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2011年1月25日 (火)

游氣風信 No41「バドミントン 昆虫という世界 林竹二」

游氣風信 No41「バドミントン 昆虫という世界 林竹二」

三島治療室便り'93,5,1

 

三島広志

E-mail h-mishima@nifty.com

http://homepage3.nifty.com/yukijuku/

 


《游々雑感》

バドミントン

 「先生は何か運動やってりゃぁすきゃぁ。」さる年配のご婦人に尋ねられたことがありました。
 「週に一回バドミントンをやっているよ。」と答えますと、「ほりゃ、可愛いのやっ てりゃぁすなも。」と言われました。
 若く見られるのは結構なことですが、齢四十を目前にして「可愛い」と言われます と、ちょっとカチンときます。

 「あのね、テレビでめったにやらないから知らないだろうけども、バドミントンは 結構きつい運動なんですよ。」
 「ほうきゃぁ。庭で幼稚園の孫娘が時々やっとるけんど西洋の羽根つきのようなも んだぎゃぁ。(軽蔑のまなこで見つめられる)」


 「いや、この前のオリンピックから正式種目になったし、日本は以前世界一強かっ たんですよ。歌手の新沼ケンジの奥さんは元世界チャンピオンだったんだから。」
 「あんなものがなも。(お前ごときの言うことを簡単に信じるほど楽な人生を送っ ちゃおらんという疑いのまなこ)」


 「球は速いし、一発一発全力で打つし、人のいないところをねらって落とされるか ら走り回らなきゃならないから大変なんだよ。」
 「ほうかなも。(まだまだ疑いのまなこ)」


 「いいですか。インドネシアでは国技になっていて、オリンピックで優勝した人は いっぺんに大金持ちになったんだから。一生遊んで暮らせるぐらいの。」
 この辺りになると半分泣きながらの説明です。

 これは実際にあった会話を大袈裟に脚色したものですが、多かれ少なかれバドミン トンは名前が有名なわりには実態が知られていないスポーツです。バルセロナオリン ピックの中継も全くと言っていいほどありませんでした。バレーやサッカーと違って 不人気な代表のスポーツなんでしょう。

 卓球と並んでネクラスポーツの双璧かもしれません。卓球をやる人にピンポンとい うと真っ赤な顔で「卓球です!」と訂正されます。温泉旅館で浴衣の酔漢がやってい るのとははっきりと差別化しておきたいわけです。
 バドミントンも公園の芝生で親子連れやアベックが白い羽根をポンポン打ち合って いるのとはもって非なることを明確にしておかなければなりません。沽券(こけん) にかかわるというやつです。

バドミントンの由来

 羽根を打ちあうゲームは世界中に自然発生的にあったようです。
 ボリビアのインディアンはトウモロコシの葉をつけたボールを手で打ち合っていま した。これをドイツで6人制のバレーボールのルールをもとに完成したのが「インディ アカ」です。近年主婦の間に広まっています。

日本には羽子板を用いた羽根つきがありましたし、中国にも似たものがあります。
起源は中国かも知れません。ヨーロッパにもあったようです。

 インドにはプーナというバドミントンの原型のようなゲームがありました。それを イギリス人が19世紀に本国に持ち帰り、ルールを作って今日のバドミントンの基礎を 作りました。
 英国グロスター州領主ポーフォート卿が世間に広めたので、その邸宅にちなんでバ ドミントンと呼ばれるようになったのです。

 1893年、英国バドミントン協会が設立され、1899年には早くも第一回全英選手権大 会が開催されました。
 その後イギリスの植民地に広がり特にマレーシア、インドネシアでは盛んに行われ 世界一を争う国になりました。

 日本には1935年(昭和10年)YMCAで紹介され、昭和21年に日本バドミントン協 会が設立、23年に全日本大会が開かれました。

 大きな大会としては男子のトマスカップがあります。1949年に第一回が行われ優勝 はマレーシア、2・3回もマレーシアです。4から11回まではインドネシア、12回が中国、 13回(1984)もインドネシアです。後は手元に資料がありません。
 女子の大会はユーバーカップです。1957年に第一回が開かれ、優勝はアメリカ、2・ 3回もアメリカ。4から6回が日本、7回がインドネシア、8・9と日本、10回(1984)が 中国です。
 他のスポーツと同様中国が国際大会に復帰はしてからは圧倒的に強く、今日では中 国、インドネシア、韓国が世界一の座を争っているようです。

