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2011年2月22日 (火)

游氣風信 No58「所変われば」

游氣風信 No58「所変われば」

三島治療室便り'94,10,1

 

三島広志

E-mail h-mishima@nifty.com

http://homepage3.nifty.com/yukijuku/ 


《游々雑感》

所変われば

 所変われば品変わるとはよく言われることです。
 日本は北は北海道、南は沖縄と亜熱帯から亜寒帯までを連ねた島国で、しかも海辺
もあれば高山地帯もあって、さまざまな気候や地形が人々の暮らしに膨大な影響を与
えて歴史と風土を築いて来ました。
 風土とは人の生活と気候と地理が混然となったものを言います。そしてその地に伝
わる各種の伝統・習慣を風習・風俗と言い習わしているのです。それはよその人が見
れば実に滑稽であったり、荒唐無稽(こうとうむけい)であったり、無意味どころか
有害とさえ思えるようなこともあるのですが、とりあえずはその地に根付いている習
俗を他人がとやかく言う訳にはいかないでしょう。
 自らのものさしでもって他人の測定をすることは愚かなことですからね。

 さて、仰々しいことを書いてしまいましたが、わたしも乏しいながら、何回か「所
変われば」を経験しました。それはとても面白いものですが戸惑いもありました。例
えばわたしたちは「こちらにおいで。」と手招きするとき、手のひらを下に向けて指
を曲げて「おいで、おいで。」とやりますが、これはアメリカでは「シッシッ。」と
相手に追いやることになります。手のひらを上に向けると「おいで。」になるのです。
わたしは一度これを間違えてアメリカの女の子に嫌われました。

 それでは「所変われば」を幾つか紹介いたしましょう。

かき氷

 自然の氷のことではありません。氷水のことです。
 夏の暑い日盛り、汗を拭き拭き歩いているといやでも目に飛び込んでくるのが氷屋
の看板。ご存じ、布地に青い波しぶきの絵が描かれ、その上に重ねて赤く「氷」と書
かれた例の氷屋の前に吊るしてある旗です。デザインの見事さでは鯉幟と双璧の、日
本が世界に誇れるものなんだそうですよ。

 こうしたお店はたいてい葦簀(よしず)が立て掛けられた縁台の奥に雑然と駄菓子
やおもちゃが並べられていて、薄暗い奥に声をかけるとのんびりとおばあさんが前掛
けの帯を絞めながら
「はい、はい、はい。」
と出てきます。
「イチゴ、ちょうだい。」
と注文しますと冷蔵庫から氷の塊を取り出してごりごりと削ってくれます。近代的な
ところではモーターで回しますがこれでは風情が台無し。手動でごりごりやってもら
うに限ります。
 青い透明なガラスの器に削られた氷の山ができ、その上にイチゴシロップを静かに
かけて、
「はい、お待ちどう。」
と手渡されるのですが、炎天で灼かれた身にはそれまでの待ち遠しいこと。
 氷の山を崩さないように慎重にスプーンをつきたて、口にほうり込むと甘いイチゴ
シロップの染み込んだ氷の冷たさが喉を通っておなかに到達し、暑さで火照ったから
だが癒されていきます。
 あわてて食べると頭がきーんと痛くなってきますが、これを医学的に「アイスクリ
ーム頭痛」と呼ぶのはずっと後になって知りました。
 これが少なくとも名古屋地区の氷の食べ方です。と言っても一昔前の風物でしょう
か。今は紙コップに盛られて太いストローが差してあって、歩きながら食べるのが主
流になりました。

  匙なめて童たのしも夏氷  山口誓子

 ところが、かれこれ20年位前に岩手県の花巻の隣にある二枚橋という田舎駅前で食
べた氷は実に驚くべきものでした。
 あれは八月も半ばに近いころでした。みちのくとは申せ、昼間はかなりの暑さです。
閑散とした駅前の食堂に入ってラーメンを注文しましたら、店のおばあさんは
「この暑いのにラーメンだべか。」
と驚きながらも作ってくれました。客はわたし一人。
 テーブルに出されたラーメンをいざ食べようとすると、くだんのおばあさん、「暑
いから食べにくいべ。」
と言って突然ラーメンのどんぶりに氷を入れてくれたのです。
 これには驚きました。たいしておいしくないラーメンが全くひどい味になってしまっ
たのですから。
 しかし本題はここからです。ともかく食べ終えたわたしは続けて注文しました。
「イチゴの氷ください。」
 暑いときに氷を注文されてやっと安心したおばあさんはうれしそうに調理場へ入っ
てごりごりやった後、お盆に乗せて出て来たのです。
 ところが氷は真っ白で、イチゴがかかっていません。
「イチゴがかかっていないよ。」
「そんなことないべ。ちゃんとかかってるす。」
 よく見れば、何と氷の上でなく器にシロップを入れてその上に氷が盛り上げられて
いるのです。
 初めのうち味気無い氷を食べ、だんだん濃厚な味になり、最後は器の中の氷水を飲
む。これは氷を味わうにはとてもいい食べ方ですが、氷が悪いとなんともなりません
し後味が濃すぎます。
 名古屋でなじんだ食べ方なら最初から味付きですから氷の味はごまかせます。果た
してどちらがいいかの判定はその人任せ。所変わればの驚きでした。

葱(ねぎ)

 葱には大ざっぱに分けて二種類あります。青いところを食べる「葉葱」と白い根を
食べる「根深葱」。前者は主に関西地方で、後者は関東中心に食されると言われてい
ます。
 わたしは生まれが広島県の福山市で、小学校入学に合わせて愛知県に来ました。福
山在住の記憶も断片的ながら残っています。たとえば向こうは魚がおいしかったとか、
幼稚園に隣接した教会(経営母体)のシスターの十字架が欲しいとだだをこねて園長
先生を困らせたとか、教会には背丈ほどの巨大なサボテンがあったとかです。このサ
ボテンは高校生のとき再訪してあまりの小ささにがっかりしたことがありました。思
い出のままにして見なきゃよかったと。

