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2011年2月22日 (火)

游氣風信 No65「五月」

游氣風信 No65「五月」

三島治療室便り'95,5,1

 

三島広志

E-mail h-mishima@nifty.com

http://homepage3.nifty.com/yukijuku/ 


《游々雑感》

五月

旅上
       萩原朔太郎

  ふらんすへ行きたしと思へども
  ふらんすはあまりに遠し
  せめては新しき背広をきて
  きままなる旅にいでてみん。
  汽車が山道をゆくとき
  みづいろの窓によりかかりて
  われひとりうれしきことを思わん
  五月の朝のしののめ
  うら若草のもえいづる心まかせに。

 五月は風がもっとも美しい季節です。
 澄んだ初夏の空を切り裂さいてつばめが飛びかい、樹々は若葉が生い茂った新樹と
なって光りだします。
 木の枝が緑の若葉を育みながらぐんぐんと大空へ向かって伸びゆくさまは命の勢い
のほとばしりとしかたとえようがありません。

 五月になるといつも思い出すのが上に紹介した朔太郎の詩。とりわけ、最後の二行

  五月の朝のしののめ
  うら若草のもえいづる心まかせに

は車の運転中などに知らず知らずに口ずさんでいることがあります。

 フランスへの憧れがこの詩のテーマでしょうが、わたしはむしろこの詩から初夏の
朝のさわやかな生命感を読み取りたいのです。

  われひとりうれしきことを思わん

と詩人が記した心の奥から湧き出てくる至福感は五月の朝の透明な空気からもたらさ
れるのではないでしょうか。その背景、遠くの空に浮いているのが「しののめ」。漢
字で書くと「東雲」。
 「しののめ」は朝方、東にかかる雲のこと。調べの美しいことばです。このことば
に象徴されるように上に掲げた詩全体の調べもしっとりとした五月の朝の気分に満ち
ていますね。

 さらに五月にふさわしいのが新緑です。
 新緑が新鮮な空気を生み、それを吸い込んだ胸が「うれしきこと」を思わせるてく
れるのです。秋の空の透明感は純粋さを感じさせますが、初夏の風はもっと密度の濃
い充実感をもっています。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 五月の連休は新緑を堪能(たんのう)するために信州へ出かけました。信州の山々
はどこて行っても落葉松(からまつ)の若緑が目に鮮やかで、山全体が勢いづいてい
るようでした。

 落葉松は一年を通して魅力的なたたずまいを見せてくれる木です。
 一本だけで屹立していても、立派な林を形成していても、その姿は多くの人々の目
と心を引き付けてきました。
 生い茂った深緑の枝影で静まりかえった秋の落葉松林のおもむき。
 黙々と葉が散りこめる上にこんこんと雪が降り積む冬の孤独。
 しかし、何と言っても初夏の新緑のさわやかさと明日への命の萌え出す魅力には他
の季節を圧倒するものがあります。

 本来、落葉松という木は太い幹から枝をしっかり横へ張りだし、森全体がうっそう
とした印象で、なんとなく哲学的な重厚感をみなぎらせているのですが、初夏の落葉
松はすがすがしく青春の輝きを思い起こさせるのです。

 五月の初め、信州の山道を車で駆け抜けると、散り遅れた桜や満開の辛夷も見られ
ますが、一山全体が新緑の落葉松山となって鮮やかに迫ってくる前にはそれら花咲く
樹々も落葉松新樹にはひけを取っていると思わざるをえません。

 そんな落葉松に混じって個性を発揮しているのが白樺。
 白い幹と若草色の若葉が鋭いアクセントになっていて、遠景に雪を残した高嶺を置
けば、これはもういかにも信州の初夏という風光です。
 白樺の幹の白さは山の高度や気温に影響されるようですが、空気の透明度も大いに
かかわっているのではないでしょうか。純白としか呼びようもないほど白い木に山で
出会うことがあります。

 朔太郎の「旅上」という詩には、落葉松も白樺も信州も出てきませんが、どうして
もわたしは五月の信州の高原を汽車で旅をしていると想像してしまうのです。

  五月の朝のしののめ
  うら若草のもえいづる心まかせに

 何度繰り返しても爽快な気分に浸れます。肺の中が新鮮な空気で一杯に満たされて
しまうのです。

☆☆☆☆☆☆☆

 俳句では五月を「聖五月」などと呼ぶことがあります。
 五月の空の美しさやすがすがしさを聖と感じたのでしょうが、元来はカソリックの
人達の聖母月が由来しているそうです。つまり、キリスト教では五月はイエス・キリ
ストの母マリアの月と定められていて、聖母マリアとさわやかな五月のイメージが合
わさって「聖母月」が「聖五月」になったと考えられるのです。

