游氣風信 No70「運動と活性酸素」
游氣風信 No70「運動と活性酸素 」
三島治療室便り'95,10,1
三島広志
E-mail h-mishima@nifty.com
《游々雑感》
運動と活性酸素
このところ《游氣風信》では続けて栄養学を取り上げています。
今月も懲りずに少し栄養学に触れようと思います。
なぜなら、
活性酸素に対抗する力価が○○云々
などとうたった広告が全国紙の最終面の三分の二を費やして打ち出してあったからです
。大変驚きました。
女性雑誌の美容欄には以前から、太陽の紫外線は皮膚に活性酸素を作ってシミ・ソバ
カスの原因になるからビタミンC含有の化粧水を補って予防しようなどという記事はあ
ったようですが、それ以外で目にすることは一般の雑誌ではありませんでした。
先の広告からすると、もうすっかり活性酸素という専門用語は市民権を得たようです
。長年、活性酸素を研究をしてきた人やその実態の啓蒙に努力してきた人には隔世の感
があるといえるのではないでしょうか。
ちょっと前までは、このような気軽な読み物(この通信の読者はおおむね治療に関わ
った人たち)に自分でもよく理解できない活性酸素などという固い専門用語を用いるの
はどうかと思ったのですが、今述べたように今日では新聞や雑誌などで頻繁に目にする
ようになり、もはや、現代人必須のことばになっているようです。
わたしが初めて活性酸素ということばに出会ったのは、かれこれ十年位前になるでし
ょうか。以前所属していた治療研究会に栄養学の講師が招かれたのです。その時のセミ
ナーで講師が盛んに活性酸素の害を訴え、近い将来このことばはとても身近になると断
言したのですが、それがとうとう当たり前になってきたようです。
活性酸素は酸素の仲間ですが、不安定で他の物質と非常に反応しやすい性質がありま
す。
近くにある分子を手当たりしだい酸化してしまうのです。酸化とは物質から電子が奪わ
れることですが、身近な例を上げますと鉄のさびがそうです。さびは酸化によってでき
るのです。
活性酸素は悪いことばかりではありません。わたしたちの体の維持のために活性酸素
はなくてはならないものです。エネルギーを作り出したり、白血球が病原菌を殺したり
するとき、活性酸素が利用されています。しかし、過剰にできると体の各組織を傷めつ
け、老化を早め、遺伝子にまで及ぶとがんやさまざまな病気を作ってしまうのです。
多くの生物は生きていくために酸素に依存しています。脳細胞など数分間の呼吸停止
で死んでしまうと言われています。一般に人間は通常1日に700グラムの酸素を吸ってい
るそうですが、そのうちの2から5%が活性酸素になります。70年生きる間に約18トンの
酸素を吸っている計算になるので、活性酸素の量はなんと1トンにもなるとか。
体の方もただ手をこまねいているばかりの無策ではありません。わたしたちの体には
活性酸素の害を押さえるためのSOD(活性酸素除去酵素)という物質を作ってその害
から体を守っているのです。けれども、この酵素は高齢になるとどんどん減少しますし
、たばこやストレスで活性酸素が増えるとそれに対応しきれなくなります。
もう少し詳しく説明しますと、水の分子は水素原子1つに対して酸素原子2つで安定し
ています。水は凍っても溶けても蒸気になっても水として安定していますね。それは水
の分子の中の酸素原子がペアになって仲良くしているからです。このように酸素原子が
偶数でうまくペアを作っているとその物質は安定しています。
ところが、なんらかの理由で酸素原子が1つなくなってしまったら、それまでの穏や
か
な酸素原子は形相を一変し、近くにある他の分子から電子を奪い取ってしまうのです。
そうして自分は安定しますが、取られたほうはまた他からむしり取らなければ落ち着か
ないと言う具合に次々に波及してしまいます。
たとえてみれば、わたしが高校生の時、上履きスリッパを誰かに盗まれたことがあり
ました。高校生の軽いノリです。そこでわたしも他人のを拝借しました。するとそいつ
もまた他からと言う具合に、常に上履きスリッパは手から手へ(足から足へ)たらい回
しにされたものでした。このようなことが体の中でも行われていると理解してください
。
まあ、そんな具合に、体の中では酸素を盗られたから他所から盗みかえすという波及
作用が暴走的、爆発的に起こっているわけです。
で、体の中では具体的にはどうなるのでしょう。かなりはっきり分かっているのは血
管障害です。いわゆる動脈硬化。特に重大なのが心筋梗塞や狭心症などの心臓病、また
脳梗塞などの脳血管障害です。そのほか、目や腎臓、すい臓など全身に問題が出ます。
成人病検診でコレステロールが高いから注意するようにとお医者さんから言われるこ
とがあります。それは何故でしょう。コレステロールと動脈硬化の間には深い因果関係
があるからです。
以前は動脈硬化は血中コレステロールの量が関係すると考えられていました。しかし
、今日では質が問題視されるようになりました。ご存じでしょう。善玉コレステロール
(HDL)と悪玉コレステロール(LDL)ですね。しかし、悪玉即悪玉とは言えない
ことが分かりました。正常であれば悪玉コレステロールと言えども悪さをしないのです
。悪役俳優と同じで顔が怖いだけで本当の悪人ではないらしいのです。
問題にされるべきは「酸化された悪玉コレステロール」だったのです。悪玉コレステ
ロールが酸化されると動脈の壁に脂肪の蓄積が起こります。これが動脈硬化の原因です
。
動脈の壁に付着したコレステロールが酸化すると細胞膜が損傷します。血管が切れや
すくなるのはこのためです。ですから運動中に心臓が止まってしまうのも悪玉コレステ
ロールの酸化が原因となるのです。
