游氣風信 No98「鍼が効く?」
三島治療室便り'98,2,1
≪游々雑感≫
鍼が効く?
昨年秋、アメリカから鍼灸界に朗報が飛び込みました。朝日新聞や毎日新聞などでは既に報じられたのであるいは読まれたかもしれません。
鍼灸専門誌で戦前からの歴史を持つ「医道の日本」誌の恒例の「新年のことば」は予想されていたとは言え、この件で埋め尽くされた感がありました。
「新年のことば」には日本だけでなく世界から数百名の鍼灸師や医師などが年頭所感を述べています。実はわたしも一昨年まで原稿を求められていて十年ほど欠かさず書いていました。「游氣風信」で過去に書いた文の特集を組んだこともありました。
けれども、昨年からはお呼びがかからなくなってしまい、ちょっと寂しい思いをしています。
今年の「新年のことば」をざっと俯瞰しますと、米国舶来の鍼灸情報が日本における黒船になってくれるといいなという願望を述べて方が少なからずおられます。また、その情報内容に関しての特集もタイムリーに取り上げられていて編集者の目利きの様がうかがわれました。
さて、一体どんな情報がアメリカからやってきたのか。どうして黒船足り得るのかという疑問がおありでしょうから紹介します。
引用させて戴くのは、全日本鍼灸マッサージ師会の会報「斯界通信」です。
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鍼灸手技療法「斯界通信」第45号(1998年1月1日号)より
発行所 社団法人 全日本鍼灸マッサージ師会
1997年11月5日発、インターネットによると、米国国立衛生研究所(NIH)、代替医学研究室アニタ・グリーン氏、応用医学研究室ビル・ホール氏は、鍼に関する統一見解を発表した。この内容は6日付毎日新聞が一早く全国版で報道。大きな話題となったが、ここでは新聞社の了解を得て「点字毎日」(11月23日付掲載分)の全文を
紹介することにした。(引用者注:「点字毎日」は盲人のための点字の新聞。ご存じのように鍼灸・マッサージ業界は盲人によって支えられてきた歴史があります)
米国の国立衛生研究所(NIH)の専門家委員会は11月5日、ハリ治療が手術後の痛みや抗ガン剤投与に伴う吐き気などの治療に有効であり、医療保険でカバーすべきだとする報告書をまとめた。西洋医学を基本とする米国の医学界が初めて東洋のハリ治療を認知した。
委員会が有効性を確認したのは、手術や歯科治療後の痛みの除去と、がんの化学療法や妊娠に伴う吐き気の治療。こうした対象に限定して、ハリ治療の医療費を保険で支払うべきだと勧告した。
また、麻薬中毒や頭痛、生理痛、筋肉痛、テニスひじ、腰痛、ぜんそくの治療や脳卒中リハビリなどに役立つ可能性が示唆された。
ハリがなぜ効くのかについて報告書は、ツボにハリを刺すことで、鎮痛作用を持つ生体内化学物質の放出が増えるためと推定した。
この報告について、筑波技術短大の西條一止教授は、
「科学技術の発達が先進国に自然破壊をもたらした反省が欧米で強く出ている。科学技術は人類そのものにも影響を与え、自然にやさしく、自然とともにという考えの東洋医学は、医療において期待が大きい。WHOを中心に世界的で行われている臨床研究を踏まえたNIHの報告は、世界の人々の、自然にやさしい医療への期待に対するある種の指針を示している」
と、話している。
米国では1972年のニクソン訪中の際、新聞記者が現地で鍼灸治療を受け、その効果を大々的に報じたことがきっかけとなって、ハリ治療が脚光を浴びた。その後、急速に普及が進み、現在、約1000万人がハリ治療を受けているとみられている。一方、資格制度は各州ごとに異なるが、全米50州の七割以上で免許制度があり、約10000人が認可されているといわれる。
今年7月、都内で開かれた東洋はり医学会の研修会のために来日した、同会全米総支部長の、スティーブ・バーチ氏は、NIHの研究メンバーの一人で、今回報告された研究が進んでいることを会場で報告し、高齢者を対象とする公的医療保険制度「メディカルケア」でもハリ治療をカバーできるかどうかも検討していると話していた。
以上の他に、インターネットの原文によると、世界保健機構(WHO)によれば、米国では約10000人以上の鍼専門家がおり、米国食品医薬品局(FDA)の報告によると、アメリカ人は年間5億ドル(650億円)を鍼治療に費やしており、患者は約900~1200万人にのぼる。
