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2011年1月26日 (水)

游氣風信 No46「ふたたび虫愛づる 梅原猛 漱石」

游氣風信 No46「ふたたび虫愛づる 梅原猛 漱石」

三島治療室便り'93,10,1

 

三島広志

E-mail h-mishima@nifty.com

http://homepage3.nifty.com/yukijuku/ 


《游々雑感》

ふたたび虫めづる

 奥本大三郎氏の本(虫の文学誌 NHKテレビ人間大学テキスト)によれば、古典 「堤中納言物語」の中に「虫めづる姫君」という一編があるそうです。みめ麗しいお 姫様が人の嫌う毛虫などを集めて親はあきれ、女官たちのひんしゅくをかっていると いう風変わりな物語です。

 この姫君のの給ふ事、「人々の花蝶やとめづるこそ、はかなくあやしけれ。人はま ことあり。本地をたづねたるこそ、心ばへをかしけれ」とて、よろづの蟲の、おそろ しげなるをとり集めて、これが成らむさまを見むとて、さまざまなる籠箱どもに入れ させ給ふ。中にも、「かはむしの心ふかきさましたることこそ心にくけれ」とて、明 暮は耳はさみをして、手のうらにそへふせてまぼり給ふ。

 わたしなりに意訳しましょう。
 この姫君は「みんなは花や蝶をきれいだとか美しいとか言って褒め称えているけど それはあやしいものよ。自分でよく見もしないで昔から言われているからきれいだと 思っているだけで、自分から花や蝶の本質に迫っているわけではないわ。人が言うか ら自分もそう思うといういいかげんなものなのよ。人には自分自身に対する誠実な心 があるはずでしょう。ものの本質を尋ねようという気持ちに誠実になってこそ本当の 興味というものなのよね。」と言って、たくさんの虫、とりわけ見た目の恐ろしげな 毛虫やイモムシなどを採集し、これらが成長して孵化するさま(変態)を観察しよう と考えて、さまざまな虫かごに入れさせ飼育しておられました。
 中でも「毛虫ちゃんたら、始めは毛むくじゃらのイモムシがサナギになってある日 美しい蛾の成虫になるなんて素晴らしい。その営みには世の真実が潜んでいるわ。そ う宇宙の神秘と言ってもいいはずよ。ああ、心から感動してしまう。」と言って、朝 から晩まで耳挟みで美しい長髪をたくしあげ、手のひらに毛虫を守るように這わせて
いとおしんでおられました。

 こんな具合になるのでしょうか。

 このお姫さま、お付きの女官たちにはけむたがられながら、そんなことは意に介せ ず男の子たちに虫を捕らせ、名を聞き、名が付いていないものは自分で新しい名を与 えて興じていたそうです。いまならさしずめ分類学の初歩とでも言えましょう。
 この物語の成立が11世紀ですから、鎌倉時代でしょうか。彼女がもし実在ししかも 男と生まれていたならあの封建時代でも自由に研究ができて、案外昆虫学の開祖となっ たかもしれません。アンリ・ファーブルよりずっと昔のことですから。
 しかも彼女の言うことはいちいち筋が通っていて、女官たちは反論ができず、父親 などはひそかに評価しているふうなのです。

 さて、蝶は人気があって蛾は嫌われものという図式はこの時代すでにあったようで す。しかし中国では美人のことを蛾眉といいます。蛾の触覚に似た眉は日本の三日月 眉のように美しい眉の象徴とされ、それが転じて美人を示すようになりました。
 またヨーロッパでは蝶と蛾の区別は日本ほど厳密ではないと何かで読んだことがあ ります。好悪の感覚には文化が大きく寄与している証拠でしょう。

 今池の治療室のあるマンションの階段などに時々奇妙な虫の死体が落ちています。
虫のような木の葉のような、木の葉に足が生えているような。これはアケビコノハと いう擬態の名手で、蛾の一種です。虫めづる姫君ならずとも「心にくけれ」と思わず 嘆息がでるほどの出来栄え、創造主の悪戯心としか思えません。

 訪問治療にうかがうNさん宅の庭に若緑の柔らかなニワウルシが生い茂っていまし た。秋口にその葉に20匹ばかりの大きなイモムシが発生したのです。ただのイモムシ ではなく薄緑色の全身ににょきにょきと突起が鎧のように突き出して見るからに気持 ち悪そうな奴です。虫めづる姫君なら狂喜乱舞といくところでしょうが、ご主人のN
氏は大の虫嫌い、殺虫剤で全滅させてしまいました。
 彼はそのとき怖くて見ることもできなかったと言われます。それも無理のないこと でしょう。このての虫は姫君の女官ならずとも好きになれない人が多いのです。それ にしても殺すのは残酷だと責める訳にもいきません。毎日食卓にのる野菜や果物だっ て同じようにして虫を駆除した揚げ句にわたしたちの口に入るのですから。

