日本人のしつけは衰退したか No,118 1999,10,1
日本人のしつけは衰退したか
No,118 1999,10,1
最近の若者はなっていない。
これはひとえに家庭教育やしつけのなさによるものである・・・という意見がよく聞かれます。
それと平行して昔の家庭教育は良かった。だから若者も迷わず立派に育ったという意見。
わたしはそれにはさまざまな面から否を唱えたいのですが、素人の悲しさ。はっきり反論する根拠を持ちませんでした。
しつけ衰退が根拠のない推論だと思いつつ、その反論も感性的推論に過ぎないというジレンマに陥っていたのです。
ところが最近、しっかりとした資料を元にわたしの疑問に答えてくれる本と出会いました。それは
日本人のしつけは衰退したか
「教育する家族」のゆくえ(講談社現代新書)
著者は広田照幸(東京大学大学院教育学研究科助教授。専攻は、教育社会学、
教育史、社会史)さんです。
表紙には
礼儀正しく、子どもらしく、勉強好き。パーフェクト・チャイルド願望は何をもたらしたか。しつけの変遷から子育てを問い直す。
と書かれ、表紙裏の本からの抜き書きは
「パーフェクト・チャイルド」
しかしながら、大正・昭和の新中間層の教育関心を、単に童心主義・厳格主義・学歴主義の三者の相互の対立・矛盾という相でのみとらえるのは、まだ不十分である。第一に、多くの場合、彼らはそれら全てを達成しようとしていた。
子供たちを礼儀正しく道徳的にふるまう子供にしようとしながら、同時に、読書や遊びの領域で子供独自の世界を満喫させる。さらに、予習・復習にも注意を払って望ましい進学先に子供たちを送り込もうと努力する。
すなわち、童心主義・厳格主義・学歴主義の三つの目標をすべてわが子に実現しようとして、努力と注意を惜しまず払っていた。それは「望ましい子供」像をあれもこれもとりこんだ、いわが「完璧な子供=パーフェクト・チャイル
ド」(perfect child)を作ろうとするものであった。
少し難しい引用でしたが、今月はこの本を頼りにちょっとだけしつけについて考えてみましょう。
◎若者の実態
このところ若者の傍若無人ぶり、無軌道な犯罪の深刻さが新聞を始めマスコミを通じて社会の耳目を集めています。
今ではすっかり町に馴染んでしまいましたが、髪を茶色や金色に染めたり、はなはだしきは赤や青に染めたりした若者が闊歩しています。チャパツなどと総称されます。
駅のホームや地下街の階段には醤油で煮しめたような薄汚いズボンをはいた若者が座りこんでアイスクリームやハンバーガーなど食べています。地べたに座っているのでジベタリアンと命名されています。
人の迷惑顧みず、雑踏だろうと満員電車の中だろうと辺りかまわず携帯電話で大声をはり上げている人もよく見かけます。これは年齢を問いません。
その他、
高校性による援助交際(早い話が売春。買うのは大人)。
携帯電話やインターネットによる新しい形の犯罪(高齢者には分かりにくい世界)。
自分の人生や自分を支えてくれている人達に思いをはせることなく実に軽々と刹那的にドラッグやシンナーに手を染め人生を破壊する若者。
これといった罪の意識も無く、生活に追われる訳でもなく遊びの金欲しさや、アバンチュールから他人の物を引ったくったり、店の商品を万引きする少年たち。
周囲からはそんな些細なことと思われる理由から突然キレてナイフを振り回す子供。
生徒と教師の間に心の交流が築けない学級崩壊。
陰湿に水面下に沈んだ生徒間のいじめ。
連日、こうした記事が紙面を飾り、テレビ画面を賑わせて、まさに世は犯罪列島のおもむき。
新聞記事にならないまでも親や老人を大切にしない、挨拶ができないなどの目に余る生活上の常識の欠如。
◎昔の子は良かったか
戦前、戦中、戦後の混乱期を生き抜いてきた多くの高齢者は、こんなことではこの先日本はどうなることだろうかと心配しておられます。我々が若いころはこんなことはなかったとも。
厳しいしつけによって若い時代をお国のためにと一途に生きてこられた高齢者から見ると、今の若者はとても同じ日本人とは思えないに違いありません。
いかにも今日の若者は頼りなく、情けなく感じられることでしょう。さらには何を考えているのか全く読めない不安も感じておられることでしょう。
こうした情けない現象の原因の槍玉に上がるのが家庭における「しつけ」の欠如と学校での「修身教育」の廃止です。「教育勅語」を習わないからだとも言います。
(「修身」や「教育勅語」に関しては治療室便りにそぐわないので横に置いておきます)
ごく一般的な家庭のしつけに関してはどうでしょう。
今の子は基本的なしつけがきちんとできていないと言われます。
いや、その子たちの親でさえ既にきちんとしたしつけを受けていないともいいます。
