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2011年2月22日 (火)

游氣風信 No56「かわほり(コウモリ) 」

游氣風信 No56「かわほり(コウモリ) 」

三島治療室便り'94,8,1

 

三島広志

E-mail h-mishima@nifty.com

http://homepage3.nifty.com/yukijuku/ 


《游々雑感》

かわほり

 かわほり。文語で書くと「かはほり」。これは一体なんでしょう。「川掘り」では
ありません。
 正解は蝙蝠(こうもり)の古い呼び名です。

 毎年、台風シーズンを前にして、我が家恒例の一騒動があります。発端は数年前の
ことでした。

 長女が昼間自分の部屋で勉強中、雨戸の奥から「キーキー」という不気味な泣き声
がすると訴えたのです。そっと耳を澄ましますと確かに「キーキー」もしくは「ギー
ギー・チーチー」という小さな声が聞こえます。泣き声ではなく動物の鳴き声です。

 息子の部屋の戸袋からも聞こえると言います。

 懐中電灯で戸袋の中を照らして覗き込むと、驚いたことに何やら黒い袋のようなも
のが雨戸にびっしりぶら下がっています。しかも下は糞の山。以前からネズミの糞ら
しきものがベランダや屋根の上に落ちていて変だなとは思っていたのですがその黒い
袋の正体やいかに。そうコウモリだったのです。コウモリとネズミは近い種類ですか
ら、糞が似ているのもしかり。
 我が家では雨戸は一年のうちで台風の時しか使用しませんからコウモリにとっては
安心できるホーム・スウィート・ホームなのでしょう。

 「エイヤッ!」
と気合もろとも引っぱりますと安普請の雨戸がガタゴト音を立てて引きずり出てきま
す。
 「うわぁ。なにこれぇ!」
 「キャー!気持ち悪い!」
 雨戸には鈴なりにコウモリがへばり付いていて、まるでお化け屋敷のよう。
 子供達は叫び声を上げて逃げ惑い別室に避難します。
 昼間の安眠を邪魔されたコウモリがあわててバサバサと昼の空に飛び立ち、向かい
の屋根の上を旋回。そのうちどこかへか立ち去って行きました。しかし、これらは何
でもありません。
 問題は数匹のコウモリが家の中に逃げ場を求めたから大騒ぎになったのです。

 姉の部屋から弟の部屋へ、はたまた居間へと羽ばたきながら飛び惑います。これこ
そまさにドラキュラ伯爵の屋敷ではありませんか。

 本音を言えば、わたしはこういう小さな動物を見るとうれしくて可愛らしくて心が
浮き立つのですが、子供たちときたらそういった博愛的人道的動物愛に乏しいら
しく逃げ回るばかり。
 息子は
「怖い!」
と言って部屋の隅に岩のように固まって張り付いているし、娘は脱兎のごとく一階
へ駆け降り
「早くなんとかしてよ!」
と布団にもぐりこんでしまいます。

 こういう時だけ一家の大黒柱と認めてもらえるわたしは、壁にぶつかって墜落して
バタバタしているコウモリを捕まえ、外に投げ出し、カーテンに隠れた奴も追い出し
ます。それでもヒラヒラ飛びかう奴はとても捕まえることができないので、家中の窓
を開けて表へ誘導したりの大活躍です。

 ベッドの下に落ちていたコウモリをよく観察しましたら体長は3センチ位、翼を広
げると15センチほど、目は小さく、鼻は天井を向いています。口は耳まで裂け、小さ
な牙がびっしり生えて、隙あれば噛みつこうと精一杯威嚇してギーギー声を上げます。
耳は大きくてパラボラアンテナのよう。
 顔は確かに悪魔のモデルそのものですが、小さいので愛嬌もあります。
 しかもコウモリ傘とはよく言ったもので翼を広げると全く傘そのものの形をしてい
ます。
 息子に
「どうだ、コウモリ傘はここから名付けられたんだぞ。」
と示しますと、
「本当だ。傘と同じだ。」
と感心はしたものの早く逃がしてとおびえ腰。
 娘にも見せようと階下にコウモリを連れて行きました ら
「そんなの見たくない。」
「早く捨てて。」
と普段の父を父とも敬わぬ高慢で傲岸で尊大な態度はどこへや
ら怖がること。
 横で我不関(われかんせず)と編み物をしていた母も
「気持ちいいもんじゃないね。」
と無視。
 おそらく女どもはコウモリに己の姿を投影しているのでしょう。あの脅えと嫌い方
はどこかで自己嫌悪に通じるものがあります。

 「飼って、手乗りコウモリにしよう。」
と提案しましたが家族から激しい拒絶にあい、仕方なく薄暗くなった空へ放してやり
ました。
 不当なる追い立てをくった彼らは今後どこで生活するのでしょう。深い同情を禁じ
得ません。

 こうして騒動を苦もなく解決したわたしは、家中の尊敬を集め、その日の夕食には
ビールも注がれるのですが、翌日にはこの威厳も消え去り、いつもの風采の上がらな
いおじさんになり果てるのです。

 今年も雨戸のレールに糞が山積みになっていたので、7月最後の日曜日に雨戸を開
けましたら、います、います。すっかり慣れた子供達が次々に飛び去るコウモリを数
えましたが、あまりの多さに18匹までしか数えられなかったそうです。