現在全米の鍼治療に対して34州で免許制、その他は認可制を行っており、鍼治療を公的に認めるための評価基準の策定をしている。また、保険会社、老人医療保険制度、医療扶助制度を含む合衆国と各州の保険事業および他の第三者支払い機関に適切な鍼治療を受けられるようにすべきであると奨励したい。そうすれば、患者が鍼治療を受ける際の経済的障害が取り払われることだろうと、ラムゼイ博士は述べた。
このパネルディスカッションは鍼研究専門家による3日間のNIH鍼治療会議において、既存の医学文献と一連の研究発表の成果として、統一見解として発表したものである。
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同様の記事は朝日新聞にも掲載されました。
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はりが吐き気や鎮痛に有効
朝日新聞1997年11月30日 日曜版
米国立保健研究所(NIH)は、東洋医学のはりが、歯の痛みやがんの化学療法後の治療に効果がある、と専門委員会が結論付けたと発表した。
12人の専門家で構成される委員会によると、はりによる直接の治療効果が明確に認められたのは、抗がん剤投与の副作用による苦しい吐き気やつわり、歯の治療による痛みの治療。また西洋医学と組み合わせるのことにより、脳卒中のリハビリ治療や頭痛、生理痛、腰痛などのほかぜんそくなどの多くの症状にも効果を発揮する可能性が
あるとしたが、これらの調査は十分ではなく今後の研究が必要だとした。
米食品医薬品局(FDA)によると、米国ではすでに900万~1200万人がはり治療を受けるなど人気が高まっている。委員会のデービッド・ラムゼー委員長は「これまでの西洋医学に東洋医学の手法を組み合わせてより良い治療方法を生み出す第一歩になる」と強調。米厚生省も「いくつかの治療分野で効果をもたらす可能性がある」と、はり治療では初の声明をだした。(共同)
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こうしてアメリカ合衆国政府から鍼が確かに有効であるとのお墨付きを得たのです。
うがった見方をする人は、では新聞記事に上げられなかった病気には効かないのだなと思うかも知れませんが、それよりは、有効性を認められる方が業界としてはうれしいのです。
鍼灸が有効であるとは体験的に理解されてきました。
近年にはなぜ鍼灸に効果があるかを科学的に研究する学者もいて、相当な数の論文も提出されています。けれども今回のような声明が出る以前から、また学者が研究する以前から、鍼灸が有効であるとは自明のこと了解して歴史をつないできているのはご存じだと思います。
日本では厚生省が定めた専門学校で三年間の履修を行い、国家試験を受け、合格すると鍼灸師になります。あんま・マッサージ・指圧(三つでひとつの資格)も同じです。あと、大阪に鍼灸短大、京都に鍼灸大学があり、やはり卒業後国家試験を受けて鍼灸師の資格を取ります。
もうひとつは文部省による各都道府県にある盲学校を卒業しても国家試験受験資格を得られます。これは太閤秀吉の頃から、鍼や按摩は盲人にとって目の見える人間と対等に競える数少ない仕事として保護・励行されてきた歴史によります。
余談ですが、日本の鍼が本家中国のそれとは比較にならないくらい細く柔らかくなったのは江戸時代に杉山和一という検校(盲人の最高位。なぜか時代劇では悪役が多い。
琴・・これも盲人に名人が多かった・・の八橋検校は有名)が管鍼術という筒を使って鍼をさす技法を考案したからです。
厚生省や文部省認定の学校があるのですから、日本政府は鍼灸を医療の一端として国の資格として認めているのです。ところが医療保険制度からは埒外にして、鍼のことはほとんど知らない医師の同意がなければ健康保健は使わせないという矛盾を抱えています。医師にしてもそんな訳の分からないものの同意書など書きたくないに決まっていますから鍼の保険は普及しません。
保険対象の病気も疼痛をともなう五つの疾患(神経痛・リウマチ・肩腕症候群・五十肩・腰痛症)に限定されています。しかもその病気で医師にかかっている限りは保険を使用できませんから、要するに鍼灸に健康保健は使うなということでしょう。
そこに今回の黒船。
あの鍼の輸入国アメリカでさえ手術後の補助治療や老人医療などに鍼の治療費を保険でカバーすべきだと言っているのです。日本の鍼灸界が沸き立たない訳がありません。
ところがここにひとつの問題があります。鍼灸師の教育の問題です。アメリカでの鍼灸学校は管見によれば大学卒業を条件としているらしいのです。つまり、アメリカの鍼灸学校は日本で言う大学院のレベルなのです。ひるがえって日本を見ますと、高校卒業が鍼灸学校の受験資格です。わたしが入った二十年前は中学校卒業でも入れました。これでは人の命にかかわる仕事としてはやはり心もとないでしょう。