昔の家庭はきちんとしつけをしていたのだ、だから昔の社会はきちんとしていた。今のようなだらしない若者などいなかったとはよく聞くことです。
本当に昔の家庭教育はしっかりしていて、今の家庭教育は駄目なのでしょうか。だから無礼な若者や平気で犯罪を犯す少年が増えているのでしょうか。
◎少年犯罪は減っている
前掲書には1955年から今日までの「殺人による検挙少年の推移」がグラフで表されています。元になっているのは「犯罪白書」です。
そこに書かれている数字をわたしは数名の人に見せたところ一様に大きく驚かれました。皆さん、「実に意外だ」とか「信じられない」と言われました。
少年による殺人が最も多かったのは1960年で検挙された少年が約450名。
65年から75年にかけて急激に減少し、75年から今日まで約80名から100名以下を推移しています。
子供の数が少なくなっているとは言え、その差はすごいものです。1960年は社会党委員長が講演中壇上で山口という右翼少年に刺殺された年です。その後子供にナイフを持たせない運動が起こり、わたしもこの頃小学校に入学したのですが、鉛筆削りのための刃物通称肥後守を学校へ持ち込むことが禁止されました。
数字で見る限り少年による凶悪な犯罪が数の上では減っているのに、感覚としては昔よりずっと増えていると感じるところに問題があります。
過去を美化したがる人の習性に加えて、特異な事件をやたらと偏狭的に拡大して報道する多くのマスコミにその原因の一半はあると思います。
◎昔のしつけは良かったへの疑義
わたしは「昔はしつけがしっかりしていた。だから犯罪も少なかった」という見解には、以前からいささかの疑義を持っていました。
確かに昔の社会は安定していました。しかしそれは一人一人がしっかりとしつけられていたと言うより、地域という枠組みがきっちりと機能していたことが大きな理由だと思っていたからです。
人々はその枠組みからはみ出さないように整然と生きざるを得なかった。これが大きな理由だと思うのです。
◎安定という平和
極端に言えば、日本史上最も平和で安定していた時代は江戸時代です。
今の高齢者が生き抜いてきた明治・大正・昭和前半という時代は、ほとんど戦争史にほかなりません。日本史分類上「続・戦国時代」と呼んでもいいほどの時代でした。
平和な安定した時代なら江戸時代という意見に異論はないことと思います。
しかしその平和は身分制度という自由を排除した固定的な社会であればこその安定でした。士農工商と身分の位を分別し、職業を世襲とし、居住区域を身分で住み分けることで社会の安定を図ったのです。即ち、平和と安定のために自由を犠牲にしたからこそ落ち着いた社会ができたといえるでしょう。
海外からの干渉を避けるため鎖国までしました。
その成果として今日見直されている江戸文化が派生しました。
この260年に及ぶ江戸時代の枠組みは明治になってもすぐには消えず、陰に陽につい最近まで伝承されてきました。いや、今だに薄くはなったものの続いているといってもいいかもしれません。
薄まった分だけ自由気ままな人達が増えたのです。
わたしの住んでいる町の周辺には昔ながらのムラが散在しています。むしろわたしなどはその人達からすると困った侵入者、異端者だったのです。
そうしたムラですと、何代もその土地に住んでいますから、その家の家族構成は全て明け透けでした。財産はいかほどで、何歳の子供がいて、嫁はどこから来た人で、おじいさんは今入院しているなどといったことも近所の人達はよく知っています。
子供達はそうした周囲の目の中で活動しています。必然的に「悪さ」はやりにくくなります。また地域によって「悪さ」の定義も違ってきます。
わたしが子供のころ、ちょっとおなかが減ったとき畑のイチジクを失敬したり、夏蜜柑を枝からもいで食べたりしました。柿を盗んだり西瓜泥棒をしたりと通りいっぺんのいたずらをしてきました。しかし、地域の子供はお互い様だ
からとそれに対して大人はさほど目くじらを立てることもありませんでした。
これは枠組みが優しく機能している例です。
町の子はどうでしょう。ちょっと失敬する場所はお店しかありません。これでは経済活動を妨げるので犯罪になってしまいます。同じ他人のものを失敬するという行為も意味がとても異なってきます。
◎安定という不自由
地域という枠組みがしっかりしているということは、常に他人の目を気にせざるを得ないという犯罪の抑止力になったはずです。これは社会の安定に極めて有効に作用します。しかし反面、人目を気にせざるをえない暮らしは実に窮屈なことでもあります。昔の若者はそれを嫌って何とか家から出ようとしたはずです。
わたしの父も長男ながらそれが嫌で広島から愛知に逃げてきたようなものです。