 ここでお勉強です。

コウモリ

哺乳類翼手目の総称。哺乳類唯一の飛行動物。世界中に広く分布し、ネズミに次いで
種類が多く、果実食のオオコウモリ類と虫食のヒナコウモリ類に大別される。昼は洞
穴、樹穴などに頭を下にして後足でぶら下がって休息する。ヒナコウモリ類は超音波
を声帯から出して障害物を探知しながら巧みに飛び回る。

アブラコウモリ
イエコウモリとも。翼手目ヒナコウモリ科。体長4.5センチ、前腕3,3センチ。沖縄を
含む日本全土、台湾、中国大陸、朝鮮に分布。夜行性で日没前後から飛び出し、小さ
なガ、ハエ、カなどを補食。人家の屋根裏などに群生し、そこで冬眠する。初夏に2~
3子を産む。

オオコウモリ
体長20センチほどで、黒褐色。翼を広げると90センチに達する。南西諸島と台湾の特
産。日中は森林の樹枝に垂れさがって眠り、夜行性。果実を好んで食べ、その結実と
ともに小移動する。1腹1子。小笠原諸島、硫黄島などには近似種のオガサワラオオコ
ウモリが住む。マライ地方のマライオオコウモリは翼を広げると1,5メートルにも達
する。

キクガシラコウモリ
体長7,5センチほど。体毛は絹状でやわらかく、赤褐色。欧亜大陸に分布し、日本に
は全国に産する。樹穴や岩穴に群生し、夜飛び出して甲虫、ハエなどを食べる。冬季
洞穴などに群れをなして冬眠する。
(カラー動物百科 平凡社より)

 ドラキュラのモデルになった吸血コウモリは図鑑には出ていませんでした。しかし
テレビではたしかに牛などの血をペロペロ嘗めているのを見たことがあります。もっ
ともつい最近かわいい小鳥が怪我をした大きい鳥の血を吸いにたかっている映像を教
育テレビで見て驚きました。自然界では食物が不足したり、不足した土地で他の生き
物の血を拝借するのはよくあることかも知れません。血液は栄養が満点であることは
確かですし、人間も輸血という名目で他人の血をもらっていますし。

 話がずれました。さてこの動物百科からすると、我が家の戸袋に潜んでいたのはア
ブラコウモリに違いないでしょう。イエコウモリと言う別名を持っているのですから。

 人家の屋根裏などで冬眠するということはつまり一冬をみんなと一緒に家で過ごし
たということになりますね。

  こうもりこーい
  ぞうりやろ
  おちたらたんばの水のまそ
  そっちの みーずはにーがいぞ
  こっちの みーずはあーまいぞ
  あーまいほうへ とーんでこい

 夏の夕暮れ、子供達が歌を歌いながらコウモリに草履をぶつけて遊んでいるところ
へ一人の大人が近づいて来ます。

  「きみ、きみ。きみ、一郎? 太田一郎?
   一郎だね、一郎だろ。おとうさんだよ。大きく、なったなあ。
   これが、赤ん坊かい。もう赤ん坊でもないんだな。さ、おいで。」

 戦争で埼玉の家を焼かれ、身内のおとら小母さんを頼った疎開先の小豆島で母を亡
くした幼い兄弟のもとに、復員してきた父親が声をかける場面です。すっかり成長し
た我が子に戸惑いを感じながらのぎこちない再会。
 これは壺井栄の長編小説「母のない子と子のない母と」の一節です。同氏には有名
な同じ小豆島を舞台にした「二十四の瞳」がありますが、「母のない子と子のない母
と」の方も北林谷栄主演で映画になりましたから、年配の方はご存じでしょう。
 どちらの物語りも反戦というテーマが子供達の生き生きとした日常生活を描写しな
がら書かれていますが、淡々とした筆遣いゆえにわたしは「母のない子と子のない母
と」の方がが好きです。「二十四の瞳」にはちょっと受けねらいを感じるからです。

 この再会の場面に効果的にコウモリが使われています。コウモリの出る季節は夏、
時刻は夕暮れ。薄くらがりの中でこそ久々の親子の対面が感動的になるでしょう。冬
ではあっと言う間に暗くなってしまいますし、秋ではあまりに感傷的です。暗くなる
まで子供達が表で遊んでいる夏の夕暮れが一番ふさわしいとは思いませんか。

 わたしが幼稚園のころ、まだ広島県福山市に住んでいましたが、そこで大きな子た
ちがこの話のような草履ではなく、物干し竿を空に振り回してコウモリを捕まえるの
について行った記憶があります。捕れたかどうだかは全く覚えていませんが、夏の暗
がりと闇より暗い川の風景は妙にはっきりと思い出せます。

 「母のない子と子のない母と」の光景が親しく感じられるのはそうした体験の恩恵
でしょう。また雨戸のコウモリを可愛く感じるのもあるいはその追憶のせいかもしれ
ません。少年時代という最も豊かな時の記憶は珠玉のごとく心にきらめいているもの
です。
 子供にそんな記憶を与えるのは親の役目と思っていますが果たしてどんなものを心
に蓄えてくれることでしょうか。

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