入学試験の面接のとき、試験官から
「なんで大学を出た人が受験にくるのかね」
と聞かれたほどでしたから、まだ、大卒はめずらしかったようです。しかし今日、鍼灸学校へ来る人は半分以上が大卒ではないでしょうか。これはいいことです。
さて、アメリカの話に戻りますが、近い将来、鍼をドクターにしようという動きもあるそうです。医師のことをMD(メディカルドクター)といますから鍼医のことはDA(ドクター オブ アキュパンクチュア)になるのでしょうか。アメリカではカイロプラクターをDC(ドクター オブ カイロプラクティック)と呼びます。
最近こんな経験をしました。名古屋のヒルトンホテルから突然電話があり外国人女性の鍼治療の依頼があったのです。
「ベルギーの女性が鍼治療を希望しているのですが、先生のところでお願いできるでしょうか」
「年齢は?それと症状は?」
「40代半ばの女性です。数日前、ハイパーベンチレーション(過喚起症候)になり、それが収まっても、以後緊張がとれないので鍼でリラックスしたいとおっしゃってます」
「それは精神的側面の強い病気ですね。言葉のコミュニケーションがないとむつかしいから、本国に帰られてから受診されたらどうでしょう。症状も収まっているし、焦ることはないでしょう。ヨーロッパでは医師が鍼をされるそうですよ。精神科で鍼をする先生を探すのがいいのでは」
「三島先生は英語が話せるとお聞きしています。それにどうしても治療を受けたいとおっしゃってますし」
「うーん。僕の英語はひどいものですよ。どうにかコミュニケーションがとれる程度です。でもどうしてもというなら診ます」
ということで、彼女はやってきました。四十代半ばで非常に神経が高ぶっている感じ。
面接しているとき彼女がわたしをドクターと呼ぶので
「わたしはドクターではありません。日本ではドクターはほとんど鍼には興味を持っていませんよ」
と言ったところ
「ドクターでないならあなたは一体何の資格で鍼をするのですか。政府はそんなことを認めるのですか」
「日本では3年間勉強して国家試験に合格すれば資格が取れますよ」
「たった3年?!ベルギーでは医師が鍼をします。いろいろな検査や診断をしないでどうして鍼を体にさすなどという危険なことができるでしょう。6年も8年も勉強してやっとできることではないですか。それに感染も怖い。わたしはあなたがドクターでないなら何を根拠に信用したらいいのでしょう」
「わたしの使う鍼は使い捨てでいつも新品です。お見せしましょう」
「これなら安心ですね。お話していて、あなたも正直な信用できる方だと思います。
でもあなたがドクターでないことはどうしても不安です」
「おっしゃる通りです。よくわかります。では治療は止めましょう」
結局、心理的にかなり不安定な彼女はオフィスで数十分ほど鍼やコンピューターのことなどとりとめのないことを話し込んでいました。
そこへ予約してあったカナダ人女性がやってきたので、ベルギー人女性は早速いろいろとわたしに対する情報を仕入れ、その結果、どうもこの日本人は見かけより信用できるかもしれないと思ったのか、来週治療して欲しいと言って帰っていったのでした。
その時のカナダ人のわたしに対する評価は聞いていても恥ずかしいほど持ち上げたものでした。アメリカ英語ではお世辞たらたらのごますりを「brown nose(茶色い鼻)」と言います。カナダ人の鼻はさぞかし茶色だったことでしょう。
冗談はさておき、ベルギーで鍼というものがどのように受け止められているのか、また、ヨーロッパ人が自己の責任で自分を守るということの厳しさをしっかり見せられる貴重な経験でした。
何事も明確な根拠を必要とする西洋主義。それが鍼というなんだか実態のよく分からないものを認めるためには、治療者が西洋医学を収めた医師であるという根拠が必要なのでしょうか。
それに対して、日本人はあまりにも無防備に訳の分からない治療(治療だけでなく)を受ける傾向はありますね。
後記
二月九日。尾張国府宮神社の天下の奇祭「裸祭り」が行われます。その日は旧暦正月十三日。地元稲沢市の小・中学校は休み、企業によっては休業するところもあります。
今はどこでも売っているタコ焼きはわたしが小学校の頃、裸祭りの屋台でだけ食べることができました。とても懐かしい味です。一袋十円で真ん丸いタコ焼きが3個入っていました。毎年、裸祭りが近づくと思い出します。
(游)
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