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2011年2月22日 (火)

游氣風信 No53「落葉松 美味しんぼ(タイ米)」

游氣風信 No53「落葉松 美味しんぼ(タイ米)」

三島治療室便り'94,5,1

 

三島広志

E-mail h-mishima@nifty.com

http://homepage3.nifty.com/yukijuku/ 


《游々雑感》

落葉松あれこれ

 五月の連休は例年のごとく信州行。
 山々を彩るの新緑、とりわけ落葉松(からまつ)の新樹と白樺の若葉は輝きと爽や
かさで抜きん出ていました。

  からまつの林を過ぎて、
  からまつをしみじみと見き。
  からまつはさびしかりかけり。
  たびゆくはさびしかりけり。

 これは有名な「落葉松」という八連からなる北原白秋の詩の冒頭です。晩秋の軽井
沢を散策しながら作ったものでしょう。なぜ晩秋と思うかというと第三連に

  霧雨のかかる道なり。
  山風のかよふ道なり。

と歌っていますが、霧雨は秋の風物だからです。また

  からまつはさびしかりけり

というリフレイン(語句の繰り返し)もまさに秋のものでしょう。

 場所が軽井沢と特定するのは第六連に

  浅間嶺にけぶり立つ見つ。

とあるからです。浅間嶺は言うまでもなく今日でも山頂から煙をはいている活火山の
浅間山。

 昨年亡くなられた昭和を代表しかつ日本の文芸史に立派な足跡を残した俳人加藤楸
邨にもよく知られた落葉松の俳句があります。

  落葉松はいつめざめても雪降りをり

これはしんしんと雪降りしきる冬の落葉松です。

 加藤楸邨は人間探求派と呼ばれ、ものや自然、動植物の中にも人間存在の在り方を
問うという生き方を俳句に表現された方です。したがってこの俳句の落葉松にも人間
を読み取るべきでしょう。

 白秋の落葉松も楸邨の落葉松も共に秋から冬にかけてのものでしたが、わたしがこ
の連休に目にした落葉松は新しい葉が光り輝くばかりに青空に萌え出した新樹でした。

 どうして毎年落葉松の若々しい緑の刃を目にしていたにもかかわらず今年にかぎっ
て鮮やかな印象を受けたのでしょうか。わたしは以前から落葉松と聞くと即座に晩秋
を思い起こすようです。

 理由は次のように考えられます。
 落葉する松という名称から落葉松に晩秋から冬への思い込みが強かったこと、晩秋
の八ヶ岳を車で通るとき、いたるところで絶え間無く散りこめる落葉松に寂しく無常
な感慨を得ていたこと、さらに先に紹介した名作から受ける思いが強いというからだ
ろうということです。

 ところが今年は涼しげに山風に揺らいでいる落葉松の美しさに唖然と立ち尽くすほ
どでした。どうして今までさんざん目にしていながら、こんな見事な若葉に気付かな
かったのかと悔しい思いさえ抱きました。

 人間は言葉を獲得することで文化を作り上げたが、逆に言葉のために物事や自然を
ありのままに見ることができなくなったとはよく言われることです。確かに言葉を獲
得する以前の赤ちゃんの澄んだ目はものの本質に食い込むようにしみとおって行きま
す。

 往療にでかけるKさん宅のまさみちゃんという生後半年ばかりの可愛い赤ちゃんは
いつもわたしの顔をじーっと穴が開くほど見つめてニコニコしたり泣いたりするので
すが、見つめられている間我が心中の邪悪な心を見透かされているようで正視に耐え
難い気さえ起こってきます。このまさみちゃんの怜悧な外界に対峙した直視こそは言
葉を持たない強さではないでしょうか。
 あの澄んだ目は言葉を学習するにしたがって曇っていくでしょう。残念なことに。
そうでないとこの汚れた世界を生きていくことができないからです。

 それに対してわたしは毎年のように落葉松の新樹を見ていながら本当には見ていな
かった。これは言葉で世界を都合よく括ってしまい、目の前の落葉松を本当には見て
いなかったからに相違ありません。つまりまさみちゃんと違って目が濁っていたわけ
です。

 ではなぜ今年に限って落葉松の新樹に気付いたのでしょう。それは山菜摘みに飽き
たときふと緑の若葉に目をやって、同行者にあの若葉は何かとたずねたところ落葉松
と聞かされたからです。
 つまりちょっとした心の空白が素直な目を取り戻してくれたに違いありません。そ
のつかの間、言葉の呪縛から解き放されたのでしょう。

 今年の落葉松の新樹はこんな意味で鮮烈な緑をもってわたしの目と心に差し込んで
きたのでした。

《気楽図書館》

美味しんぼ

週間ビッグコミックスピリッツ連載
原作 雁谷哲
作画 花咲あきら

 「日本に入ってきているタイ米は、タイの農民が汗水流して一生懸命作ったもので
す。そのタイの農民の苦労も考えもせず、タイ米の悪口を言う人に、タイ米を食べる
資格はありません!
 タイの人間だけでなく東南アジアの人間にとっては香りがなくべたべた粘る日本の
米は評価できません。でも私たちは日本の米の悪口を言おうとは夢にも思わないでしょ
う。それは、日本と私たちの食文化が違うことを知っているからです!
 文化の違いを認めずに他国の悪口を言うのは、一番野蛮なことだと知っているから
です!
 
