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2011年2月22日 (火)

游氣風信 No59「紅葉 」

游氣風信 No59「紅葉 」

三島治療室便り'94,11,1

 

三島広志

E-mail h-mishima@nifty.com

http://homepage3.nifty.com/yukijuku/ 


《游々雑感》

紅葉

 大阪の近郊、箕面市(みのおし)は衛星都市として発展していますが、市内を見下
ろす箕面川の渓谷は紅葉の名勝地として知られています。
 わたしは一度だけ遊びに行きました。かれこれ十年近く前になるでしょうか。曲が
りくねったゆるやかな坂道に沿ってずらりと土産物屋が並ぶ極めて落ち着いた観光地
でした。

 軒を連ねていた土産物店がまばらになって坂道を登る足がだんだんがきつく感じる
ころ、紅葉の影がちらちらと道にちりばめられてきます。空気がひんやりと澄み渡っ
て、燃えるごとき楓(かえで)の葉が空をおおいつくし、あたりは青と赤と緑に彩ら
れて、すがすがしい光に包まれるのです。

 ふと山の方を見上げると野生の猿がこちらをうかがい、餌をくれそうな人を物色し
ていました。すっかり人慣れしているのでしょう。木の枝のあちこちにいてびっくり
します。

 こうした紅葉の景勝地は大抵清流に沿い、最後は滝に突き当たるのですが、箕面も
そうであったと記憶しています。

 道の両側のお店には行楽地定番の煎餅や最中、饅頭や木彫りなどのお土産が売られ
ていました。また、これまたどこの観光地でも売られている杖や訳の分からぬ木刀な
ども店の入り口に端然と立てられて買う人を待っているのでした。一体どこの誰がな
ぜ旅行にきて木刀など買うのか皆目見当もつかないのですが、不思議なことに日本中
いたるところの名所には木の刀が売られているのです。
 それから大概、「孫の手」と「肩叩き」が合体した道具も売られていますがこれは
結構重宝します。ところがこの役に立つ道具はその辺の雑貨屋にはなく、こうした土
産物店にしか売られていないのも奇妙なことではありませんか。

 ここ箕面の一番の名産は「紅葉のてんぷら」。
 紅葉の葉を油で揚げたものですが、てんぷらと言うよりも、もっと堅く歯ごたえの
あるカリントウのような揚げ菓子でした。なかなかおいしいものです。けれどもどの
店の前にも実演販売の揚げたて試食品が置いてあって道々つまんで行けば、お店の人
には申し訳無いけど買わなくても済んでしまいます。

 箕面も有名ですが、関西で最も知られた紅葉の名所は何と言っても安芸の宮島、(巌
島・いつくしま)ではないでしょうか。
 宮島の最大の呼び物は海の中に建立された朱色の鳥居で知られる平家ゆかりの巌島
神社ですが、もう一つ有名なものが「紅葉まんじゅう」。昔漫才でこれをネタにして
いた芸人がいましたね。楓(かえで)の形をしたカステラ風の饅頭で中に餡こが入っ
ています。

 宮島は山に映える深紅の紅葉と浅瀬に立つ朱の鳥居、それらを囲む瀬戸内海の透け
る青。その自然と歴史の融合した美しさは多くの人に愛されてきました。

 「紅葉まんじゅう」は宮島だけでなく関東の名跡、日光にもありましたからおそら
く今では全国の紅葉狩りの名所で売られているのではないでしょうか。多分箕面の「紅
葉のてんぷら」も。

