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2011年1月26日 (水)

游氣風信 No48「身体調整・心臓発作」

游氣風信 No48「身体調整・心臓発作」

三島治療室便り'93,12,1

 

三島広志

E-mail h-mishima@nifty.com

http://homepage3.nifty.com/yukijuku/ 


<游々雑感>

 今月は以前手技治療専門誌マニピュレーション(エンタープライズ社刊)に掲載さ れた文を紹介します。少し専門的過ぎて読みにくい部分があるかも知れませんが、() の中に解説をつけていきますから理解していただけると思います。

身体調整について

 一般に治療と表現する行為及び理念を、私自身は身体調整と呼んでいる。なぜなら 人のいのちの状態の過渡的一断面を見て(今の症状だけを見て)、それを病気とか異 常と決めつけることに一種のためらいがあるからである。
 したがってそれに対するアプローチを治療とか医療と呼ばず身体調整と呼んでいる。

 敬愛する福岡の鍼灸師 筑紫城治氏は「医術は人の病いをヒトの<病気>として 療術は人の病いを生活者の<病い>として見る所に、双方の欠点と長所がある。」と 分類、定義する。けだし卓見である。
 (ヒトとは生物分類上の人、生活者は社会・歴史の中に生きている人間のこと。< 病気>は病いを病気という悪い状態と断ずることで、<病い>は病的状態そのもの見 て、善悪を断じていない。)

 その言に沿えば、私の目指す行為および理念は療術である。しかし別の観点から身 体調整にこだわっている。

 それは<病い>と<非病い>の間にボーダーライン(境界線)があると仮定し、マ イナス状態をゼロラインに引き上げるのが<癒療>(つまり病気を治療すること。)、 ゼロラインからプラス状態に高めることを<鍛練>(もっと元気になるように努力す ること。)とし、それらを一貫するものを<養生>(漢方では治療と日ごろの養生法 に区別がない)とする。その<養生>に対するアプローチを<身体調整>とするので ある。そしてもとより仮定されたボーダーラインなどは無いのである。

 今その人が示している状態は、その人の生育の結果である(生まれてから今日まで の生き方が今の状態になっている。)。すなわちその人の人生史のヒトコマである。
そのヒトコマである今がいかなる苦しい状況であろうともまず懸命に生きている人生 の一瞬として「いとおしみ」、かつ冷静に「評価」したのち、然るべき対処をすべきで あろう。
 (誰も病気になろうとして生きてきたわけではないのだから、今の具合の悪い状態 を責めるべきではない、むしろ心からその人の状態に共感しようということ。)

 なぜなら今こそが未来の礎であり、苦しい今から素晴らしい未来に転換するには、相当の認識の転換を必要とするからである。
(今の状態は今までの生きてきた結果、同時に今の状態は将来の原因になる。だから 今をちゃんとしないと、良い将来が望めないだろうということ。これは生活や仕事だ けでなく物事に対する考え方も転換しないと難しい。)

 「苦は楽の種」という有名な諺は体験を経験に変える認識の産物に外ならないのだ。
その認識に癒しの術をもって働きかけるのが身体調整なのである。
 (体験はある状態をただ生きたということ、それに対し経験はそこから何かを学ん だということ。苦しいことのあとには必ず良いことがくる、あるいは「冬来たりなば 春遠からじ」「明日は明日の風が吹く」と明るい将来を信じて生きることが今の苦し みに立ち向かう心の支えになる。あるいは今の苦しみから何かを学びなさいよという 励まし。)

 医大、病医院、保健所、保険制度など厚生省の管轄による体制規定の、いわゆる正 当医療(お上が認めている医療。)ではなく、非正当的で辺縁的立場(お上が認めて いないか、認めたくない民間医療。)にある手技療術関係者はこの体制からある程度 の(法律限度内の、あるいは道徳的容認の)自由な立場にある。
 我々(指圧や鍼灸)はその立場をこそ逆に利用すべきである。

 苦しむ人、悩める人の生育史及び環境をも包括した<癒しのまなざし(中川米造) >を伝家の宝刀として、病める人の苦しみの深奥に共感すべき<手>と<術>を磨き上げて「生活者の病い」を癒す道を尋ねて行くべきであろう。

癒しとは

 身体調整はコミュニケーション(触れ合い)の一形態である。その根底にあるのは苦しみ悩み、疲れている人に対する理解と共感であり、その行為は思わず手が出て、 触れ、さすり(手当て)、励まし、慰め、じっと抱きしめる(介抱)などの行為で表現 される。

