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2011年2月22日 (火)

游氣風信 No51「絵本再び コメの話(井上ひさし)」

游氣風信 No51「絵本再び コメの話(井上ひさし)」

三島治療室便り'94,3,1

 

三島広志

E-mail h-mishima@nifty.com

http://homepage3.nifty.com/yukijuku/ 


《游々雑感》

絵本ふたたび

 先月号に絵本の話題を書きましたら、予想外の反響でした。意外と言うべきか当然
と言うべきか、ともかく絵本に関心のある方が随分多いのですね。
 現在子育て真っ最中の方は勿論のこと、昔こどもに読み聞かせたという年配のおか
あさん、子育てとは直接関係ない独身女性など多彩な方からおはがきや口頭で反応が
あったのです。こういうことはそうそうあるものではありません。宮沢賢治風に言い
ますと「こんなことはじつにまれです。」

 文の中で紹介した「かばくん」を持っているとか、うちの子も「てぶくろ」の荒唐
無稽さが大好きだったとか、「さむがりやのサンタ」は愛読書だ、あの皮肉っぽい性
格が気に入っているとか色々。さらに「どろんこハリー」を早速こどもに読んでやり
たいというお母さんからもはがきをいただきました。
 また先月の文のタイトルにした「わすれられないおくりもの」を今度図書館に行っ
たとき探してみるという若い女性からの手紙も手元に届いています。

 いずれにしても皆さんのお話やお便りから絵本に関して造詣が深いこと、また子育
ての中で絵本を重要な位置においておられるのだと改めて知ることができました。

 この《游氣風信》はわたしが勝手に書いて、縁のあった方たちに無理やり手渡した
り郵送したりしていますから、果たして読んでいただいているのだろうか、嫌がられ
ていないだろうかといつも気にしています。ですからこうした反応はとてもうれしい
ものです。

 さて、この前、用事で郵便局に行きましたら、そこで思わぬものを見つけました。
ご存じでしょうが郵便局ではふるさとの名品(農産物など)をゆうパックで自宅に届
ける通信販売サービスをしていますね。「ふるさと小包」と言います。
 局内が結構混んでいたので、退屈したわたしは暇な待ち時間をつぶそうと局の棚の
パンフを漁っていたらなんとその中に「ぶっくくらぶ」というのがあったのです。

 これは「こどもの本の定期便」と称されているもので、年齢に応じて楽しいことと
良質であることを基準に厳選された本を定期的に自宅に郵送してくれるシステムです。
長崎にあるこどもの本専門店「童話館」が行っているもので郵便局が直接選んでいる
のではありません。
 申込用紙の中に「童話館」代表の川端強氏の考えを長崎新聞が取材した記事コピー
が入っていて、これがなるほどと感心させてくれる内容でした。

 川端氏はお母さんはこどもの発育のために料理を一生懸命考えて作りますが、こど
もは身体だけではない、心も持っていますとして次のように続けられます。
 「身体だけを育てて、心は育てなくともよいのでしょうか。人の心を育てていくも
のの中で、本はとても重要な役割を果たすことができます。」
 つまり、こどもの身体の健康のために食べ物の質や材料、料理に気を使うと同じよ
うに、精神の健康のために絵本を慎重に選んで欲しいということでしょう。
 以上のような前置きをされた後、今のこどもの本のおかれている状況や本の選び方、
与え方などに話を広げていかれます。

 今日こどもの本が氾濫していることは書店に行けば一目瞭然。しかしそこにこそ問
題があるのだそうです。川端氏は目につく本は大人で言えば週刊誌、暇つぶしにはなっ
ても精神の栄養にはなり得ないものと喝破します。なぜならそれらはこどもに媚びて
いてこどもの心の糧となる質を備えていません。例えばどぎつい色使いの名作絵本や
テレビアニメの本、これらがいちばん目立つところにたくさん置いてあるのです。こ
うした本ははわたしもこどもたちに全く買い与える気のしないものでした。

 それでもよい本はあると川端氏は言います。けれどもそれらは地味で目立たないた
め結局は売れないので一般の本屋さんにはあまり置かれていないそうです。なぜなら
売れない本を棚に置いておくほど書店に経営的余裕がないし、こどもの文化に関心の
ある本屋も少ないためだそうです。

 文化が経済に取って変わられるのはしかたないとしても日本はとりわけそれが強い
ような気がします。といって外国の状況を知っている訳ではありませんが、日本が過
去の文化の良い面でさえいとも簡単に破壊してきたことを考えるとあながち間違いで
はないでしょう。せっかく戦火から免れた京都や奈良が今日観光目的のためにどうなっ
たかを見れば理解していただけると思います。

 本に戻りますと以上の理由から「よい本ほど見つけにくい」と川端氏は言われるの
です。
 また、次のことは盲点でした。
 幼い子がたどたどしく「あ・・め・・、や・・ま・・。」などと字を読みますと両
親やおじいちゃん・おばあちゃんたちは大喜びし我が子は、我が孫は天才ではないか
などと頬をたるませます。それが愛すべき親ばかというのもでしょう。

 ところが、親心を知ってか知らずかまたしても川端氏は語ります。「文字が読める
ことと本が読めることは違います。」と。
 文字をひとつひとつ区切って読み上げるのは音を発しているだけでそこには何の意
味もありません。
 文字の並びがことばになり、ことばの連なりが文章になり、文章がなんらかのイメ
ージを伝え、さらに創造と想像を生み出す、つまり読んで理解することとは違うとい
うことです。