 三重県には赤目四十八滝という忍者の里で知られた秘境があります。わたしは十九
才のとき、学校の帰りにふらりと一泊旅行に出掛け、紅葉見物と俳句作りを試みまし
た。
 結構冷えたので途中のお店で熱燗とおでんをやっていましたら、店の前を通り過ぎ
る若い女性のグループがわたしを指さして
「あんな子供がお酒飲んでる。」
とささやいたので大変憤慨(ふんがい)した思い出があります。
 しかし、紅葉を見ながら清流の音に耳をすませてお酒を飲むのはいいもんです。
 さて、冒頭から紅葉にかかわる食べ物の話ばかりでしたが、ことほどさように日本
人は紅葉狩りが好きだと言いたかったわけです。
 秋の紅葉は春の桜と並ぶ日本人の好む景観です。春の花見と秋の紅葉狩りとは伝統
行楽の東西両横綱ではないでしょうか。

 万葉集にもすでに

  秋山に黄反(もみづ)木の葉のうつりなばさらにや秋を見まく欲(ほ)りせむ
山部王(やまべのおきみ)

と紅葉に寄せる心情が詠まれています。夏の間緑色だった木の葉が黄色くなるのでも
みじを黄反と書いたのでしょうか。
 さらに古今集に

  見る人もなくて散りぬる奥山のもみぢは夜の錦なりけり
紀貫之(きのつらゆき)

とあります。率直に歌い上げる万葉集と違って、優美・繊麗(せんれい)を貴んだ古
今集らしく見る人のない夜の紅葉を錦にたとえて詠んであります。

 妖艶・情緒を好んだ新古今集には

  見わたせば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮 藤原定家

と、紅葉の頃なのに見当たらないさびさびとした風景を表現してあります。苫屋(と
まや)とは薄(すすき)などで屋根を葺(ふ)いた粗末な小屋のこと。

 このように万葉・古今・新古今と我が国歌謡の三大潮流いずれにもその思潮そのま
まに親しまれてきました。

 紅葉は俳句歳時記にも重大な季題として取り入れられています。
 ちなみに「季題」と「季語」の違いを説明しておきましょう。
 「季語」は季節を表す言葉、「季題」は季語が文学的伝統を負う位置まで高められ
た言葉です。たとえば扇風機は夏の季語ですが季題とまではなっていません。けれど
も紅葉は先の歌などに詠まれ継がれてきたように、日本人の精神史の中にしっかりと
根付いたものとして季題となっているのです。
 今日、「雪・月・花」は日本を代表する季題としてその最高峰にあります。冬は雪、
秋は月、春は桜ということですが、それ以外に秋の紅葉と夏の時鳥(ほととぎす)を
いれて「五個の景物」とされているのです。

 「春がすみたつたの山に初花をしのぶより、夏はつまごひする神なびの時鳥、秋は
風に散るかつらぎの紅葉、冬は白妙の富士の高嶺に雪積もる年の暮まで、皆折にふれ
たる情なるべし」(新古今)とあるように当時は「花・時鳥・紅葉・雪」が四季を代
表する景物でしたが、今日は時鳥に変わって月がベストスリーの座を占めるにいたっ
ています。

 ここで幾つか紅葉の俳句を紹介しましょう。季語別に。

紅葉
  障子しめて四方の紅葉を感じをり  星野立子
  一枚の紅葉こぼるゝ布団しく  山口青邨

照葉(てりは)
 紅葉が日に照らされて輝いているさま。
  女学生うつしみ匂ふ照葉かな  下村槐太

紅葉は楓(かえで)だけでなく漆(うるし)、櫨(はぜ)、桜、柿、葡萄(ふどう)
なども美しいものです。銀杏(いちょう)は黄葉(もみじ)になります。

  あたりまであかるき漆紅葉かな  高浜虚子
  櫨紅葉ただうとうととねむりたし  加藤楸邨
  紅葉して桜は暗き樹となりぬ  福永耕二
  柿紅葉して豚の子のおとなしき  早川草一路
  紅葉して雲より赤し葡萄園  石塚友二
  銀杏黄葉大阪馴染なく歩む  宮本幸二

黄落(こうらく)
 黄色い葉が散ること。
  ここに来て死ねよと山河黄落す  籏 こと

 今、今生一度きりの今年の秋です。精一杯満喫してください。

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