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2011年6月22日 (水)

游氣風信 No77「NHK俳壇出演」


三島治療室便り'96,5,1

 

三島広志

E-mail h-mishima@nifty.com

http://member.nifty.ne.jp/hmishima/

 


≪游々雑感≫

NHK俳壇出演

 宮沢賢治の名作童話「どんぐりと山猫」の冒頭は次のように始まります。

 おかしなはがきが、ある土曜日の夕がた、一郎のうちにきました。

  かねた一郎さま 九月十九日
  あなたは、ごきげんよろしいほで、けっこです。
  あした、めんどなさいばんしますから、おいで
  んなさい。とびどぐもたないでくなさい。
山ねこ 拝

 この手紙を受け取った金田一郎少年はどんぐりの裁判という不思議な体験をするのです。
 さて、三月四日。 わたしのところにも驚くべきファックスが届きました。

  三島広志様

   私の主宰する「NHK俳壇」がこの四月から(向こう二年の契約で)スタート
  します。毎回ゲストは三名です。
   四月十七日(水)の午後にスタジオで収録、打合せをかね約三時間以内。
  ご出演お願いしたくお伺いします。
黒田杏子

 これは一大事。
 なぜなら、わたしの所属している俳句結社「藍生」の黒田杏子先生が今年の四月からNHK俳壇の主宰をされることは知っていましたし、藍生の先輩方が出演されるだろうことは予想していました。しかし、しょっぱなに地方在のわたしのところに出演依頼が来るとは思ってもいなかったからです。

 大体、わたしはいい年をしてはにかみ屋ですので、人前で話をするのが大の苦手です。人と面と向かってしまうと、緊張して思うことの半分も言えない、それどころか、頭の中が混乱して何を話そうかと言葉がもつれるだけで、浮かんでもこないという性格なのです。(と、自分では思っていますが、みんなは違うと言います)

 そんな小心者にテレビに出ろだなんて、相当なプレッシャー。しかも、一緒に出るのはシェークスピアの学究、演劇論の坂本宮尾さんと、若き有力作家として俳句界で広く名を知られた岸本尚毅さん。
「こいつぁー荷が重いぜ」
と言うのが正直な感想でした。

 坂本さんは昨年「天動説」という句集を出され注目されました。その前には「子連れ留学体験記(記憶が不確かですが、こんな題でした)」というルポルタージュ(事実に基づいた報告)も出版されています。彼女は英米両国の大学留学をされているのです。

 普段から大勢の学生の前に立って演劇論を講じている女史ならテレビなどお手の物でしょう。既にBS俳壇(衛星放送)にも出演されていますし、人前で上がらずにお話しできることは誰でもが知っています。内緒の話ですが心臓に○が生えていてもおかしくない方なのです。

 「鶏頭」「舜」と出された二冊の句集がともに評判となり、数年前三十才そこそこで栄えある俳人協会新人賞を受賞されているのが俳句界の若きプリンス岸本さん。彼もBS俳壇に出た経験がおありですし、岩波新書の「俳句という遊び」「俳句という愉しみ」(ともに小林恭二著)という紙上句会に最年少として参加、俳句を志している人なら誰でもその名を知っている俊英です。現在サンケイ新聞で俳壇時評を担当、近々俳句の入門書を出されるとお聞きしました。
 膨大な量の古今の名句を頭の中に貯蔵して自由自在に取り出せるというず抜けた頭脳の持ち主。

 それに比してわたしは句集も出さず、評論集も書けず、著書と言えば治療論文集の共著があるきりで、俳句関係の本には全く縁がありません。ただに二十数年という期間、俳句を細々と続けて来たというだけなのです。
 それが図らずも「藍生」という若い結社に入って三年目に新人賞をいただいた、これが唯一のわたしの俳句のキャリア(誇れる履歴)ですが、それはあくまでも身内のもので、広く俳壇に知られたものではないのです。
 したがって今回のNHK俳壇が表に顔を出す第一回目ということになります。