  鳩踏む地かたくすこやか聖五月  平畑静塔

 聖五月の気分をもっとも見事に表している俳句。鳩が降り立った大地を堅く健やか
と表現したのです。それがいかにも聖五月の気分と合います。作者は精神科医で熱心
なクリスチャン。

  子の髪の風に流るる五月来ぬ  大野林火
  暮れ際の紫紺の五月来りけり  森澄雄
  初夏に開く郵便切手ほどの窓  有馬朗人

 これらの俳句も五月の頃の雰囲気をよく表現しています。
 最初の句。風が子どもの髪をさらさらと梳(くしけず)って吹き過ぎるとき、作者
は五月の到来を見て取ったのでしょう。流れる髪にきらめきがあります。作者は俳句
史に大きな足跡を残した方です。
 次の句は暮れ際に身ほとりが薄暗くなっていくさまをを紫紺ととらえ、そこに五月
の夕暮れを直覚しています。次第に闇が深まる中に身をおいて心静かな、しかも豊か
な時間を味わっているようです。「来りけり」という表現から五月を発見した喜びが
分かります。作者は昭和戦後を代表する俳人。
 三句目はおそらく海外で詠まれたものではないでしょうか。作者は海外詠に定評の
ある方です。どこかヨーロッパの古い町の光景かなと思いますが、間違いかも知れま
せん。「郵便切手ほどの窓」という把握からは日本でない町並みを思い浮かべます。
作者は元東大総長。俳人として、物理学者として一流を超えている方です。

 五月の風物で忘れてはならないものがあります。それは初夏の空を彩る鯉幟。鯉幟
こそは初夏の空と風と光の申し子なのですから。

  町変り人も変りし鯉のぼり  百合山羽公
  雀らも海かけて飛べ吹流し  石田波郷
  矢車の音して谷戸の夜は暗し  中村七三郎

 一句目、鯉幟の泳ぐ空は昔も今も変らないのに、町の情景も住んでいる人もすっか
り変ってしまったという感慨。五七五という短い中に極めて長い時間の経過を詠み込
むことに成功しています。作者は著名な俳人。

 次の句はとても有名な句です。吹流しは鯉幟の上で泳いでいる顔の無い鯉幟。海際
の強い風の中を雀たちが風に逆らって飛んでいるのでしょう。作者は「海かけて飛べ」
と命令に近い応援をしています。石田波郷は人間探究派と呼ばれる俳人。人間探究派
とは俳句に自己を詠み込もうと試みたグループです。彼の結核療養中の俳句は俳壇を
越えて同病で苦しむ人達の共感を得ました。この句も雀に作者の自己投影を読み取る
ことが可能です。

 三句目の矢車は鯉幟の竿の上でからから回っている飾り。夜になって鯉幟はしまわ
れているでしょう。しかし、竿の先の矢車の音が谷間の村の闇に響きわたっていると
いうどことなく寂しい世界。この作者は知られた方ではありませんが、日本の初夏の
夜を見事に詠みきって余すところがありません。

 初夏の詩をもうひとつ紹介します。それは川上澄生という版画家で詩人の作ったも
のです。
 横浜生まれの澄生はカナダ・アメリカを放浪したのち、文明開化の頃の明治情緒や
異国情緒豊かな版画を創作し、多くのファンをもっています。今年生誕百年。栃木県
鹿沼市に市立の川上澄生美術館があり、確か中央公論社から全集が発刊されているは
ずです。
 以下の詩は彼の版画に書かれていたものに基づいていますから、詩作品としての表
記は異なるかもしれません。漢字の使い方や行の分け方などがです。

初夏の風
     川上澄生

  かぜとなりたや
  はつなつのかぜとなりたや
  かのひとのまへにはだかり
  かのひとのうしろよりふく
  はつなつの はつなつの
  かぜとなりたや

《後記》

 今年は雨が多いようです。あいさつは「よく降りますね。」「また、いやな雨だな
も。」ばかり。
 今月は詩歌を特集しましたから、《後記》も詩でまとめましょう。


         西脇順三郎

  南風は柔い女神をもたらした
  青銅をぬらした 噴水をぬらした
  ツバメの羽と黄金の毛をぬらした
  湖をぬらし 砂をぬらし 魚をぬらした
  静かに寺院と風呂場と劇場をぬらした
  この静かな柔らかい女神の行列が
  私の舌をぬらした

 いやな雨も詩人の目で見ればなかなかのものです。
 詩人はことばで現実を転換しようとするからでしょうね。
(游)


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