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2011年6月22日 (水)

游氣風信 No92「虫のいろいろ」

三島治療室便り'97,8,1

≪游々雑感≫

虫のいろいろ

 先々月の「雨のいろいろ」が好評でした。梅雨にちなんでいろいろな雨の呼称を紹介したものです。そこで今月は二匹目のドジョウを狙って「虫のいろいろ」を思いつきました。夏はなんといっても虫たちの季節です。

 芥川賞作家尾崎一雄(1899~1983)に「虫のいろいろ」という題名の短編小説があります。
 中学の時に読んだ記憶がありますが、内容はほとんど覚えていません。虫好き少年だったのでタイトルに引かれて読んだのでしょう。この作家に対する知識は全然ありませんでした。読後感は残念ながらつまらないものでした。
 「虫のいろいろ」は当時大人気の北杜夫のベストセラー「どくとるマンボウ昆虫記」のように、昆虫そのものに対する愛情や興味、昆虫との関わり方、あるいは博学的知識を満たすものではありませんでした。文章も抱腹絶倒のマンボウ物と違って日常を淡々とした筆遣いで描く私小説でしたので少年心に物足りない思いをしたものです。
今読み返せば全く違った印象を抱くでしょうがすでに本は廃棄してあります。

 尾崎一雄が私小説の大家志賀直哉に憧れて作家になったこと。プロレタリア文学興隆期、最盛期にあってさえも身辺を題材とした志賀直哉の世界に傾倒して私小説を書き続けたこと。「虫のいろいろ」を書いた当時、重患で長く寝付いていたことなどを知ったのは今回これを書くために調べてからです。
 プロレタリアとは自分の労働力を資本家に売って生活するいわゆる労働者階級。それに対する資本家階級のことをブルジョアジー。学生がゲバ棒を振り回していた頃はよく使われていた言葉です。

 「フーテンの寅さん」はプロレタリア、ブルジョアジーのどちらにも属さない人でしたが(あるいは小ブルジョアジーに分類されるか?)おじさん夫婦の経営する団子屋の裏の印刷工場で働く人達に向かって「やあ、労働者諸君、元気でやってるかね」
と呼んでいたのはプロレタリアに対する親近感を表していたのでしょうね。
 それに対して資本家のタコ社長とは喧嘩ばっかり。ブルジョアジーへの反感なのかもしれません。そういう視点で見るとあの娯楽映画にも階級闘争が如実に表現されていることになります。確かに監督が山田洋次ですし。寅さんがスタートした頃はそういう時代だったのですね。

 プロレタリア文学はプロレタリア生活に根差し、階級的自覚に基づいて現実の階級的立場から描く文学。日本では大正期から昭和初頭に大きな勢力に育ったが、弾圧によって一九三四年(昭和九)以後壊滅と「広辞苑」に難しく載っています。広辞苑を引くための辞書が欲しくなりますね。
 獄中で拷問死した小林多喜二の「蟹工船」や徳永直の「太陽のない街」は中学の国語の時間に試験に出るからと習いました。

 今述べたような階級争議の萌芽が潮流として渦巻く時代にあっても、尾崎一雄はただただ日常存問の世界を描き続けた作家だったのです。これはどこか伝統俳句の世界に似ています。もっとも俳句でも京都大学を中心にプロレタリア的俳句や反戦俳句が生まれたのですが、やはり軍部の弾圧によって壊滅しました。以後、俳句は小さな曲折はあるものの、私性に深く執するの様相を今日まで引きずっています。
 今日主流となっている俳句は自然と私性の関わりの中に深い世界を覗こうとするものですが、現実に対する直接的な批判精神は希薄。私個人としては俳句はそれで構わないと思っています。俳句を作るという行為自体が一種の現実批判になっていますから。

 さて、話が横に逸れ過ぎました。
 「虫のいろいろ」の中で覚えているのは、額に皺を寄せたらハエの脚が挟まって飛べなくなり、額でぶんぶん羽ばたいているハエを大声で家人に見せるというくだりと、クモをトイレのガラス窓の隙間に閉じ込めて兵糧攻めしてみたが、いっこう平気であった、さすがにひたすら餌を待つだけの虫は空腹に耐えると感心したくだり、そんなと
ころです。

 手元の万有百科大事典(小学館)の文学の巻を紐解きますと、尾崎一雄の所に「虫のいろいろ」の項目があります。ということはこの作品は彼の代表作と言えますね。

 虫のいろいろ 短編小説。一九四八年(昭和二三)二月「新潮」に発表。クモ、ハエ、ノミなどの生態を通して人間の生を追求した作。重患を生き抜いた作者の心境が、いくぶんのユーモアをまじえながら真率につづられており、志賀直哉の「城の崎にて」をおのずから想起させる。