 そしてそれらの行為は一方通行ではなく、同時にこちらの手も触れられ、さすられ、 じっと抱かれ、両者間に種々の情報の交換がなされているのである。
 本来、医療とはそうした対等の関係であったはずだが、今日では医師対患者という 権威主義(どうしてもお医者さんには近寄り難い雰囲気がある。)とお客対サービス 業(反対に我々指圧や鍼灸師は歴史的に昔の温泉宿のあんまさんのイメージから抜け がたい。)という経済関係にとって替わられてしまった。
 (これはあくまでも図式的に捕らえたもので、必ずしも現実と同じではない。)

 しかし、一部で本能的な手当ての歴史が受け継がれ、危険を廃し、有効性を高めな がら発展してきた。
 それは施す側と施される側との関係性を考慮した身体観に立脚する、おおらかで風 通しの良い、解放された対等関係に基づく触れ合いの手作り医療である。

 私達の目指す手技療術とはこの生命観と歴史性の上に立つ、素晴らしいものである ことを認識し、こころして日々の施術に当たるべきものである。

症例 心臓発作

 この症例は既に10有余年前のものであり、私の極めて初学時代の事例であるが、いろいろ考えさせられた経験であるから紹介したい。
 ただし、細かな事実を現在明らかにするべき資料が無いため、事実に基づいたエッセイのような感覚で読んでいただきたい。
 (厳密な症例報告ではなく、気軽な読み物として読んで欲しいということ。)

 慢性関節リウマチで身体調整に通って来ていた婦人が、ある時妹もお願いしたいと言われたので、次回に予定していた。ところがみえたのは姉の方だけであった。
 姉によると「妹は昨夜急に心臓発作が起きてしまい、近所の医者に往診してもらっ た。今は症状は治まっているが、動けないでいるので往診してほしい。」とのことであ る。
 心臓ではちょっと手が出せないと断ったが、「診るだけでいいから」と懇願される ので仕方なく姉の運転する車で家まで乗せて行ってもらった。
 妹は布団に横たわっていたが思ったより元気そうであった。力は無いながらも笑顔 で挨拶をされた。
 「昨夜は初めての発作であり怖かったから医者を呼んだ。医者の話では心臓自体は悪くないので心配はないが、安心のため薬を置いていくという。明日にでも心電図を とってもらう予定。」
 以上の話から多分心臓神経症(心臓の病気ではなく、心臓を働かせている神経が一 時的に異常になった病気。通常生命には関わらない。)であろうと推定し、それなら ば手を出してもよかろうと決意した。

診察・診断

 当時、私は經絡指圧の増永静人に師事していたので、まず腹を診た。(經絡は体の 中を氣という一種の生命エネルギーがながれる道のこと。中国医療の基本的な生命観 に基づく。經絡指圧はその經絡を指圧することで氣の流れを良くしようとする。)

 心下部(みぞおち)にひどい痞硬(しこり)があり、何か小さな袋でも詰まってい るようであった。さらに右季肋部(わきばら)が堅く、季肋下(肋骨の下)には全く 指が入らない。そして少し熱くなっていた。

 下肢(脚)の内側、肝経(肝の經絡。今の医学の肝臓とは名前が似ているが全く違 う。行動を司る。ここを病むと怒りっぽくなると言う。)に強いつっぱりがあり、押 さえると痛いと声をあげた。
 その後方にある増永心経(心の經絡。心臓ではなくこころと考える。中国の經絡に は脚には心経はない。)は、表面的には力がなく芯に堅い平板なものを感じた。芯に 圧を加えるとじんじんした感じが足先まで響くと言う。

証(体の状態を一種のパターンで捕らえる。病名とは違う。)

 腹のみぞおちのつかえと右季肋部の固さ・熱感、足の經絡の状態と症状から「心虚 肝実の証」(經絡指圧独自の診方。古典的にはない。)とした。証とはさまざまな症 状の集合をパターンとしてとらえる方法であり、そのまま調整の方法も示す。
 漢方薬なら証即処方である。

調整

 左手四指を心下部(みぞおち)に軽く置き、右手拇指で左脚の増永心経に深く、静 かな沈みこむような持続圧を加えていたら、1分ほどして心下部のしこりがググッと いう音と共に緩んできた。
 すると妹はフウーとため息をつき、何か胸のつっかえが除れたようだと言った。さ らに持続しながらみぞおちを撫ぜ降ろして、しこりの完全な緩解を促して調整を終了 した。
 肝の反応部(右脇腹)も緩んだ。しかし熱は変化なし。
 左脚を選んだ理由は、左右の心経を深く指圧した時、左の方が右よりみぞおちの心 の部に響き(感覚的なもの。術者にも受け手にも分かります。)が伝わり易かったか らである。
 脚の肝経は先程のつっぱりは薄らぎ、押さえても痛くなくなり、心経の重苦しさも かなり消失した。
 妹は安心感からか見違えるほど晴れ晴れした顔で横たえていた体を起こし、床のう えに座って「とても楽になりました。」と礼を言った。