この恐ろしい酸化を全身いたるところで暴力的に行うのが先程から何回も出てくる活
性酸素だったのです。
たばこを吸うときニコチンの量を気にする人がいます。ところが今ではニコチンはむ
しろ痴呆の予防になると分かりました(潰瘍性大腸炎、パーキンソン病、痴呆症は喫煙
をしない人に多い)。たばこで怖いのは煙の中の過酸化水素なのです。過酸化水素、名
前の通り、酸化が過ぎている、すなわち活性酸素なのです。
わたしが小学校の頃、ケガをしたらすぐに保健室の先生がオキシドールで消毒殺菌し
てくれました。オキシドールは過酸化水素の薬方名なのです。この事実からも過酸化水
素の力の強さが証明されようというものです。その力で体の細胞を傷つけられてはたま
りません。たばこの害はそこが問題なのです。一頃、うどんなどの保存殺菌のために過
酸化水素が使用されて問題になりました。現在はどうなったのでしょう。
紫外線を浴びると皮膚細胞の水の分子が分解されて活性酸素を産出します。これも軽
くは日焼けやシミ・ソバカスですが、皮膚がんの元でもあり、今では日焼けは推奨され
なくなって来ました。
さて、では活性酸素の害を防ぐにはどうしたらいいでしょう。
先程も書きましたが体の中では活性酸素の働きを弱めるSODという酵素を作ってい
ます。この力は40歳過ぎから衰えていきますから、激しい運動をするときは注意しなけ
ればなりません。
わたしたちの遺伝子には一生のうちでその人が処理できる酸素の量が決められている
と言います。運動のやり過ぎやたばこの吸い過ぎ、ストレス過多はすべて活性酸素を産
出しますから、そのためのSODも合成しなければなりません。しかし遺伝子によって
その合成能力に差があるとしたらあとは栄養とライフスタイルで予防するしかないので
す。
ところが神の配慮か自然の叡知、SODの代わりをするものがあります。抗酸化物質
と呼ばれるものです。よく知られたものを上げましょう。
ビタミンA、C、E、ベータカロチン、セレニウム、フラボノイドなどの栄養素です
。これらを十分に補うことで活性酸素の害を減らすことが可能であることが分かって来
ています。
十分とは通常の食生活で十分な人もあれば、その100倍の量を補助食品として食べ
なければならないレベルの人もあります。その固体差は無限に異なるのです。そこから
、ビタミン大量主義が生まれてきたわけですね。通常の食生活でなんらかの問題がある
方は試みる価値はあります。また、高齢になるにしたがって栄養はどんどん増やさなけ
ればならないのは言うまでもありません。
生涯に消費できる酸素量が遺伝子によって決定されるということです。ここから興味
深いことが思い出されます。それは、漢方の考え方に非常に近いのです。
漢方では、わたしたちの命は親からもらった先天の気(元気ともいいます)を枯渇さ
せると死にいたるとします。そのために後天の気が大切なのです。後天の気は天の気、
すなわち呼吸と、地の気、すなわち水や食物、これらを摂取することで先天の気を減ら
さないようにしなさい三千年以上前に書かれた本にあるのです。この考え方は実証を伴
わないけれども遺伝子と酸素の話に似ています。
さらに、漢方では風、熱、湿、燥、寒という環境や、働き過ぎや睡眠不足、セックス
過多が体に異常をきたす原因になるというのです。感情も喜び、怒り、憂い、思い、悲
しみ、
驚き、恐れがすぎると元気を失うと考えます。この辺り、ストレスと活性酸素の関係と
似ていますね。一方は仮定として、一方は実験による実証という思考方法は決定的に違
いますが。
ところで、運動と活性酸素に関係する新聞記事が日本経済新聞に載っていました。
運動はがん防ぐ
産業医大教授ら研究
日本経済新聞 1995、10、2
遺伝子のデオキシリボ核酸(DNA)の損傷とがんの関係を研究している産業医大(
北九州市)の葛西宏教授[職業性腫瘍学]らは「運動するとがんにかかりにくくなる」
との研究成果を三日から京都市で開かれる日本癌学会で発表する。
DNAとがんについては、DNAが酸化し損傷を受けるとがん抑制遺伝子が働かなく
なりがんにかかりやすくなるとされている。これまで運動は酸素を大量に消費するため
DNAが損傷を受ける、とされていた。
しかし葛西教授によると、運動するとDNAの損傷を治そうとする修復酵素の働きが
高まり、DNAの損傷は逆に減少することが分かった。 葛西教授らは、十九~五十歳
の男性二十四人に約三十分間自転車をこがせ、こぐ前と後でDNAを構成する塩基の一
種グアニンの損傷度と修復酵素の働きを数値で調べた。
その結果、二十二人は運動後にDNAの損傷が減少し、修復酵素の活性は上昇してい
た。
最も変化の大きかった人では、DNAの損傷は約半分になり、修復酵素の活性は一・五
倍になった。
葛西教授は「運動することで修復酵素の活性が高まる上、日ごろ運動を続けていると
DNAの酸化を防ぐ働きも高まるので結果的にがん予防になる」としている。
☆
実験の運動の程度が知りたいものですが、日ごろ適度の運動が健康増進に役立つとい
う理論的説明になるでしょうね。
このように活性酸素が遺伝子を傷つけないよう修復酵素がでるそうです。修復酵素と
SODが同じものなのか別の酵素なのかはまだ調査できていません。
それにしても、体の中ではがんになろうとする作用とそれを抑制しようとする作用、
遺伝子を破損する作用と修復しよとする作用などわたしたちの知らないうちにさまざま
な営みがなされているものですね。
いかに体と協力して行くか。これがこれからの健康法の指針につながると思います。
参考
動脈硬化を防ぐビタミンE(NHKきょうの健康1994年1月号)
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