 なるほど、額で羽ばたいていたハエは人間の生を追求したものだったのです。何事もあなどれないものですね。
 尾崎一雄が生涯の師として目標とした志賀直哉の名作短編「城の崎にて」も、交通事故の後遺症の養生に城崎温泉にでかけた志賀直哉が小動物の生死を目にして、それを的確に表現しつつ感想を述べたもの・・と同大辞典に記載してあります。このあたりが先の解説にある「おのずから想起させる」と言う部分でしょう。

 では、私も尾崎一雄にならって身近な虫たちをみていきましょう。私が書くのですから人間の生を追求するには程遠いものであることは間違いありません。
 夏の虫なら蝉、トンボ、クロアゲハ、カブトムシなど子供に人気の昆虫が目白押し。
ですが今回はあまり日の目を見ない虫を取り上げます。
 曰く「不人気昆虫トップ3(順不同)」。

ボウフラ
 ご存じ蚊の幼虫。漢字で書くと孑々。俳句をやる人以外まず読めませんね。
 淀んだ溝や鉢植えの受け皿の水などに住んでいます。よく観察するとくねくねしながら浮いたり沈んだり。それは呼吸しているからです。水面で息を継いだら沈んで餌(腐敗有機物)を食べ、また苦しくなったら浮いてくる。観察すると結構おもしろく、詩人は詩を詠み俳人は俳句を作ります。

(えゝ 水ゾルですよ/おぼろな寒天〈アガア〉の液ですよ)
日は黄金(きん)の薔薇/赤いちいさな蠕虫(ぜんちゅう)が/
水とひかりをからだにまとひ/ひとりでおどりをやつてゐる/
(えゝ 8 γ e 6 α/ことにもアラベスクの飾り文字)
 -中略-
(ナチラナトラのひいさまは/いまみづ底のみかげのうへに/
黄いろなみかげとおふたりで/せつかくおどつてゐられます/
いゝえ けれども すぐでせう/まもなく浮いておいででせう)
 -後略-

 宮沢賢治はボウフラをこう詠んでいます。タイトルは「蠕虫舞手(アンネリダ タンツェーリン)」とドイツ語の振り仮名?作中でボウフラとは言っていませんが、ボウフラであろうことは定説になっています。
 賢治は科学や宗教用語を誰でも自明の言葉と勘違いしているのか、新しがって喜んでいるのかやたらと専門用語を利用するので難しいと敬遠されます。説明を要します
ね。
 蠕虫(ぜんちゅう・生物用語)の蠕は腸の蠕動と同じくミミズのようにくねくね動くこと。
 ゾル(化学用語)は寒天が水に溶けたような薄いとろとろの溶液状態。トコロテンや豆腐のように固まったらゲル。殺虫剤のエアーゾルは霧のようになったゾル。
 8からあとは「エイト ガンマー イー シックス アルファー」と読みますが、音のおもしろさと同時にボウフラがくねくね動く視覚的な表現でもあります。
 賢治がこの詩を作るとき見つめていたボウフラの住処である御影石の石臼は今でも宮沢家にあるそうです。今日もボウフラが湧いているかどうかは不明。
 ナチラナトラはよく分かりません。ラテン語の自然ナトゥラとドイツ語の自然ナトゥルから来ているという説があります。
 ひいさまは幼児語で姫様。賢治はボウフラを自然の姫様と詠んだのでしょうか。
(一部「宮澤賢治語彙辞典・東京書籍刊」を参考・・・一作家のための立派な中型国語辞典ほどの大きさの語彙辞典が出版されていることがそもそも賢治らしいところ)。
 

 俳句では
  ぼうふら愉し沖に汽船の永眠り  飯田龍太
  つまづけば溝のぼうふりみな沈む 伊藤月草

 二句目の「ぼうふり」はボウフラのこと。そこから鑑みるにボウフラとはボウフリ即ち棒振りから来ているかもしれません。確かに棒が振られているように見えます。
するとオーケストラの指揮者(棒振り)はボウフラの一種か。
 ボウフラはサナギになると角が二本生えて来ますから、オニボウフラと呼びます。
サナギと言えども呼吸のために浮き沈みしなければなりません。
 賢治の詩では「赤い蠕虫舞手は/とがつた二つの耳をもち」とありますからオニボウフラと考えられます。