他のスポーツとの比較

 スポーツの激しさを測るものさしにスポーツエネルギー代謝率というのがあります。
試合におけるエネルギーの消費を数量化したもので、大きい数字ほどきついといえま す。

 ラグビー         11.1 テニス男子単       10.9
 テニス女子単        8.6 投手 5.5
 サッカー 6.3 スキー 4.5

 バドミントン男子単 6.6 バドミントン女子単  6.0

 この表をみますと、ラグビーはともかくテニスがいかに体力を要するスポーツかお 解りいただけるでしょう。さらにバドミントンを見てください。野球の投手やサッカ ーよりも体力的には厳しいのです。


 もちろんこれだけでスポーツの厳しさを云々するわけにはいきません。サッカーは 脚を蹴られたり激しく転んだりしますし、投手にしてもチームプレーゆえの精神的苦 しさがあるかもしれません。しかしともかくバドミントンが体力的には相当の激しさ をもつものであることはご理解いただけたでしょう。
 ただし、これは一流プレーヤーのデータです。わたしはとてもシングルの試合はで きません。そこまでの技術も体力もありませんから。実際の代謝率はずっと低いもの になります。

 バドミントン 250km/時間  投手 150km/時間  テニス 240km/時間

 これらの数字はなんでしょう。
 答えはそれぞれのスポーツの超一流選手が出す最高の球の速さ(時速)です。どうです、驚いたでしょう。バドミントンが一番速いのです。野球の野茂選手の最高速度 をなんと100kmも上回っています。目にも止まらぬプロテニスプレーヤー、ボリス・ ベッカーのサーブよりまだすごいのです。
 あの羽根(シャトルと呼びます。スペースシャトルと同じ意味で、空中を行ったり 来たりするもののことです。)が時速250kmと新幹線なみの速さで飛ぶのです。

 しかし実際にそんな猛スピードでテニスコートの4分の1も無い狭いコートをシャト ルが飛び交ったらとても打てるはずがありません。ご安心ください。バドミントンは ボールではなく羽根のついたコルクを打ちますから、打ってすぐの初速は速くてもあっ と言う間に空気抵抗で減速しすぐに0kmになって落ちて来るのです。大体、コートの
一番後ろから思い切り高く強く打つと相手コートの後ろラインぎりぎりに落ちて来ま す。それだけ空気の抵抗を受けるのです。
 このスピード変化の大きさがバドミントンのおもしろさの秘密なのです。

用具

 体育館が不可欠です。外ではできません。風の影響でゲームにならないからです。
太陽の下でやらないところがネクラと呼ばれるゆえんです。
 あとはラケットとシャトル、コートとネット、体操服と専用シューズです。

 ラケットは重さが100g前後と大変軽いものです。値段は1万円から2万円。シャトル はガチョウの羽根が一般的で重さ5g。これはピンポン玉2個分ほどです。
 コートはシングルが5.18m×13.40m、ダブルスが6.10m×13.40m。ネットの高さは1.55 mと意外に低いので、甘い球を返すと強烈なスマッシュが飛んで来ます。

試合

 試合は1試合3ゲーム(セット)で、1ゲームは男子シングルで15点、女子シングル で11点、ダブルスは男子・女子・混合ともに15点。
 6人制バレーと同じようにサーブ権を持った方が勝つと得点になり、サーブ権がな い方が勝つとサーブ権が移動するだけで得点にはなりません。

 コートが狭いですから3・4歩動くことで大体打ち返すことができます。
 案外強いスマッシュより、人のいない空間をねらったり、タイミングをずらしたり した方が決まりますから、若いうちは全力で激しく打ち合い、年を取ったら緩い球で 隙間をつくという試合はこびでゲームを楽しむことができます。