 四月十七日、収録の日です。
 新幹線の中でコーヒーを嗜みつつ、午後からのテレビ出演に備えるため俳句の雑誌などひもときながらも、ときおりは窓の外を流れて行く景色に注目していました。
 静岡の茶畑に魅入られつつ大井川を過ぎ、霞みの向こうの富士山を眺め、海になだれ込む伊豆の山々に心奪われている内に早くも新横浜に到着です。もう東京はすぐそこ。
 車中では「生活者・三島広志」を「俳人・三島広志」に切り替えるため、車窓の景色から俳句などひねってけなげにも心を高めていたのです。

 渋谷のNHKは丘の上にぎょうぎょうしいアンテナを突き立てていましたからすぐ見つかりました。約束の時間よりかなり早く到着したので正面玄関にある喫茶コーナーで再びコーヒーを飲みながら手帳を出して中庭の新緑を題材に俳句を作ったり、アドレス帳から縁の切れた会うことがないだろうと思われる人の電話番号を抹消したり
して時間を過ごしておりました。

 そうこうする内にアシスタントディレクターの中根さんという知性にくるまれたさわやかな女性が迎えに来て下さいました。
 彼女の先導によって迷路のような廊下をぐるぐる巡って、建物の一番奥の、一番隅の控室に案内されました。その道程は森の奥に捨てに行かれるヘンゼルとグレーテルという気持ち。ヘンゼルのように目印のパンくずを捨てながら来なかったのでもはや一人で逃げ帰ることはできないという諦めが脳裏をよぎりました。NHKがラビリン
ス(迷宮)のような構造になっているのは複雑な道中でゲストが次第に本番に向かう覚悟を決めることができるようにするための配慮だったのでしょう。

 昼食を食べながら簡単な打ち合わせがありました。
 手元に渡されたのは選りすぐりの十五句がプリントされた紙一枚と、当日のシナリオ。この十五句は前もって黒田杏子先生が全国から寄せられた四千句近い投句から選ばれたもの。始めて見るシナリオは赤い表紙の結構分厚いものでしたが中は簡単なものでした。それは当然でしょう。ドラマと違って台詞が書かれていないのですから。
 打ち合わせと言ってもお弁当を食べながらの雑談に近いもので、収録に際しての細かな話はありませんでした。NHKもいいかげんなものです。

わたし「ざっと撮って、あとから編集するのですか」
局の人「いいえ、三十分で撮っちゃいます。時間を計るために各人が選ばれた句を二回ずつ読み上げていただきますが、あとはその場でアドリブでお願いします(シナリオもそうなっている)」
わたし「細かな打ち合わせは?」
局の人「一度やってしまうと臨場感がなくなるので、ぶっつけでやります」
わたし「ぶっつけ本番ですか?」
局の人「三十分間、カメラを長回しします。その緊張が撮りたいんですよ」

こんな感じ。

「では化粧して来てください」
「眉を濃く描いてもらえますか」と岸本さん。
「どうぞ、いろいろご注文ください」
 メイク室ではあっさりと肌色のものを塗られただけで、頬紅も口紅もありませんでした。拍子抜け。もっとも岸本さんは念願がかなってていねいに眉をこしらえてもらっていました。

 メイク室からなかなか帰って来ないのが坂本さん。
 こんなに時間をかけているのだからびっくりするほど奇麗になって来るだろうと皆で期待していましたらびっくりするほど元のままなのでびっくりしました。

 坂本さんが
「あら、ソバカスが隠れたわ」
と喜んだらメイクさんが腕によりをかけてソバカスつぶしをしてくれたようです。聞くところによると、NHKでも三本指に入るほどのメイク名手だとのこと。