ゴキブリ
 ハエ・カと並んでゴキブリは不人気昆虫トップ3でしょう。
 ゴキブリは広義にはバッタの仲間であるのに冷遇されています。鈴虫のようにリーンリーンと羽を擦り合わせて美しい音色を奏でる技を持っていたらもっと別の扱いをされたことでしょう。人はなぜ差別するのかという問題にもつながる部分です。

 ゴキブリは漢字で書くと「御器齧り」。ゴキカブリの詰まったものです。食器を齧ると考えられたのでしょうね。うまい命名です。
 一般にアブラムシとも言います。これは油虫。油紙のように油でギトギトヌラヌラしているからでしょう。これは見たままの率直な命名。

 この虫は熱帯性ですから、原則として暖かい地方にしかいません。北海道出身の人は内地に来て初めて遭遇するのです。もっとも最近は北海道でも生息しているようですが。

 娘は昨年修学旅行で長崎方面へ行きました。とりわけオランダ村ハウステンボスはお気に入り。大いに長崎好きになって帰って来たのですが、長崎を印象づけるとんでもない事件にも遭遇しました。
 ホテルの二人部屋(今の修学旅行はホテル。これでは枕投げができません)。
 いざ寝ようとすると
「あれ、壁にゴキブリがいるよ」
「やっつけよう。あ、鏡台の裏に隠れた」
「鏡台どかしてみよ」
「キャーッ!キャーッ!先生~!助けて~!大変!大変!」
 鏡台の裏から卵から孵ったばかりのゴキブリの赤ちゃんがゾロゾロ、ゾロゾロ。その数数千匹(ほんとかな?)。
 二人して担任の先生の部屋に駆け込みましたが、これが運悪く新卒の女教師。こういう時はまるで役に立ちません。
「ギャー!ダメダメダメ!!先生、ゴキブリ嫌い!!!フロント呼んで!!!!フロントー!!!!!」
 女子高生より始末が悪い。
 フロントは平謝り。昼間にバルサンをしたが卵までは効力及ばずとか。その場で強力化学兵器を取り出してゴキブリを駆逐。その夜は戦々恐々寝たそうです。
 さて、翌日も同じ部屋。
「また出て来たよ」
「ほんとだ。二匹。薬でよたってるよ。私やっつける!」
 娘はバドミントンで鍛えた腕にスリッパを構えると、気合一閃、強烈なスマッシュで二匹を撃破したのでした。
 ハウステンボスのお土産、有名ななんとかオバさんのクッキーを頬張りながら聞かされた実話です。

 ゴキブリはカマキリと近い仲間です。卵はカマキリの卵をチョコレートでコーティングしてある感じ。小さい子なら間違えて食べそうです。生まれる様子はカマキリのそれとそっくり。赤ちゃんがソロゾロ出てきます。

 「どくとるマンボウ昆虫記」には、何でも食べる生物は広く繁殖し、特定の餌しか食べないものは環境の変化に弱く、限定された地域にしか住めないか絶滅してしまうと書かれていました。何でも食べて地上を我が物顔に暮らしている生き物の例としてゴキブリとネズミと蟻と我が愛すべき人間が紹介してあったように記憶しています。

  かくながき飛翔ありしや油虫 山口波津女
  一家族初ごきぶりに動顛す 林 翔

ウジ
 不人気昆虫トップ3の最後を飾るのはハエの幼虫、ウジ。漢字では蛆。
 もはや多くを語りますまい。ボウフラとゴキブリは饒舌が過ぎました。ウジは次の一句がすべてを語っています。

  蛆虫のちむまちむまと急ぐかな  松藤夏山

 「ちむまちむま」は現代表記では「ちんま、ちんま」。動く様をこう擬態語で表現したのです。
 夏山氏。蛆虫を見る目に愛があります。偏見を持たない眼差しがあります。そして俳人はなんだって俳句にしてしまうのです。

 以下、夏の虫の俳句を少々。

  夏の蝶一族絶えし墓どころ  柴田白葉女
  ゆるやかに着てひとと逢ふ螢の夜  桂 信子
  ひつぱれる糸まつすぐや甲虫  高野素十
  きりきりと髪切虫の昼ふかし  加藤楸邨
  金亀子擲つ闇の深さかな  高浜虚子
(金亀子-こがねむし・擲つ-なげうつ)
  てんと虫一兵われの死なざりし  安住 敦
  唖蝉も鳴く蝉ほどはゐるならむ  山口青邨
  糸とんぼ遊び足らずよ夜も遊ぶ  藤井 亘

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