 話を聞いてわたしは庭に降り立ち、すっかり縮こまったイモムシをしっかり脳裏に とどめ、後で本屋にでかけて図鑑で調べました。その特徴的なイモムシは、多くの図 鑑に成虫の絵と並べて紹介してありました。シンジュサンというクスサンやヨナクニ サンなどの仲間の大きな蛾です。
 たしかクスサンは本土最大で羽根を広げると10センチほどになります。ゆらりと飛 ぶ様は貫録十分で、子供のとき見た記憶は鮮明です。つい最近も神社に駐車してある 車に止まっていました。
 ヨナクニサンは沖縄の与那国島に棲む世界でも最大級の蛾です。その貫録のあまり 間違って鉄砲で撃たれたとの伝説があるほどの大きさですから。

 クスサンは楠の葉を食べますが、シンジュサンはニワウルシ(別名シンジュ)の葉 を食べて成長するようです。だからNさん宅のニワウルシに大発生したのでしょう。

 わたしはどちらかと言えば虫めづる姫君に味方する方ですから、シンジュサンの幼 虫を大変惜しみました。とりわけ今日少なくなってしまっためずらしい蛾ですから成 虫までにしてやりたかったのです。おそらくは20匹の内で成虫まで育つのは二割いれ ばいいほうで、あとは殺虫しなくても鳥の餌になったと思うのです。

 しかしイモムシの話をするだけで顔が引きつり、手がぶるぶる震えるほど怖がって いるN氏の気持ちも分かり過ぎるほど分かるので、同情こそすれ、殺虫剤噴霧のこと を全く責める気にはならないのです。

 今のわたしたちが住んでいる快適な社会こそ、そうやって作られた結果なのですか ら。

〈気楽図書館〉
日本文化論
    梅原猛
      講談社学術文庫

 私は「方丈記」「徒然草」必ずしもつまらぬとはいいませんが、「徒然草」にして も「つれづれなるままに」でしょう。退屈なるにつれて、です。「方丈記」──無常 でしょう。退屈男と無常男。これは少なくとも一流の人物ではないと思います。
 吉田兼好にしても鴨長明にしてもそれぞれ面白い人物ですが、けっして歴史を動か すような人物ではありません。やはり第一級の文学者ではないと思います。第一級の 人物は退屈とか無常とかいう感情におぼれていないと思います。
(中略)
 鴨長明や吉田兼好ばかり教えていると、人間が小さくなってしまう。人生に真正面 から立ち向かわないで、斜に構えるような人間になってしまうのです。吉田兼好など、 人生を横目で眺め、そして女性が好きなくせに、女をくさしたりしています。

 梅原さんは学校で教える教科が英語と数学に偏っていることに危惧をいだき、日本 人としての根幹をなす思想をもっと教えるべきと意見を述べておられます。英語・数 学は明治維新以後の西洋文明を取り込み、[力]を蓄えるための学問の伝統だからで す。そして戦前の修身教育は富国強兵策によって歪にされたものであって、本来日本 人の精神の基底には聖徳太子以来の思想色濃い仏教(宗教色が薄められた)が流れて いると論を立てておられます。
 そして人生に立ち向かった仏教思想家の空海(雄渾雄大)・親鸞(罪業感の自覚と 救済の喜び)・日蓮(情熱家)・道元(きびしい禅哲学)などの文を学校で教えるべ きと勧めています。宗教としてでなく、日本独自の哲学として。
 反論もあるでしょうが、「つれづれ」ばかりだとニヒリストになるとはおもしろい 見解だと思います。

〈今月の言葉〉

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は 住みにくい。
夏目漱石「草枕」

 有名な草枕の冒頭です。
 「理詰めで物事を運ぼうとするとどうしても角突き合わせることになる、と言って 情の流れに乗って船を漕ぎ出せばとことん流されてしまう。流されまいと意地をはれ ばかえって自分の立場が窮屈になってしまう。とにかく人の世は住みにくいものだ。」

というような意味でしょう。
 このあと、人の世が住みにくいからといってよそへ行けばそこは「人でなし」の国 だからなお住みにくかろうと考えが発展していきます。
 誠に誠に人情の機微に敏感だった漱石らしい考察であり、人付き合いの妙が端的に 記されています。
 「兎角に人の世は住みにくい」と思い切ってしまうことが住みにくい世を生きる秘 訣なのかも知れませんが、それはあまりに日本的な思い切りと言えるでしょうね。

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