 したがって自然に覚えるまでは無理に早くから文字を教え込まないことが想像力豊
かな子に育てるのだそうです。ようするに文字を読ませるよりまずおかあさんやおと
うさんが読んで聞かせなさいと言うことです。その中からこどもは親と子の関係を学
習し、さらに絵本の内容から想像力を豊かにしていくのでしょう。

 「親の欲目は、いっそう子どもを本嫌いにするようです。」川端氏の話はまだ続き
ます。 親は難しい本や役に立つ本をこどもに与えがちで、どんどんこどもを本嫌い
にしているのだそうです。これは言えます。わたしも大いに反省するべき点です。だ
いたい親が読ませたい本はこどもはあまり気に入らないで、なんでこんな本がいいの
かなという本を大好きになります。

 先月号に書いた「どろんこハリー」などその最たるものだと思います。内容もたい
したことはないし、絵も古いしどこがいいのかと思うのですが、しつこくしつこく読
んでくれと頼まれました。そしてここぞという一言を心待ちしているのです。汚れた
野良犬がじつはハリーという可愛がっていた犬だと分かったとき「ハリーだハリーだ、
やっぱりハリーだ。」というこどもたちの台詞を一緒になって大喜びするのです。

 反対に気に入ってぜひ見せてやりたいと思った「赤いふうせん」はほとんど関心を
示さず、今手元にある本にはクレヨンでひどい落書きがしてあり、目もあてられませ
ん。

 まだ川端氏の話は続きますが、ここで解説していくより最寄りの郵便局でもらって
きたほうがいいかも知れませんからこれまでにしておきます。

 関心のあるかたは下記へ直接お問い合わせください。

発 送 元 こどもの本の専門店「童話館」
      〒850 長崎市古川町8-3 電話0958-28-1265

《気楽図書館》

コメの話
どうしてもコメの話
      井上ひさし著 新潮文庫

 米が社会の歪みを露呈しています。上記の「コメの話」は以前にも紹介しました。
この度前著で訴えた危機感が現実的になってしまったので「どうしてもコメの話」を
緊急刊行されたようです。本にだって旬はあります。

 両書ともに食糧庁などの裏付けのある具体的な数字を紹介しつつ、農業は文化であ
り、風土であること、つまり人々が長い歴史でその土地に合うように築き上げてきた
もの、それを維持し後世に伝えるべきという視点に貫かれています。実際そのために
世界中の国々が大切な作物を中心に農業をいかに経済性を無視し、苦労に苦労を重ね
て維持しているかを著者ならではのユーモアにくるんで書かれています。
 また、国際化の中では各国が自国の農業を守ることが義務だとも。その証拠に日本
がたった1年不作になっただけで世界のコメ市場の価格が2から3倍に跳ね上がってし
まったのです。そのためにコメが買えなくて困った国が一杯出て来ました。そうした
国では国産米が高いのタイ米がまずいのなどと言っておれる場合ではないのです。こ
れは国際的にも無責任な行為と言わざるをえません。

 内容の一部を紹介します。

 世界の人口の中で日本人の占める割合は2%強、その日本が世界の食料貿易の20%
前後を買い漁っている。しかもそのうち1000万トン(これはわれわれの国のコメの生
産量と同じ)は残飯として捨てられる。世界中が食物で溢れかえっているのならとに
かく、腹一杯食べているのはたったの10億、残りの30億がほどほどに食べ、そして最
後の10億、すなわち世界人口の5分の1が飢餓線上にあるというのが現状なのだから札
束にものを言わせた成金風餓鬼式暴れ喰いはみっともない。たいがいにしたらいい。
自分たちのいぎたない食べ方が傍らからどう見えるかも分からずに、なにが「国際化」
なのだろう。

とこんな具合。

 本書には日本の穀物自給率の低さは世界最低であることも書かれています。フラン
スの自給率が203%、イギリスが113%、日本30%。国民一人当たりの生産量はアフリ
カ以下という驚くべき状況なのです。

 今の米騒動でもっとも醜いところは皆さんも同感でしょうが、タイの米文化と日本
の米文化の違いを考慮しない短絡的思考の恥ずかしさです。他民族の歴史を自民族の
それと同等に敬意をもてないこと、これすなわち自分の文化を尊重していないから、
あえて他国の文化まで知ろうとしない狭量さの現れでしょう。
 そこに異民族蔑視のおろかしさが見え見えですから困ったもんです。日本の国際的
優位性は単に経済面のみであること、これを言い換えると成金と呼ぶほかありません。
日本の文化的財産はほとんどが江戸以前のものでしかないのです。
 さらに輪を掛けた愚挙が買いだめ。米業者を喜ばせるだけでしょうに。学生時代に
習ったのですが、古典的経済学者は自由経済は神の手によってうまく回って行くと考
えたようです。残念ながら現在の経済はすでに神の手から人の手に移っていますから
こういうことはこれからも何回もあることでしょう。この神の手に換わるものが地域
や風土をともに守り伝える仲間の間の親愛感なのだと思うのですが、これはあまりに
楽観的な見方というものでしょうかね。




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