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2011年6月22日 (水)

游氣風信 No90「雨のいろいろ 気とことばとからだの冒険」

三島治療室便り'97,6,1


≪游々雑感≫

雨のいろいろ

 梅雨に入りました。
 梅雨に入ることを入梅と言いますが、このあたりの人は
「もうひゃあ(最早・はやくも)、入梅(にゅうびゃあ)に入った(ひゃあった)なも」
と発音します。
 発音はともかく、「入梅に入る」とはおかしな表現ですね。それをいささかも変だと思わず常用しているのもおかしなものです。しかし、
「入梅に入るという言い方はおかしい」
などと指摘しようものなら、
「おまはん(おまえさん)は理屈っぽい奴だなも」
と言われかねません。

 今年は暦の上では六月十一日が入梅です。実際の入梅もだいたいこの前後になります。
 なぜ、六月のじとじと降る長雨を梅雨と呼ぶのでしょう。研究熱心(わたしの周辺では物好きと言い習わします)なわたしはこういうとき手近な辞書や歳時記を紐解きます。電子辞書の登場は辞書を引くという面倒臭い行為を実に容易にしてくれました。
言葉を調べるという面倒臭い作業を全く労を厭うことなくできるのです。ありがたや。ありがたや。

 広辞苑によれば

つゆ[梅雨・黴雨]
六月(陰暦では五月)頃降りつづく長雨。また、その雨季。さみだれ。ばいう。≪季・夏≫

 これは拍子抜けの説明でした。そこで歳時記の登場です。角川書店の「合本俳句歳時記」を持ってきましょう。

入梅(抄出)
 立春から135日目で、六月十一、十二日を入梅とし、太陽が黄経80度に達する日をきめたもの。揚子江流域と我が国特有のもの。

 これではなぜ、梅雨というのか不明ですから山本健吉著の「基本季語五〇〇選」を調べましたら、梅の実が黄熟するころ降るので梅雨(ばいう)、同時に黴が生えるころ降るので黴雨(ばいう)とも言うそうです。

 わたしたちの祖先は雨をいろいろな言葉で表現しています。言葉の百科事典である歳時記にはさまざまな雨が説明してあります。中国から伝わったものや我が国独自のものなど実に風情を際立たせています。今月は梅雨にちなんで雨の言葉をいくつか簡単に紹介したいと思います。

御降(おさがり)
 元旦もしくは三が日に降る雨。嫌な雨も正月に降ればこうして気分も新たになるのです。おなじことばに兄の服を弟に着せる意味がありますが、それは「お下がり」。

菜種梅雨
菜の花の咲くころの雨。本来はそのころの大風を言ったようです。ひところ全く菜の花を見かけなくなりましたが、最近、有機農業の見直しからレンゲ畑や菜の花畑が復活してきました。

卯の花腐し(うのはなくたし)
 陰暦四月は卯月。そのころの長雨。卯の花を腐らせるほど降る雨と言うことでしょう。豆腐の製造過程でできる大豆のかす「おから」のことを卯の花とも呼びます。粗食、貧困、耐乏食の代名詞ですが調理によって大変おいしく食べられます。むろん雨とは何の関係もありません。