 とりあえず十五句の中から三句を選ぶようにと言われ、あわてて選出に集中しました。句を紹介しますと

1 白神の里におくれて辛夷咲く       浅倉滋
2 辛夷咲く頃ばちやばちやと魚釣りぬ   斎藤芳雄
3 花冷や体操服の背番号        遅沢いづみ
4 辛夷咲くひと日何かにせかされて    廣田絹子
5 あともどりできぬ病ひや辛夷咲く    各務雅憲
6 花冷や久しく妻と争わず        角間鋼造
7 花冷や兄を叱れば弟泣く        武内毬子
8 ははのこゑきかむ辛夷の花に佇ち    松川ふさ
9 一堂に女生徒会す辛夷かな       木下信夫
10 花冷や横笛の穴まくれなゐ       竹村竹聲
11 辛夷咲く土曜日曜アルバイト      山本敏雄
12 何となく下駄はき出づる花辛夷     本郷熊胆
13 花冷の仏間に帰り来たりけり      酒井章子
14 花冷や我れ晩学の灯をともす      寺本家治
15 彗星に巡り会ひたる花辛夷         荒尾

 この時点でそれぞれ選んだ句をディレクターに報告しましたから、互いの選んだ句が明らかになり

坂本宮尾選 2 13 15
岸本尚毅選 3 7 13
三島広志選 5 7 13
黒田杏子選 3 5 13

ここで奇しくも13番、酒井章子さんの

 花冷の仏間に帰り来たりけり

が満票であることが分かったのでした。
 選が重なったので念のために第四候補も各人選んで置きました。

 この段階で選考の理由など話す時間的余裕はなく、講評に関してはすべて録画撮りでぶっつけ本番で明かされることとなったのです。各自がどんなことを述べるか分からないという緊張を伴ってスタジオに行くことになりました。

 スタジオはすでにセッティングが完了していました。いつでも取り掛かれるよう準備万端、スタッフが落ち着いた表情でわたしたちを待っていたのです。

 わたしは指定された席に腰掛けてぐるりを見回しました。
 背景にはNHK俳壇でおなじみの和風の飾り戸が置かれていて、花が飾ってありました。よく見るとセットは埃だらけ。それもものすごい埃。スタジオ中に霜が降ったみたい。
 NHKにはきっと野際陽子さんのような怖い怖い姑がいないのでしょう。指で障子のさんをすっと払って
 「あら、○子さん。ここの掃除が行き届いておりませんことよ。当家の嫁にそんな人は要りません」
などと嫁いびりに情熱を傾ける人がいないのでしょう。
 しかし、この埃はありがたいものでした。なぜなら、
 「テレビにこの埃が映らないということは案外たいしたことないぞ」
と、すごい安心感をわたしに与えてくれたのです。テレビ組し易し。
 この埃こそゲストに対するNHKの思いやりに違いありません。この番組の多くの出演者は初めての人です。その人たちがこの埃を見てどんなに安心することか。まさに、

  地獄に仏、掃きだめに鶴、砂漠にオアシス、NHKに埃。

NHKのこの配慮。だてに放送料を徴収している訳ではないのです。

 さてカメラが回って順調に録画撮りが進行しました。大きな間違いはたった一回だけ。
 何と初めて三分位のところでカメラが黒田先生でなく坂本さんを写していたのです。
改めて撮り直し。これもゲストをリラックスさせるための意図的なミスなのでしょう
か。全員の緊張がどっと緩みました。

 さて、あとはテレビを見ていただいた人は見たとおりですし、ご覧にならなかった方はご想像にお任せします。
 多くの人の感想は
「多少緊張しているものの、いつもの三島とあまり変わらない」
ということでした。
 チーフディレクターからは、講評が前の人を受け継ぐ形で進行し、暖かみがある良い絵がとれたとの総評をいただきました。多くの場合、自分の意見を言うのが一生懸命で他人のコメントを引き継ぐ余裕がないのだそうです。

 ということで、まずまず好評の内に収録が終わったのでした。

 収録のあと、朝の連続テレビ小説「ひまわり」と「秀吉」の撮影現場の見学をさせていただき、楽しいときを過ごしました。
 ここだけの秘話ですが、なんと「秀吉」のスタジオでは磔(はりつけ)にされた白い着物の女性が
 「明智光秀の母じやー」
と絶叫して処刑される場面をやっていました。こともあろうにその女性が野際陽子さん。スタジオの埃を見つけて嫁いびりする余裕などあろうはずが無かったのです。

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