 さて、話が逸れました。葱に戻ります。広島県は関西圏ですから、葱は青いところ
を食べる葉葱でしたが根のところももったいないから食べなさいと言わていやいや食
べた覚えがあります。白くてぬるぬるしてとても食べにくかったのです。

 ところが愛知県に来ますと葱は根深と称して、わざわざ根元に土を盛り上げて日光

を遮(さえぎ)り、白いところを多くしてそこを食べ、青いところはあまり食べませ
ん。切り捨てて売っているくらいですから。
 こちらに引っ越したばかりの幼いわたしは何も好んでまずい所ばかりを食べなくて
いいのにと泣きたい気持ちでした。
 洋の東西どころか関西と関東でこんなに違うのですね。鰻のかば焼きやおでんなど
もかなり異なるようです。

味噌煮込み

 名古屋を代表する食べ物が味噌煮込みうどん。
 赤味噌で仕立てた鄙(ひな)びた風味はこの地方の人達の心の食べ物です。海外に
長く駐留している人達が味噌汁を恋しがるのと同じように名古屋に住む人達はしばら
く故郷を離れると
「ああ、味噌煮込みが食べたいがや。」
と望郷の念にかられるのです。

 名古屋を離れたことの無い人達は味噌煮込みも味噌カツも全国どこでも食べること
ができると勘違いしていますから、一度単身赴任してみて、味噌煮込みも味噌カツも
食べられないことを知ると愕然となって一日も早く家に帰りたくて我慢できません。

 週末になってそそくさと新幹線に飛び乗って帰宅するのは決して子供達の顔が見た
い訳でも無く、ましてや奥さんに会いたい気持ちなどさらさらなく、ただひたすら味
噌煮込みを食べたいがために帰ってくるのです。

 そんなに美味しいものかと名古屋を訪れた旅行者が人づてに駅前地下街にある有名
な○○屋に入って味噌煮込みを注文します。すると極めて塩からい濃厚な赤味噌に舌
が痺れ、味覚が麻痺し、倹約の土地柄ゆえ燃料を惜しんだためか生煮えの堅い麺で差
し歯を壊し、ほうほうの体で店から逃げ帰って行くのです。

 広島の親戚の連中は名古屋在住のわたしに遠慮しながら言います。
「あれは食えたもんじゃないで。から過ぎるけーね。」

 しかし、味噌煮込み、ひいては名古屋の名誉のために明記しておきますが、数回な
らずとも食べた人は癖になり絶対にまた食べずにはおれません。これは請け合います。
わたしはまだ数回食べてないので癖にはなっていませんが。

梅干しおにぎり

 長野県出身の人がこちらに来て初めて梅干しおにぎりを食べたときは大変驚いた
と言います。
 なぜなら長野の梅干しおにぎりは混ぜご飯のように梅の実を砕いてご飯にまぶして
から握ってあるのに、こちらで食べた梅干しおにぎりは中心に一個だけあったからだ
そうです。
 ふうつ梅干しおにぎりはいわゆる日の丸弁当のおにぎり版ですから、白いご飯の真
ん中に深紅の梅干しが鎮座めされているのが普通だと思うのですが、長野の方では違
うようなのです。

 さらに長野の梅干しはこちらの小梅のようにこりこりと仕上がるので味も
歯ごたえもいいのだが、こちらのはべたべたしてしょっぱいだけ、食べた気がしない
と郷土愛剥き出しで曰(のたまわ)くのです。

 確かにこりこりとほどよい堅さの梅干しだから砕いてご飯に混ぜることができるの
でしょう。べたべたしていたらご飯に混ぜるとお握りが水っぽくなってしまいます。

 さらに続けて、白いご飯を味気無く食べた後に酸っぱい梅干しが出てきてもしょう
がないと言います。

 しかし、わたしから言わせてもらうと、おにぎりには中に何が入っているか分から
ないというときめきがあります。ミステリー小説で犯人を捜すように、
 「これは何かな。ああ、たらこだ。次は・・・しぐれだった。じゃあこれは、やっ
た、梅干しだ。」
というように期待と不安を込めて弁当を食べる喜びがあります。犯人が最初から分かっ
てしまったらそのミステリーは読む気がしないのと同じです。一口食べて梅干しと分
かってしまったらおにぎりにかじりつく楽しみが半減しようというものではありませ
んか。
 でもどうして長野の梅干しはかりかりと歯ごたえ良くできるのでしょう。おそらく
気候と梅の実と製法が違うのだと思います。(当たり前か。)

 ちょっと思い起こすだけでいろいろな所変わればがあるものです。皆さんも親戚や
友人などとの会話でこれに近い経験は幾度もされたことでしょう。
 これが世界となれば実に無限と言ってもいいほどの多様性と変化に富んでいること

は間違いありません。
 自分のほんの周辺の視点で他国や他民族の食生活、風習などをとやかく言うのは自
らの狭量さを示していることに気がつかなかればならないでしょうね。

《後記》

 大江健三郎氏がノーベル賞を受賞されました。日本という枠を超えた人類共通の問
題意識から書かれた作品群と作家活動が評価されたようです。核兵器の問題やご自身
の子息の障害を乗り越えた経験、こうした普遍性が極東のおかしな国という国際的な
印象を払拭して評価されたことを素直に喜びたいと思います。文化勲章を拒否された
こともご自分に忠実なればこそと好感を抱きました。
 しかしあんな難解な大江作品を読む人がいることも大変な驚きですね。
(游)


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