古ぼけて黒くえぐる」、「きたなくしろく澱む」と一種の違和感をもって見ています。この自然に対して少し距離をおいてみる意識も賢治の特徴で、彼は決して自然礼讚の詩人ではないのです。

 

  高原

  (「春と修羅」所収)

 

海だべがど おら おもたれば

やつぱり光る山だたぢやい

ホウ

髪毛 風吹けば

鹿踊りだぢやい

 

 

 方言を生かした作品として日本文学史上でも価値のある作品だと思います。

身近に東北出身とりわけ岩手県花巻市周辺の人がいたらぜひ朗読してもらってください。

 風が草原を波立てて過ぎるのを見て、一瞬、海かと思ったけど、やっぱり光る山だった。ホウ、髪の毛が風で吹き乱れるとまるで鹿踊りのようだ。

 こんな意味です。短さゆえに読者には果てしない光景が想像されます。深々と呼吸できる詩。

 

 

  春

  (「春と修羅」第三集所収)

   日付 一九二六、五、二、

 

陽が照って鳥が啼き

あちこちの楢の林も、

けむるとき

ぎちぎちと鳴る 汚い掌を、

おれはこれからもつことになる

 

 

 大正十五年五月、賢治三十歳の作品です。この年の三月で大正十年十二月から勤めた花巻農学校の教諭を辞し、農耕自炊の暮らしに入りました。

 村有数の素封家に生まれ、月給八十円という高給取りの身で、貧しい農村の子供たちに農業を継ぐように説得する後ろめたさと、学校での人間関係の難しさから退職して農耕に入ったとされています。

 

 この作品はその折りの決意の表明でしょうが、農耕自炊の生活に立ち向かうというには「汚い掌をもつことになる」と高揚感に欠けます。

 詩としてみると「ぎちぎち」というオノマトペ(擬音・擬態語)に賢治らしい特徴がでていますが、中学時代から書いていた短歌の形式に近い趣を感じます。

 

・・・以下次号・・・

 

 

|

« 游氣風信 No109「新年の詩歌」 | トップページ | 游氣風信 賢治の短詩(その2) »

游氣風信」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 賢治の短詩(その1):

« 游氣風信 No109「新年の詩歌」 | トップページ | 游氣風信 賢治の短詩(その2) »