五月雨(さみだれ)
 陰暦五月に降る長雨。梅雨と区別はつきません。陽暦五月(今の五月)に降る雨と勘違いしている人が案外多いようです。

虎が雨
 陰暦五月二十八日に降る雨。これは説明を要します。
 昨年四月、俳句の師黒田杏子先生のお招きでNHK俳壇という番組に出演しました。教育テレビというおさぼり学生だったわたしにはまことにふさわしくない番組です。
そのときの俳句にたまたまわたしと同じ一宮市の方の句が先生から選ばれていました。
なんと四千句以上の中から最終的に選ばれた十五句のひとつです。
 一宮市の方の句は
   花冷や兄を叱れば弟なく
というものでした。
 この句をわたしともう一人、岸本尚毅さんが特選三句の一句として選んだのですが、その解釈はまるで違うものでした。
 わたしの解釈は、花冷えの頃はちょうど入学式。新しい一年生になったお兄ちゃんと弟がケンカをしていると、お母さんが
 「お兄ちゃん。あなたはもう一年生でしょう。弟をいじめたらだめでしょう!」
と叱られます。すると本当は悪いのは自分と知っている弟がわーんと泣き出し、それに呼応して兄も泣き出すというどこの家庭にもあるほほえましいひとこまだと読んだわけです。まず妥当な、常識的な解釈です。
 ところが、岸本さんは全く違うスケールの大きな読みをしたのです。突然、曽我兄弟と言い出したのでした。その発想にはたじたじで、さすがは現代の若手を代表する俳人として二十代より注目されている人だわいと感嘆したのでした。

 曽我兄弟は日本の歴史上、頼朝・義経兄弟や若・貴兄弟に次いで有名な兄弟ではないでしょうか。 頼朝・義経兄弟は源平の戦いの勝利の後、兄が弟を討つという非情な結末であり、世に判官贔屓という言葉まで生まれました。
 若・貴兄弟はハワイから来襲した鬼のような巨人を成敗する兄弟として民族意識を満足させる現在進行形の物語り。
 曽我兄弟の方は兄弟愛、親族愛に悲劇性が加わります。
 曽我十郎・五郎の兄弟は鎌倉初期の武士。父の敵工藤某を富士の裾野で仇討ちし、捕らえられて殺された実話です。歌舞伎や能・浄瑠璃などに取り上げられた忠臣蔵と双璧をなす歴史的人気物語。
 二人が殺された日が陰暦五月二十八日。この日の雨を虎が雨と呼びます。これは十郎の愛人虎御前の悲しみの涙が雨になるという伝説からきたものです。

半夏雨(はんげあめ)
 七月二日ころ。半夏(植・からすびしゃく)の咲くころの雨。このころの雨は大雨になるとかの吉凶判断で嫌われます。

氷雨(ひさめ)
 雹(ひょう)のこと。雨は空高くでは氷の粒です。それが地上につくまでに溶けて雨。溶けないときが雪。全く溶けず結晶がかたまって氷のまま降ってくるのが雹です。
意外なことに夏に多く、作物やビニールハウスなどに甚大な被害を与えます。冬の雪交じりの雨を氷雨と呼ぶこともあります。これは歌謡曲で有名になりました。

夕立

 説明は不要です。白雨とか驟雨ともいいます。雷をともなうことも多いですね。雨上がりの爽快さにビールと枝豆が加われば最高です。

喜雨
 真夏の日照りのころ降る雨。慈雨です。このころの畑は灼けこんでキュウリの葉などは見るのも可哀想。

時雨
 冬、さっと降り初めてさっと走り去る雨。こちらは雨が降っているのに向こうの山には日が照っているといった具合で日本人好みのもっとも大切な季題のひとつ。

 梅雨にちなんで雨をざっと散見してみました。風の呼び名などはもっといろいろあるようでいずれ特集したいと思います。

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気とことばとからだの冒険
  ≪気≫二十一世紀の共生のために
    7月21日(月)パルテノン多摩小ホール
      午後1時会場 午後1時30分開演

 坪井香譲師が「∞気流法」を世に問い初めて20年が経ちました。それを記念する会が開催されます。
 ∞気流法とは何でしょう。パンフレットから紹介しますと

 あらゆる動作、身振り、技などのエッセンスを〈身体の文法〉とし、それによって大らかで簡素な動きとカタチで根源の≪気≫を展開する活性・共感・思考の総合芸術。
坪井香譲創始。国内の他フランス、ドイツ、イタリアなどで行われている。

 しかしこれでは何のことだか理解できませんね。
 パフォーマンス(実演)を見ると、前衛舞踏のようでもあり、太極拳などの中国武術のようでもあり、アフリカの古式ダンスのようでもあり、日本の神楽や舞、あるいは合気道のような武道を想起させるものでもあります。