考察

 何故こんな10数年も前のカビの生えたような症例を持ち出したかというと、一つに は私としてうまくいき過ぎた例だからである。

 似たような症例で中年女性のケースもある。その女性は発作の最中に呼ばれた。行くと家族で手足を押さえ付けている。
 「そうしないと体が宙に浮いてしまう。」と本人が言うからと説明を受けた。

 急いでみぞおちに手を当て、その時は何も考えず速やかに脚三里(膝の下のツボ) を強く指圧した。これは氣を下げる効果があったらしく、数分するとゴボッと音がし て落ち着いてきた。

 その後医師にかかり、心臓神経症と診断されて、ニトログリセリンの錠剤を常備す るようになった。

 以上の2例はとても印象に残るほど鮮やかな効果をみた。むろん全てがこのように うまくいくはずがない。ともに見た目ほど症状は強くなく、心臓自体は全く異常がな かったからこうした効果があらわれた。しかし両者とも再発を繰り返し、常備薬が離 せない状態である。

 もう1つの理由は、証の解釈について学ぶところがあったからである。
 心虚(心の氣が乏しい状態。)の場合、精神的な問題を強く表現していることが多 い。増永静人(經絡指圧の創始者。指圧界を技術・理論両面と思想でリードした。京 都大学心理学卒業。)は「心経は心そのものだ。」と言っていた。

 増永静人の「切診の手引き」(医王会刊)によると心虚の症状は「気疲れ、ショッ ク。不安感、神経緊張がある。舌がつれ、あれる。気力がない。」、精神面として「精 神的な疲れ、ショック、神経緊張、ストレスなどでノイローゼ、神経症ぎみ、心配に よる食欲不振、気ぜわしく落ち着きがない。物忘れしやすい。不安があり心労ぎみ、
気が小さい。」、身体面として「上腹に力がない。鳩尾(みぞおち)が固くつかえる。
心臓症状、動悸がしやすい。腹壁の緊張が強い。舌がひきつれ、のどがつかえる。手 が固く汗ばんでいる。心身症、疲れやすい、狭心症、心筋梗塞、目尻がきれやすい。」
とある。

 症例の妹は、何か精神的な疲れが体の状態や顔付きから感じられて、診察・調整中 さりげなく聞こうとしたが、彼女は何も無いと言い張った。
 私もあえてしつこく聞くのは得策ではないと、その件には深入りせず、体の不安の 方に比重を移した。
 しかし、先に引用した増永静人の説にあるように、みぞおちが固かったり、ペコン とへこんでいたり、芯に凝りや袋のようなものがある時は心身に重大なショックがあ ることが多い。たとえば交通事故の後遺症などもそうである。

 調整後、彼女の姉が家まで送ってくれたが、その時、「実は妹の夫の勤務先が半年 前倒産して、妹はその間必死で働いて家計をやり繰りした。そして最近夫の再就職先 が決まったとたんにこうなった。先生の言うように彼女には相当な精神的重圧があっ たはずだ。」と教えてくれた。
 私はやはりと自分の想像が当たっていたことを喜ぶと共に、彼女がそのところまで 心を開いてくれなかったことについて考えざるをえなかった。

 証は調整の方針、いわば治療の世界に関係するのみでなく、その人をより深く理解 しようとするものである。人間理解の一手段なのである。
 証を診るとは調整法(治療法)の選定だけでなく、人間が人間に対してどこまで働 きかけることができるかという大きな問題を含んでいる。
 彼女は私に心の世界まで入られることを拒否した。私は拒絶されたのである。体の ことだけを何とかして欲しいというのが彼女の要求であり、その場での私と彼女との 関係における身体調整の限界を示すものなのだ。

 これは悲観しているのではない。人間と人間との関係性の中にしか身体調整は成立 しないことを示しているということだ。
 私自身がさらに成長をしていたら、また別の展開も考えられただろう。
 
 この経験から得たものは、もっともっと心の奥まで受け入れてもらえるような人間 になれということであった。
 この体験を彼女からの無言のエールとしてとらえたわけである。

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 ()を付けたことでかえって読みにくくなってしまったようですが、いかがでした か。今回改めて読み返してみますと専門誌向けと言うことでかなり気負って書いてい ます。

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