《気楽図書館》

昆虫という世界(朝日文庫)
日高敏隆

 本来昆虫は四枚の翅をもって生まれてきたのだが、多くの昆虫はそれに迷惑を感じ ている。(中略)この線をもっと強く押したのが、ハエやアブのような双翅類だ。そ の名のとおり、彼らは後翅を翅としては退化させ、ほんとうに二枚の翅で飛んでいる。 そして、昆虫の中でも、もっとも昆虫らしく、速く、巧みに飛ぶのもこの双翅類だ。

 してみると、昆虫が四枚の翅を持ったのは、進化によくある偶然の成りゆきであっ て、けっして「すばらしい」適応でもなく、最高の発明でもなかったのだ。

[私見]

 進化は自然と個体との間で絶妙のバランスの結果、最良のものが選択されて引き継 がれていくとのんきに考えていまいたが、それは単なる幻想に過ぎないことが分かり、 がっかりしたような、さもありなんと安心したような複雑な気持ちです。
 そうなると今のところ進化の頂点にあるとされている人類も偶然的に成り行きで今 の生息形態を築き上げたということになりませんか。決して最良のものとして計算さ れて発展してきたのではないのです。まあ、当たり前といえば当たり前ですが。

 しかしそこから次のようなことも考えられます。
 人類は自然とのより良き関係の結果として存在しているわけではないのだから、今 後進むべき未来に対する意志を明確にしておかないと、今よりもっと自分の身体を昆 虫のように変質しながら環境に適応させなければならなくなる時がくるのではナいか ということです。
 なぜなら、今まで環境・自然をこちらの都合いいように変化させて(自然破壊、環 境破壊とも言います。)、身体をそれに順応という方法で退化させてきたのですから。

 すなわち、今日の人類の身体には環境に働きかけて作り上げられた不自然な環境に 順応してしまっている退化の兆しが見え隠れしているのではないかということです。

《今月の言葉》

林竹二先生

 学問をするということは、ながい間、疑問を疑問のままに持ち続ける力を養うこと から始めなければならない。

 重い障害を持っている子供は、独りで生きてゆくことはできない。それを支える役 が「介助」だが、この介助とななにか決まったものを教え込むことではなりたたない だろう。障害児が動こうとするときに、ちょっと手を出して支える。これが教育の原 点だ。

 一つの事を学ぶということは、その事において自分が新たに造られることだ。

 学ぶということは自己を新たにすること、すなわち、旧情旧我を誠実に自己の内に 滅ぼしつくす事業であった。

林竹二 天の仕事
日向康著 社会思想社刊より

[解説]

 林竹二先生は元宮城教育大学学長。
 明治39年生まれ、昭和60年没。亨年78歳。

 先生は教師が教師の威圧下に授業を行い、子供たちは学ぶ機会を与えられずにただ 憶え込まされている風潮を危惧し、生きた授業を模索して実際に全国の小学校から高 校まで授業をして回られました。
 全国の支持者から尊敬されていますが、いまだに教員の間では毀誉褒貶の渦中にあ ります。

 専門はソクラテスの研究者。日本で最初の公害問題提供者田中正造の精神の内面に するどく迫ったことでも有名です。(講談社現代新書「田中正造」)  「教えることと学ぶこと(小学館)」は灰谷健二郎氏との対話、是非一読をお勧め します。460円です。

《後記》

 ゴールデンウイーク、岐阜市在住のイギリス人はサイクリングであちこち見物しな がら白馬岳まで行くと言っていました。2メートル近い大男で最近顎髭をもじゃもじゃ に伸ばして山賊のようです。テントを持って野宿しながらだそうです。間違っても山 で襲われる心配はないでしょう。

 愛知県芸術センターでパウル・クレー展を見てきました。幾何学的な点描による作 品は難解ですが絵というより音楽的に何かを訴えてくる感じがしました。
 身体調整に来た青年がクレーのポスターを見て、はやりの3Dアート(目の焦点を 調整すると無造作に打たれた無数の点から明瞭な形が立体的に浮き出て来る)と勘違 いしていました。実に情けない。

(游)



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