 坪井香譲師はさまざまなジャンルの達人の動きの中に通じるある種の共通項を[身体の文法]と名付けました。たとえば優れた野球選手、名人と呼ばれる仕立て屋、楽器の演奏家。町角の大工さん。著名な舞踊家や役者。それらの人々の中に息づいている身体の法則を探求してきたのです。
 そして実際にその法則に沿って動いてみることで身体の活性化を図り、閉塞した身体を解放し、共感性を高めることで生きている環境への関わりを深めよう、そこから自由な思考を展開して生きていこうという活動を続けてこられました。
 同様に[ことば]で捕らえなおすことで、身体の文法の中に潜む構造に迫ろうともされています。

 当初、[身体の文法]自体がジャンルを越えた人々を引き付け、気流法という技法が目的化されることなく、それぞれの人の中に、その専門とする技術の中に生き生きと存在し続けていました。しかし近年は気流法の体系化が進歩し、気流法そのものを目的化する人々も増えています。日常生活の中で硬直化して心身を根源からほぐし、感性の鮮度を回復し、姿勢や動作の潜在能力を顕らかにしてくれるからです。一杯の水を飲んだとき、本当にうまいと感じることのできる身体。それを大切にしたいのです。別に水が酒でもりんごでも構いませんよ。

 当日のプログラムは

ことばとからだのお手前(現代詩×動く多面体)
  佐藤響子(舞い)
  覚和歌子(詩作朗読)
宮沢賢治の詩とピアノ(方言を活かした朗読×エリック・サティ、バッハ)
  竹本初枝(朗読)
  藤本静江(ピアノ)
対談「賢治・身体・情報都市」
  三島広志(東洋医療家)
  坪井香譲(∞気流法創始者)
さらに気流法会員参加の演舞や来場者の体験ワークショップ、坪井香譲師の演武などが予定されています。

 気づかれた方もあるでしょう。驚くべきことにわたしも対談者として名を連ねています。多少宮沢賢治に詳しいということと身体に関わる仕事をしているということ、それに加えて15年前から何年か実際に気流法の練習にも度々参加したことがあるということから指名されたのです。

 対談のテーマを見て驚いたのは「賢治・身体・情報都市」の最後、情報都市です。
これはどういう話になるか皆目検討がつきません。ただ、これからわたしたちの身体に重要な影響を与えてくるのは情報であろうことは予測できます。
 以前はモノやヒトと身体との関係性が重要な問題点でしたが、今後はわたしたちを取り巻く情報洪水と身体との付き合い方、これがとても大事になってきます。そこに昨年生誕100年でかまびすしかった宮沢賢治がどう食い込んでくるか。このあたりが対談の焦点ではないかと思いますが、それは当日舞台に立ってみないと分かりませ
ん。
 では、なぜ宮沢賢治?
 パンフレットに賢治の言葉が引いてあります。

 風とゆききし、雲からエネルギーをとれ。

 すべてがわたくしの中のみんなであるように
 みんなのおのおのの中のすべてですから

 前者は農民芸術概論、後者は詩集「春と修羅」の序です。

 気流法の目指す世界と重なる、否、交流する世界が賢治の中にあるのでしょう。賢治の言葉の中には時代の閉塞感を吹き飛ばす透明なエネルギーがありますから。

 最後に坪井香譲師の経歴をパンフレットから。
坪井香譲
 早大心理学卒。弓道、諸武道、瞑想行などの身体アートやユング心理学、タオイズム等に触れつつ、創造性理論を実践的に研究。国内外で講演、公演、執筆活動を通して「21世紀の身体知」を展開。「ひかりの武」の武道家としても知られる。西武コミュニティカレッジ、朝日カルチャーセンター多摩、IFEDEM(仏国立舞踊教育機関)等で連続講座を担当。パリ第3大学に講師として招聘される。日本人体科学学術会員。著書「気の身体術」(工作舎)、「メビウス身体気流法」(平河出版社)等。


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