蟾蜍長子家去る由もなし 中村草田男
という知られた俳句があります。最初の難しい二文字は「ひきがえる」。ヒキガエルは家の床下などに住み着いています。この作品は長男として生まれた以上家を出る理由がないという嘆きを家に住み着くヒキガエルに託して詠んだものです。枠から脱出したい。これは若さです。
ともかく安定とは視点を変えると不自由といううことでもあったのです。
◎家庭はいろいろ
「昔の家庭のしつけは良かったが今はだめだ」という今昔の比較はあまり意味がないのではないかと思います。家庭を囲む地域が先ほど述べたように違いますし、時代が変わって地域自体がすっかり変化し、家庭自体一まとめにくくれるほど単純なものではありません。
家庭は農家・商家・サラリーマンなどさまざまな職業的な分類が可能でその差はわたしが子供の頃、つまり今から30年から40年前は実にはっきりしていました。
わたしが小学校の三年生位のことです。あるとき知らない上級生たちが近寄って来て尋ねました。
「おまえ、団地に住んでいるだろう」
「うん」
「ほれ見ろ。俺の言うとおりだろう」
連れに向かって得意げに話しています。
「な、きれいな服を着ている奴は団地の子だ」
(この場合団地の子はサラリーマンの子、地元の子は農村の子です)
当時はこのように外観から家庭環境が容易に分かったのです。しかしそれも数年を経ずして分からなくなりました。それは日本経済の高度成長によって本来自給自足を旨とした農村が構造を一変させたからです。
どの農家もお父さんが会社に勤めに出るようになり現金収入が各段に増えたため、親戚で古着の持ち回りをしなくても良くなったのです。それで団地の子だけでなく農家の子もきれいな服を着るようになりました。
この頃の農業を「三ちゃん農業」と呼びました。「じいちゃん・ばあちゃん・かあちゃん」の三ちゃんが農作業をして、とうちゃんは会社員になったことを言います。当時の小中学校は名古屋郊外でもまだ農繁期のための「田植え休み」がありました。
この高度成長期を境目に日本の家庭および家庭を囲む環境が大きく変わるとは前掲書に詳しく述べてあります。
◎しつけは家庭だけではできない
家庭でのしつけもその成果を云々するのは実社会に出てからです。家庭という枠組みを出て、地域という枠組みからも脱皮した後、今度は社会という枠組みがしつけの最終的な成長を促すはずです。ところがこれがどうもまずいのです。
わたしは田舎町の中学校から名古屋市内の高校に通いました。朝も帰りもひどいラッシュにもまれての通学です。高校に入りたての時、苦い経験があります。
学校でも家庭でも電車に乗るときはきちんとプラットホームに並び、降りる人が終わってから乗ることと教わりました。まじめなわたしはもちろんそれを実行しました。
朝、満員電車がプラットホームに入ってきました。名古屋駅で降りる人ばかりですから途中の駅では誰も降りません。ホームに溢れるようにいた会社員や学生は一斉にドアに駆け寄り我先に乗り込みます。まじめなわたしはプラットホームに置いてきぼりになり呆然としていました。
次の電車が来ました。ドアが開きました。誰も降りません。どっと人が駆け寄るとわたしを弾き飛ばし、電車は去っていきました。
三台目。これを逃すと遅刻です。遅刻と割り込み乗車。どちらの非道徳的行為を選ぶか。素早く計算したわたしは、遅刻を回避するために割り込みを選択。
人波を泳いで今度は見事に満員電車に乗り込むことに成功。入学早々の遅刻を免れたのです。
この体験を通じていかに愚かなわたしでも次の学習をしました。
正直者はばかを見る
ここにおいて過去に学校や家庭で受けたしつけはもろくも瓦解してしまったのでした。
◎しつけは一生
「昔はよかった」は何につけ言われることです。人は過去を自分に都合よく美化します。だからこそつらい人生も生きていけるのでしょう。
しかし、何もかも過去の幻想で片付ける訳にはいきません。
時にはきちんとしたものの見方をすることも必要です。
過去の幻想にとらわれず、偏向したマスコミに振り回されず、足元をしっかりして生きたいものです。
これこそが自分自身による自分自身に対する生涯を通じてのしつけかもしれません。
《後記》
今月号は
「今時の親のしつけはなっていない」
と言われ続けて、何かと肩身を狭くせざるを得ない今の親の立場からのささやかな反論でした。
広田照幸著「日本人のしつけは衰退したか」(講談社現代新書)のごく一部しか紹介できていません。これでは一部のことを偏向して拡大していることになりますから、ぜひ、実際に本を手にとって読んでみてください。640円です。
(游)
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