 自分の理解できない香りは臭いと言い、自分のわからない味はまずいという傲慢な
態度で他国の文化をけなしつける。その偏狭で思いあがった精神構造があればこそ、
第二次世界大戦でアジア諸国を侵略しておきながら、あの戦争は侵略戦争でなかった
などと厚顔無知なことを言えるのですね?
 日本が本当の意味で友邦といえる国を持っていない理由がよくわかりました。」

 今月は「気楽図書館」初登場の漫画です。
 「美味しんぼ」はご存じ料理漫画の老舗。食を文化としてとらえなおし、食を通し
て環境問題や身近な人情まで幅広く話題を提供しているのが人気の続いている理由で
しょう。単行本としてすでに四十五巻まで出ています。

 先の台詞はタイ米を侮辱されたタイの女性記者の言葉として書かれていますが、こ
れは原作者雁屋哲の根幹を為す思想です。
 雁屋哲は東大卒業後、大手広告会社に勤務。退職して劇画や漫画の原作者として活
躍。この「美味しんぼ」は大ヒット作で、マスコミにグルメブームを巻き起こしまし
た。
 しかし最初から視点が旨い不味いという次元から離れて、料理は文化である。これ
を正しく後世に伝えるのは我々の義務であると言う姿勢が貫かれています。本当のお
いしい料理を得るためには本物の材料の吟味が必要だが、私たちはそのための国土を
果たして維持しかつ子孫に残せるのかという大きなテーマを中心に据えていますから、
大人の鑑賞に耐える漫画として成功しました。
 テレビの愚劣な料理番組とはもって一線を画すものです。

 彼の矛先は味噌、カマボコ、醤油、ビール、米の自由化、捕鯨問題、長良川河口堰、
宍道湖淡水化計画、沖縄のサンゴ礁破壊、酒、牛乳、ハムと向かい、メーカーともめ
たことも再三ありました。共通しているのはどれも今日の社会が流通と経済性優先に
陥っていて文化の本質を歪めているという視点です。

 ここに引用している米騒動も一時のことを思えば沈静化しましたが、米に対するタ
イ記者の言葉は日本人なら誰でも耳の痛いことでしょう。
 わたしが子供の頃は、米はお百姓さんの八十八の苦労でやっとできるものだ、粗末
にしてはいけないと教わりましたが、タイのお百姓さんもまったく同じように、否、
機械化されていないだけそれ以上に苦労しているのだと考えるだけの優しさと視野の
広さを忘れがちです。
 輸入問題で何かとうるさいアメリカでも、農民の間からは、アメリカ政府が日本の
農家に対してあまり圧力をかけるのは同じ農民として辛いという意見も出ているそう
です。

 一つの事柄から某かの意味を引き出すという思惟の力を持ちたいものだとつくづく
思います。

 ちなみにこの作品が掲載されたのは例の新米大臣の暴言退任事件の前のことです。

《後記》

 以前からリハビリに訪問していた脳性麻痺のカズ君が小学校に入学しました。しか
し喋られない、見えない、動けないという重度の障害をもっていますから通学できま
せん。それで養護学校から週に三回ほど先生が自宅まで来てくださるのです。
 カズ君はいつもニコニコしたハンサムな少年です。学校の先生の話では重度の脳性
麻痺でこんなに反応のある子は珍しいとのことでした。カズ君も先生をすっかり信頼
して抱っこされたり手足をさすってもらったり、呼吸の訓練をしています。
 キャリア十数年のY子先生はふくよかなからだでしっかりカズ君を受け止めてそれ
こそまるごと体当たりで教育に当たっている姿は実に見事としか言いようがありませ
ん。カズ君のお母さんといつも「すごいねぇ。」「すばらしい先生だね。」と話し合っ
ています。
 養護教育は身近に障害児を持たない限りまず縁がないでしょう。しかし、本当に頑
張って仕事に携わっている養護の先生を見ていると感心します。
 もっともY子先生に言わせれば当たり前のことをしているだけなのでしょうが。
(游)

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